第2話 魔法使いギルド水の街支部
あの作品は私も大好きですが、
本作品ではゴンドリエーレは可憐な美少女ではないです。
(いないわけではないですが)
――ざぶん、ざぶん。ぎっこ、ぎっこ。
そんな音を響かせながら、オレの乗るゴンドラが川を進む。音だけ聞けばとてもじゃないが大丈夫には思えない。しかし、それでも不思議と揺れは少なく軽快に、舟は前へと進んでいる。
壮年のゴンドリエーレと別れた後、緑の羽飾りを舳先に付けたゴンドラが通るまで幾許もかからなかった。
その舟に乗っていた若いゴンドリエーレに尋ねると、3つ先の区画で降りれば魔法使いギルドの最寄りだそうだ。
「それまでは舟からの景色でも見てりゃいいさ。陸から見える景色とは一味違って見えるかんな」
若いゴンドリエーレはそう言って舟を発進させた。
運賃はどこまで行っても一律300ユルドらしい。オレはそれを聞いてすぐに硬貨を取り出そうとしたのだが、それは降りる時でいいと彼に宥められた。
(なんだかいよいよ、バス染みてきたな)
若いゴンドリエーレの言う通り、川から見上げる景色は歩道を歩いていた時とは違って見えた。
歩道から見えたきらびやかな建物や行き交う人の波が、舟に乗っている間は見えはするもののどこか遠い世界のことのように感じられる。かと言って悲しい気分になるものではなく、舟が川面を進む音、人々の話し声を始めとした様々な生活音、あるいは、街のどこかで旅芸人が披露する楽曲などが聞こえるため、どちらかと言えばわくわく感を募らせるものだ。
目に映るのは川の流れによって年月をかけて削れた家の礎、苔むした岩肌とその上に鎮座する水棲動物。
舟の上から川面を覗き込めば、川魚が遊々と泳ぐ姿さえ見ることができる。川底には緑鮮やかな水草や淡水に棲む貝や沢蟹などが見え、生命の神秘を感じることができた。
なるほど、確かにこの景色は歩道を歩いているだけでは知りえない、舟に乗って初めて感じられる情景だ。
これをサフィアが見たのなら、彼女はますますこの街が好きになることだろう。もちろん、オレもご多分に漏れないだろうがな。
そうして舟に乗ること約30分。名残惜しいが、先程言っていた区画に着いたようだ。
「世話になった」
そう言いながらさっき渡し損ねた運賃を支払う。
若いゴンドリエーレは気負いもなくそれを受け取り、「またのご利用を」と言って再び舟を出し去っていった。きっと彼にとってはこんなことはいつも通りの何気ない客とのやり取りなのだろう。
舟を降りた桟橋から歩道に上がり、魔法使いギルドを目指す。街人っぽい格好の者に道を尋ね、南に向かう。
街全体から見るとおおよそ南東の方にその建物はあった。華美なものではないが、大きく丈夫そうな造りだ。風の街のそれに比べて大きい理由は、街の人口が多く人の出入りも多いためだろう。
今も若い主婦風の女性がギルドの建物から出てきて、足取り軽やかに去っていった。何かの仕事をギルドに依頼して来たのだろうと思われる。
中に入った直後に目に映ったのは、ギルドの受付窓口だ。依頼用、斡旋用とそれぞれ複数の窓口があり、人が各窓口に並んで順番待ちをしている。
窓口の他は待合スペースのようで、そこに飾られている調度品も一目で高級品とわかるものばかりだ。言っては悪いが、風の街のギルドと比べると雲泥の差である。
さて、オレはここのギルドマスターにアポを取りたいだけなのだが、依頼用と斡旋用のどちらに並べばいいのだろうか。
(斡旋用の方でいいんじゃない? どうせ、ここでもいくつかクエストを受けるでしょ。今のうちに受けておこうよ)
それもそうか。今日はもう日が落ちるまで時間がないためクエストは受けないつもりだったが、街中のフリークエストと違いここでのクエストはその時々の一点物だ。
今日あったクエストが明日に来たらなくなっていたということも、これだけ人の出入りが多いとあり得るかもな。
(まあ、ベルゼみたいな『藍』クラスの魔法使いが街に何人もいるとは思えないけどね)
ということで、オレは斡旋用の窓口の列に並ぶ。そこでふと前を見ると、頭上に緑色の逆円錐を浮かべたプレイヤーが何人かいることに気付いた。
ようやく彼らも魔法使いギルドに登録するようになったか。
今のプレイヤーたちの魔法使いとしての技倆は、ようやく初心者を抜け中級者として一歩を踏み出したばかりだ。
彼らが精力的に魔法使いギルドの仕事をこなせば、いずれはオレと同じ舞台に上がることになるだろう。だが、それはまだ先の話。今暫くは、先達として、『魔法先生』として、彼らを魔法使いの深淵に導いていこう。
と、その時、オレはふと視線を感じる。
今、誰かに見られていなかったか?
(僕も感じたよ。でも、どこから視線を向けられたのかは、よくわからなかったな)
浩輝もか。なら、少し警戒しておこう。いずれ向こうから接触があるかもしれん。
(そうだね)
どうにも不思議な感覚なのだが、それは不快なものではないと思われたので、オレは受けに回ることにした。
これが吉と出るか凶と出るかは、意外とすぐにわかることになった。
前に並ぶ人の列が捌けて、オレはやっと斡旋用窓口に腰を落ち着けることができた。それまでは順番待ちのため立ちっ放しだったのだ。
「ようこそ、魔法使いギルド水の街支部へ。お仕事の斡旋をご希望でお間違えないでしょうか」
応対してくれた受付嬢は竜人族の女性だ。流水のような青い髪のサイドテールに、竜人族特有の角を生やしている。水竜系統の竜人族なのだろう、服の隙間から垣間見える胸元には、美しい水色の鱗がある。
おっと、あまりまじまじと見るのは失礼だ、質問に答えよう。
「ああ、それもそうなんだが、本題はこっちだ」
魔法使いギルドの登録証と共に、予めインベントリから取り出しておいたウィゼットの紹介状を差し出す。
拝見致します、と丁寧にお辞儀をして、受付嬢が紹介状の中身を確認する。さっと目を通したと思ったら、手許のベルを一度だけチンと鳴らした。
「確認致しました。当方のギルドマスターは大変ご多忙でいらっしゃいますので、すぐにはお会いできない可能性もございますが、よろしいでしょうか」
「問題ない。そのためのアポイントメントだろう。そうだな、3日以内ならこちらはいつでも大丈夫だ」
「承知致しました。ベルゼ様に斡旋可能なお仕事も探して参りますので、少々お待ち下さい」
受付嬢が登録証と紹介状を持って間仕切りの奥へと消える。相変わらずこの奥で何をしているのか窺い知ることはできないようだ。まあ、怪しいことなどしているはずがないのだが。
そうして5分が経とうとする前に、受付嬢が戻ってきた。木製のトレイを携えた受付嬢がにこりと微笑む。
「お待たせ致しました。ギルドマスターは明日の15時からであれば時間が取れるそうです。ベルゼ様のクラスを聞いて驚いていらっしゃいました。ふふ」
奥に消える前とは打って変わって表情豊かな受付嬢に、オレは首を傾げる。先程までの機械のような応対ではなく、失礼な物言いだが人の血が通った応対だと感じた。
「申し訳ございません、あんなに驚いた顔のギルドマスターを見るのは久しぶりだったものですから。ふふ、思い出したら、可笑しくって」
最初の印象が嘘のようにころころ笑う様子が可愛らしい。竜人族はどちらからというと凛々しい種族なのだが、この受付嬢はなんとも愛嬌がある。
「そ、そうか。まあ、都合については問題ない。明日の15時にもう一度伺おう」
受付嬢が再度「承知致しました」と頷いたのを確認し、オレは次に木製トレイの上の上質紙に目を落とす。
魔法使いギルドで斡旋される仕事は、基本的に当人のクラスと同等か一つ下の難易度が設定されたものが選ばれる。例えばオレであれば、『藍』クラスか『青』クラスの難易度の仕事が選ばれるのだ。
一応例外は2つあり、一つは妥当な難易度の仕事がない場合。つまり当人のクラスと同等か一つ下の難易度の仕事が0件の場合だ。これはクラスが低いうちは余程稀であるが、クラスが高くなるとその難易度の依頼そのものが減少するため、頻繁とは言わないまでもそれなりの頻度で発生する。その場合は、さらに一つ下――当人のクラスから2つ下の難易度の仕事が斡旋される。
もう一つが指名依頼の場合だ。名が体を表す通り、依頼人が斡旋先の魔法使いを指名する依頼となる。指名された魔法使いはこの依頼を受注するか、どうしてもその依頼を受けることができない場合には自分と同じクラスか、自分より高いクラスの代理人を立てる必要がある。
「こちらがベルゼ様に斡旋可能なお仕事になります」
差し出された依頼書は4種類。いずれも『青』クラスの依頼だ。どうやら『藍』クラスの依頼は1件もなかったようだな。
「それにしても、私、全属性適性者の方には初めてお会いしました。世の中は、思いの外広いのですね」
「ふん。“全属性適性者”などただの肩書だ。オレはオレでしかない」
「ベルゼ様がどんな人物かを客観的に表すものが肩書です。隠蔽処理が施してあるということは、これが齎すものを疎んじていらっしゃるのかもしれませんが……、少なくとも、私はベルゼ様に期待しております」
「ふむ……、期待、だと?」
「ええ。詳しくは、明日。ギルドマスターとのお話で分かることと存じます」
何やらこのギルドは問題を抱えているようだ。オレに対応可能なことならいいのだが。
「期待に添えられるよう、努力する」
そう言って、話している間もずっと眺めていた依頼書から一枚を選び受付嬢に差し出した。依頼内容は東の森に出現したモンスターの討伐とある。大型のモンスターで、採取のため森に入った若者が数人大怪我を負わされたらしい。命からがら逃げ延びて、比較的無事だった者がギルドに依頼を出したそうだ。
「……はい、受理致します。どうかご武運を」
<Fクエスト『選択の森のモンスター討伐』を受注しました>
<選択の森に出現する『キラータイガー』を討伐せよ(0/1)>
最後の言い回しは竜人族特有のものだが、オレはありがたくその言葉を頂戴し、窓口を後にした。
「おい、ちょっと止まれ」
水の街のマッピングでも進めよう、という浩輝の助言に従い魔法使いギルドを後にしたオレは、しかし複数のチンピラによって道を塞がれてしまった。
睨め付くような不快な視線を浴びて、こちらも不快感を露わに睨み返す。
「何の用だ」
目の前に立つ、他より少し体格の良い大男がそれに答える。
「出迎えだ。大人しく着いて来い」
そう言いながら大男が示した方向には、華やかな表通りとは離れた少し薄暗い裏通りがある。
そんな場所に連れて行こうなんて、どう考えても何かよからぬことを企んでいるとしか思えない。
「ふむ。嫌だと言ったら?」
「力づくでも、従ってもらう」
大男の身体はオレよりも大きく、刺青の入った両腕は丸太のように太い。腕力だけならとても敵わなさそうだが、幸い杖は手許にある。
魔法が使えるなら、返り討ちにした上で改めて目的を訊けばいいだけだ。
「捕まえろ!」
叫ぶ大男に反応して、オレはすぐに身を捻り、背後から近付いて来ていた何者かから距離をとる。見れば、一人のチンピラがオレの腕を後ろ手に縛ろうと画策しているところだった。
「なっ」
気付いていないとでも思ったか、馬鹿者め。まあ、【気配感知】アビリティのお蔭なので偉そうには言えないのだが。
縄を持ち呆気にとられるチンピラは放っておいて、オレも動かなければまずそうだ。
大男に指示されたのか、複数のチンピラが殴りかかろうとしてくる。【気配感知】アビリティの訴えに従いそれらを躱しつつ、杖に魔力を送り込む。
「――《重圧》」
「ぐあっ!?」
魔力の充填が完了すると同時に、オレは【重力魔法】の《重圧》を発現させた。
途端、膝をついて崩れ落ちるチンピラ共。大男だけはその重圧に耐え立ったままだが、相当にしんどそうで、額に汗を浮かべている。
《重圧》は対象の周囲の重力を倍加する魔法だ。相手を傷付ける攻撃力こそないものの、生半可な鍛え方ではまともに動くことすらできない。大男を除くチンピラ共がいい例だ。
「……ふむ、少々鍛え方が足りないのではないか?」
「くっ……そのようだ」
実に簡単にその場を制圧したオレは、大男の前に立つ。改めて目的を訊き出すためだ。
だが油断してはならない。この大男はこの状態でもまだ動けるだけの余力を残しているはず。十分な距離を保ちつつ、オレは大男に問い掛けた。
「さて、もう一度訊こうか。オレに何の用だ?」
「……おれたちのボスがアンタを呼んでいる。アンタと話し合いがしたいようだ」
「話し合い?」
チンピラ共のボスなど多寡が知れているだろうに、オレは何故かこの大男とボスと呼ばれる人物の関係が気になった。
それに、話し合いと来たもんだ。
「おれから言えることはそれだけだ。……くっ、おい、力づくが無理なのはわかったから、これを解除してくれ」
「……そう言われてもな。解除した途端に襲われては敵わん」
例え襲われたとしても、もう一度同じ魔法を使えばいいだけなのだから実際は構わないのだが、それでは優位に事を運べない。
「だが……お前たちのボスというのに興味が湧いた」
「は?」
無表情気味のこの大男がぽかんとする様はなんだかシュールだ。
「オレをそのボスの所に案内しろ。案内するなら、解除してやろう」
(だったら最初から断ろうとするなよ)
……ごもっともな浩輝の言葉に、オレは何も言えなかった。
読んでいただきありがとうございます。
評価、ブクマ等頂けると励みになります!
次回の更新は2/3(日)の予定です。




