第1話 水の街
お待たせしました。第5章開始です。
~簡単なあらすじ~
光の精霊がサフィアの仲間になった。
朝、ログインするとサフィアが朝食を作っていた。
テントから少し離れた所に置かれた簡易テーブルの上にコンロの魔道具を載せ、フライパンで何かを焼いているらしい。じゅわっという小気味良い音と共に肉の焼けるいい匂いがするので近付いてみれば、どうやらベーコンエッグを作っているようだ。
「おはよう。いい匂いだな」
「ええ、おはよう。ログインしてなくても、満腹度って減るのね。なんだか本当にもう一つの現実みたい」
オレにとっては、サフィアの言う通りこの世界はもう一つの現実だ。現実では浩輝の肉体に精神のみが間借りしているような形になっているため、オレは自分の肉体を持っていない。オレ自身が空腹を覚えたり眠くなったりといったことがないので、このゲーム内での生活こそオレの現実と言える。
そういえば、昨夜は早めにログアウトしたため、現実で少しばかり時間が余ってしまった。そこで、一世代前のハックギアを浩輝が持ち出してきて、別のゲームをやってみようとなったのだが、何故か他のゲームではアバターの主人格はオレに切り替わらなかった。
何度やってみても、別のタイトルに変えても同じだったので、一世代前のハックギアでは主人格の切り替わりが起こらないのだと結論付けた。
この主人格の切り替わりについては、未だ謎な部分が多く、わからないことだらけだ。いずれ最新のハックギア2ndでもこのゲーム以外の他のタイトルが発売されるだろうから、その時にまた主人格の切り替わりが起きるか調査するとして、それまではこの件は保留にしようと思う。
「はは、そうだな。……ところで、また昨夜のようにご相伴に預からせてもらってもいいだろうか? 手持ちの料理アイテムで済ませてもいいのだが、昨夜の君の手料理の味が忘れられなくてな」
「どうしようかしら。そんなに言うなら分けてあげてもいいけど、お金をもらうわよ。この材料だって、ただじゃないのだから」
「なんだ、そんなことでいいなら、いくらでも出すぞ」
「へえ? じゃあ、昨夜分と合わせて2000ユルドって言っても?」
「む……少々お高い気もするが、あの味ならば文句は言えんな。ほら」
オレは2000ユルド分の硬貨を取り出してサフィアに渡す。1食あたり1000ユルドはなかなか高めだが、サフィアの手料理補正もあるから納得はできる数字だ。
「は? ちょ、ちょっと、あなた、少しは躊躇いなさいよ。2000ユルドって言ったら最初の所持金の約2倍よ?」
「そうは言うが、精々Fクエスト2つ分だろう。それくらいの価値が、君の料理にはある。なにせ、美少女の手料理だからな」
「び、美少女って、あなたね……」
うむ……何か勢い余って余計なことまで言ってしまったが、これは偽らざるオレの本心だ。
サフィアは顔を赤らめ、そっぽを向いてしまっている。ベーコンの焼ける香ばしい匂いと、ぱちぱちと油の跳ねる音が辺りを包む。その匂いに混じって、何やら炭を焼いたような匂いが漂い――
「サフィア、焦げてるぞ!」
「え? あ!」
フライパンで一緒に焼いていた卵が焦げ、黒く変色してしまっている。食べられないことはないだろうが、そこに炭っぽい苦味が混ざるのは避けられないだろう。
結局、その焦げた卵はオレが食べることになり、少しだけ損した気分になった。
言葉は時と場所を選ばなければならないと、いい教訓になったと思うことにしよう。
「わあ……」
そこから歩くこと、さらに半日。途中で休憩を挟みつつ、襲ってくるモンスターを蹴散らしながら辿り着いたのは、水の街ヴィタレント。別名“川と水車の街”。
北の山から流れる幾本もの太い河川が、まるで建物を避けるように流れている。この川の水は、南の沼地と草原を越えて、魔法国家の王都ソルレントにまで届くはずだ。
川の流れは、基本的には人が泳げる程にゆるやかだ。一部どうしても水の流れを速めなければならない場所があるらしいのだが、それ以外は住人が利用しやすいように魔道具で川の勢いを制御していると聞いている。
街中に流れる川を最大限に活かすためか、随所に水車が見受けられる。水車を利用して作られるのは、小麦粉を始めとした各種食品と、紡績による様々な衣服だ。その品質は国外にも轟く程で、オレのいた時代ではこの国の輸出品の約2割を小麦粉と衣服が占めていた。
川の流れを利用するのは、何も水車だけではない。街の端から端まで、ほぼすべての区画に川が流れているため、交通網として人々に利用されている。
川の上に浮かぶのは何艘もの小舟。ゴンドラと呼ばれる、1人から多くても6人乗りの小舟をゴンドリエーレ(船頭)がオールで操船している。そのゴンドラに乗り、街のあちこちを行き来できるのだ。
サフィアが立っているのは、そんな街並みを一望できる高台の上。水の街は観光名所としても名高いため、こういう場所には事欠かない。
検問所で出会った有翼人、ヒルダが言っていたように、川の水が太陽の光を反射して、まるで街全体がきらきらと輝いているようだ。
思わず感嘆の声を漏らしたサフィアに続いて、オレも高台に上がってその街並みを眺めた。
「気に入ったようだな」
「ええ。まるで、ヴェネツィアみたいね。行ったことなんてないけれど」
「みずのきれいなばしょね。ま、わたしのこきょうにはかなわないけど!」
サフィアもシアンも、もちろんオレも、この街に来るのは初めてだ。だがまだ到着して数時間しか経っていないのに、すでにこの街が好きになりつつある。
(ヴェネツィアっていうのは、地球のイタリアという国にある水の都と呼ばれる都市だね。あっちは海の上に街があるんだけど、こっちはこっちで確かに良い街だ)
ゴンドラの通行を邪魔しないためだろうか、川岸と川岸を繋ぐ橋はそのほぼすべてが高いアーチを描いている。中には、建物の屋上を橋で繋いだ場所さえ存在している。そこを何食わぬ顔で住人が行ったり来たりしているのだから、どこか不思議な雰囲気さえ醸し出していた。
そんな幻想的な街の雰囲気を楽しみたいとも思うが、まずは宿を探すのが先決だろう。まだここまで来れるプレイヤーの数は少ないだろうから空きはあると思うが、それも時間の問題だろうな。
そして、名残惜しいがサフィアともここで一旦お別れとなるはずだ。元々水の街までという話で同行していたのだから、ここからは個別行動になる。
「さて、オレはもう行くぞ」
「あ、そうね。ここからは別行動になるのよね」
「元々そういう話だったからな。……道中はなかなか楽しかった。ありがとう」
「お礼を言われる筋合いはないわ。でも……、そうね、私も楽しかった。また、機会があればあなたに同行してあげてもいいわよ。一応、その……フ、フレンド、だものね」
そのサフィアの言葉に、オレは数秒の間呆然と彼女を見つめてしまう。
「……」
「な、何?」
たじろぎ、訝しげにオレを見返すサフィアに気付いて、ハッと我に返る。
「いや、すまない。サフィアにそんなことを言われるとは思わなかった。てっきり、もう二度と御免だ、と言われるものとばかり」
「そ、そんなことないわよ。だって……」
「だって……?」
そこで一瞬言い淀んだ彼女は、何か言葉を選んでいるように目線を彷徨わせ、そして一拍置いてから、こう言った。
「……シアンに出会えたのは、あなたのお蔭だもの。あなたが近くにいれば、また幸運が舞い込んで来そうだなって」
ううむ……これは、微妙に喜んでいいものかどうか迷う所だな。
まあ、今はそれでもいいだろう。お互いを十分に理解しないまま急激に仲を深めても、良いことなんてないからな。
(うーん、青春だなあ……)
さて、あえてサフィアに行き先を告げずにあの場を離れたのには理由がある。
それは、宿をとったその足で、この水の街の魔法使いギルドに顔を出すためだ。その際にサフィアについて来られると、少々まずいことになる。
何故かと言うと、現在のオレは魔法使いギルドではかなり上位のクラスになっているからだ。そのクラスは他のプレイヤーのように魔法使いになったばかりの者では到底辿り着けない。
魔法使いギルドにおけるクラスは、その魔法使い個人の評価値により決まる。評価値は、その実力はもちろんだが、実績がものを言う。
魔法使いギルドの設立当初から変わらない、唯一にして絶対の理念。
――魔法使いは、魔法を使ってこそ評価される。
魔法を伴わない功績は実績と言わず、魔法を伴う功績は実績になる。通常、魔法使いになったばかりの者は実績を持たないため、いきなり高いクラスに就くことはできない。
だが、オレは全ての魔法を扱うことができる全属性適性者である。それは魔法使いギルドの登録証を発行する際に実績として扱われ、評価値を一気に格上げした。
これにより、オレは評価値によって決まる7つのクラスのうち、上から3つ目の『青』クラスに飛び級したのだ。
その後、ウィゼットの厚意により登録証に全属性適性者であることを隠すための隠蔽処理を施すことになり、同時に『藍』クラスへ格上げされることになった。
だから、何故オレがそのクラスに就けているのかと聞かれると、芋蔓式にオレが『魔法先生』であるとバレるリスクが高まるのだ。
それはまずい。オレの勝手気ままなゲーム生活が立ち行かなくなる恐れがある。なので、サフィアについて来られるのは、できれば遠慮願いたいのだった。
サフィアと別れた高台から水の街の入り口付近に戻ってきたオレは、早速しばらく滞在することになるだろう宿を探し始めた。
幸い、宿はすぐに見つかった。門前通りで宿屋を探しつつうろうろしていた所を、その宿の看板娘と思われる少女に見つかり声をかけられたのだ。そのまま少し強引に宿に案内されたのだが、立地も宿泊費も丁度良かったので即決した。
この宿屋、『虹鱒亭』には他のプレイヤーも泊まっているようで、すでにいくつかの部屋が埋まっていたのだが、一人部屋には空きがあったので問題なく泊まることができるようだ。
魔法使いギルドのギルドマスターに会うにはアポイントメントを取る必要があるはずだ。風の街でウィゼットにすぐに会えたのは例外だろう。
直に日が暮れる時間となるが、アポを取るだけなら今からでも大丈夫だと思われる。
いつでも《転移》で戻れるように宿屋の位置をマップで確認してから、オレはこの街の魔法使いギルドに向かうことにした。
街に流れる川の縁は、石切場から切り出されたような綺麗な形の石を積み上げて固められていた。増水の影響を考慮してか、歩道は水面から1メートル以上も高い位置にある。よく目を凝らしてみれば、うっすらとだが歩道のすぐ下まで水が流れていた痕跡を見つけることができた。
しばらく川沿いを歩いていると、一艘のゴンドラが川縁に近付いて来ているのが見えた。歩道から川に降りるための階段の下にはゴンドラを乗り付けるための簡易的な桟橋があり、そこから人が乗り降りしているようだ。
ふと思い立って、オレはそのゴンドリエーレに近付き声をかけてみることにした。
「すまない、ちょっと道を尋ねたいのだが」
「ん? ああ、お前さん、この街は初めてだな?」
「ああ、そうだが……なぜわかった?」
「ここの街人は、ゴンドリエーレに道を尋ねない。何故ならオレっちたちは、川のことは知っていても陸のことは自宅周り以外なんも知らねえかんな」
自信満々にそう言った壮年のゴンドリエーレは、ガハハと笑って腕を捲った。なんだそれは。
「ならちょうど良い。オレは旅の魔法使いなのだが、この街の魔法使いギルドに用がある。あんたのこの舟に乗れば、着けるだろうか?」
「なんだ、水先案内をご希望かい? そうさな、魔法使いギルドに行くんなら、舳先に緑色の羽飾りを付けた舟に乗りな。それで船頭に尋ねりゃ一発だ」
壮年のゴンドリエーレが顎をしゃくって示したゴンドラの舳先には紺色の羽飾りがある。それが何を意味するのかと聞けば、そのゴンドラが通るおおよそのルートを示すための物だと教えられた。
ルートは街のゴンドラ組合によって決められており、それを客観的にわかるようにするための仕組みの一つがこの羽飾りということらしい。
ここは門前通りに近いためほとんどのゴンドラが通るらしく、しばらく待っていれば目的の舟も通るだろうとのことだ。
(ふうん? ゴンドラってタクシーのようなものかと思っていたけど、どちらかと言うとバスに近いんだね)
「おっと、言い忘れてたが、舳先に羽飾りを付けていないのは個人所有の舟だから、勝手に乗るんじゃねえぞ。舟泥棒に間違われるからな」
「そうなのか。わかった、覚えておこう」
壮年のゴンドリエーレに礼を言って別れ、オレは彼の言葉通りにここでしばらく待ってみることにした。
読んでいただきありがとうございます。
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