第11話 その黒髪の青年は
今回はサフィア視点です。
今、私はとても腹が立っていた。
何に対して? 私の目の前を歩く黒髪の青年、ベルゼに対して、だ。
先程仲間になったシャインスピリットのシアンは、今は私の身に付けている外套のフード部分ですやすやと眠っている。
腹が立っている理由は、情けないが自分でもよくわかっていない。
ただ、このベルゼの言動によって酷く胸の裡がざわついたので、腹が立っているのだと思った。
光の精霊、シャインスピリット。何故かその正体を陽炎の如き揺らめきで隠し、尾行したプレイヤーに対しモンスターをけしかけていたと思われる存在。
あの後聞いた話では、シアンは特にモンスターをけしかけたりなどしていないという。むしろ、他の人達に跡をつけられていたなどと気付いてもいなかったそうだ。
どうして、こんなにも胸がざわついているのだろう。
知ったかぶりで偉そうな、あいつの言動が悪いのだ。そう勝手に決め付けてもみたけれど、自分でもそれに納得できなくて、結局振り出しに戻る。
ただし、と前置きして、シアンは言った。
「わたしたちはむいしきにまりょくをふりまくことがあるから、それにつられたモンスターがよってくることはあるかもしれないわ」
魔力を振り撒くのは、その空間内の魔力バランスを保つためだ。それが精霊という存在なのだと、そう言ったのは他でもないベルゼだった。
「よくしっているわね」とシアンも感心した様子だったから、それは間違いではないのだろう。
一瞬そうなんだと納得しかけて、ふと「あれ?」と思う。
「どうしてあなたがそれを知っているの?」
ベルゼが語った精霊の働きは、言われてみれば、確かにへえと思う部分はある。けれど、それをどうして、この世界を旅するプレイヤーの一人でしかない彼が知っているのか。
「……さて、どうしてだろうな」
「はぐらかすの?」
「はぐらかすとも。サフィアが言ったんだぞ、情報は武器だと」
そう言われれば、私は言葉を詰まらせるしかない。それは、私が彼と初めて相対した時に言った言葉だ。
彼を問い詰めるため、私は〈識別〉スキルで得た情報を持ち出し、彼が珍しい装備を持っている理由を推察した。結果的に、それは彼に論破されてしまったけれど。
「何故だか知らないが、オレはサフィアよりも情報の数が多いらしい。なら、情報の使い方には気を付けるべきだ。そうだろ?」
「情報の使い方を間違えるな」とは、あの時の私の「情報は武器だ」という言葉に対して彼が言った言葉だ。
確かにあの時、私は情報の使い方を間違えていたかもしれない。もっと言えば、自己中心的で、周りのことを何も考えていなかった。ただ自分がそれを知りたいから……そう言って、私の好奇心に彼を巻き込んだ。
……まあ、今でもその疑念は晴れず、相変わらず彼こそ『魔法先生』なのではと疑っているのだけれど。
そうしてぐうの音も出なくなった私は、困ったように頭を掻いて「とりあえず街道に戻ろう」と彼が言い出すまで、彼を睨み続けた。
腹が立っているのは、何も言い負かされたからではない……と思う。
言い負かされたという事実は覆しようもないし、確かに彼の言い分には反論の余地もない。
自分でもそう思っているはずなのに、だからこそ、何故自分がこんなにも腹が立っているのか……正確には、胸がざわついているのか、わからないでいた。
「すぴー……すぴー……」
肩越しに外套のフード内を覗き込んで、シアンが気持ちよさそうに寝ている様子を眺める。
その姿は大変愛らしく、鼻ちょうちんを膨らませている様もコミカルで、見ていると胸のざわつきが少しだけ治まったように感じた。
聞けば、彼女は光の精霊らしく魔力を直接光魔法へと変換することが可能らしい。私達と違い魔道具を用いる必要はなく、それこそ魔力さえあるのならば、光魔法限定でどんな魔法でも使えるそうだ。
システムメッセージによれば、どうやら私がシアンに指示を出すことによって、彼女が使う魔法をある程度コントロールできるようだった。
つまり、一人で同時に2つ以上の魔法を使うことができるということだ。
これは確かにアドバンテージとなり得るし、並のプレイヤーであれば決闘でもそうそう負けることはないだろう。
だというのに、彼との決闘を思い出すと、今の状態でも彼に勝てるビジョンは全く見えなかった。
彼の魔法の使い方は、一言で言えば「上手い」に尽きる。
まるで、そう。魔法式とその意味を完全に理解し、使い方を十全に把握した上で、基本から応用までのすべてを臨機応変に使い分ける熟練の魔法使いのそれだ。
それは、未だ『魔法先生』から与えられた魔法式に頼る私達とは一線を画す能力。私がどんな強力な魔法を使えたところで、彼は容易にそれを躱し、あるいは防いで見せるだろう。そして手痛い反撃をもらってしまうところまで想像できる。
決してマゾヒスティックなどではないのだけれど、どう足掻いても、今の私では彼に勝つことはできないのだと、そう思わざるを得なかった。
それは同時に、やはり彼が『魔法先生』なのでは? と疑念を募らせることにもなっているのだが。
果たして、私達は水の街へと向かう街道へと戻ってきた。
当初の予定通り、これから水の街へと向かうわけだが、生憎と今は太陽が完全に沈みきった状態だ。間もなく夜の帳が空を覆い、辺りはすっかり暗くなってしまうだろう。
「さて、夜道を進む覚悟があるならこのまま進んでもいいが、どうする?」
ベルゼがこのまま進むか、それとも一旦ここで休むか、尋ねてくる。
私としてはここで休んでいくことも吝かではないが、ベルゼの言い方が気になるところだ。
「どういうこと?」
「ふむ、風の街周辺や、あるいは北風の森でも体験したと思うが、夜は出現するモンスターが変わっている可能性がある。昼間のようにさくさく倒せる相手ばかりなら良いが、そうでない可能性もあると思ってな」
「まるで、私が雑魚モンスター程度に苦戦するとでも言いたそうな感じね?」
「そうは言っていない。単純に、いくらオレが同行しているとはいえ女性に暗い夜道を歩かせていいものかと思い留まっただけだ」
八つ当たりにも思える私の文句に一つの焦りも見せることなく、ベルゼはそう言った。
その心配は余計なお世話だと普段の私なら言いそうなものだけど、朝から歩き通し、かつ戦い通しで疲れているのも確かだ。今は、彼の言葉に甘えてもいいような気がする。
「……その心配は不要だけれど、元々2日はかかる予定だったもの。ここで休むことにしましょう」
「うむ、承知した」
インベントリに収納してある組み立て式テントを取り出し、野営の準備を進める。隣を見れば、ベルゼも同じようなものを取り出して野営の準備を進めていた。
テントを購入した店の主人曰く、これはモンスターが嫌がる匂いを発生させる機能があるらしい。例外を除き安全性は保証付きだ。
飲水に関してはSクエストで手に入った水瓶の魔道具があるから問題ない。
となると、後の問題は食料のみだ。
ベルゼはどうするつもりなのかと様子を伺うと、なんとインベントリから肉串を取り出しおもむろに食べ始めた。
「あなた、夕飯はそれだけなの?」
「ん? ああ、そうだな、あとは出来合いの料理アイテムをいくつか食べるつもりだが」
確かにこのゲームのインベントリは、中に入れたものの状態を固定しているのか、熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいまま保存しておける。
料理アイテムを出来たてのまま保存すれば、その出来たての状態でいつでも取り出せるというわけだ。
それは便利ではあるものの、私はなんとなく納得できなくて、料理はその場で食べる場合以外では注文しないようにしていた。
だからこういう野営をする場合には、食材だけをインベントリに入れておき、その場で調理して食べることになる。
「……もし、よかったら、なのだけど。私の料理も食べる?」
どうしてこんな言葉をかけてしまったのか、言ってから後悔するが、もう遅い。
「『私の料理』? それは……ただの料理アイテムではなく、サフィアの手料理ということか!?」
「あ、待って、やっぱなし。今のは忘れて!」
彼の目が心なしかくわっと見開いたのを見て、恥ずかしくなると同時に自分の提案を取り下げた。
手料理を振る舞うなど、現実の家族にも滅多にしたことがないというのに、ましてやただのネットゲームの知り合いに、なんてどうかしている。
「サフィア……君、料理できたのか」
「それはそれで失礼な物言いね……!」
「す、すまない。えっと、君の料理の腕を疑っているのではなく、【料理】のアビリティを持っているのかという意味だ」
唖然としたようなベルゼの声に思わず怒りが湧いてしまったけれど、続く彼の言葉は、なるほどこのゲームらしい考えだと言える。
このゲームでは、すべての能力はプレイヤーのアビリティに依存するからだ。
例えば、武器の攻撃力は【筋力】というアビリティに依存する。私は杖の他にサブウェポンのメイスくらいしか武器を装備しないが、それでも近接戦闘用に【筋力】アビリティの熟練度も少しずつ上げている。
アビリティは、その熟練度が高い程効果も高くなる。熟練度1ならば初心者もいいところで、アビリティを持たない者よりほんの少しマシという程度。【料理】に関して言えば、熟練度の高さがイコールで『美味しさ』に直結していると考えられている。
ベルゼが気にしているのはそこだろう。すなわち、私の【料理】アビリティの熟練度はいくつなのか、と考えているのだ。
「……持っているわよ。熟練度は10を超えたところだけどね」
ベルゼが思わずといった様子で「おお」と呟いた。ほんのちょっとの優越感。
「まあ、あなたがどうしてもと言うのなら、私の料理を振る舞ってあげてもいいわよ?」
「ぐぬぬ」
ぐぬぬ、って。今時そんな唸り方をする人、初めて見た。
結局、根負けした彼が私にお願いをしてくるまで、そう時間はかからないのだった。
自分の料理に舌鼓を打った後、それぞれのテントに入って、今日の戦闘で手に入ったアイテムや、アビリティの熟練度などを確認する。
時折聞こえてくるフクロウの鳴き声や犬の遠吠えと思しき声をBGMに作業を進めていると、ふとベルゼは今何をしているんだろうと考えた。
ベルゼのテントを覗く訳にもいかないので、彼について私が知っていることを挙げてみる。
私を決闘で完膚なきまでに負かした人。『魔法先生』の疑いがある人。黒髪金眼の青年。魔法の使い方が上手い。
傲岸不遜な態度は、いくらなんでもロールプレイの一貫だろうと思う。でも、それが不自然と思わない程、彼の魔法に対する理解は私達他のプレイヤーと一線を画している。
今日の戦闘を見る限りでは【闇魔法】が得意なように思えるが、先日の決闘では初歩の初歩とは言え【空間魔法】も使用していた。もしかしたら、それらに加えて、他にも得意な魔法があるのかもしれない。それこそ、全属性の魔法を使うことだって。
「……流石にない、わよね?」
私だって、本当に得意な魔法は【水魔法】だけなのだ。【水魔法】以外だと【光魔法】や【身体魔法】なども使うが、それでも【水魔法】に比べれば熟練度は低く、辛うじて“使える”だけだ。それ以外の魔法に関しては論外である。
だから、全属性が“使える”レベルであるなど、想像すらできない。
あと、彼には妙な人脈があるようだった。
今日の昼間に出会った検問所の女性、ヒルダさんがいい例だ。彼と彼女が出会った経緯は聞いていないけれど、その御蔭で私も彼女と面識を持つことができた。彼女はあの検問所の所長であるらしく、立場もそれなりに高いはずなので、面識を持っておいて損はない相手だと考える。
とはいえ、彼の紹介がなければ、彼女の存在に気付くことさえなかったのだから、偉そうなことは言えないのだけれど。
……こうして考えてみると、私はベルゼのことをあまり良く知らない。「知る必要がなかった」「知ろうとも思わなかった」と言い訳はいくらでもできる。
だけど、何故だろう。彼のことを考えると胸がざわつくのは。さっきは、彼の言動に対して腹が立っているんだろうと思っていたけど、やはり何か違う気もする。
私の料理をお腹いっぱいに平らげ、またすぐにぐうすかと寝息を立て始めたシアンを見ても、胸のざわつきは和らぐばかりで治まりはしない。
ログアウトしてからもそのことが頭の中を巡って、この日はあまりよく眠れなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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これにて4章は終了。次回から5章、水の街編となります……が、
再開は1ヶ月後の2019/1/06(日)とさせてください。
毎日更新の人たちって本当にすごい。




