第10話 陽炎の正体
うらやまけしからん
あのパーティが追っていた『動く陽炎』のことは一旦諦めて、オレたちは街道に出ることにした。
彼らが見失ったあいつをオレたちがそのまま追っても良かったのだが、戦闘を終えて追い付いた彼らから難癖を付けられても困るため、やはりずるをせず自分たちで探してみようとなったのだ。
街道に出たのは、掲示板の目撃情報を見たからである。掲示板のスレッドをもう一度よく読んでみると、最初の目撃地点は街道の周辺ということがわかった。手がかりがないので闇雲に近くを探すよりもマシだろうと判断したのである。
時刻は既に夕方に差し掛かっている。日が沈むまではまだ時間があるものの、悠長にしていると太陽が沈んで『動く陽炎』を見つけられなくなるため、オレたちは躍起になって『動く陽炎』を探した。
陽炎自体がこの周辺では珍しい現象のため、景色の揺らぎを見つければそれが『動く陽炎』であるとすぐに断定できる。
「見つけたわ」
「……ふむ、そのようだ」
その考えは間違っておらず、オレたちはしばらくしてまだ誰にも見つかっていない『動く陽炎』を捕捉した。
そして今、オレとサフィアは、その『動く陽炎』を一定の距離を保って尾行している。
ふらふらと、まるで風に舞う木の葉のように不定の速度で移動する陽炎は、確かに謎めいた現象のように思える。だがそれは、よくよく目を凝らせば、ある魔法が空間……いや、この場合は光に作用しているのだとオレの【魔力感知】が訴えていた。
だとするならば、なぜ彼らは『動く陽炎』を尾行するような形で追いかけていたのだろう?
(あー。そもそも、あれが魔法による現象だと気付いてないからじゃないかな? 追いかけていればそのうち正体を表すのでは、という希望的観測もあるんだと思う)
仮にも魔法使いならば、もう少し魔力を感じるということを覚えたほうがいいな。隣のサフィアも、おそらく気付いていないのだろう。
(さっきのパーティがモンスターに襲撃されたことを考えると、あるいは一種の“イベント”なのかもしれないね。もし最後まで追いかけることができれば、本当に正体を表していたのかもしれないよ?)
しかし、オレたちには時間がない。日が落ちたとき、あれが正体を表すという保証はないからな。
サフィアの手前もあるからもう少し様子は見るが、オレはいざとなれば、あれの正体を無理矢理にでも暴くぞ。
(ま、それは好きにしたらいいと思うよ。時間がないっていうのは、彼女もわかっているはずだしね)
あれの魔法を無効化する方法はそれほど難しくない。例えば、あれが干渉している光を、こちら側からさらに【光魔法】を使って乱してやるとか、あるいは、光そのものを【闇魔法】を使って遮ってやるなどだ。
オレが選択したのは後者。サフィアの前で使用した魔法は主に【闇魔法】なのでちょうどよかったというのもある。彼女に【闇魔法】が得意なのだと印象付けることができるからな。
早速、杖に入力する魔法式を作成する。ベースとする魔法は《闇箱》だ。ただし、そのままでは内部に閉じ込めたあれを攻撃してしまうので、攻撃する部分の項を削除して、拘束する程度に留める。他にも微調整のため数項を弄って、完成。
「……何しているの?」
気付けば、サフィアの端正な顔がこちらをジト目で見ていた。
隠すつもりもないので、端的に目的を告げることにする。
「『動く陽炎』の正体を暴くための魔法を作成していた」
「なんですって?」
一瞬驚いた顔を見せるサフィアだが、すぐに思案顔になって、さらにオレに問い掛けてくる。
「あなたには、『動く陽炎』の正体がわかったの?」
「いいや。ただ、『動く陽炎』が何故『動く陽炎』足り得るのかを理解しただけだ」
そう前置きし、アビリティの【魔力感知】が教えてくれたことを説明する。
その反応から、サフィアの【魔力感知】はまだ熟練度が低いのか、オレの予想通りあれが魔法による現象だとは気付いていなかったようだ。
「つまり、『動く陽炎』の本体が使っている魔法を無効化して、正体を暴こうとしているわけね?」
オレの言ったことを理解したサフィアが納得顔でそう言った。
「そういうことだ。だから、サフィアがいいならすぐにでもこれを使いたい」
「そうね……、いいわよ、使っても」
一拍置いて、彼女が首肯する。その一瞬の間に何を考えたのかはわからないが、このままでは取り逃す可能性もあると妥協したのかもしれない。
「承知した。この魔法には相手を拘束する効果もある。まずは正体を暴き、その後敵対するようなら戦闘する方向でどうだ?」
「問題ないわ」
話している間に距離が開いた『動く陽炎』へと近付いていく。
『動く陽炎』はオレたちに気付いているのかいないのか、先程までと変わらない速度で移動を続けていた。
不用意に近付いて一目散に逃げられてはたまらないが、この魔法の射程距離はそこまで長くない。どうしたものかと思案していると、サフィアが声をかけてきた。
「あなたにばかりいい格好はさせられないわ。あれの足止めは、私に任せてくれないかしら」
「それは構わないが……どうするつもりだ?」
『動く陽炎』の足止めをサフィアが担うなら、オレは足止めされた奴に魔法を差し向けるだけでいい。
問題となるのはその足止めの方法だ。『動く陽炎』の正体がわからない現状では、足止め方法次第では奴を取り逃すことになる。
「あれの前に壁を作るわ。試したことはないけれど、恐らくできるはず」
「……わかった。サフィアを信じる」
彼女の蒼い瞳に覚悟のようなものを見た気がして、オレは頷いた。
彼女が隣で魔法式を作成するのを横目に、オレはオレで『動く陽炎』の観察を続ける。やがてサフィアの準備が整い、オレたちは視線を交わした。
「カウントは?」
「……5で」
「了解」
サフィアが杖を構え、深呼吸をした。オレも杖に魔力を充填し、駆け出す準備を整える。
そしてカウントを開始し、『動く陽炎』を見据えて、その時を待つ。
「――1、ゼロ。《水壁》!」
サフィアが発現させたものは、水の壁を作成する魔法だ。それは『動く陽炎』の前方2メートルのところから水を噴き上げ、奴の行く手を阻む。単純な魔法だが、掲示板に載せられている魔法式にはなかったタイプの魔法でもある。これは、サフィアが自力で発見した魔法式なのだろう。
オレは動きを止める『陽炎』に向かって駆け出す。魔法の射程距離に入ったところで足を止め、すぐさま杖を掲げて魔法を発現させた。
「《闇箱》」
闇色の立方体が姿を表し、『動く陽炎』を囲む。右往左往しているかのように陽炎の揺らめきが大きくなるが、それに構わず魔法を発現しきると、それは観念したかのように正体を表した。
正体を現した『動く陽炎』の姿を一言で表すのならば、可愛らしい少女、というところだろうか。
ただし、その身長は1メートルどころか50センチメートルほどしかなく、もっと言うならば淡く発光さえしている。その背中にはパタパタと動く小さな羽があり、チュートリアルで現れたナビゲーションピクシーを彷彿とさせた。頭上には見慣れた逆向きの円錐があるが、その色はプレイヤーを表す緑色とも、敵対モンスターを表す赤色とも異なる黄色だ。
オレがすかさず〈識別〉スキルを使用すると、『シャインスピリット』という名前と共に友好的なモンスターであるという説明が表示された。
「わたしのしょうたいをみやぶるとは、なかなかやるわね、あなたたち!」
どこか舌っ足らずな、それでいて偉そうな物言いをするシャインスピリット。容姿は異なるが元いた世界でもたまに見かけたそいつは、《闇箱》の内側からオレたちを見上げ、こう言った。
「わたしはシャインスピリット、ひかりをつかさどるせいれいよ!」
「せいれい……って、精霊?」
驚いた様子でシャインスピリットを見つめるサフィア。無理もないだろう、モンスターと想定して戦闘する準備までしていたのに、いざ正体を暴いたら可愛らしい少女姿の精霊で、友好的な態度も見せられたのだから、困惑するのも当然だ。
「そうよ、おどろいたかしら? ……それにしてもじゃまね、このはこ」
シャインスピリットがふよふよと《闇箱》の内側を浮遊する。オレの小指ほどしかない小さな手が《闇箱》の壁面をばしばしと叩いているが、まるでびくともしていない。やがて叩くのが楽しくなったのか、笑顔を浮かべてリズムよく壁を叩き始めた。ドラムと勘違いでもしているのだろうか。
「……で、どうするんだ?」
オレはサフィアにそう問いかけたが、正直、オレ自身もこのシャインスピリットをどうしたらいいかわからないでいる。
「……どうって……仲間にする、とか?」
小さく小首を傾げたサフィアは、オレに一瞬視線を向け、「ないわね」と小さく呟いた。何がだ。
シャインスピリットは、自身でもそう言っていたように精霊という存在だ。元いた世界には、精霊と友誼を結び共に行動するような者もいたが、この世界でもそれが可能かはわからない。ましてや、こうして今もなお彼女を《闇箱》の中に閉じ込め続けているオレたちが、彼女と友誼を結べるかは甚だ疑問だ。
「なかま? あなた、わたしとおともだちになってくれるの?」
ところが、オレのそんな考えとは裏腹に、シャインスピリットはサフィアに向けてそんな言葉を放った。
「え? ええ……そうね。お友達になってくれたら、私も嬉しいわ」
困惑の表情を浮かべながらも、シャインスピリットの可愛らしい問いかけにサフィアもたじたじの様子。
相手の言葉遣いが舌っ足らずなこともあり、幼子に接するようにぎこちない笑顔さえ浮かべていた。
「わーい! なら、いまからあなたとわたしはともだちね! ……あれ? そういえば、まだあなたのなまえをきいていなかったわ」
小さな身体で両手を上げて、彼女は満面の笑みを浮かべる。しかし、すぐに何かに気付いたような表情に変わって、サフィアに名前を尋ねた。
「名前? 私の名前はサフィアというの。あなたのお名前は?」
「わたしはシャインスピリット。なまえはまだないわ! おともだちになってくれるあなたには、そのあかしとしてわたしになまえをつけるけんりをあげる!」
「いいの? なら……そうね、“シアン”なんてどうかしら?」
「“しあん”……いいわね、きにいったわ! きょうからわたし、シアンはあなたのおともだちよ! よろしくね!」
狭い空間内を飛び回って精一杯の喜びを表現するシャインスピリット。友達になったことに加えて名前までもらったものだから、彼女の喜びようは見ているこちらも楽しい気分にさせる。
精霊という小さなパートナーを得たサフィアも、シアンの天真爛漫な性格に絆されたのか微笑を浮かべている。
そんな様子をひとしきり眺めた後、もうシアンを閉じ込めておく必要はないなと、オレは彼女を囲んでいる《闇箱》を解除した。
すると、彼女はそれに気付くやいなや、勢いよくサフィアの胸に飛び込んだ。
「きゃっ!? ちょっと、どこ触って……!」
「あなたのここ、とってもやわらかくて、ふかふかなの~」
「それはわかったから、一旦離れて……」
「やーなの。せめてあと10びょうはくっついていたいの~」
オレの目の前で、目に毒な光景が繰り広げられている。
サフィアの服の上からでもわかる胸の膨らみに、シアンが抱きついてしまっているのだ。
(なん……だと……? うらやまけしからん!)
浩輝と共に一瞬呆然とその様子を眺めてしまったが、すぐにオレが見ていることに気付いたサフィアからキツイ視線を頂戴したので、背を向けて周囲を警戒することにした。
残念そうな声が頭の中に響いているが構うものか。
「もう10秒経過したわよ! いい加減離れなさい!」
「んふ~、あと5秒……」
「……そんな幸せそうな顔をされたら、嫌だと言えないじゃないの、もう」
サフィアの声音は、呆れたような様子でありながらもどことなくやわらかな雰囲気で。
その眼福な光景を見れないことに若干の悔しさを感じながら、オレはこの後のことに思いを馳せるのだった。
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