第9話 仮説
おまかわ
水の街へと向かう途中の検問所で、そこの所長のヒルダから『動く陽炎』の噂を聞いたオレは、サフィアと共にその真相を確かめることにした。
だが、今のオレたちにはヒルダから聞いた話以上の情報がない。かといって今からもう一度ヒルダを訪ねるのもバツが悪く、何か情報はないかと掲示板を参照したところ、そのものズバリなスレッドを見つけることができた。
「【未確認生物?】街道のレアモンスターを追え!その4【動く陽炎】……ね。ここの投稿者たちによると、出現に規則性はないみたい。場所もランダムで、時間も太陽が出ている間ということ以外に法則性もないそうよ」
「太陽が出ている間……。では逆に、太陽が出ていない夜には目撃情報がないということか?」
「そうなるわね」
それはつまり、夜行性の生物ではないということか? いや、これは単に『動く陽炎』の目撃情報であってその本体の情報ではないか。
む? ならばこういう仮説はどうだ。
「例えば、夜にしか姿を見せないモンスターいるとした場合、そのモンスターは、昼間はどうしていると思う?」
「……どこかに隠れて寝ているだけじゃないの? ゲーム的に考えるなら、デスポーンしているとも取れるけど」
デスポーンというのは、スポーンの反対語のような意味合いで使用される造語だったはずだ。スポーンが「産む」を意味するので、反対の意味としては「死ぬ」あるいは「消える」を意味する。
類似の造語でリスポーンという単語もあるが、こちらは「再発生」という意味だ。これらは主に近年のコンピュータゲームで使われる単語であり、一般的な単語ではないので気をつけるように。
「そして夜になったらリスポーンするということだな。では、デスポーン説を抜きにすると、彼らはどこかに隠れて寝ている、と考えられる訳だが、この“どこか”とはどこだ?」
「知らないわよ。地面に穴でも掘っているんじゃないの?」
ややぶっきらぼうな口調でサフィアが返答する。突然意味不明な問答を始めればそうなるのも致し方なしだろう。
だがすまんな、あと少しだけ付き合ってもらおう。
「そうかもしれない。なら、彼らが掘った穴がどこかにあるはずだ。そうすると、うまく穴自体を隠していたとしても、穴を掘った形跡は残るはずだ。違うか?」
「違わないけど……。でも、土魔法か何かで元通りにされたりしたら、流石にわからないんじゃない?」
モンスターの中には、たまに魔法が使える種族が存在する。
以前オレが戦った、ブロンズエイプなんかがそれに当たるな。奴は左右の腕で異なる属性の魔法を使えたが、あれはかなり稀な部類だ。普通は使えないか、使えたとしても1種類だけなのだから。
サフィアは、そういう魔法が使えるモンスターが、土魔法で穴を掘った痕跡を消しているのではないかと考えたようだ。
「そうだな。けれど、地面に掘った穴の中に隠れているということは、その分の土が余るはずだ。今は昼だから、彼らが隠れているとすれば、余った土が見つかるはずだ」
「……そんなもの、見当たらないけど」
「そうだ。つまり、彼らは地面に掘った穴に隠れているわけではないということだ」
「ねえ、結局、何が言いたいの?」
要は、これはただの検証だ。ある前提に基づいて現象を想定し、再現性を確認したかったのだ。
今回は『夜にしか姿を見せないモンスターは、昼間は地面に穴を掘って隠れている』という現象を検証し、その結果、『それはありえない』という結論が出た。
「彼らがデスポーンしていないのなら。彼らが地面に掘った穴に隠れていないのなら。彼らが隠れている場所は、この平原しかありえないということだ」
「? ……えっと、つまり?」
「鈍いやつだな。夜にしか姿を見せないモンスターは、昼間何らかの方法で姿を隠している。もし、その隠れる方法が完璧ではなく、陽炎のように揺らいで見えるとすれば?」
「……それが『動く陽炎』の正体?」
「ああ。ただの仮説だがな」
この仮説が正しい可能性は、よくて半々だとオレは考えている。なにせ、今回は前提において排除したが、普通にデスポーン説も考えられるからだ。
けれど、こういうことを一つ一つ検証しなくては、真実は見えてこない。仮説を立て、検証し、その仮説がハズレであれば、また別の仮説を立てる。当たっていたとしても、別の要因の可能性をさらに検証し、より再現性を高めていく。こういったことを連綿と続けてきたからこそ、今の魔法国家があるのだから。
「とは言え、今は昼間だ。この仮説の確認はまだできないだろう。夜になるまでログアウトしていてもいいが……どうする?」
「……なら、ちょうどいいわね。掲示板の書き込みでは、件の『動く陽炎』を見つけても他のモンスターとエンカウントして見失ってしまったとあるわ。私たちも見失うかも知れないけれど、一度その姿を見ておくことも必要でしょう?」
「ふむ、確かにな」
「一度、その『動く陽炎』とやらを探しましょう。見つからなかったとしても、道中のモンスターを狩っていれば、飽きないわよね?」
「ああ、そうだな」
というわけで、オレとサフィアはここら一帯を練り歩き『動く陽炎』を探すことにしたのだった。
検問所を離れてしばらくすると、オレの【気配感知】がモンスターの反応を捉えた。【気配感知】ではモンスターの種類までは特定できないが、いると教えてくれるだけでも便利なアビリティだと思う。
オレが掲示板の『魔法先生』だと気付かれるわけにはいかないため、サフィアの前でオレが使える魔法は初級魔法1つだけだ。が、何事にもやりようはある。
彼女はまだ気付いていないようで、オレが杖を構えると顔をこちらに向け視線で何事かを問い掛けてきた。
捉えたモンスターがいる方向に視線を向けてモンスターだと教えると、納得したような表情で頷きを返してくる。どうやら今回はオレに任せて貰えるらしい。
「あら、かわいい」
そして目の前に現れたモンスターは、額に角の生えた兎だった。確か、名はホーンラビットだったはずだ。
サフィアが反応を示したように、このモンスターは非常に愛くるしい見た目をしている。だが、その実れっきとした害獣なので注意しなければならない。
ぴょんぴょんと跳ねてこちらに近付いてくる様子に彼女が顔をほころばせているが、あれは相手を攻撃するために近付いているだけで、決して友好的な行動ではない。
油断なく杖を構え、奴が射程距離に入ったところでオレは魔法を発現させた。
「《闇箱》」
「え!」
現れたのは、漆黒の立方体。それはホーンラビットを内部に閉じ込め、闇の中に覆い隠してしまった。
この魔法は既存の闇魔法である《暗闇》に形を与えるという発想を元に作成している。《暗闇》に形を与えるという発想自体は掲示板で某プレイヤーが開示していたので、見た目はそのプレイヤーが開示した魔法そのものと言っていい。
ただし、その闇の箱の中では闇自体が意思を持つかのように内部のモンスターを苦しめ、体力を奪っていっているはずだ。傍目には、ただ闇の中に閉じ込めただけのようにしか見えないのだが。
心配そうなサフィアをよそに、オレは自分が発現させた《闇箱》に近寄って内部を腰の短剣で斬り付けた。
「キュゥ!」
と可愛らしい悲鳴が響き、《闇箱》が解除される。そこにホーンラビットの姿はなく、ただ乾いた地面が残っているだけだった。
「あ、あの子は……?」
恐る恐るといった様子でオレに問いかけるサフィアに、淡々と「倒した」とだけ告げる。
彼女も内心では仕方がないとわかっているのか、「そう」と反応した後はそれ以上何かを言うことはなく、すぐに顔を引き締めて歩き出した。オレもこれ以上何かを言う必要はないと割り切り、彼女の後をついていく。
若干気まずい雰囲気になってしまったが、オレたちは今のように現れるモンスターを倒しながら『動く陽炎』を探し始めるのだった。
結論から言うと、オレたちは『動く陽炎』を見つけることに成功した。
だが、単に見つけたのではなく、他のパーティがそれを追っているところを目撃した、という方が正しい。
考えてみれば、ここはオープンなフィールドマップだ。オレとサフィアがパーティを組んでいるわけでもないのに同道できているように、他のプレイヤーもこのフィールドには存在しているのである。
ならば当然、オレたち以外にも『動く陽炎』のことを追うプレイヤーはいることになる。浩輝によれば、ゲーム内の噂話をただの与太話と片付けるゲームプレイヤーはいないそうだ。
「他のパーティが追っているようね。今のところ、進行方向にモンスターはいないし、見失う可能性も低そうだわ」
「オレたちも、彼らと同じように追いかけるか?」
「彼らに横取りだと言われない自信があるなら、どうぞ?」
それは言わば、通常戦闘における横殴りというものと同じ扱いだということだ。
横殴りとは、他人の戦闘に無断で割って入り、モンスターを攻撃することを指す。この場合、元々戦闘していたプレイヤーと割って入ったプレイヤーとで経験値を分割することになり、元々戦闘していたプレイヤーにとっては損となる。そのため、この行為は事前に両者の合意がない限りは褒められた行為ではないということだ。
今の彼らは戦闘中でもなければ、あの『動く陽炎』を尾行しているだけなので、例えオレたちが後から追いかけたとしても厳密に言えば横殴りではない。……とは言え、それを人がどう感じるかは別の問題なので、予め彼らに交渉して了承を得ているのならともかく、手を出すのは控えるべきだろう。
「……いや、やめておこう。一応、『動く陽炎』の姿は確認できたのだから、当初の目的は達成したと言えるだろう。サフィアが良いなら、このまま周辺で狩りをしつつ夜を待つことにするが?」
「そうね。それに、まだ彼らがあの『動く陽炎』の正体を確認できると決まったわけでもないのだし」
彼女の半ば自分に言い聞かせるような言い方に苦笑する。あくまでも『動く陽炎』の正体を誰より早く掴むのは自分だと言いたいようだ。
そして、オレが『動く陽炎』を追っていくパーティを視界から外そうとした、その瞬間――
「うわっ!」
「きゃーっ!」
彼らのいる方向から、悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ?」
見れば、彼らは各々武器を構え、戦闘態勢に入っている。
ついさっきまでモンスターの気配はなかったはずのに、今は数匹のモンスターが彼らを襲っていた。
「……サフィア、今のを見たか?」
幸いにして、彼らを襲うモンスターたちはオレたちのことに気付いていないようで、こちらは冷静にその光景を観察することができている。
「……ええ」
一見、呆然としているように見えるサフィアだが、その認識は間違いだったとオレはすぐに気付いた。
彼女はずっと彼らの動きを観察しているのだ。目を見開き、一挙手一投足までも脳裏に焼き付けんとばかりに鋭く、その視線を彼らに巡らせている。
彼らは出現したモンスターに苦戦する様子は見せていない。モンスターの数が多いため時間はかかるだろうが、油断しなければ死に戻りするようなこともないだろう。
ただ、彼らが『動く陽炎』を見失うことは避けられなさそうだった。
「あのモンスターたち、私には突然降って湧いたように見えたわ」
「ああ、オレにもそう見えた」
モンスターが突然出現すること自体は、普段から起こり得る現象のため問題はない。
だが、奇妙なのはそのタイミングだ。まるで行く手を阻むかのように、ある程度まとまった数が一瞬で出現した。そのような現象は、ここまでのフィールドマップでは確認されていない。
「さっき見ていた掲示板にも似たようなことが書いてあったわ。『動く陽炎』を追っていたら、モンスターに襲撃され見失った、と」
「ふむ。状況証拠だけだが、偶然ではなさそうだな」
「偶然かどうかはわからないけれど……」
偶然でなければ、必然であるのか。
『動く陽炎』を追うと、モンスターに襲撃され目標を見失う。そういう必然が、何者かによって仕組まれているのだとするならば。
「面白い」
その声は、ピタリと示し合わせたように重なった。
思わず、お互いに自分ではない声の聞こえた方向を見る。
彼女が不敵に笑う。オレも笑みを浮かべて、頷いてみせる。
「意見は、聞くまでもないわよね?」
「もちろん」
「ついて来れなくても、待っててあげないから」
「ハッ、誰に向かって言っている? そっちこそ、置いて行かれて泣きべそかいても知らないぞ」
「な、泣かないわよ! それ以前に、置いて行かれなんてしないから」
これだけの軽口が叩けるなら、彼女は大丈夫だ。変に気負わず、普段通りの実力が発揮できるだろう。
オレたちは気合を入れ直し、『動く陽炎』の正体を確かめるべく行動を開始するのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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