第5話 黒と銀のパートナーシップ
久々にあの娘が登場。
朝、浩輝が起きる時間は毎日決まっている。
午前7時、携帯電話という名の小型の通信端末が鳴動し、浩輝の覚醒を促した。
彼が身動ぎしながらその端末を探し出して画面に触れると、そのうるさい音は鳴り止む。
(おはよう、ディア)
うむ。おはよう。
目を擦りながらも起床し、洗面所で顔を洗う。歯を磨き、コーヒーの粉末をマグカップに注いでお湯を淹れると、即席コーヒーの完成だ。
朝食はトースト。バターを塗って焼いただけのシンプルなものだが、素材が良いのか、味は悪くない。むしろ美味い。
朝食の後は食器を片付け、トイレに行き、自前のパソコンとやらでインターネットニュースを軽く流し読みする。
そうしてだいたい午前8時に差し掛かる頃、浩輝はおもむろにベッドへと寝転んだ。
(おやすみ)
待て待て! 寝るんじゃない!
(冗談だよ。じゃあ、今日もよろしくね)
ベッド脇に置いてあったハックギアを頭に装着し、再びベッドへと身体を沈ませる。
浩輝と、ついでにオレの意識が徐々に薄れていく。ゲームへとログインする際のこの感覚には、もう大分慣れてきていた。
目が覚めた場所は、昨日ログアウトした宿屋の一室だ。このゲームでは仕様上どこでもログアウトできるようになっているため、本来であれば宿屋でログアウトする意味はない。だが、宿屋を利用することによるメリットは存在する。
一つは、宿泊による体力と魔力の回復効果上昇だ。
宿屋およびその類の施設外でログアウトすると、体力と魔力はほんの微々たる量しか回復しない。無論、長時間のログアウト……24時間以上もログアウトしているなら話は別だが、一晩寝た程度の時間では単位時間あたり約2%程度の回復しか見込めないのだ。
反面、宿屋の利用により見込める回復効果は、なんと単位時間あたり約10%以上にもなる。実際にオレは昨日オリヒメたちに会った後再び北風の森で狩りをし、体力、魔力共に尽きかけていたが、今は全快していた。
そしてもう一つのメリットは、その空間では他のプレイヤーの目が入らないということだろう。
人目を気にするような性格でもなければあまりメリットとも言えないが、今のオレにとってはこちらの方が重要だ。何故なら、人目を憚ることなく高度な魔法式を作成したり、他の誰も今は所持していないワンランク上の魔道具である『魔杖・夜雀』を取り出したりできるのだから。
宿屋の主人に「世話になった」と短く告げて、宿を後にする。「またのお越しを」とこちらも短く返されて、思わず苦笑した。
これから東門に向かい、平原を進んで水の街へと向かう予定だ。そのための準備は、既に昨日の内に済ませている。
傷薬を始めとした各種回復薬に、野営のためのテント(モンスターが嫌がる匂いつき)。空腹を満たすための食料や明かりの魔道具。武器や防具の手入れも完璧だ。
杖には狩りで使う初級魔法1つと、道中の探索で使用する魔法を1つ入力してある。残りはいつものように固定枠だ。
狩りで使う魔法が初級なのは、他のプレイヤー対策だ。掲示板で紹介されていた魔法のうちの1つであるため、オレが使っていても見咎められることはないだろう。万が一見咎められたら、紹介していた掲示板を見せればいいだけだしな。
連日の狩りのお陰で、現在のオレのステータスはこのようになっている。
■ステータス
体力:3100(100↑)
魔力:8700
攻撃力:2200(100↑)
防御力:1800
移動力:2200(100↑)
演算力:8000
抵抗力:5500
■アビリティ
【体力】:31(1↑)
【魔力】:87
【筋力】:22(1↑)
【強靭】:18
【敏捷】:22(1↑)
【知力】:80
【精神】:55
【無属性魔法】:61
【火魔法】:72
【水魔法】:74
【風魔法】:75
【土魔法】:71
【光魔法】:73
【闇魔法】:63
【雷魔法】:62
【音魔法】:60
【重力魔法】:65
【付与魔法】:58
【身体魔法】:54
【創成魔法】:67
【精神魔法】:69
【空間魔法】:70
【合成魔法】:56
【自然魔法】:61
【治癒魔法】:59
【呪霊魔法】:47
【剣】:13(1↑)
【杖】:45
【服】:24
【軽鎧】:29
【耐毒】:14
【耐沈黙】:41
【火耐性】:45
【水耐性】:51
【風耐性】:49
【土耐性】:44
【光耐性】:53
【闇耐性】:52
【雷耐性】:42
【音耐性】:39
【言語解読】
【魔力感知】:60
【気配感知】:17(2↑)
【隠密】:2(New)
【見切り】:2(New)
【鑑定】:18
【収納】:17(1↑)
新しく【隠密】や【見切り】といったアビリティを獲得した。これらはSクエストのときの行動により獲得したと考えられる。
(行商人に扮したりモンスターからの攻撃を寸前で避けたりしてたからかな?)
熟練度の上昇が微量なのは、もうこの辺りのモンスターを狩るだけでは各アビリティの熟練度向上に必要な経験値の溜まり方が悪いからだろう、というのが浩輝の予測だ。つまり、さらに強くなるにはもっと強いモンスターと戦う必要がある。
水の街周辺は、風の街よりも強いモンスターが出現していた記憶がある。奴らを蹴散らすのが楽しみだ。
東門に到着したオレは、門を見上げる形で風の街を見返していた。
ゲームを開始したのは7日前で、この街に降り立ったのも7日前だ。思い出せばいろいろやったものだと自分自身で感心する。
チュートリアルクエストを始めとして、北風の森でブロンズエイプと戦ったことや、ルー婆さんが患っていた衰魔病を治療したこと。魔法使いギルドで衰魔病の特効薬を巡って立ち回ったこと。オリヒメ、キンバリーと知り合ったこと、トワと一緒に狩りをしたこと。
究極魔法の研究に没頭していたあの10年余りと比べて、なんと色濃い日々だったのだろう。
(けれど、まだ終わりじゃない)
ああ、そうだな。まだオレの冒険は始まったばかりだ。
次は水の街。どんなクエストやモンスターがオレを待っているのか、今からでもワクワクする。
他のプレイヤーも、続々とSクエストをクリアして水の街へ向かっていると聞く。オレだけ出遅れる訳にはいかない。かつて『魔王』と呼ばれたオレの意地にかけて、オレはこの世界でもトップを目指す。
(ディアなら本当にいつか、『魔王』と呼ばれるようになるかもね)
『魔王』はこの国の王のことを指す言葉だ。オレ自身は元魔王だったとしても、このアバター『ベルゼ』は魔王家の人間ではない。そんな風に呼ばれることはありえんよ。
(そうかなあ……)
「ねえ」
と、感傷に浸るオレに声がかけられる。すっかり気が抜けて、声をかけられるまで全くその気配に気が付かなかった。
そこにいたのは、銀髪の美少女。思わず声を詰まらせるほど完成された可憐さに、オレは目が離せない。
「あなた、こんなところで何しているの?」
美少女の名は、サフィア。先日、オレに勘違いで決闘を申し込み返り討ちにされ、フレンド登録することになった少女だ。
先程感嘆したように、彼女の均整のとれた顔立ちは見惚れるほどに美しい。けれど美女というよりは美少女という方がしっくりくるのは、まだそこに若干のあどけなさを感じるからか。
先日出会った時から、装いはあまり変わっていないように思う。ジロジロ眺めるのも失礼なので、全体的な印象は、という程度だが。
女性特有の柔らかそうな身体とは裏腹に、彼女の声音は少し固い。オレの方が少し背が高いため、見上げるような形になってしまっていることが遠因だろうか。
「何って、これから水の街に向かうから、風の街での出来事を思い出して感傷に浸っていただけだ」
オレがそう言うと、彼女は訝しげに表情を歪ませる。なんだろう、特に彼女の機嫌を損ねるような発言ではないはずだが。
「あなたのことだから、とっくにこの街を後にしていると思ってたわ。それに感傷に浸るなんて、そんなにこの街でのクエストに苦戦していたの?」
棘があるような言い回し。彼女からすれば不本意なフレンド登録だったのだから、邪険にしたくなるのも理解できるが、そこまで言わなくてもいいだろう。
「苦戦したことだけが感傷の理由じゃないさ。この街で出会った人たちとの思い出なんかも、理由のうちだ」
「あ……そうよね、この街でどんな思い出を紡いだかは、人によって違うものね。ごめんなさい、少し言い方が悪かったわ」
けれど予想に反して、サフィアは素直に自分の言動を謝った。思い込みの激しいところがあったサフィアだが、そういえば自分の非を認め律儀にオレにフレンド申請を送る素直さも持ち合わせている。
なんだ、根はいい子じゃないか。
「いや、わかってくれたのなら、構わない。そういうサフィアは、これから狩りに出るのか?」
「半分正解ね。私の目的もあなたと同じよ、ベルゼ」
「ということは、水の街に?」
「ええ、そうよ」
そういえば、あの決闘騒ぎがあった後にサフィアと話すのは今回が初めてだ。彼女の人物像は、根がいい少女というくらいしかわかっていない。無論、彼女の方もオレのことを計りかねているはずだ。
この機会に、お互いに少し親睦を深めるのもいいかもしれない。
「じゃあ、私は先に行くわ」
「ちょっと待ってくれ」
先に行こうとするサフィアを引き止めると、彼女は胡乱な表情で「何?」と問うてきた。
態度でわかる通り、彼女からオレへの印象はあまり良くないと思われる。けれど、それはお互いを深く知らないからだ。よく知らない人を好きになれと言われても無理がある。なら、よく知るための努力をするべきだ。
「もし良かったら、一緒に行かないか?」
声は、震えていなかっただろうか。
高々同行を誘うだけなのに、何故かオレは緊張していた。自分から他人をパーティに誘うことが初めてだからだと自分を納得させて、彼女の返事を待つ。
「あなたと? どうして?」
「折角フレンドになったのだから、仲良くしたいと考えるのは自然なことだろう?」
フレンドになった人が必ずしもそうだとは限らないが、少なくともオレは彼女とは仲良くしたいと考えている。
彼女も同じように考えてくれたら嬉しいと思いつつ、恐る恐る彼女の顔色を窺う。
「そういうの、別に要らないんだけど――って、普段なら言うところなんだけど……。ま、いいわ」
「おお、そうか」
「けれど、私はパーティを組む気はないわ。ただでさえ経験値効率が悪くなっているのに、さらに悪くするなんて考えられない。それでもいいかしら?」
オレと同じで、彼女も各アビリティの熟練度が頭打ちになってきているのだろう。
モンスターを倒した際に得られる、熟練度の向上に必要な経験値はシステムログに表示されない。普段の行動からでさえ少ないが経験値を得られているらしいのだから、一々システムログに表示されないことにも一応は納得できる。
そして、パーティを組む場合は少なからずパーティメンバーにも経験値が分配されると考えられている。
それが本当なら、強大なモンスターに挑む訳でもあるまいし、雑魚モンスターを倒しながら次の街を目指すためだけにパーティを組むのは非常に非効率的だ。
「ふむ。確かにサフィアの言う通りだ。わかった」
「……」
オレはサフィアの言い分に納得して頷いたのだが、サフィアは何故か訝しげにオレを見ていた。
彼女の考えていることがわからない。人が人である限り読心術など得られないのだから、それも当然だが。
(魔法が使える世界にいたディアの言うことじゃない気はするけどね)
「どうした?」
「……いいえ、何でもないわ。なら、さっさと行きましょう」
そう言って、サフィアは先に進んでいく。
彼女が「何でもない」というのなら、今はまだ気にしないでおこう。そこに深く踏み込めるほど、オレたちはまだ互いを知らないのだから。
数歩先に行った彼女を追いかけながら、オレはこの道中でどうやって彼女との仲を深めようかと、思考を巡らせることにしたのだった。
申し訳ありませんが、リアル多忙のため話のストックがなくなりました。
次回はストックが溜まり次第更新とさせて頂きます。
おおよそ年末くらいを目処にしますので、気長にお待ち下さい。




