第3話 北端
「トワ、魔法式を変えたい。1分ほど時間を稼いでくれ」
「オッケー!」
カッパーエイプの猿声により集まってきたモンスターたちは、ゴブリンを除くブラックバット、ファンガス、フォレストウルフの3種類。彼らの行動はあくまで個の動きであるため、1匹ずつなら倒すのはそれほど難しくない。
それでも量が量だ。一歩間違えば致命傷を受けても不思議ではない。トワの体力が保つか心配だが、信じるしかないだろう。
だがこの森の中、俊敏に動いてモンスターたちを翻弄する彼女はまさに無敵。手や足を使って森の中を縦横無尽に動き回るその姿を見て、オレは不安を拭い取った。
と、思ったのも束の間。
「あ、うわっ、と!」
彼女は手を滑らせて掴んでいた木の枝から落下し、慌てて態勢を整えていた。何やってるんだ、まったく。
そんな思考をしつつも、オレは杖に魔法式を入力していく。掲示板で紹介した魔法ではないが、同じ初級の5項程度の魔法式だ。研究好きの魔法使いなら近いうちに到達するだろうと思われる。
入力した魔法の1つは《沈黙の呪い》。【呪霊魔法】に分類される状態異常誘発魔法で、これを受けた対象は声を出せなくなる。本来なら敵対する魔法使いに対して魔法を使えなくするために使うが、猿声を放ちモンスターを呼び寄せるカッパーエイプにも有効だろう。
さらにもう1つの魔法式も入れ替えて、早速杖に魔力を注ぎ準備を進める。この魔法の良いところは、魔力を感知する術を持たない相手には不可視の攻撃となることだ。
「トワ、カッパーエイプたちの猿声を黙らせる。これでモンスターの追加が一時的になくなるはずだ。その隙に畳み掛けるぞ」
「わかったわ!」
威勢のいい返事に頷いて、杖の先端をカッパーエイプに向ける。奴らの数は見える範囲では6体。連続で発現させられるだけの魔力は既に注入済みだ。
「《沈黙の呪い》!」
見えざる呪いの手が、猿声を撒き散らすカッパーエイプたちに忍び寄る。
【呪霊魔法】は呪いの力。それはこの世ならざる者からの死への誘いだ。浩輝風に言うならデバフを与える魔法といったところだろう。
最初の一匹が呪いにかかったのを皮切りに、次々とその甲高い声が止んでいった。突然声が出せなくなり、カッパーエイプたちは非常に困惑しているようだ。
「周りのモンスターを蹴散らせ!」
トワに向かってそう叫びつつ、オレもさらに杖に魔力を注ぎ込む。
インベントリからもう一本のククリ刀を取り出したトワが、モンスターを駆逐していく。《筋力増強》による圧倒的な膂力でモンスターを一刀両断する様は見ているこちらも爽快な気分になる。
その間にこちらも魔力を溜め終わった。奴らへの仕返しとなるこの魔法を嫌と言うほど味わわせてやろう。沈黙状態のため、声は出せないだろうが。
「《空飛輪》!」
カッパーエイプたちに向かって飛び出したのは、空気を圧縮して作った円形武器だ。チャクラムという飛び道具を模して考案されたそれは、簡易な魔法式でありながら考案者も驚くほどの効果を秘めていた。
即ち、《風刃》ばりの斬れ味を持ちながら、魔力が維持する限り消えずに何度でも投擲可能というものだ。
1匹のカッパーエイプを斬りつけて手元に戻ってきたチャクラムの内側に指を差し入れて受け止める。扱いを誤れば自らの指を切断させてしまい兼ねないが、1本程度なら多少意識を集中すれば問題ない。
そうして受け止めたチャクラムを、回転の勢いをそのままに再び投擲し、次々とカッパーエイプたちを攻撃していった。
ちなみに、オレはこのチャクラムを精々1本しか操れないが、熟練の使い手は両手の指の数だけ同時に操れるという。それはまさに曲芸とも言うべき見事な手捌きらしい。
攻撃を受けたカッパーエイプたちが怒ってこちらに突撃してくる。声が出ていないためいまいち迫力がないが、その表情はなかなかに凶悪だ。怒っているのだから当然か。
だがそんなに視野を狭くしていると、二本足の獣に狩られるぞ?
次の瞬間、格好の獲物を見つけた獣がククリ刀をぶん投げてカッパーエイプたちを襲う。
投げられたククリ刀はその内の1匹に突き刺さり、そのまま光の粒子に変えてしまった。
突然の奇襲に驚いたカッパーエイプたちだが、もう片方のククリ刀を持ったトワが肉薄してくるのを見て声にならない声をあげている。そんな暇があるならさっさと逃げろと言いたい。
オレは逃げ出そうとするカッパーエイプの前に躍り出て、杖を構えながら宣言する。
(しかし回り込まれてしまった!)
うわっ! 突然声をだすなよ、浩輝。びっくりするだろ。
(いや、この状況でこれを言わないとか嘘でしょ)
知らねえよ。
「《空飛輪》」
射出されたチャクラムが彼らの身体を切り刻む。今は手元に戻す意味はないので撃ちっ放しだ。
魔法を受けて怯んだそいつにオレも接近し、腰の短剣を抜いて止めを差す。断末魔の声は、まだ沈黙効果が続いていたため聞こえなかった。
そんなことを繰り返しながらカッパーエイプたちの体力を削り取った頃、ようやくモンスターの気配がなくなった。
猿声により集まってきていたモンスターたちも、そのほとんどがトワに駆逐されたようだ。
「ようやく終わったか」
一息ついてインベントリを開く。苦労した割には、お目当てのアイテムはたったの3つしか手に入れていない。レアドロップの方はもちろん落ちてなんていなかった。
「お疲れー。レア出た?」
「いいや、何も。銅猿の毛皮に黒蝙蝠の牙、きのこ(食用)……お、森狼の牙があるな」
「なんだ、出てるじゃん。って、集めたいのは銅猿の尾の方だっけか」
「ああ。まあ、何も無いよりマシだろう」
お互いの戦果を報告し合い、ドロップしたアイテムに一喜一憂する。
これぞゲームという感じの緩い会話が心地良い。偶には他のプレイヤーと狩りをしてみるのも、悪くないものだ。
「少し休憩するか?」
「そうね。あたしも疲れたから休憩したいわ」
「ならもう少し奥に行った所にいい場所がある。そこで休憩にしよう」
いい場所、とは例の魔水の泉のことだ。特に休憩に適した場所というわけではないが、景観が良いのでオレは良く利用していた。
今までオレがいる時にあの場所を訪れたプレイヤーはいないが、時が経てばあの場所も有名になることだろう。
早速、トワを連れて泉へ向かう。
道すがらに出現したモンスターはトワに任せた。お互い【気配感知】アビリティを持っているためか、何も言わずともオレが一歩下がればトワが前に出る構図となっている。
「この森ってどこまで続いているのかなあ」
「さあ? なんだったら、休憩の後に確かめてみるか?」
「そうね、それも面白そう」
そんなことを話しつつしばらく歩き、やがて例の泉に到着する。
今は昼であるため初めて訪れた時のように神秘的な雰囲気は出ていないが、それでも真上から射し込む陽光を反射して水面が輝く様は非常に美しい。
隣に立ったトワの顔を見れば、その光景に開いた口が塞がらない様子だった。
「綺麗な場所ね。休憩にはもってこいだわ」
偶にモンスターが湧くこともあるが、その点だけ注意すればいい。
泉の縁は泥となっているため、少し離れた場所に二人で腰掛けた。
この泉の付近に生えているヨウマ草という薬草に魔力回復の効果があることや泉の水が魔力を含むことなどを初見のトワに話し聞かせる。
後は杖に入力する魔法式を入れ替えたり、トワに魔法式に関するアドバイスをしたりして過ごした。
「さてと、そろそろ行こうか」
十分に体を休め、体力、魔力ともに回復した頃、オレは立ち上がった。ここで話す話題がなくなったから、というのもあるが。
「そうね、このまま奥まで行ってみましょう」
トワも頷いて立ち上がり、自らの手で地面に接していた部分である尻を叩く。その拍子に彼女の豊かなお尻やお胸もふるふると揺れ、オレの視線を奪った。
それを自覚した瞬間に目を逸して、インベントリを開き中を確認する振りで誤魔化す。見ていたことがバレてないといいが。
(ディアって時々、思春期の男子高校生みたいになるよね)
な、なんだそれは。
(まあまあ、男なら誰だって見ちゃうよ、アレは)
浩輝とそんなやり取りをしているとは知らないトワが、準備を終えてこちらに向き直る。が、すぐに怪訝な表情でオレの顔を見つめてきた。
「どうかしたの? 眉間に皺なんか寄せて」
どうやらにやけそうになる顔を無意識に抑えようとしていたらしい。結果として変な顔になってしまい、トワに心配されたようだ。
「何でもない。カッパーエイプの素材をどう集めようか、思案していただけだ」
口から出まかせの、さもありえそうな答えを返しつつ、オレは歩き出した。
隣に並び鼻唄を口ずさむ彼女は酷くご機嫌だ。
どうかしたのかと尋ねると、「誰かと並んで歩くっていいものだね」だと宣った。
「ああ、オレもそう思うよ」
「えへへ」
これではまるで、世に聞くデートのようではないか。
お互いにそんな浮足立つような気分だったが、オレの【気配感知】がモンスターの気配を捉えたことでその雰囲気も霧散する。トワの方も同じ気配を捉えたらしく、武器を構えていた。
「いいところだったのに」
それはどちらが放った言葉だったのか。オレたちはそれを意識の外に追いやって、そのモンスターへと向かっていった。
風の街は、魔法国家ユルドフェルシルの北西、しかもその端の方に位置する街だ。
魔法使いギルドのギルドマスター、ウィゼットがそう零したように、世間的には辺鄙な街と評されている。
街の周辺は森と平原に囲まれており、辺鄙な場所故か強いモンスターはあまり出現しない。
駆け出しの魔法使いが自分を鍛えるには最適という訳だ。
さて、その北西の端にある風の街だが、その先には何があるのかというと、実は海が広がっている。この大陸上でも、風の街は北西の端にあるということだ。
そんな端にある街なら港を開けばよいのでは、という声も聞こえるだろうが、地理的な要因でそれは不可能と言えた。
なぜなら、北も西も、何がどうしてそうなったのか、一帯が断崖絶壁になっているからだ。
土魔法を行使して整地することはできるが、今度はその先、海の方にも問題がある。
波は常に荒れ狂い、凶暴なまでの潮の流れが全てのものを押し流す。海に入ればたちまち沖へと流され、二度と元の場所には戻れないと言われ、船を浮かべることさえできないという。
船の出せない港に意味はない。だから風の街は、海の近くよりも少し内陸の方に作られたのだろう。
森を進み、やがて潮の香りがうっすらと漂い始めた頃、トワのネコミミがピクリと動き、尻尾がピンと張り詰めた。
「あれ? 波の音が聞こえる……」
それは海に近付いてきた証拠だ。プレイヤーとしてのオレはこの国の地図を見ていないため、例えこの先に海があることを知っていたとしてもそれをトワに教える訳にはいかない。
けれど、トワの言葉を聞いて推測した振りはできる。
「波の音? 海が近いのか?」
「かもしれない。行ってみよう!」
興奮した様子のトワに手を掴まれ、オレたちは走り出した。
森の中は異常に土が柔らかかったり草が邪魔だったり倒木があったりして歩き難いのだが、そんなことも忘れて一心不乱にトワは進んでいく。
進むほどに濃くなる潮の香りと、大きくなる波の音に導かれて、二人はやがて森を抜けた。
押し寄せた波が、断崖にぶち当たって弾ける。弾けた水飛沫が、崖の上に立つオレたちの所にまで飛んできそうだ。
トワはただ呆然と立ち止まっている。ここに着いてから、先程までの興奮した様子が嘘のように、この光景を静かに眺めていた。
「海だ」
短くそう呟いた彼女がどんな心境であるのか、付き合いの浅いオレにはまだわからない。
「トワ」
オレが彼女の名を呼ぶと、彼女はビクリと反応してこちらを向いた。その表情はなんだか感動しているというよりは呆然としているようで、オレはどうしたのかと訝しんだ。
「海がある」
「ああ、そうだな」
「森の奥に海があるなんて、あたし知らなかった」
「……ああ、オレも初めて知ったよ」
嘘だが。
「これは発見だよ、大発見だよ。掲示板にもまだ出てない情報だよ」
ああ、なるほど。オレは知識としてここに海があることを知っていたから、これが発見だという実感がないのか。
だがそう言われれば、確かにこれは発見だろう。トワの興奮と冷静がごちゃ混ぜになった顔にも納得ができるというものだ。
「なら、記念撮影をしよう。海を背に、オレがトワを撮る。それを掲示板にアップして、公開するんだ。きっと、みんな驚く」
「あ、そうだね。それがいいよ!」
「その役目を、任せていいだろうか。オレはトワほど、この感動を上手く言葉にできない。まだ実感がないだけかもしれないが」
「……わかったわ、任せて!」
そうしてSSを何枚か撮影した後、オレたちは街に戻ることにした。トワが一刻も早くこの映像を他の人に見せたいと言ったからだ。
道中襲ってきたモンスターはカッパーエイプ以外は極力無視し、森を抜けた後は一目散に街に向けて走った。
トワはどんなことを掲示板に書き込むのだろうかと、そんなことを考えながら。
その後、掲示板に海を背に映る猫の獣人族のSSがアップされた。
アップした本人の談から、北風の森を抜けると海があるということがわかり話題を集めたが、やがてそこに映る猫の獣人族にも注目が集まり出す。
彼女は誰なのか、森の奥にまで到達するその実力は如何程か。また、彼女を撮影した人物は誰なのか。
その真相を知る者は、オレとトワの二人を除いて、他には誰もいなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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