第13話 ストーリークエスト(3)
雑貨屋ライカンズでクルルの母親であるリリィからの依頼を達成した後、今度は雑貨屋の店主が店の奥から魔道具らしきものを引っ張り出してきた。
見た目は小さな壺のように見える。壺の側面には魔結晶と封魔石が設えられており、それが魔道具であることを如実に表していた。
「それは?」
「しばらく前に、旅の魔法使いが金の代わりにと置いていったものだ。魔力を注いでもうんともすんとも言わないんで、不良品を掴まされたと思ったんだが、捨てるのも忍びなくてな」
金の代わりにと置いていったのだから、価値あるものと思うのも当然だろう。捨てることを躊躇うのも無理はない。
具体的な用途は聞かなかったのかと尋ねたら、相手は急いでいたようで説明もせずに去っていったらしい。
ただ、ある一言を言い残して。
「それは水瓶だ」
なるほど、確かに水瓶に使えないこともないだろう。小さな壺ではあるが、作り自体はしっかりしており水漏れする心配もなさそうだ。
だが、ただの水瓶にしては魔結晶や封魔石が設えられている意味がわからない。やはりこれは何かしらの魔道具だと思われる。
(魔道具ってことは、魔力を注ぐと何かしらの効果を生み出すものってこと?)
ああ、そうだな。問題は、魔力を注いでも何も起こらないことか。
魔道具は目的に沿った魔法式を入力した封魔石と、その魔法の発現のために必要な魔力を貯めておく魔結晶の2つがあって初めて使用可能になる。
この魔道具にはその2つともが揃っているのに、魔力を注いでも魔道具が起動しないというのだ。
ちなみに、杖や本などの魔道具も基本的な作りは同じだ。魔法式の入力は封魔石が、魔力の貯蓄は魔結晶が担っている。魔法式の書き換えが可能になっていることが大きな違いと言えるが、詳しい仕組みはオレも良く知らないので勘弁して欲しい。
「こいつがどんな魔道具なのか、調べちゃくれないか。もしこいつを動かすことができたなら、こいつは手前にくれてやるぜ」
<S3:正体不明の魔道具の謎を解明せよ(0/1)>
オレはしばらくの間、その魔道具を手に取って調べてみた。
先程の雑貨屋店主の言葉も含めて、わかっていることは以下の3つ。
1つ、この魔道具に魔力を注いでも、何も起こらない。
2つ、魔結晶と封魔石の2つは揃っており、魔道具としては使用可能と思われる。
3つ、元の持ち主は、この魔道具を指して「水瓶」と言った。
(……あのさ)
魔道具としての条件を満たしているにも関わらず、起動しない魔道具。なるほど、確かにこれは謎だ。
この謎の鍵は、この魔道具の形状と、元の持ち主が言い残した「水瓶」という言葉だろう。
(……ねえってば)
だが、些かヒントが少な過ぎやしないだろうか。
形状は壺、「水瓶」という言葉。魔道具としての機能があまり想像できない。
なあ、浩輝はどう思う?
(……ディア、本当はもう答えに見当はついてるでしょ?)
……………………まあ、割と最初から。
(だろうね。元魔王でもあるディアが、この程度の謎とも言えないものを解明できないはずがないし)
そもそも、オレの元いた世界では一般的な魔道具だったのだ、これは。
オレ自身はその機会を持たなかったが、旅をする場合には必須の魔道具であった。
(へえ? それで、これはどんな機能を持った魔道具なんだい?)
その機能は、魔法による飲水の生成。これは魔結晶に蓄えた魔力を消費して、壺に飲水を貯める魔道具だ。
作りとしては単純そのもの。奇を衒っていることもなく、ただ魔力を飲水に変換するだけ。
大袈裟に謎解きに向かう姿勢をとってみたが、あっさり見破るとは。なかなかやるな浩輝。
(はいはい。で、どうして動かないかももうわかっているんでしょ?)
素っ気ない! 素っ気ないぞ浩輝!
……まあ、確かに浩輝の言う通り、何故起動しないかも既にわかっている。
おそらく封魔石に魔法式が入力されていないのだろう。魔力を注いでも魔道具が起動しない条件などそれしか思い当たらない。
何故そんなことになったのかは不明だが、これに《飲水》の魔法式を入力すればそれでこのクエストはクリアできるだろう。
魔道具の壺を手に持ち魔法式のエディタを開くと、そのまま魔法式を入力できるようだった。
案の定この魔道具の封魔石には魔法式が入力されていなかったので、《飲水》の魔法式を作成して入力する。
わずか5項程度の魔法式であるため、一応はゲームを始めたばかりのプレイヤーでも簡単にクエストを達成できるようになっているわけか。そのためには、この魔道具に魔法式を入力する必要があることに気付かなければならないが。
魔法式を入力し終え、そのまま魔結晶に魔力を注ぐ。
すると、すぐに壺の中に透明な水が生成された。どうやら注いだ魔力の分だけ、即座に飲水を生成するようだ。
<S3:正体不明の魔道具の謎を解明せよ(1/1)>
その様子を雑貨屋の店主にも見せてやると、少しばかり驚いた後は用途に思いを巡らせて落胆していた。
クルルとリリィは、「すごーい!」とか「あらあら、まあまあ」とか言って喜んでいた。いや、リリィのそれは喜びなのか怪しいが。
「なるほど、飲水を生み出す魔道具だったわけか。なんだかがっかりだな」
店主がどんなすごいものを想像していたのかわからないが、別に使い途のない魔道具というわけではない。
ただ、街の住人であり旅に出ることもなさそうな者からすれば、無用の長物だというだけだ。街にいれば、飲水に困ることなどないのだから。
「ま、約束は約束だ。その魔道具は手前にやるぜ。精々大事に使ってくんな」
旅には必須の魔道具であるため、オレにとっては嬉しい報酬だ。言わばこれはゲームを進める者たちへの運営からの贈り物というわけか。
父親である店主の真似をして「くんなー」と叫ぶクルル。この子の口の悪さは、やはり父親譲りだったようだな。母親のリリィが止める様子もないので、オレが気にすることもないだろう。
「それはそうと、手前ほどの魔法使い様にならアイツの始末も頼めるかもしれねえな」
笑うクルルの頭を撫でながら、店主がオレに話を振ってきた。
「アイツ、とは?」
店主が言うには、ストラウト平原の東にこの辺りでは見かけないモンスターが彷徨いているらしい。
東には水の街へ続く街道がある。既に何人かの行商人が襲われており、被害が報告されていた。
行商人が運ぶ生活用品や塩なども被害にあっており、街の住人にとっても頭の痛い問題となっているのだとか。
「もしよかったら、手前の手でアイツを討伐しちゃくれねえか? 報酬なら、街の役人共に支払わせるからよ!」
「頼む!」と拝むように手を合わせる雑貨屋店主。
ここまで頼まれては、断るのはかなり躊躇われる。まあ、元々断るつもりもないからいいのだが。
「ああ、いいだろう。となると、詳細が知りたいな。誰に聞けばわかるだろうか?」
「おう、そうか! ありがてえ! 街役場に行けば詳しい奴がいるはずだ。なんなら被害に遭った行商人もいるかも知れねえ。そいつらに聞いてくれ」
店主から街役場の場所を聞き出し、オレは店を後にする。
去り際、名残惜しそうにクルルが手を振り見送ってくれたので、「またな」と声をかけて手を振り返した。
<S4:ストラウト平原の東に出没するボスモンスターを討伐せよ(0/1)>
街役場に着いたオレは、手頃な役人を捕まえてストラウト平原の東に出没するモンスターについて尋ねた。
「アイツの討伐を? ……なら、今まさに隣で書類を作成している男性に聞くといいですよ。アイツに襲われた、被害者らしいですから」
役人の言う通り隣に目を向けると、その男性も役人の声が聞こえたのかこちらを見ていた。丁度よいので、そのまま役人から紹介してもらう。
「マルスと言います。行商人をやっております。以後お見知り置きを」
「ベルゼという。今は旅の魔法使いをしている」
マルスと名乗った行商人は、行商をしているにはあまり見えない格好の30代の男だ。
頭に載せたこぢんまりとした帽子がなんともいい味を出しており、ともすれば貴族のように見えなくもない。
「ええ、その通り。私の実家はとある街の貴族でございます。尤も、私は三男坊に生まれたので、家の跡継ぎなどとは無縁ですがね、ははは」
そう言って、マルスは陽気に笑った。貴族とは思えぬ気さくさだ。
ここでは邪魔になるかとその場を移動して、待合室のような休憩スペースで詳しい話を伺う。
情報料だと割り切って役人に金を渡し、マルスに紅茶を届けるよう手配した。
「それで、あんたは何を運んでいた時に襲われたんだ?」
「主に衣類ですね。衣類以外ですと、貴金属や宝石などのアクセサリーです。ああ、そういや、小麦粉も積んでいましたね。水の街は、何と言っても水車が有名ですから」
水の街というだけあって、ヴィタレントは街中を巡るように何本もの川が流れている。
その川を利用した水車小屋が街の至る所に存在しており、その中では水車を使って小麦を挽いたり糸を紡いだりしているのだ。
「ふむ。なら、襲われた時間帯は?」
「私が襲われたのは朝ですよ。商人ギルドの仲間から話を聞くと、昼だったり夕方だったり、バラバラみたいですが。あ、夜に襲われたってのは、いないみたいですがね」
最後の一言はマルスなりの冗談だろう。街が見える距離まで来ておいて、街の外で野宿をするような輩はいないのだから。
役人が紅茶を持ってきてマルスに渡し、そのまま去っていく。あれ、オレの分はないのか?
「ほうほう。なるほどな」
「お役に立てましたか」
「ああ、十分だ。あ、いや、最後に一つ、訊いてもいいか?」
「ええ、どうぞ?」
「あんたが運んでいた荷物の中で、被害に遭い売り物にならなくなったのは、どれだ?」
◆ ◆ ◆
もう夕方も近いこの時間、街に入る者は多くあれど、出て行く者は少ない。
この街へと向かっていた旅人は身体を休めるため足早に門を潜り宿へ直行する。稀に出ていく者もいるが、その多くは武器を携えた者たちだ。これから、夜にしか出現しないモンスターを狩りに行くのだろう。
今も、一人の男が風の街の東門を潜り平原へと歩み出た。
男の風貌は、その行動に似合わずちぐはぐだ。これから夜になろうという時間であるのに、その背に大きな荷物を背負っている。武器となる物は携帯しておらず、護衛の一人も連れていない。頭をすっぽりと覆うフード付きマントを目深に被っており、辛うじて体格から男だと判断できた。
行商人であるなら、この時間帯に街を出ることはあり得ない。夜にはモンスターだけでなく野盗の類も出やすいからだ。行商を急ぐあまり商品を失っては意味がないだろう。
かと言って、夜のモンスターを討伐するために出張って来た魔法使いでもあり得ない。武器となる魔法の杖を持っていないし、背中の荷物にも説明がつかないからだ。
男はすれ違う者たちが訝しむのを気にも止めず、ずんずんと街道を進んで行く。まるで背の荷物を運ぶためではなく、一刻も早く次の目的地に向かうためだと言わんばかりに。
傍目からは何を運んでいるのか窺い知れないが、然程重いものでもないようだ。男の歩調に合わせて背負った荷物が上下に揺れているのがいい証拠だろう。
ある程度街から離れ、夜の帳がうっすらと東から降り始める頃、ふと男は空を見上げて立ち止まった。顔を上に向けた拍子に頭を覆っていたフードがめくれ、男の素顔が顕になる。
髪は夜空を映したかのような漆黒で、顔立ちは東洋人のようだがどことなく西洋の風味を帯びている。爛々と夕空を映すその瞳は、眩い金色をしているようだ。
やあ、オレだ。ベルゼだ。
何をしているかって? そりゃあ、囮捜査に決まっているだろう。
そして立ち止まったのは、星を見つけたからだ。空に輝く一番星などではなく、この場合は犯人という意味のホシである。
ホシの名はステップホーク。鷹型のモンスターであり、猛禽類特有の鋭い鉤爪や尖った嘴で攻撃してくる。時にはウィードピジョンでさえ獲物にするというその獰猛さは、なるほど確かに危険極まりない。
草原の鷹という意味の名に違わず、通常は草原に出現するモンスターである。本来はこのような街の近くに現れるモンスターではないのだが、極稀に番となった場合は例外だ。繁殖のため栄養が必要なのか、あらゆる食物を狙って旅人や行商人に襲いかかる。
背中の荷物――マルスから売り物にならなくなった小麦粉を低価格で買い取ったものだ――を狙って近付いてくるその2羽を、オレの【気配感知】が捉えた。
読んでいただきありがとうございます。
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次回の更新は09/17(日)の予定です。




