第11話 ストーリークエスト(1)
このゲームには、ストーリークエストと呼ばれる物語が用意されています。
各街に存在するこれらのクエストを進めることで、世界への理解を深めることができます。
その物語の先には何が待っているのか。是非、あなた自身で確かめてください。
――MGO ゲーム説明書 第6章『クエスト』より
北風の森で色んな魔法を試してしばらく。オレは現在、風の街の宿屋の一室で、森で使った魔法の中から杖に入力する魔法を選別していた。
宿屋に来ているのは、公衆の面前で手の内を晒さないためだ。人目のあるところで『魔杖・夜雀』を出せば、その珍しさからたちまちどうやってそれを手に入れたかを聞かれるに違いない。尋ねられても答えなければいいだけだが、そんなことをすることがそもそも面倒である。
ならやはり、宿屋のような自分以外のプレイヤーに見られない場所に来るしかないという訳だ。
いろいろ考えた結果、杖には3つの魔法を固定で入力しておき、残る2つの枠は入れ替えながら使うことに決めた。
固定枠として、まずは【治癒魔法】の《再生》。掲示板で紹介した《治癒》の完全上位互換であり、その回復力は折れた骨さえ瞬時に癒着させる。
森ではわざとモンスターの攻撃を受けて怪我を負い、自身でその効果を確認した。
2つ目の固定枠は、範囲魔法として優秀な【雷魔法】の《雷風雨》。範囲内の対象に向かって落ちる雷は、いつ落ちてくるかオレでさえ正確には把握できず回避は容易ではない。
フォレストウルフの群れに襲われた際に使った魔法であり、あの素早いフォレストウルフでさえも回避し損ねていた。威力も折り紙付きで、一撃で群れを壊滅状態に追い込んだ。
最後の固定枠は、汎用性の高い【空間魔法】の《虚空界》だ。この魔法は対象位置に任意の大きさの虚空を生成する。《障壁》のように壁に見立てて生成すると敵の攻撃を防ぐことができるし、《空断裂》のように断裂に見立てて生成すると全てを引き裂く刃になる。
応用力の高い魔法であり、様々な場面での使用が期待できる。魔力消費に関しては生成する虚空の大きさに比例するが、今のオレの魔力量であれば短時間の戦闘に使うくらいならそう簡単に枯渇はしないだろう。
残る2つの枠には、暫定で《暗視眼》と《麻痺付与》を入力している。サービス開始初日に使用した魔法だから、説明は不要だろう。
状況によって使い分けるつもりであるし、記録から読み出すだけだから楽でいい。
入力し終えた杖をインベントリにしまって、代わりにキンバリーから買った短剣を取り出す。
もう何度もキンバリーの手で修理を受けており、かなり使い込まれたそれはもはやオレの手の一部と言っても過言ではない。今やこうして手入れをする程には愛着も湧いていた。
この短剣の手入れを終えたら、一度ログアウトして昼飯を食べようか。
(あ、そうだね。その後はいよいよストーリークエストを受けるんだよね?)
ああ、そうなるだろうな。その前に、こちらでも満腹度を回復する必要があるが。
視界の端に映る満腹度を表すパラメータは、もう50%を割ろうとしているところだ。
手入れを終えた短剣をインベントリに戻し、こちらでの昼飯には何を食べようかと考えながら、ログアウトの操作を実行した。
覚醒の瞬間は、いつも唐突だ。
それまでにログインしていたゲームの余韻を引き摺ったまま、海に漂う海月のような自分を意識する。ゲームをしていない時のオレは、浩輝の思考の一部を借りて自我を保っていた。
微睡む浩輝に声をかけて、覚醒を促す。
どうしてゲームの主人格がオレになってしまったのか? その疑問は、ゲーム開始から5日経った今でもわかっていない。いつかはわかる日が来るのだろうか。
「ディアは今の状態に不満があるのか?」
現状について尋ねた時、浩輝はこう返してきた。
オレは今の状態に不満を持ってはいない。浩輝の代わりにゲームをしているという後ろめたさはあるが、それでも今の、ゲームをしている時間、浩輝と現実で過ごす時間、そのどれもが楽しくて仕方がない。
そんなような答えを浩輝に返すと、彼は照れくさそうに笑った。
「僕もディアとゲームしている時間は楽しいよ。常に気の置けない友人と遊んでいる気分だ。だからディアが悩むことなんてない。楽しもうよ、今をさ。ま、あのゲームをプレイしたくないのかと訊かれると、食い気味に『したい!』って答えるだろうけどね」
浩輝はオレのことを得難い友人と思ってくれている。そんな彼に、オレは何を返せるだろうか。
悩みに悩んだ末、今のところ彼の興味はこのMGOに向いていることから、彼をこのゲームで楽しませることがオレにできる唯一の恩返しだと思った。
先程、森で様々な魔法を試したのもその一環だ。
別に魔法の使用感など確かめなくとも、自分で作る魔法式なのだからどの程度のものになるかは大凡予測できる。
けれど、実際に使ってみた方が『楽しい』ことであるのは浩輝の反応を見れば明らかだ。
どこまでも純粋に、浩輝は魔法に可能性を求めている。
『この世界の魔法はよくできている』とは、彼が言った言葉だ。
――組み合わせは無限大であり、その組み合わせ一つとっても全く同じ効果のものは一つとして存在しない。数式のように論理的でありながら、万能感に満ち溢れている――
そう語る浩輝は、オレの作る魔法式の一つ一つをよく見て学習しており、現実ではオリジナルの魔法式を作ろうと日々研鑽している。
たまに、オレでさえあっと思うほどの閃きをもって、新しい魔法式を作り出す。まあ、その殆どは、より高効率の魔法が既に存在するために没となるのであるが。
起き出した浩輝が昼食を作って食べる様子を眺める。
彼が口に食べ物を運ぶ度、彼の味覚を通してオレもその味を感じていた。
どういうことか分からないが、味覚を含む五感をオレと浩輝は共有している。
コレの良いことは、浩輝の五感を通してオレも現実世界とやらを見聞できることだろう。でなければ、浩輝との意思疎通でさえ難儀していたかもしれない。
逆に悪いことは、やはり浩輝の五感を通してオレも現実世界とやらを感じてしまうことだ。自分の意思に反して不意に訪れる視点移動や接触の感覚が、酷く耐え難かった。今はもうある程度慣れたため、余程激しくなければ問題ないほどになっている。
食べ終わった食器をキッチンの流しに置いて、水に浸す。
部屋に戻り、パソコンとやらでいくつかのウェブサイトを閲覧した後、トイレなどを済ませて再びハックギアを装着する。
ここまでが浩輝のルーチンワーク。
そして、ここからがオレのルーチンワークだ。
薄れ行く意識の中、昼はステーキでも食うかと考えながら、オレはゲームにログインした。
ログインすると、視界端にあるメッセージボックスのアイコンが点灯していることに気付いた。
誰からだろうかと訝しみながらボックスを開いて確認する。なんと、そのメッセージの差出人はサフィアだった。
(おお、あの娘からか。そっか、後でフレンド申請送るって言ってたもんね)
浩輝の言う通り、それは彼女からのフレンド申請だ。内容は――
『先程は申し訳ありませんでした。改めて、フレンド申請を送付させて頂きます。今後もご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します』
固い……固いぞ、サフィアよ……。
(あはは、こういうの、慣れてないんだろうねぇ。どう送ろうか悩んで、迷った挙句ビジネスライクな文章にしたのがよくわかるよ)
ああ、まさにそんな感じだな。
内心微笑ましく思いながら、サフィアからのフレンド申請を承諾する。フレンド一覧にサフィアの名前が追加されたのを確認し、手早く返信を作成した。
『こちらこそよろしく頼む。何かあったら声をかけてくれ。こちらも遠慮なく連絡させてもらう』
ありきたりな文章だが、今のサフィアにとっては丁度いいだろう。固くなる必要はなく、もっと気軽でよいのだと伝わればいいのだが。
誤字脱字がないかを浩輝にチェックしてもらい、そのメッセージを送信する。さて、彼女にオレの意図は伝わっただろうか。
思えば、オレも随分と日本語を扱うのが上手くなったものだ。最初の頃はステータスウインドウでさえ浩輝に読んでもらっていたのに、今や自分で日本語のメッセージを作成できるほどになったのだから。
流石に全く浩輝を頼らないということはないが、日常会話レベルであれば問題ない程度には慣れたものとなった。
毎晩浩輝が寝ている隙に彼の記憶を漁って日本語を勉強した甲斐があるというものだ。
昼飯をそこそこお高いステーキ屋で済ませた後、オレはある場所に向かっていた。具体的には、メインストリートから路地を1本跨いだ脇道に向かっている。そこに何があるのかと言うと、ストーリークエストを発行してくれるNPCがいるらしい。
今日中にクエストをクリアしたいが、もうあまり日没まで時間がない。オレは足早にそのNPCを探し、やがて、一人の少女NPCと出会った。
栗毛の髪がよく似合う、頭に犬耳をつけた獣人族の少女だ。歳の頃は見た目から10代前半と見られる。
ボブカットの髪を揺らして右往左往する様子は、何もなくとも声を掛けたくなるほど小動物的だ。掲示板の情報では、彼女の名前はクルルというらしい。
「何か困り事か?」
「!」
突然声を掛けられて驚いたのか、少女はびっくりした表情でこちらを振り向く。
自分より背の高いオレの顔を見上げると、少女の犬耳がピクピクと揺れ動いた。彼女のお尻から生えているふさふさの尻尾もピンと反り立って、警戒心を顕にしている。
「あの、どちら様です?」
「ああ、旅の魔法使いだ。名はベルゼという。どうにも困っている様子だったので、声を掛けさせてもらった。驚かせてしまったのなら、すまない」
(事案……)
何事かを浩輝がボソリと呟いたが、オレにはよく聞こえなかった。気にせず、話を先に進める事にする。
「魔法使いさんなのです? ならお願いがあるです! ちょっと平原まで行ってモンスターを倒してきやがれですぅ!」
(ええっ!? 語尾はですます調なのに口悪いなこの子!?)
「よし、わかった。でもその前に、どうしてモンスターを倒してきて欲しいか、聞いてもいいかい?」
(あれ!? スルーなの!?)
さっきからうるさいぞ浩輝。
「わたしの名前はクルルっていうです。メインストリートにある雑貨屋の看板娘です」
(自分で看板娘とか言っちゃうんだ……)
「この後、母様が仕入れから帰ってくるですが、最近平原のモンスターが増えているって聞いたです。それで、母様がモンスターに襲われないか心配なのです……」
シュンと項垂れて、弱々しい声で事情を話すクルル。非常に庇護欲をくすぐる様子だったので、思わず彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
膝を曲げて腰を落とし、クルルと視線の高さを合わせる。
「そうか、クルルは優しいな。わかった、その依頼請け負おう。何匹くらい倒してきたらいい?」
「そうですね……、なら各20匹くらいお願いするです! それくらい倒しておけば、モンスターも悪逆非道な行いはできないはずです!」
<Sクエスト『街の便利屋さん』を受注しました>
<S1:ストラウト平原に現れる通常モンスターを討伐せよ(0/3)>
よし、無事にクエストを受注できたな。クエスト内容の進捗が『(0/3)』ということは、モンスター1種類につき20匹倒して分子が1増える感じだろう。
「了解。それじゃ、行って来る」
もう一度クルルの頭を撫でると、彼女は照れを隠すようにこう言った。
「精々死なないようにしやがれです!」
相変わらず口の悪いクルルに苦笑しつつ、脇道から出る。そのままメインストリートを南下して平原に向かう。
道すがら、クエスト情報を開いて具体的な討伐目標を確認した。
倒すモンスターは、ワイルドドッグ、ウィードピジョン、マンドラゴラの3種類。各々20匹、合計で60匹のモンスターを倒すことがクリア条件だ。
報酬は雑貨屋で売っている傷薬10本。クエスト内容から考えると割に合っていないが、あれくらいの年頃の娘からすれば大したものだろう。
効率を考えるなら見敵必殺か、あるいはどうにかしてモンスターをまとめて引き付けて範囲魔法で蹂躙するか。
(平原ってことは他のプレイヤーに見られる可能性もあるから、派手な魔法は使えないね)
そうだな。ならやはり見敵必殺が適切か。
ならば魔法に敵の追尾機能をつけて、見つける端からブッ殺そう。マンドラゴラには接近戦用の魔法が有効だろうか。
そんな感じで効率的な狩りの方法を考えながら、オレはストラウト平原に出た。
読んでいただきありがとうございます。
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次回の更新は09/03(日)の予定です。




