第8話 それは一つのエンターテインメント(1)
おい、決闘しろよ。
ルー婆さんの家に向かう途中で出会った少女、サフィアに決闘を申し込まれたオレは今、風の街の南門から出てすぐのストラウト平原に来ていた。街中で魔法を使った決闘はできないからだ。
決闘する理由はオレにもよくわからない。彼女はオレを掲示板で噂されている『魔法先生』だと断定しているようで、そのために決闘しようとしているらしかった。
そしてオレをその『魔法先生』だと断定した理由を尋ねた所、こう返答が返ってきた。
「他のプレイヤーが持っていない珍しい装備を持っているから、よ!」
「……」
「図星を指されて言葉が出ないようね!」
誰かこの残念な少女をどうにかしてくれ。
オレたちの視線をどう受け止めたのか、サフィアは語りだす。根拠を求めるものだと勘違いでもしたのか。
「『魔法先生』なら、他の誰も知らない魔法式を知っていてもおかしくない。自ら、中級魔法式や上級魔法式の存在を明かしていたのだもの。当然よね」
それは少し考えれば誰でもわかることだ。
だが、それを踏まえた上で一歩先を考えることは、誰にでもできることではない。
「なら、私たちが行けないような場所でモンスターを狩るのも容易なはず。そこで得たモンスター素材を秘密裡に加工して、売るか装備するかしていてもおかしくない」
なるほど、その思考は間違ってはいない。
実際、オレは手に入れた青銅猿の毛皮を素材として『青銅猿の毛皮のコート』というアイテムを作って装備している。
「市場で聞き込みをしたけど、そういう珍しいモンスター素材が売られたという話は聞かなかったわ。だから、私は珍しい装備を持っているプレイヤーを探した。それがあなたよ!」
このサフィアという少女、深窓の令嬢然とした見た目に反してなかなか行動力がある。厄介だな。
けれど――
「さあ、認めるの、認めないの!?」
「考察はいいんだが、そもそもの前提が間違っている」
「……え?」
ちょっと落ち着いて検証を繰り返せば、自分の理論に穴があることに気付いただろうに。
それだけ思い込みが激しい性質なのか、自信過剰なタイプなのか。
「珍しい装備……それを言うなら、君だって珍しい装備をしているじゃないか」
オレの装備が珍しいとサフィアは言うが、彼女が身に纏う装備だって、この場にいる野次馬のうち誰も身に纏ってはいないユニークなものだ。
「……これは、知り合いの職人に仕立ててもらったものよ」
「オレだってそうだ。そこにどんな違いがある?」
「でも、あなたのそのコートは、使われている素材が明らかに違うじゃない」
「ほう?」
おっと、まさか使われている素材を見抜くとは……と一瞬考えたが、そう言えばそもそもアイテム名からしてバレバレであったことを思い出す。
プレイヤーなら誰でも持つアビリティで、簡単に判別が可能なのだった。
「〈識別〉スキルを使えば、アイテムの名前と簡易情報がわかるわ。あなたのそれは、『青銅猿の毛皮のコート』。猿型モンスターと言えば、辛うじて北の森にカッパーエイプというモンスターが出るけれど、そいつのドロップアイテムは『銅猿の毛皮』。同じ毛皮系アイテムだけれど、私が見たものとは色合いがかなり違う」
「よく調べているな」
ついでに言うと、その『銅猿の毛皮』はオレも持っている。
この4日間の間にまた北の森に行く用事ができたので、その時に現れた奴を狩ったのだ。
『銅猿の毛皮』は、言うなれば赤茶けた銅色の毛皮だ。それに対し、『青銅猿の毛皮』は深い青緑色をした青銅色。サフィアの言う通り、その色合いは完全に別物となっている。
「情報は武器よ、当然だわ。そして、その『青銅猿』の素材をドロップするモンスターは、私の調べた中には存在しなかった! あなたは、どこでその素材を手に入れたの? あなたが『魔法先生』だからこそ手に入れられた物ではないの?」
サフィアが一気に捲し立てる。自分の問いに是と返してこないオレに、苛ついてもいるのだろう。
だがオレとて、そう簡単に『魔法先生』だと認めてやるわけにはいかない。
そうすることは即ち、注目を集めることに繋がる。それはオレにとっても浩輝にとっても望むことではない。……現段階では。
「……情報は武器だ、と言ったな。それにはオレも同感だ。だからこそ、君にはこう返そう。情報の使い方を間違えるな、と」
「どういうこと?」
「多かれ少なかれ、人は秘密を抱えているものだ、ということさ。まさか君も、掲示板に挙げられたクエストがこの街で受けられる全てだとは、思っていないだろう?」
MGOのサービス開始から数えて5日の間に、数多くのことが判明した。
多くの情報は攻略組と呼ばれるプレイヤーたちによって掲示板に挙げられてはいるが、その全てが明らかにされたわけではない。
その証拠に、オレが受けた『魔道具職人の病』を始め、魔法使いギルドで受けられるクエストは未だに掲示板に挙がらないのだから。
「……」
思い当たる節があるのか、サフィアは黙り込む。
そこを突き崩すように、オレはさらに問い掛けを重ねる。
「その報酬、あるいはその途中で現れるモンスターが、このアイテムの素材を落とした……そうは考えられないか?」
「それは……」
言い淀むということは、サフィアもその可能性に気付いたらしい。
可能性だけを考慮するなら、他の入手方法なんてそれこそ幾通りも存在する。
例えば、NPCの露天で偶然見つけたとか、これを手に入れた本当のプレイヤーから買い取ったとか。
要するに、珍しい素材で作られた装備だからと言って、その本当の実力はわからない、ということだ。
「観客にも聞いてみるといい。あなただけが知っているクエストやアイテムはありませんか、と。何人かはいるんじゃないか?」
言いながら、周りを見渡す。さっと顔を背ける者が何人かいた。おそらく彼らも、彼らしか知らないクエストやアイテムを抱えているんだろう。
「ほらな。珍しいだけでは、オレが『魔法先生』だという根拠にはなり得ない。そもそも、君は『魔法先生』を探し出して、どうするつもりなんだ?」
オレとしては、そこが最も気になっている。
サフィアがここまでの行動を起こそうとした、その動機。それは一体何なのか?
彼女が何かしらの悪意を持って『魔法先生』の正体を暴こうとしているのなら、オレは今すぐにでもこの場から逃げ出すつもりだった。
けれど、彼女の答えはオレの予想を良い意味で裏切ることになる。
「別に、どうもしやしないわ。ただ、私が知りたいと思ったから、探していただけよ」
呆気にとられる、とはこういうことを言うのか。
彼女の答えには周りのプレイヤーたちも驚いたようだ。誰一人として声をあげず、またも場はしんと静まり返った。
「……それだけ、なのか?」
「ええ、それだけよ」
何と気持ちのいい答えだろう。彼女の答えを聞いてまず思ったことはそれだった。
思わず、笑いが溢れる。最初こそ込み上げる笑いを抑えようとしていたが、やがて抑える必要もないと割り切り、声をあげて笑い声を響かせた。
周りのプレイヤーたちも何だ何だと騒然としている。
それもそうか、先程まで静かなやり取りをしていたと言うのに、片方がいきなり声を上げて大笑いすれば、何事かと思って当然だろう。
サフィアなど、「何か変なこと言ったかしら」とぶつぶつ呟いて、気まずそうにしている程だ。
「ああ、すまない。悪気はないんだ、許してくれ。……詫びとして、決闘を受けよう」
そうしてひとしきり笑った後に、オレはサフィアに対して承諾の意を返した。
「さらに……サフィア、もし君がオレに勝つようなら、君の質問に何でも一つだけ正直に答えてやろう」
もしそうなったとき、彼女は何を訊いてくるだろう。
最初の目的通りに「お前が『魔法先生』か」と問うてくるのだろうか。
「どうしたのよ、急に聞き分けが良くなったわね? ま、その方が私にとっては都合がいいけれど。……もう待ったは聞かないからね?」
最後にそう念押しして、サフィアは頷く。
「じゃあ、あなたが勝ったときは?」
「ん? ああ、そうだな……。なら、オレとフレンド登録でもして貰おうか」
彼女の行動は面白い。
今はまだ、お互いに信頼はできないだろうけれど、フレンドになればそのうち信頼が置けるようになるかもしれない。
「そんなのでいいの?」
「そんなのがいいんだよ」
何より彼女は美少女だ。お近付きになりたいと考えて然るべきだろう。
「わかったわ。初撃決着、三本勝負の二本先取でいいわね?」
「いいだろう」
そうして、オレとサフィアの決闘が幕を開けた。
さて、ここでこの決闘のルールを確認しておこう。
サフィアが言った『初撃決着』というのは、攻撃を先にヒットさせた方が勝つという決闘方式だ。
当てる攻撃は物理攻撃でも魔法攻撃でもどちらでも構わないが、掠っただけではヒットと認められず、直撃させる必要がある。
次に、『三本勝負の二本先取』の意味だが、これは言葉の通り。最大三回決闘を行うけれど、その内二本を先に取ったほうが勝ち、というものだ。
どうしてこんな方式をとっているかというと、最大の理由は使える魔法の少なさにある。
知識面で、ではもちろんない。
魔道具の性能的に、オレもサフィアも一回の戦闘で使える魔法は1つだけなのだ。今オレたちが装備している『初心者の杖』に入力できる魔法が1種類のみだからな。
そんな訳で、ただ魔法の打ち合いをしても、多彩な魔法攻撃は見られないし、戦略性もあったものじゃない。
技量も何もなく、ただ魔法の相性次第で勝ち負けが決まるのは面白くないと、プレイヤーたちの間で広まったのがこの方式である。
(ディア、わかっていると思うけど、使える魔法は限られているよ)
ああ、そう言えばそうだな。
『魔法先生』ではないと証明するために、『魔法先生』ばりの高度な魔法を見せるわけにはいかないからな。
精々使えるのは掲示板で解説した基本の魔法式くらいだが、相手の力量によっては一歩くらい発展した形を見せてもいい気がする。
ひとまず、初手はあの魔法で行くか。
お互いに魔法使いであることはわかりきっている。彼女がどんな魔法を使ってくるのか興味は尽きないが、だからと言って負けるわけにもいかない。
オレは一本目を確実に頂くつもりで、とある魔法を杖に入力した。
「準備はいいかしら?」
「ああ、いつでもこい」
彼女から、PvPの申請が送られてくる。
時間無制限、『初撃決着』モード。内容を確認して、承認。
すると、視界の正面に数字が現れた。それは決闘開始までのカウントダウン。そしてこの数字が表示されている間はシステム的に魔法が発現できなくなる。
数字が刻一刻と時を刻む。
5、4、3、2、1――
「っ!」
オレは開始と同時に走り出す。彼我の距離はたかだか数十メートル、全速力をもって走れば、数秒で相手に辿り着く。
対してサフィアは、いきなり走り出したオレに一瞬気を取られつつも、杖に魔力を送り込んでいるようだ。
そして魔力の充填が終わるやいなや、それを放った。
「《水の矢》!」
彼女が放った魔法は、基本の水魔法で最もポピュラーなものだ。
《火の矢》と同じく高速で相手に飛来する水の矢は、その見た目に反して薄い鉄板くらいなら簡単に貫くほどに威力が高い。
「当たれば、な」
彼女が魔法名を宣言した瞬間、オレは横っ飛びに彼女の目の前から退いた。
「っ!?」
魔法名とその効果を直結で理解しているオレだからこそ取れた行動。走りながらでも、それくらいできなければ元の世界で魔王は名乗れない。
身体のすぐ脇を水の矢が通り過ぎる。そしてオレも、杖の先端をサフィアに向けて魔法を発現させた。
「《暗闇》」
「えっ!」
これはもちろん、走りながら魔力を充填しておいたからこそできる芸当ではあるが、そもそも《暗闇》は必要魔力がかなり少ない。魔法式としては3項程度の闇属性魔法となる。オレであれば、1秒とかからず使用可能だ。
そして《暗闇》は、任意の場所に暗闇を生み出す効果を持つ。大抵の人は、それを聞いてもこの魔法の有用性を理解できない。だからこそ知名度が低く、有用な対策があまり知られていない魔法となる。
オレが暗闇を生み出したのは、サフィアの文字通り目の前だ。今、サフィアの視界は暗闇で覆われ、ろくに目が見えていない状態になっていることだろう。
「シッ!」
その間に距離を詰め、手に持つ杖で彼女の横っ腹を殴打する。視界を闇で覆われ混乱した彼女に、これを防ぐ手段はなかった。
「きゃっ!」
普通の杖でこんなことをすればたちまち杖の耐久度を大きく減らしてしまうだろうが、『初心者の杖』は不壊のアイテムだ。耐久度という概念は存在しない。
この決闘は『初撃決着』。魔法の直撃でも短剣の斬撃でも、例え杖による殴打だろうと、一撃は一撃だ。
間もなく、オレの視界に「Winner!」の文字が表示された。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は07/30(日)の予定です。




