第6話 ガイストの英雄譚
『ガイスト歴』という言葉がある。英雄ガイストが生まれた年の翌年を元年として数える紀年法だ。
オレが究極魔法の《境界門》を使用したのは、ガイスト歴でいうと763年。英雄ガイストが活躍したのは20年から50年だと言われているため、それから悠に700年は経過していることになる。
まあ、オレのことはどうでもいい。ガイストの話に戻す。
ガイストは長閑な田舎町に生まれ、15歳で成人後に今でいうユルドフェルシルの王都に移住した。もちろん、昔はユルドフェルシルなんて国家はなかったから、別の国の首都だがな。
そして首都の軍隊に勤めた彼は、18歳の時に赴いた古代遺跡で聖剣デュランダルを発見し、これに選ばれる。
聖剣に選ばれる、というのは、言わば資格を持っていたということなのだろうな。
どういう仕組みかはわからないが、古代遺跡から発掘される武器防具はみな、所有者以外の者には扱えなかったらしい。
そして彼は、元々類稀な剣の才能を持っていた。そして聖剣デュランダルを得たことによって“神兵”に任命されることになる。
(“神兵”って?)
“神兵”とは、シエラ教の崇める神『シエラ様』に仕える兵隊のことを指す。
当時、すでにシエラ教は世界最大の宗教として広がっており、ガイストがいた国も国教として定めていた。
その教えにおける神、シエラ様に仕えるということは大変な名誉だったんだろう。
シエラ教の歴史書を見ることができれば、彼らのほぼ全員の名前がわかるらしいが……今は置いておく。
ガイストの他にも“神兵”は存在しており、そのいずれもが古代遺跡から発掘された武器を携え、一人で一個大隊に匹敵する戦力を有していた。
(まさに一騎当千、って感じだね)
ところが、ガイストは“神兵”に任命された後、1年も経たない内に軍を辞めてしまう。辞めた理由は不明で、ガイスト本人も死ぬまで語らなかったという。
一説には“神兵”としての責任の重さに耐えかねたとか、大切な人を失ったからだとか言われているが、結局、真実は今もわかっていない。
次に当時の人が“神兵”ガイストの名を聞いたのは、それから1年後――
――とある街をモンスターの大群が襲う事件が起きた時だった。
さて、ここまで語れば後の流れはだいたい想像がつくだろう。
街を襲ったモンスターの大群をほとんど一人で退けたことで、ガイストは英雄としての産声を上げた。
ガイストが辿った数々の事件と冒険の逸話は、世界の至る所に存在する。
彼は何処にも所属することなく、けれど行く先々で困っている人を助け続けたんだ。
時には他の“神兵”と衝突することもあったし、またある時はダンジョンの奥深くに棲む邪悪なドラゴンを打倒したとも云われている。
もちろん、後世に語られているのはその極一部であり、もしかすると幾つかの逸話は脚色された架空の話なのかもしれない。
だがオレはそれでもいいと考えている。子どもの頃、それに胸を躍らせ、興奮したのは間違いないのだから。
そして、それは今も。
「ガイストは、最初から英雄だったのではない。実績を積み重ね、人々の信頼を得て、そしてその生涯を終えた後で、後世の人々から“英雄”の称号を得たんだ」
「……」
ウィゼットは沈黙している。
オレの語るガイストの英雄譚を聞きながら、ただまっすぐにオレの瞳を覗き込むように視線を向けていた。
「英雄ガイストの逸話は、私も幼い頃に聞いたことがあります。けれど……そうですね、あなたが語るものほどに詳しい話は聞いたことがありませんでした」
カルロでさえ、心底驚いたと言った様子で耳を傾けていた。
断片的に記憶に残っている英雄ガイストの逸話が、こんな始まり方だったとは思いもしなかったのだろう。
けれども、オレは別に英雄ガイストの英雄譚を語りたくて話し始めたのではない。
これはあくまできっかけだ。
「ガイストのように英雄と呼ばれたい訳じゃない。有名になりたい訳でもない。偽善でもいい、周りからどう思われようとも、オレはオレのやりたいことをやる」
(僕としては、少しくらい周りを気にして欲しいけど)
言葉の綾だ、すまんな。
「今回の話で言えば、偶然既知の手段で人を救うことができただけだ。それ以上でも以下でもない」
未だ視線を外してくれないウィゼットに対し、宣言するように告げる。
数秒、場を沈黙が支配した。
「……どうやら、その言葉は本心のようだね」
ウィゼットの独白染みた言葉に、オレは首肯する。
「だが、それはそれとして。偶然知っていたとは言え、新しい薬の情報を渡すんだ。さっきも言った通り、金は支払って貰うぞ」
「ああ、わかってるよ。後で用意させるさ。……これも坊やの、『やりたいことをやる』なんだろうね」
最後の呟きはか細く、それはオレの耳には聞こえない。
これで有力な魔道具を買うための資金が溜まる。
そう内心でほくそ笑むオレを、ウィゼットが優しげな目で見ていたことにオレは最後まで気付かなかった。
「さて、坊やには情報料の他にも渡すものがあるんだよ」
「は?」
カルロに退席してもらい薬の情報をウィゼットに伝えた後、マイヤ嬢が淹れてくれたお茶のお代わりを飲んでいると、ウィゼットがそんなことを言い出した。
「ま、大したモンじゃないがね。坊やは魔法使いギルドの評価制度を知っているかい?」
「……触りだけなら」
評価制度とは、文字通り魔法使いギルドが魔法使いを評価するための制度だ。
評価値が高いほど、より難しく高報酬の依頼が受けられるようになるが、評価値が低ければ、最悪の場合魔法使いギルドから除名となる。
もっとも、余程のことをしでかさない限りは除名処分にはならないらしいが。
評価は大雑把に7つのクラスに分けられ、下から『赤』、『橙』、『黄』、『緑』、『青』、『藍』、『紫』となる。
クラスは評価値により決まり、例えば評価値が1000以下は『赤』クラス、2000以下は『橙』クラス、という分け方がされる。
「今回の情報提供で、坊やの魔法使いとしての評価が上がるのさ」
「魔法なんて使ってないのにか?」
「評価基準は様々だからね。どんなことでもいいからギルドにとって一定以上の利益が見込める功績を立てた者は評価値を上げることになっているんだよ。更に言えば」
ウィゼットはそこで一度言葉を区切った。
思わず、オウム返しに尋ねてしまう。
「更に言えば?」
「坊やは登録した時点で既に全属性適性者だった。元から評価値は高かったんだよ。今回の功績によってさらに評価値が上がり、計算すると『藍』クラス……ギルド役員並みになるね」
「それがどれくらいすごいのか、いまいち理解が追いついていないのだが」
ギルド役員がどれくらい偉くてどれくらい大変な役職なのか、元王族であるオレでも流石に知りはしない。
「簡単に言うと、坊やが受けられない依頼はもう『紫』クラスしかないってことだね。『藍』クラスの依頼となると、一回の依頼達成につき報酬が最低でも100万、最高で500万ユルドになるよ。もちろん、相応の難しさは伴うがね」
(今回の情報提供で貰った報酬が霞んじゃうね……)
ウィゼットと調整した結果、情報提供の報酬として100万ユルドが手に入ることになっていた。
だが、『藍』クラスともなるとその額がたった一度の依頼達成で得られるとウィゼットは言っているのだ。
これには流石のオレも驚いた。
「それで、登録証を『藍』クラス用のものに更新することになっているんだ。すまないが、更新させるから登録証を出してもらえないかね?」
口調こそ穏やかではあるが、オレを見るウィゼットの目は真剣だ。
普通に考えればただの更新なのだから、すぐに渡しても良いのだが、オレにはどうしても気になることが一つだけあった。
「……嘘だな」
「嘘なもんか。坊やの登録証は、元々『青』クラス用だったんだがね、今回の評価で……」
ウィゼットの言葉を遮り、言い放つ。
「そこじゃない。正直に答えろよ、ウィゼット・フォン・グリンベル」
「……」
フルネームを呼ばれたウィゼットが押し黙る。
傍らの秘書の青年も、オレの言葉に反応して薄く目を開いていた。というか、ずっと目を閉じていたのか?
「衰魔病の特効薬の情報程度で、魔法使いギルドの評価値が上がるものか。確かにギルドにとって一定以上の利益をもたらす功績だろうが、そんな評価基準は存在しない」
「何を根拠に?」
意表を突かれたのか、ウィゼットの言葉は慎重だ。
「ここが薬師ギルドであったなら、その評価基準はもしかしたら存在したのかもな。だがここは魔法使いギルドだ。全てにおいて、魔法が優先される。魔法を伴わない評価は、魔法使いギルドではあり得ない」
――魔法使いは、魔法を使ってこそ評価される。
魔法使いギルドの設立当初からあるこの理念は、今も昔も変わらない。
そう、ウィゼットの生きていた時代も、オレが元いた時代も、一編足りとも変わったことがないのだ。
故に、断言できる。
この老魔法使いが、言葉巧みにオレを騙そうとしているのだと。ありもしない評価基準を捏造してまで。
「ふん、なるほど。……確かに坊やの言う通りだ。さっき言った評価基準は存在しないよ」
「ならば、オレの登録証をどうするつもりなんだ?」
ウィゼットの目的が見えていないのが一番気持ち悪い。
こう言っては悪いが、如何に魔法使いギルドの登録証とはいえ、それだけで何か特別な権限があるわけではない。別に身分証の代わりになるようなものでもあるまいし。
「……ただのお節介さね。坊や、アンタはまだ、自分が全属性適性者だっていうことを自覚できていない」
「どういうことだ?」
「さっきも言ったが、今の王家にも全属性適性者なんてぶっとんだ能力を持つ者はいない。つまりそれだけ珍しいのさ」
なるほど、ウィゼットの言いたいことがなんとなくわかってきたぞ。
確かに全属性適性者は珍しい。魔法使いが100万人集まったって、全属性適性者は1人いるかいないかだ。
実際には『珍しい』以上の価値があるとも考えられる。何故ならすべての属性魔法を、淀みなく効率的に遍く等しくたった1人で使うことができるのだから。
「……なるほど、言いたいことは理解した。だが、それと登録証がどう関係する?」
「通常、登録証には持ち主の魔法適性を全て記載するようにしているんだがね。そうすると、坊やが全属性適性者っていうことが一目瞭然となる。それは坊やにとっても、そしてギルドにとっても、あまり嬉しくないのさ」
「……依頼の割り振り、か?」
「ああ、そうさ。坊やが全属性適性者だっていうことがわかれば、その珍しさや実力に期待して多くの人が坊やに依頼を持ち込むだろう。そうなると、坊やの言う『やりたいこと』はできないんじゃないのかい?」
「ふむ、確かにそうだ」
「ギルドとしても、1人の魔法使いに依頼の全てを任せる訳にはいかない。他の魔法使いの仕事がなくなるからね。だから、登録証にちょっとした細工をして、全属性適性者であることを隠蔽する。そうすれば、傍からは坊やがどんな魔法適性を持っているかは判らなくなり、今言ったみたいな事態にはならないという訳さ」
「なら、それを素直に言えばよかっただろう。わざわざ評価基準をでっち上げなくても……」
「ふん。親切の押し売りなんて、柄じゃないからね」
(うわっ、この婆さんツンデレだ! 誰得?)
ババア萌えの連中に、だろう。
だがそんなことよりも、今はこの婆さんの親切を受けるかどうかだ。
正直な所、まだウィゼットのことを疑っているのは確かだ。何もこんな回りくどいやり方をしなくてもよかったのに、とは思わないでもない。
けれど渡りに船であることもまた、確かなのだ。
行く先々の街で面倒事に絡まれるよりは、最初のこの街で対策をとる方が断然マシと言える。
オレはどうするべきか、数秒間考えて、結論を出した。
「……オレの知るとある国に、こんな格言がある。『能ある鷹は爪を隠す』。実力のあるものは、軽々しくそれを見せつけようとしない、という例えだ」
「へえ、初めて聞いたよ。いい格言だね」
(格言じゃなくて諺だけどね)
「登録証を渡す。隠蔽処理を頼む」
「……あいよ」
ウィゼットが頷きながらふっと微笑んだ。まるで孫に接する時の婆さんみたいな、そんな優しげな微笑み。
本当はウィゼットこそ、能ある鷹だったのかもしれない。隠していたのは、敵を傷つける爪じゃなくて、他者を慈しむ愛だったが。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は07/09(日)の予定です。
次回からやっとヒロインが主人公に絡んできます。
魅力的なヒロインに仕上がっているか、乞うご期待、ということで、来週もよろしくお願いします!




