第5話 ギルドとの交渉
今週から更新再開です。
※前回までのあらすじ
金策のために魔法使いギルドにクエストを受けに来たら、ルー婆さんの治療について説明を求められた。
魔道具職人の病の治療を行ったことの説明のために魔法使いギルドの奥に通されたオレは、受付嬢が呼びに行ったギルドマスターが来るのを待っていた。
通された奥の部屋は、所謂応接室というやつなのだろう。
テーブルが一つと、それを挟んで向かい合わせになった二人掛けのソファ。上座のソファは、下座よりもワンランク良いもののようだ。
ここで説明するべきことは2つ。
1つは、魔道具職人のルー婆さんが罹っていた病というのがまだ治療方法の見つかっていない衰魔病だということ。
もう一つは、この衰魔病の特効薬が存在するということだ。
今回特効薬として用いた薬は、ヨウマ草と呼ばれる薬草の一種を煎じたものだ。これを適量摂取することで、衰魔病は徐々に回復する。
まだ見つかっていない衰魔病の治療方法を、どうしてオレが知っているのかという問題については、旅の間に聞いた信頼できる情報ということにするつもりだ。
もちろん、それだけで信用されるとは考えていない。いくら信頼できると言ったところで、所詮は噂話。とても保証のできる話じゃない。
その辺りも含めてどうにかしなければならないが、考えはある。すべては話の流れ次第だ。
通された奥の部屋でしばらく待っていると、やがて人の気配が複数近付いてきているのがわかった。
オレを案内してくれた受付嬢と、彼女に呼ばれたギルドマスターだろう。もう一人か二人いるようだが、何人いたところで問題はない。
「お待たせしました」
扉を開けた受付嬢に続いて、杖を持った婆さんが入ってきた。婆さんというが、その足取りは驚くほど確かで、まだまだ現役といった感じだ。
その後に続いて、ピシッとした服装の青年と白髪交じりの男性が入ってくる。
婆さんか白髪の男性が魔法使いギルドのギルドマスターだと思うが……、さて。
「……アンタがルリエを看たっていう坊やかい?」
向かいに座った婆さんが、吊り目がちの瞳でオレを見つめてくる。
青年は立ったままであり、白髪の男性は婆さんの横に腰掛けた。受付嬢さんはお茶でも淹れに行ったのか、取って返すように退室していった。
普通はまず挨拶からだと思うんだが。
「そうだが……、あなたがここのギルドマスターか?」
「ああ、そうだ。魔法使いギルド風の街支部、ギルドマスターのウィゼット・フォン・グリンベルという」
「世間的には“暴嵐”と言った方がわかりやすいかもしれませんね。……申し遅れました、私は薬師ギルド所属のカルロと申します。以後お見知りおきを」
ウィゼットに続いてそう名乗ったのは、白髪の男性だ。後ろの青年は語らず瞑目しており、名乗る様子はない。ウィゼットの秘書か何かなのだろう。
それにしても、“暴嵐”のウィゼットとは……また大物が出てきたな。
(知っている人なの?)
直接会ったことはないがな。
稀代の風魔法使い、風魔法において右に出る者なしと云われた傑物。オレの元いた世界では、歴史書に名を残す大人物だ。
(僕たちで言うところの織田信長とか武田信玄とかと同じ感じかな)
よくわからんが、昔の人物だということはわかる。それとだいたい似たような感じだな。
「オレは、ベルゼだ。旅の魔法使いだ」
「聞いてるよ。久方ぶりに現れた大型新人だって、昨日話題になったからね」
「おや? それは本当ですか?」
カルロがウィゼットに問う。
「そうさ。なんたって、全ての魔法属性に対して適性を見せた、全属性適性者だからね」
「なんと! それはすごいですね!」
「おい……」
「あたしでも全属性適性者なんて見たことないよ。今の魔王家にだって、そんなのはいないんじゃないかい?」
そりゃいないだろうよ。
オレこと、ディスキア・ベルゼ・ユルドフェルが生まれるまでは、精々が10種の魔法属性に適性を見せた者がいた程度だと聞いている。
ウィゼットの生きていた時代の魔王家には、オレのような全属性適性者は存在しないはずだ。
そんな話を聞いて、カルロが更に話を広げる。その内容はどうでもいい世間話だが、なかなかにウィットに富んでおり、聞く者を楽しませてくれる。
快活に笑うウィゼットと、話好きなカルロ。オレを無視して二人で話しているならともかく、たまにこちらに話が振られるものだから、なかなか文句も言い辛い。
世間話に興じる内に、受付嬢――後で名前を尋ねたらマイヤだと教えてくれた――が戻ってきて、お茶を淹れてくれた。お茶おいしいです。
そして、そんななんでもないような世間話の合間を縫うように、ウィゼットがそれまで浮かべていた笑みを消して真剣味を帯びた様子で問いかけてきた。
「で、だ。そんな今時魔王家にだっていないような、全属性適性者が現れたって聞いたなら、顔を拝んでおきたくなるのが人情ってもんさ。ねえ、坊や」
「……ふん、オレにはなんとも言えんな」
「……ま、その坊や自身が全属性適性者なんだから、当然かもね」
ウィゼットの値踏みするような視線を受け流す。
その視線は、その吊り目がちの目元も相まってかなり鋭い。
けれども、敵意はないように思う。純粋にオレが味方となり得るか敵となりうるか見極めたいだけなのだろう。
そういう姿勢は、嫌いじゃない。
「さてと、それじゃあ本題に入ろうかね」
「そうですな」
ウィゼットの宣言にカルロが頷きを返した。
一応、今は敵じゃないと判断されたのだろう。
今の一連の会話で何を探っていたのか、さすがに推測はできんが。
「それで、ルリエの様子はどうだった?」
「身体はかなり危ない状態だった。あと10日も遅れていれば、もう手は付けられなかっただろう」
それを聞いて、部屋の隅に控えていたマイヤ嬢の顔が強張る。
彼女に対しオレは安心させるように「大丈夫だ、もう命の危険はないぞ」と伝えてやる。
目に見えてほっと息を吐いた様子に、オレも安堵する。
「なるほど。坊やは、ルリエのその状態を見て、例の病気だと判断したのかい?」
「いや、ルー婆さん本人からの自己申告だ。その上で、ルー婆さんの容態を観察して、例の病気……衰魔病だと確信した」
衰魔病の名前が出たとき、オレを除く場の全員が押し黙った。
感染手段が不明な不治の病。それがギルドマスターを含むこの場の全員の理解だ。一度罹れば治る見込みもなく、衰弱していくだけ。治癒魔法も効果がなく、まさにお手上げ状態だ。
「……それで、坊やはどうしたんだい? マイヤからは、薬を処方したとしか聞いていないが」
それでオレが『5日もあれば元気になる』などと宣ったのだから、一体どうやって、となったわけだ。
「ああ、その通りだ。旅の間に聞いた方法で薬を精製し、処方した。この方法についてはいろんな伝手を使って調査したから、信頼性は高い」
「だが、所詮は噂話だろう? 正式な発表を待つことはできなかったのかい?」
ウィゼットが訝しむような声音で問いかける。
オレの知る史実では、正式な発表はもう何年か後になるはずなのだ。それまで待っていては、ルー婆さんは当然死んでしまうだろう。
けれどもそれを馬鹿正直に言うわけにはいかない。
「旅には危険が付き物だ。この病も同じこと……。感染を防ぐ手段が無いのなら、治す手段を知る他ない。旅の間に罹るとどうしようもない病だからな、用心するに越したことはないだろう?」
実際、一人で旅をしている間にこの病に罹ってしまい、魔法を使えなくなった所為で襲ってくるモンスターに対処できず、命を落とした例は少なくない。
この世界では、魔法が使えないということはかなりの痛手となる。一歩間違えば、命を落とすほどに。
ここにカルロが口を挟む。
「いくらあなたが信頼性が高い情報だと言っても、そんな噂話にしか過ぎない情報、私ならなかなか信じることはできませんけどねえ。ただの噂話に命を懸けるなんて、とてもじゃないができる気がしない」
カルロは頭を振って、大袈裟なリアクションで肩を竦めてみせる。
「……しかも、我々を含む誰一人として知らない情報だ。おそらく他の貴族様方にとっても初耳の情報でしょう」
カルロとしても、薬師ギルドであるからにはそういった薬の情報は日夜集めていたに違いない。
それを、ぽっと出のどこの馬の骨ともわからないオレが出したのだから、そう簡単に信じることはできないのだろう。当然だが。
だが、情報の正確な出処を言うわけには行くまい。クエスト情報がどうとか、未来のユルドフェルシルがどうとかは、流石に眉唾の域を超越している。
どんな情報なら、彼らを納得させられるか。
「どこで調べた情報なのか、伺ってもよろしいですかね?」
もしくは、どんな情報なら、彼らに手を引かせることができるか、だ。
「その前に、一つ確認したい」
だからオレは、手札を一枚切ることにする。
「は? ええ、まあ、構いませんが」
「ギルドマスター、この場の目的は何だった?」
「……坊やからルリエの容態と治療法を聞き出すことさね」
「ルー婆さんの容態は話した通り。治療法は、薬を精製して処方した、これで終わりだ。問題があるとすれば、その薬は本当に効くのか? と言う点のはず。これについては回答の用意がある」
「何を……」
「ふん、なるほど。薬の情報は教える、だから情報の出処は聞かないで欲しい。そういうことだね?」
「察しが良くて助かる」
流石にギルドマスターを任されているだけあって、ウィゼットはオレの意図を上手い具合に読んでくれた。だがここでもカルロは待ったを掛ける。
「そんなことがまかり通ると思うのですか?」
「思うさ。なあ、ギルドマスター?」
「そうだね、薬の情報……最低限、レシピさえ教えて貰えれば、あとは見逃してやってもいいよ」
「な!?」
ウィゼットの言葉はカルロの予想外だったのか、驚く反応が顕著だ。
それを見て、ウィゼットがカルロの方に顔を向けた。
「なあ、少し冷静になったらどうだい、カルロ。アンタにとっても、利のない話じゃないよ」
「え……?」
「坊やは薬の情報を渡すと言ったんだよ。レシピも含めてね。この状況だ、金を取る気もないんだろう?」
「いや、金は取るが」
「……」
「……」
二人揃って、そんな呆れた表情をしないで欲しい。
「ま、まあ、裏ギルドの連中なんかに売られるよりはずっといい。可能な限り払おう」
「そうか、助かる」
「で、当然あたしらには薬の知識なんてないから、その情報を今度は薬師ギルドに売るだろう」
「あ……!」
「気付いたかい? まあそういうことだ。値段はアンタの交渉力次第だがね」
つまり、カルロは衰魔病の特効薬という大手柄をほぼ独占できる、ということだ。
元々、この二人は知り合いのようであった。今さらウィゼットが他の薬師ギルドのメンバーに声をかけるとも思えない。
おそらく値段交渉の席ではお互いに条件を出しつつ値段の妥協点を探っていくことになるはずだ。
……今のやり取りを見る限り、一方的に魔法使いギルドの有利になるような気はするが。
それでも、まだ治療法の見つかっていない病の特効薬を発見したとなると、かなりの功績となるだろう。
ウィゼットが言ったように、カルロ自身の利益となるのだ。ただ、特効薬の情報の出処を見逃すだけで。
「し、しかしですね……」
「アンタがどうしてもその情報の出処ってやつが信じられないなら、アンタ自身が調査して保証しな。言い方は悪いが、ルリエっていう被験者も既にいるんだ。できるだろう?」
「……わかりました。対応しましょう……」
「よし……。だがね、あたしはまだ納得はしてないんだよ。坊やの意図が見えなくてね」
項垂れた様子のカルロを尻目に、鋭い視線の矛先がオレに向けられる。
先程までの冗談のようなやり取りではなく、今度こそお前の正体を暴いてやるという気概が感じられた。
「と言うと?」
「坊や、アンタが何を欲しているのかわからない」
「さっき言ったつもりだったんだがな」
「まさか、金だって言うのかい? それこそ意味がわからないよ。この情報を調査するためにも金は必要だったはずだ。収支を合わせて黒字になるとは思えない」
「……」
実際、黒字なのだが。元手はオレの記憶のみだからな。
「どこで手に入れた情報か知らないが、こんな辺鄙な街まで来て売る意味も分からない。王都の魔法使いギルドならウチよりさらに潤沢な資金があるんだからね、下手すりゃウチが払う額の二倍、三倍にもなるかもしれないさね」
「……」
もしオレがこの情報を売りたいと考えたなら、確かにウィゼットの言う通り王都に行くだろう。
風の街は確かに人口こそそこそこだが、やはり王都とは比べるべくもない。
人が集まるところには金が集まる。これは一つの真理だからだ。
だが、それは『たられば』のもしも話。
衰魔病の特効薬の情報を売るという考えはこの場に来たからこそ思い付いた手だ。
そもそも、ウィゼットはオレがルー婆さんが衰魔病に罹っていると知ってて赴いたのだと思っているようだが、あれは本当にただの偶然だった。
たまたま体調を崩している魔道具職人の話を聞き、それが街に一人しか居ないのだと知って手助けを申し出ただけ。衰魔病を患っていたのも知らなかったし、特効薬のことはオレの元いた世界なら周知の事実だったから処方できただけのこと。そこにはお節介以上のオレの意図など存在しない。
存在しないが、もし敢えてそこに理由を求めるのならば。
「あなた方は、ガイストの英雄譚を知っているか?」
お待たせしてしまい申し訳ありません。
スマホから執筆するようになってモチベーションが維持できるようになったので、更新再開します。
次回の更新は07/02(日)の予定です。




