第8話 休息と接近戦
昔、友人が誕生日を迎えたので何か欲しいものはないかと尋ねたことがあります。
そのときの友人は、「時間」と答え、私は「それ、俺も欲しい」などと思いました。
……それでは本編をどうぞ。
森の中で襲ってきたゴブリンの小隊を撃退したオレは、再びヨウマ草を求めて歩き出した。
(それにしても、さっきのゴブリンリーダーを貫いた土の槍には驚いたよ。躱されたと思ったら、真横に槍が突き出たから、何事かと思った!)
ああ、あれが《土の槍》の真骨頂だ。
この魔法には元々敵を追尾するための魔法式が組み込まれていて、魔法発現時に設定した対象に向けて土の槍が出現するようになっているんだ。
もし初撃を躱されても、最初に生成した土の槍を土台にして新たな土の槍を生成し、躱した敵を追いかける。それを繰り返し、どこまでも敵を追い続けるのがこの《土の槍》という魔法なんだ。
注ぐ魔力と土台となりうる土が続く限り、《土の槍》はどこまでも敵を追跡してその尖端を伸ばし続けることになるだろう。
(地味な見た目に反して、意外と高性能な魔法なんだね)
まあな。オレが覚えている【土魔法】の魔法式の中でも上位の魔法だ。これを最初に考案した魔法使いは、本当に【土魔法】が好きだったんだなと、素直に賞賛の言葉を贈りたくなる。
(【土魔法】の特性をよく理解していないと創れない魔法だよね)
さて、この話はこれくらいにして、さっさとヨウマ草を探そう。いい加減目処をつけないと、今日はこの森で野宿をすることになるぞ。
すでに日は傾き、森の中は薄暗いを通り越して真っ暗だ。
だが、オレには森に入る前にかけた魔法、《暗視眼》がある。
例え周囲が真っ暗でも、この魔法の効果で視界は明瞭だ。
ただ、満腹度が減少し始めている。ここら辺で、一度休憩を取るものいいだろう。
(そうだね、いざというときに動けないと困るし)
浩輝の同意も得られたところで、オレは野営の準備を始めた。
準備と言っても、大したことはない。モンスターに襲われる可能性があるため明かりをつけることはできないし、食料も簡素な携帯食料だけだ。適当な椅子と机でも作れば十分だろう。
【創成魔法】の《物体創造》によりシンプルな椅子と机を生成。
うむ、我ながら実にシンプルだ。何の飾りもなく、ただ『座る』『物を置ける』程度の機能しかない無機質なそれに、オレは腰掛けた。
(うわ、コレが『無駄に洗練された無駄のない無駄な技術』ってやつか……!)
浩輝が何故だか驚愕の声を出しているが今は放っておこう。
ちなみにだが、この【創成魔法】、何でも作れるというわけではない。
作りたい物を想定し正確に魔法式を記述する必要があるし、その材質は無機物に限定される。魔銀などの魔力を内包する鉱物類も生成不可能だ。その上魔力で構成を維持しているため、魔力を供給し続けなければ勝手に消滅する。
今回はシンプルな椅子と机だけなので約50項程度で済んでいるが、細部にこだわったり、大きくしようとしたりすればもっと項数の多い魔法式となり、発現させるために必要な魔力も多くなってしまう。
今みたいに短時間の使用であれば問題ないが、長時間の使用に耐えるものではないため、意外と融通は利かないのだ。
インベントリから取り出したパサパサの携帯食料を口に含み、同様に取り出した水で喉の奥に流し込む。腹が膨れた気はあまりしないが、満腹度のパラメータは幾分か回復した。
もう1つ食べれば、ほぼ満腹に近い値になるだろう。
(携帯食料っていうからどんなものかと思ったけど、カロリー○イトみたいなものなんだね)
ほう、現実世界にもこういうものがあるのか? あんなに多種多様な食文化が既に存在するのに?
(あるよ。簡単にカロリーを補給できる食べ物として結構重宝されている人気商品だね。いくつか味の種類もあるんだよ)
なるほど。じゃあ、そのカ○リーメイトとやらをこの世界で作ることができれば、あるいは飛ぶように売れるかもな。
なにせ、今食べた携帯食料はほとんど味がしないから、どうにも好んで食べたいとは思えない。
(確かに!! ディア、それいいアイデアだよ! 今すぐ作ろう! 作って売れば大儲けできるよ!)
おい、落ち着け。
作ろうと言われても、オレにそんな技術はない。作れる人間も知らんしな。
そもそも、浩輝はそれの作り方を知っているのか?
(うっ、確かに僕も作り方は知らないよ……。いいアイデアだと思ったんだけどなあ……)
ま、とは言え何も諦めることはないだろう。
“現状では無理”というだけで、いつか可能になるかもしれん。その時になったら改めて考えればいいさ。
(そうだね。現実に戻ったら、メモ帳にでも書いておくよ)
ヨウマ草を探し始めて、かれこれ数時間が経過しようとしていた。
もういくつの草を〈識別〉したかわからない。
最初の頃は薬草を見つける度にインベントリに突っ込んでいたが、それも徐々にインベントリが圧迫され始めてからはやめていた。
手に入れた薬草は、アマナ草、クダ草、セリバ草など。
アマナ草はFクエストとして受けていた『アマナ草採取』の達成条件を余裕でクリアする数が集まっている。追加分に応じて支払われるボーナスについてもかなり期待できるだろう。
他は解毒薬や目薬の原料となる薬草だ。残念ながらこれらの薬草を集めるクエストはなかったが、薬師ギルドに卸せばそこそこの額で引き取って貰えるため、無駄になることはない。
それはそれとして、やはり闇雲に探すだけでは難しいのかもしれない。
一旦街に戻って情報収集でもするかと考えたところで、不意に右の茂みが揺れたことに気付く。
モンスターの襲撃かと身構えた瞬間、そいつはオレ目掛けてその小さな拳を振り下ろしてきた。
「キキッ!」
まずい――そう思うと同時、腕を交差させて防御姿勢をとる。
襲撃者の拳が交差した腕に直撃し、オレは体勢を崩してしまった。
その隙を見逃さずに次から次へと拳を振るい、怒涛の攻撃を繰り出してくるそいつは、目撃情報が少ないはずのカッパーエイプだ。
銅色の毛並みはもうほとんど夜と言っていい時間のため判別し辛いが、この森に出る猿型モンスターといえばこのカッパーエイプしかいないので間違いないだろう。
「ぐうっ」
思わず、くぐもった声が漏れた。
考えてみれば、まともに攻撃を受けたのは今回が最初だ。それまではなんだかんだで回避できていたからな。
攻撃を受けている腕に鈍い痛みが広がる。服にかけた《頑丈化》が効いているお陰で幾分かは痛みが減衰しているはずだが、それでも痛いものは痛い。
敵の身軽な身体から繰り出される拳の連撃は、オレの防御を容赦なく崩しにかかっている。
どうにか距離を取りたいが、そんな暇を敵は与えないつもりらしい。拳を振るい、爪を立て、時には回し蹴りさえ混ぜてくる。
徐々にオレの体力が削られていく。敵の波状攻撃は休むことを知らず、オレはその猛攻に耐えかねてついに防御を崩されてしまう。
カッパーエイプの拳が、オレの腹部を強打した。
「がはっ!」
「キーッ!」
止めだ! と言わんばかりに、カッパーエイプが拳を大きく振り被った。
(ディア!!)
心配するような声音で浩輝がオレの名を呼ぶ。
咄嗟に動けたのは、もうほとんど無意識だったに違いない。腰に差していた短剣を抜き、そのまま目の前の敵に投擲する。
「キキ!?」
驚き、それを躱そうとしたカッパーエイプだったが、腕を振り被った体勢のままだったためかワンテンポ動作が遅れ、短剣の切っ先をその肩口にモロに受けてしまったようだ。
すかさずお互いにバックステップで距離をとる。あと少しでもあの拳の当たり所が悪ければ、あえなくオレは地に伏してしまっていただろう。
カッパーエイプは肩口に刺さった短剣を抜いて足元に落とした。傷口から血が流れていないのは、この世界がゲームだからだろう。
(ディア、大丈夫!?)
ああ、なんとかな。
残り体力はほぼ半分となっているが、上手く距離を取れたことで少し余裕ができた。
敵もこちらの短剣を受けて動きが少し鈍くなっているようだし、これなら魔法による迎撃も可能だろう。
(よかった。それにしても、ものすごい連撃だったね。カッパーエイプってあんなに強いモンスターなのか?)
いや、そんなことはないはずなんだがな。
何か気性が荒くなるようなことがあったのか?
気にはなるが今は考えている暇はなさそうだ。
動きを止めてこちらの様子を伺っていたカッパーエイプが、また飛びかかろうと姿勢を低くしている。
すぐにこちらも杖を出して迎撃態勢をとるが、今入力してある魔法は相手の動きを封じる程度の効果しかない。
武器である鉄の短剣を失った今、オレにカッパーエイプを倒す手段はない。
――今のままなら、な。
杖に魔力を注ぎつつ、カッパーエイプの動きを注視してカウンターのタイミングを図る。
敵が動き出そうとしたタイミングを見計らって――今!
「《蔓の枷》」
魔法名を叫んだ瞬間、カッパーエイプの周囲に生えていた植物から勢いよく幾本もの蔓が飛び出した。
駆け出そうとしていたカッパーエイプは、出鼻を挫かれ一瞬対応が遅れる。自分の身体に絡みつこうとする蔓を振り払おうと暴れるが、1本振り解く間に次の2本が、というように何本もの蔓が複雑に絡みつき、なかなか抜け出せない。
そして数秒後には、ついにその動きを止めて、周囲に鳴き声を喚き散らすだけとなってしまう。
「キキーッ!?」
オレはと言えば、《蔓の枷》がカッパーエイプの動きを封じ始めた時にはすでに別の魔法式を構築しようとしていた。
起動した魔法式のエディタを操作し、記憶にある魔法式のうち最小の項数で高い威力を発揮する魔法式を入力する。
それは【風魔法】。風や空気を操作し、竜巻や真空状態を作り出すことができる魔法だ。その用途は多岐に渡り、生活の場でもよく使われるほど。
基本の4属性と言われるほど使える魔法使いが多く、彼らが積み重ねてきた魔法式の研鑽の歴史も相当な量に達する。
その中で生まれた、基本中の基本の魔法式でありながら、数多のモンスターに有効で、かつ一撃必殺の可能性を秘めた魔法、それが――
「《風刃》!」
その魔法は、名が体を表す通り、風の刃で対象を切り刻む魔法だ。
ただし、オレが発現させたのは通常の《風刃》の3倍の大きさを持つ。
通常の大きさで消費する魔力のさらに3倍の魔力を注いで作られたそれは、もはや刃というよりギロチンだ。
もちろん、ただ単純に注ぐ魔力を3倍にしただけではこれほど大きな刃を形成することはできない。出力式にも多少の工夫を加えている。
初級魔法を超えて中級魔法の威力に届きそうなこの魔法に、あえて別名を付けるとすれば、《風大刀》といったところだろう。
目に見えないまでも、そこに圧倒的な存在感を放って生まれた《風大刀》は、次の瞬間、カッパーエイプ目掛けて超高速で撃ち出された。
《風大刀》はカッパーエイプに当たった後も止まることなく飛翔を続け、ずんずんと森の木や植物を薙ぎ倒していき、やがてオレの知覚範囲から消えていった。
カッパーエイプにとっては、何が起きたのかさえわからなかったはずだ。
オレが魔法を発現させた次の瞬間には、自分の上半身と下半身が、絡みついていた蔓ごと真っ二つにされていたのだから。
断末魔の声さえあげることができずにカッパーエイプは光の粒子に変わった。
「……倒した、か」
(最初はどうなることかと思ったけどね)
そうだな。今回の戦闘は、結果だけ見れば圧勝と言えるだろうが、その過程には多くの課題を孕んでいたと言える。
まずは周囲への警戒。ただ突き進むのではなく、周囲の気配を探りつつ進むべきだったのだろう。
逸早くカッパーエイプの接近に気付けていれば、体力を半分近くまで削られることもなかった。
次は咄嗟の判断力。最初の一撃を、防御ではなく回避を選択していれば、と思う。
そうすれば距離をとることもできたし、拳の連撃に対し防戦一方になることもなかった。
(あと接近戦の経験不足もあるよね?)
ああ、確かにそうだ。
遠距離から魔法で一発、というのが常態化していたから、オレ自身の近接戦闘技術はかなり低いと見ていいだろう。
最後に……少しやり過ぎたな。
オレはカッパーエイプが消えた方向の森を見やる。その光景は、知らぬ者が見ればなにがあったんだと首を傾げるほどに蹂躙された森の跡だ。
鋭い刃物で斬ったかのように美しい年輪を見せる太い木々。先端をスッパリと斬られ茎から緑色の汁を流す野生の植物たち。
(……確かに、やり過ぎだね……)
オレもそう思う。
いくら焦っていたとは言え、コレはないだろう。3倍ではなく2倍で十分だったかもしれない。
どこまであの《風大刀》は飛んでいったのか……。
その《風大刀》が飛んでいった方向を見ていたオレは、その先に何かがあることに気付いた。
一瞬、月の光を反射したのか知らないが、キラリと光るものが見えたのだ。
あれは……?
(どうかしたのか?)
向こうに何かあるぞ。近くに行ってみたいんだが、いいよな?
(……危険はないんだよね?)
それは近付いてみないとわからないが……大丈夫だろう。少なくとも、モンスターはいないはずだ。今はあの《風大刀》が通り過ぎた直後だからな。
(若干自虐も含んでるよね、それ)
次回の更新は01/23(月)の予定です。
いつも読んでいただきありがとうございます。
結局、連休で筆は進みましたがヒロインは出てきませんでしたorz
2章がそろそろ終わりそうなので、気合い入れて執筆します。




