第7話 対ゴブリン小隊
※少し過激な表現が含まれています。ご注意ください。
辿り着いた北風の森を前にして、オレは魔法式の作成を始めていた。
もうすぐ日が傾き始め、森の中が闇に包まれてしまう。
太陽が出ている今でさえ、森の木々たちの枝という枝、葉という葉が陽の光を遮ってしまっていて、薄い闇が森の中を支配している。
日が完全に落ちてしまえば、ほぼ真っ暗闇の中で探索をすることになるだろう。
光源を生み出す魔法もあるにはあるが、それを暗い森の中で使うということは、敵を誘き寄せることにも繋がってしまう。
いくらオレのステータスが高いとは言え、無駄な体力は消耗したくない。敵に見つからないに越したことはないはずだ。
だから、作成すべき魔法は自ずと決まってくる。
やがて完成した魔法式を初心者の杖に入力したら、準備完了だ。
「《暗視眼》」
今回作成した《暗視眼》は、主に【光魔法】と【付与魔法】を使用する複合魔法だ。
この魔法の効果を端的に言うならば、暗い場所でも目が視えるようにする、といったところか。
具体的な魔法の構成は省略するが、要は【光魔法】を使って目に入る光を増幅することで、視覚を強化することになるわけだ。
これで暗い場所でも活動可能になる。オレは足を踏み出し、森の中に分け入っていった。
(へえ、まるで暗視スコープだね。でも、映画なんかだと、急に強烈な光を見ちゃうと目にダメージを受けるような演出がされているけど、その辺はどうなの?)
別段、問題はないぞ。
この魔法は一定以下の光量のみを増幅し、一定以上の強烈な光は逆に減衰させる作用がある。
言ってしまえばどんな光量だろうと人間が目視できる範囲に調整してしまうのがこの魔法なのだ。
この魔法が開発された初期段階で、既にその辺りの問題は発見されて対策されたから、浩輝が危惧しているようなことにはならないだろう。
(よかった。なら、早く目的の薬草を探そうか)
そうだな。
モンスターにも十分気をつけて、進んでいこう。
どこからともなく聞こえてくる鳥のさえずりや、木の葉の擦れる音は、場所が場所であれば癒やしの音色としても心地良いだろうと思う。
しかしながら、今いる場所は鬱蒼と生い茂る暗い森の中であり、それらの音が聞こえても不気味な音色としか感じない。
いや、想像してみて欲しい。
前方が見通せない暗い森の中で響く、どこにいるともわからない鳥の鳴き声や、絶えず聞こえる葉擦れの音を。
オレにとっては強いとは言えないが、それでも人を襲うモンスターまで出るのだ。不気味でなくて何だというのか。
もっとも、それを承知の上でオレはこの森に足を踏み入れた訳ではあるのだが。
ルー婆さんを苦しめている衰魔病は、罹った者の魔力を著しく低下させ、内外からのあらゆる魔法の効果を打ち消してしまうとんでもない病気だ。
唯一、『ヨウマ草』という草がこの病を癒すことができ、それはこの周辺では北風の森に生えているらしい。
らしい、というのは、発端となるCクエスト『魔道具職人の病を癒せ』の2つ目のクエスト情報にそう記載されているからだ。
オレのいた世界であれば、ヨウマ草は普通に雑貨屋に卸される薬草なのだが、ここはゲームの世界であるためか、ルー婆さんの口振りからしてまだ特効薬は発見されていないという。
このことにオレは若干の違和感を覚えているのだが、それを具体的な言葉にはできずにいる。
まあ、そもそもその違和感も気のせいであるかもしれないので、今は忘れよう。
そうしてオレは森に分け入っていくことにしたわけだが、ヨウマ草がこの森のどこに生えているのかといった情報はクエスト情報には記載されていなかった。
また、ヨウマ草の外見も店に卸されているものしかオレは見たことがなかったため、手当たり次第に生えている草を【鑑定】アビリティのスキル〈識別〉で見ていくことにしたのだった。
この〈識別〉で判明する情報はアイテムの名前と種別などの簡易的な情報だけだったが、今のところはそれ以外に必要な情報もないため問題ないだろう。
(また違う草だねー。どこにあるんだろうね、ヨウマ草は)
地面に生えている草を〈識別〉しながら、森の奥深くへと進んでいく。
時折ブラックバットやファンガスといったモンスターが襲ってくるが、正直コイツらはオレの敵ではない。
敵が近接攻撃をしてきたら、それを躱してこちらの短剣を当てる。それだけで倒せるからだ。
これがフォレストウルフやゴブリンであればまた違う戦法をとらなければならないが、まだその2種のモンスターとは遭遇していなかった。
と、そのとき、前方の茂みが揺れた。
またファンガスか? と思い、短剣を構えて前方を注視する。
そして飛び出してきたのは、片手に棍棒を持った緑色の醜い子鬼だった。
(ゴブリン! へえ、この世界だとこんな見た目なんだね! 思ったよりグロい!)
浩輝の言う通り、出てきたのはゴブリンだ。
醜悪な見た目だが、一応知能と呼べるものがあるらしく、身構えたオレに対して突撃を躊躇ったようだった。
ゴブリンは一応亜人型モンスターに分類されるため、仲間内での会話が可能だ。もちろん人間族を含む6種族にとって意味のある言葉には聞こえないのだが。
「ぐぎゃ」
ゴブリンが声を発する。
確かに、意味のある言葉には思えない――が、それはオレたちにとっては、という意味だ。
咄嗟に横飛びでその場を離れると、それまでオレがいた場所に棍棒を振り下ろす別のゴブリンがいた!
(うわっ、びっくりした! 随分気配を消すのが上手いゴブリンがいたものだね)
一度正面に現れ注視させておいて、背後から仲間が攻撃する。うむ、なかなかいい手だ。
だが、オレはそういうゴブリンの習性をも知っている。元の世界では、魔法を試すための的としてゴブリンは重宝したからな。
(え? どうして?)
ゴブリンは繁殖力が高い。3日も放っておけば、すぐに倍々に膨れ上がる。だから全滅させず少数を残すことで、半永久的に供給可能な生きた的になるわけだ。
(うわ……いくらゴブリンとはいえそれはちょっとかわいそう……)
だが浩輝、あの見た目の奴が、ゴブリンの集落には何十、何百といるんだぞ。お前それに耐えられるか?
(……無理だね、想像もしたくないや!)
だろ? だから気にすることはないんだ。
ということで、さっさと目の前のゴブリンを始末するぞ。おそらく、もう2、3匹は周辺の茂みに隠れて様子を伺っているはずだからな。
あとは、どうにかして奴らをけしかけて来たリーダー格のゴブリンも探さなければ。
(ゴブリンにリーダー格なんているの?)
腐っても亜人型モンスターだからな、普通は集団で行動するものだぞ。
となれば、集団にはリーダーが必要だろう?
(まあ、わかるようなわからないような)
元の世界での経験からしていなかったことは稀だな。
おそらくどこか離れた場所で指示を出しているはずだが……今は目の前に集中するか。
さて、今回初心者の杖に入力した魔法は、《土の槍》だ。
【土魔法】で土の槍を生成し、地面の下から対象を攻撃する。魔法の発現を感知してすぐにその場を動かなければ、生成された土の槍が身を貫くことになるだろう。
ゴブリンなどの低級モンスターは魔法を感知する能力を持たないため、ほとんど必殺の一撃になると考えられる。
(でもさ、ゴブリンはあまり動きが速くないからこれでよさそうだけど、フォレストウルフは素早いから避けられてしまうんじゃないか?)
ああ、もちろんその可能性はあるな。
だけど、《土の槍》の真骨頂はそこじゃない。いずれ見せる機会もあるだろう。
今はまず、オレに喧嘩を売っってきたこのゴブリンたちを倒すぞ。
自慢の不意打ちを避けられて憤慨している様子のゴブリンに対し、オレは冷静に構えていた短剣を腰の鞘に戻す。
ゴブリンは怪訝な表情を浮かべるも、それを好機と見てか次の瞬間にはその顔を醜悪な笑みに変えて再び襲い掛かって来た。
どたどたと不格好な足音をさせて手にした棍棒を振りかざし、雄叫びのような声をあげて襲ってくる様はいっそシュールにも思える。
その間にオレは初心者の杖をインベントリから取り出し、魔力を込めて魔法を発現させた。
「《土の槍》!」
その足元から勢いよく土の槍が飛び出し、ゴブリンを下から上へと串刺しにする。
先程も言ったように、元々足の速くないゴブリンは攻撃力もさして高くないため生きた的として非常に優秀だ。
なので慌てず落ち着いてさえいれば、例え目の前まで迫って来ていようとオレが魔法を失敗するはずがない。
見るも無残な姿になったゴブリンは、次の瞬間には光の粒子になって消えていった。
「ぎゃぎゃ!?」
最初に現れたゴブリンは仲間がやられた様子に驚いている。
まずは一匹、と心のなかで数えつつ、周囲に気を配りながらそのゴブリンと距離をとり、また魔法を発現させるべく魔力を杖に込めた。
そして、後ろを振り向き、再び《土の槍》を放つ。
「げひゃあ!」
背後からオレを狙っていたゴブリンは、その土の槍により死んでしまう。
(おおー! 今、完全にあっちのゴブリンに魔法を放つと思ったよ。なんで後ろからゴブリンが近付いて来ているのがわかったの?)
こいつらの習性は熟知している、と言っただろう。
ゴブリンは意外と悪知恵が働く。最初の不意打ちが躱されたとしても、第2、第3の騙し討ちの手を用意しているんだ。
彼らは自分たちが弱者であることを理解している。だから、どんな手を使ってでも獲物を仕留めようと悪知恵を振り絞って敵を追い詰めていくんだ。
獲物に対し複数で襲いかかるのも悪知恵の一つだな。
「ぐが、ぎゃー!」
森の奥からゴブリンの叫び声が聞こえたと思ったら、それに呼応するように周りからもゴブリンの不快な声が響いた。
どうやら「逃げ場はないぞ、覚悟しろ」とでも言いたいようだが、敵はオレの実力をまだ見極められていないのだろうか。
いくら数で勝ると言っても、所詮はただのゴブリンだ。
今は手段が乏しく打つ手は限られているが、元の世界にいた頃のオレなら一瞬で彼らを殲滅しているだろう。
よく働くその悪知恵でさえも、もっと狡猾な罠を仕掛けてくる者と比べると精々が悪戯レベルにしかならない。
落ち着いて周囲に気を配り、その動きを見極めれば、たった数匹のゴブリンなどさしたる脅威にはなりえないからな。
オレは杖に魔力を注ぎながら、目の前のゴブリンに向かっていった。
腰に差した短剣に手を添えるが、これを使う気は更々ない。
ゴブリンが棍棒を構えて迎え撃とうとしているが、近接武器しか持たず大して素早くもない彼らがオレにダメージを与えることは至極困難だ。
その棍棒が届くよりも先に、オレの《土の槍》がその身を貫く方が速いのだから。
「ごぎゃー!!」
倒したゴブリンの向こう側へと勢いに乗ったまま駆け抜ける。
浩輝がどこへ行くんだと頭の中に声を響かせるが、敢えて無視。説明するよりも見てもらった方が早い。
そしてすぐに目標を発見した。
先程までに倒したゴブリンよりも僅かに良い防具を身に着けた、このゴブリンたちのリーダーだ。仲間たちにオレを奇襲させる指示を出した張本人でもある。
(コイツがリーダー格? どうしてそれがわかるのさ?)
さっき、森の奥から響いた声に呼応するように周りのゴブリンが声をあげただろう?
それは最初に叫び声をあげたゴブリンが、彼らのリーダーだからだと推測できる。
あとはその声が聞こえた方に行けば、リーダーとご対面って寸法だ。
(それだけで?)
良い意味でも悪い意味でも、所詮はゴブリンということさ。
無い知恵を振り絞ったところで、多寡が知れている。実際、すぐにリーダーっぽい奴に会えたんだからな。
迷わず自分に走り寄ってきたオレに驚いているようだが、既に臨戦態勢になっているのは流石リーダー格と言ったところか。
ぎゃーすかぎゃーすかと騒いでいるため非常に耳障りだ。そんな奴はさっさとご退場願おう。
「《土の槍》!」
だが、オレの魔法はゴブリンには当たらず空を貫くこととなった。
何度も《土の槍》を放ったところを見られていたのか、オレが杖を振りかざしたと同時にゴブリンが動いてしまったからだ。
だがそんなことは関係ない。オレの《土の槍》は、まだ終わっていないのだ!
(え!?)
浩輝が驚きの声を上げる。
空を貫いた《土の槍》のその槍部分からさらに別の槍が生まれ、ゴブリンのリーダーへと向かって勢いよく突き出たのだ。
先程告げたばかりの真骨頂を、まさかゴブリン相手に使うことになるとは思わなかった。
だが、このゴブリンの包囲網を抜けるにはいかに速くリーダー格を倒すかが肝要となる。出し惜しみをしている場合ではないのだ。
「がが!?」
横に伸びた土の槍に腹を貫かれ、ゴブリンのリーダーが悲痛な叫びをあげて転倒する。
その隙を逃さないように全速力でゴブリンに近付き、腰の短剣を抜く。
「〈壱の型・面割り〉!」
吸い込まれるように短剣の刃がゴブリンの頭部に命中し、その身を真二つに切り裂いた。そのまま弾けるように光の粒子を振りまいて、ゴブリンのリーダーは消えていく。
元の世界でなら脳漿をぶち撒けるような凄惨な光景が広がるところだったが、幸いにしてここはゲームの世界であるためか、グロい表現はされないようだった。
アレは慣れていない人間が見ると一種のトラウマになるからな。
オレは短剣を腰の鞘に戻し、再び杖を構えた。
リーダー格を失ったゴブリンたちがとる行動は2パターンある。リーダー格がやられたことに戸惑って逃げるか、我を忘れ興奮し立ち向かってくるかだ。
逃げるのであれば放っておけばいいし、立ち向かってくるのであればまた魔法や剣を使って倒すだけだな、と考えつつ周囲に気を配る。
ゴブリンたちは自らのリーダーが倒されたのを見て最初は戸惑っていたが、やがて蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
そのうちの一体がオレに向けて声をあげていたが、果たして何と言ったつもりだったのか。
(案外、「覚えてやがれ」とでも言っていたのかもね)
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は2017/01/09(月)の予定です。
ただし、現在執筆中のため、もしかすると遅れるかもしれません。
※2016/12/31 追記
息抜きに閑話を書いてみました。
2017/01/02(月)にアップされるよう予約投稿してあるので是非ご覧ください。
圧倒的ヒロイン不足!! 年末の連休中にヒロイン登場までは書きたい!!
※2016/12/29(木) 表現の一部を修正しました。




