第6話 モンスター
今回は浩輝視点です。
覚醒する意識の中で、僕はひょんなことからできた相棒、ディアのことを考えていた。
異世界で魔王だったという彼。魔物の王でも魔族の王でもなく、魔法使いの王。僕が憧れていた魔法使いの、その頂点。
だけど、決して彼は成功者ではなかった。
ただ自分の夢を追い続けただけの、一人の人間でしかなかった。
あのとき見た夢の内容はもうほとんど思い出せないけれど、最後の大きな魔法のことだけは強く印象に残っている。
《境界門》とか言ったっけ。
どんな理論、どういう理屈で構成された魔法かはわからないけれど、その魔法のお陰で僕はディアに会うことができたし、逆に言えばその魔法のせいで僕はMGOを自分の思い通りにプレイすることができなくなったと言える。
けれど、僕に選択の余地はなかった。
気が付いたらディアに取り憑かれていたし、気が付いたらMGO内における主人格をディアに奪われていた。
あらかじめそうなることを知っていたとしても、何をどうすればそれを回避できたかなんて、わかるはずもない。
結局、なにもできずに今の状態に落ち着くのが関の山だろう。
だけど、未練はある。
やはり、これからも僕がMGOをプレイするための方法は考え続けようと思う。
できればディアと、あの尊大だけど心根の優しい彼と、一緒にゲームをプレイをしてみたいと思う。
彼のこの世界における唯一の理解者、そして唯一の友人として。
(おい、浩輝。いい加減目を覚ませ)
ディアの声が聴こえる。
……ああ、そうか。体調の確認のために、一度ログアウトしてきたんだっけ。
頭に装着したままだったハックギア2ndを外しながら、僕は起き上がる。
その際、頭に痺れのような鋭い痛みが走ったが、すぐに収まった。
傍らの目覚まし時計が示す現在の時間は、14時半を過ぎたところだ。
なんだかんだで、6時間近く連続でプレイを続けていたようだ。さっきの鋭い痛みは、長時間VR空間にいたこと故の痛みだろう。
頭が疲れているような感覚も久しぶりだな。最近はバイトばっかりであまりゲームしていなかったからなあ。
心配していた尿意は思ったほど感じなかったけれど、ひどく喉が乾いており、空腹感もある。
キッチンまで行き、水道水をコップに汲んで一気に飲み干す。
ぷはぁと息を吐き出すと、やっと現実に戻ってきたのだと実感した。
(大げさだな。……昼を食べたら、またすぐにあちらに戻るんだろう?)
ああ、そのつもりだよ。
早くあのお婆さんに薬を届けてあげないとね。
再度ログインした後の予定を考えながら、買い置きのレトルト食品を漁る。
今回はカレー(中辛)にしよう。
鍋にレトルトパックが浸るくらいの水を入れ、火にかける。といってもガスコンロじゃなく、電気加熱だけどね。
3食分でイチキュッパのお買い得な白米をレンジで温め、湯煎していたレトルトの中身と一緒に深皿の上にぶちまける。
これで今日のお昼は完成。所要時間はたったの5分。
向こうで食べたオムライスには到底敵わない味だけど、こうして久しぶりに食べると妙に美味しく感じるのはなんでだろう?
食べ終わった後の皿を洗い、食後のコーヒーを淹れる。
本格的なドリップコーヒーじゃなく、ペットボトルのコーヒーだけどね。
これを飲み終わったら、早速さっきの続きを始めよう。
ゲームを開始すると、今朝と同じように僕の意識が薄れていくのを感じた。
そして次の瞬間には、最後にログアウトした場所に立っていることに気付く。
とは言っても、僕が見ている景色はディアのアバター、ベルゼが見ている景色だ。
主人格は未だディアのままであり、僕が必死に右手を動かそうとしてもまるで動いてくれず、あまつさえ僕の意思を無視して勝手に動き出す始末。
ディアがディアの意思で動かしているのだとわかってはいるけれど、それでもこの違和感はなかなか拭えるものではない。
さて、北風の森に向かうんだったよね。何も準備しなくて大丈夫?
(ああ、そうか。確かにこの装備じゃ森へ行くのには危ないな。水と食料、それと少量の薬も欲しいな)
なら雑貨屋だね。
あれ? 治癒魔法なんて便利なものがあるのに、薬なんて必要なのか?
(前の世界のオレなら確かに薬なんて必要ないんだが……、今は魔法を切り替えるためには一々魔法式を再入力する必要があるだろう? 場合によっては悠長に魔法式の入力なんてやっていられないかもしれない。ならば、魔法なしで回復する手段も必要だろう)
ああ、確かにそうだね。
(まあ、余裕があるときは魔法で回復、余裕がないときは薬で回復、くらいに考えていればいいだろう。そもそも、オレが森のモンスターごときに遅れを取るとは思えないしな)
慢心はよくないけど、相応のステータスがあるだけに何も言えないなあ。
その口振りだと、森に出るモンスターについてもある程度知っているんだよね?
(当たり前だ。オレの知っている限りだと、フォレストウルフ、ファンガス、ブラックバット、ゴブリンだな。滅多に姿を現さないが、カッパーエイプもいるらしいぞ)
他のモンスターはなんとなく想像できるけど……カッパーエイプ? は、どんなモンスターなんだ?
直訳するなら銅の猿、ということになるんだろうけれど、それがそのままの意味なのか比喩的表現なのかは、訊いてみないとわからなかった。
(そうだな……焦げ茶色の体毛に覆われた猿のモンスター、といえばわかるか? カッパーとついているが、要は銅色の猿だ。別に体組織が銅でできているわけではないぞ)
あ、そうなんだ。じゃあ、大丈夫そうだね。
体が銅でできているなら戦い方を工夫しないとって考えていたんだけど。
(まあ、そうだな。それじゃ、雑貨屋へ行ってアイテムを揃えたら、東門に向かうとしようか)
雑貨屋はメインストリートの外れ付近に店を構えていた。
今日ゲームを始めたプレイヤーたちが買い漁っていったせいか、店の薬は在庫がなくなりかけていた。
「今日の売上を計算するのが怖い」みたいなことを店主がぼやいていたが、それも時間の問題だと思う。
しばらくすれば調薬を専門とする生産職も増えるだろうから、店売りの低品質な薬は買われなくなるだろう。
在庫を切らすのも悪いと思ったので、体力を回復する薬は数本を買うに留めた。
元々所持金が心許なかったというのもあるが、僕らには回復魔法がある。
ディアの言う通り、基本は魔法で回復する方針でいいだろう。
水と食料も必要十分な量を買い、インベントリに突っ込んだ。
これで準備は万端。あとは森へ行くだけだ。
東門を抜け、そのまま街の外壁に沿って北へ向かう。
ちなみに、東門の門番さんは交代の時間が来たのか朝に会った人とは別人だった。
平原に来たわけだけど、なんだか人が増えた気がするね。
でもその割には、武器を持って戦っている人がほとんどのような気がするのは、気のせいかな?
純戦闘職っぽい盾と剣を持った竜人族のプレイヤーがワイルドドッグに斬りかかっていたり、緑髪の後衛職っぽい妖精族のプレイヤーがウィードピジョンに向かって弓矢を放っていたりと、なぜだか皆、武器を持って戦っている。
中には確かに杖を持って戦っている人もいたけれど、その実していることはその手に持った杖でモンスターを殴っているだけだった。
ディアがそうしたように、その杖の先から魔法が飛び出したりはしていない。
しかもその人は、途中からワイルドドッグ相手にプロレス技? のようなものを仕掛けて首をひねり落としてしまっていた。なにそれ、グラップラーさん?
いくらチュートリアルでもらえる杖が破壊不可属性とはいえ、それでは杖を持つ意味が無いだろう。
(まあ、十中八九、魔法式が原因だろうな)
うん? なんでだ?
(オレは魔法式というものを知っていて、それがどのような理論で構成されているかも知っていたから魔法を使うことが出来たが……他のプレイヤーたちは、そうではないだろう?)
ああ、そっか。言われてみれば納得だ。
僕らの世界には、魔法式なんていう概念は元々存在しない。
それが例え、どんなに論理的で精緻だったとしても、誰にも教わらずに理解することは不可能だろう。
そもそもの話、僕らは今朝ゲームを始めてから今の今まで、魔法式を教わるというイベントに遭遇すらしていない。
魔法式として僕ら以外のプレイヤーが知り得ているのは、デフォルトで用意されていた魔法式だけ。それも、項数でいうなら必要最低限の数である3項のみの単純なものだ。
チュートリアルで魔法式のいろはを教えてくれるものと考えていたが、そんなこともなかった。
これが僕らだけの話なら、僕らがそういった類のイベントのトリガーを見逃しただけだと思えるのだが、この周囲の状況を見る限り、他の皆も似たり寄ったりなのだろう。
つまり、皆は魔法が使いたくても使えないのだ。それを教えてくれる人がいないから。
それで仕方なく、もらった杖で打撃を繰り出したり、半端な出来の盾や剣で戦ったりしなければならない。
せっかく魔法使いになりたいがためにこのゲームを始めたのに、魔法が使えないなんて。
いったい、運営はなにを考えているんだ?
運営に対して若干の不信感を抱きつつ、僕らは平原を進んでいく。
その途中、ワイルドドッグとは異なる体躯の犬型? いや、どちらかというと狼型のモンスターと戦う5人組が見えた。
「ちっ! 動きが速い! そっちにいったぞ、気をつけろ!」
「え! ちょっと盾役! ちゃんとヘイト管理しなさいよ!」
「そんなこと言ってもまだ挑発スキルなんて覚えてねーんだから仕方ないだろ!」
そんな声が聞こえてくるが、敵の狼型モンスターは止まってくれない。
前衛の獣人族のプレイヤーが敵に対して剣で攻撃を繰り出す。
だが、敵はそれを察知するやすぐに回避行動をとり、攻撃を躱した。
「当たって……! 《ファイア》!」
後衛の魔人族のプレイヤーがデフォルトで用意されていた魔法を発現させるも、相手の動きが素早すぎてまるで見当違いの場所に飛んでいく。
せっかく発現した魔法も、当たらなければ魔力の無駄だ。
(あれは……フォレストウルフ? なぜこんな場所に……?)
ディアの心の呟きが聞こえる。
フォレストウルフというと、ディア曰くこれから僕らが向かう予定の場所に出るモンスターだ。
彼らプレイヤー側は、装備と先程の言動からして、そこそこMMORPGに慣れ親しんだ経験があるものと考えられる。
なのに、たった1匹のモンスター相手にいいように翻弄されてしまっていた。
それだけ相手が強いということか?
(フォレストウルフは確かに森に出現するモンスターの中では脅威度が高いが、それは奴らが群れているからだ。複数匹の連携による攻撃でこちらを追い詰めてくるから厄介だとされているが、単体相手なのであればそれほどでもないはずだが)
うーん。もしかしたら、“はぐれ”ってやつなのかもね。
群れから“はぐれ”て、文字通り一匹狼になっているのかも。
それで、実はここのエリアボスに指定されているとか!
(エリアボス……というのは?)
要は、次のエリアに行くことを邪魔するモンスター、ということだね。
通常のモンスター……この平原で言うならワイルドドッグやウィードピジョンよりもいくらか強く設定されているから、普通はああやってパーティーを組んで戦うのが常道かな。
ま、エリアボスだと決まったわけじゃないけどね。
僕らがエリアを越えようとした際に現れたならエリアボスでほぼ確定だし、現れないなら何か別の種類のボスモンスターということになる。
(ふむ。まあ、まずは先に進むとしようか)
結局、僕らは森に入るまでフォレストウルフと戦闘をすることはなかった。
エリアボスかと思ったけど、どうやら違うらしい。
だとすると残るパターンとしては、時間湧きモンスターか、ユニークモンスターか、あるいは死神系モンスターということになるだろう。
時間湧きモンスターは、一定の時間毎、または、特定の時間毎に出現するモンスターのことを指す。一般的には、マップ内の通常モンスターより少し強いくらいに設定されている。
ユニークモンスターは、その名の通り、唯一なモンスターだ。特別な事情がない限りは、ゲーム全体で1個体しか存在しないモンスターということになる。
最後の死神系モンスターは、プレイヤーが特定の条件を満たすことにより出現し、そのマップではあり得ない強さで条件を満たしたプレイヤーを虐殺する性質もつ。
そこまで考えつつも、死神系ではないだろうな、と僕は思う。
なぜなら、敵に翻弄されるような形ではあったけれど、まだプレイヤーたちは戦えていたからだ。
相手がもし死神系モンスターだったのなら、おそらく戦えるという次元では済まない。
運が良ければ逃げられるだろうか、くらいの強さを持っているのが死神系の恐ろしいところなのだから。
もっとも、今の段階ではそれらのモンスターがこのMGO内で確認されたわけではない。
あくまで一般的なRPGの要素としてそういう種類があるよ、ということをディアには説明しておいた。
平原を進む間に襲ってきたモンスターは、先に受けておいたクエストのこともあってほぼすべて討伐した。
すでに達成条件をクリアしたクエストは、『ワイルドドッグ討伐』、『ウィードピジョン狩り』だ。
ウィードピジョンは討伐数固定だからもう倒す必要はないが、ワイルドドッグ討伐は倒した数だけ報酬が増えるので、もう少し倒しておきたいところだが、目的地に着いてしまった以上はしかたない。
あとは帰りに余裕があれば、くらいで考えておこう。
何はともあれ、多少時間がかかったが僕らは森にたどり着いた。
すでに太陽が傾きかけているからだろうか、森は影が多く、かなり暗い。
本格的に日が落ちてしまえば、視界の利かない中で探索をしなければならなくなるだろう。
ディア、本当にこのまま進むのかい?
(そんなわけないだろう。無論、魔法を使うに決まっている)
ディアは自信たっぷりにそう言いながら、魔法式のエディタを操作し始めた。
僕も暗い中で視界を確保する方法に心当たりがないこともないけれど、ディアの使う魔法の方が断然興味深い。
思わず、僕はそれをディアに訊いていた。
へえ? それはどんな魔法なんだ?
(それは使ってみてのお楽しみだ)
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は12/26(月)の予定です。
※2016/12/29(木) 表現の一部を修正しました。




