第5話 魔道具職人の病
金策のために魔法使いギルドを訪れたオレは、そこで魔道具職人向けの依頼があることに違和感を覚え、それを受付嬢に尋ねた。
受付嬢が言うには、その魔道具職人は既に高齢で、現在体調を崩しており依頼を受けられない状態らしい。
魔道具は魔道具職人しか作成・修理することができないため、今は大きな問題になっていなくとも今後大きな問題になりかねないと考えたオレは、魔道具職人の住居へ赴き、彼、あるいは彼女の体調を回復させる手伝いをすることにした。
「では、こちらが魔道具職人の方が住む場所です。どうか、彼女を助けてあげてください」
受付嬢が地図のある場所を指し示し、そして深々と頭を下げた。
彼女、ということは魔道具職人はどうやら婆さんらしいが、受付のお嬢さんが頭を下げる意味はあるのだろうか。
<Cクエスト『魔道具職人の病を癒せ』を受注しました>
<C1:魔道具職人の住居へ(0/1)>
「は?」
いきなりのシステムアナウンスに、思わず声が出てしまった。
アナウンス自体は、他のクエストを受けた時にも出ていたから驚くべきことではないのだが、まったく意図していないタイミングで出たことに驚いてしまったのだ。
「……どうかしましたか?」
怪訝そうに受付嬢さんが首を傾げている。
確かに変な声を出してしまったし、訝るのも仕方ないか。
「いや……なんでもない。場所はわかった。すぐに向かうとしよう」
そういって頭を下げ、受付のカウンターを離れて外に出た。
(どういうことだろうね? それに、『Cクエスト』って……掲示板の情報では見なかったタイプだよね)
そうなのか?
(あ、そうか。ディアはまだ、言語の読み書きはできないんだったね。Cクエスト……掲示板にはなかったタイプのクエスト。語感からしてクエストが連鎖する感じなんだと思うけど)
ふむ。確かに、システムアナウンスにも『C1』と出ているからな。C2、C3といったように続く可能性は高いだろう。
それに、クエスト内容的にも『魔道具職人の住居へ』→『魔道具職人の病を治す』と続くのはなんら不自然ではない。
とにかく、地図で示された場所に行くとしよう。
そうすれば、これが連鎖的クエストなのかどうかは、すぐに分かる。
(そうだね、そうしよう)
というわけで、街中をマッピングしながら歩くこと数分。オレはその魔道具職人の住居にやってきた。
そこは、一階が魔道具の工房になっている以外は何の変哲もなさそうな住居に見えた。工房の主がいないせいか中は暗く、人がいる気配もない。
とはいえ、工房に誰もいないだけで家主は在宅だろうと当たりをつけ、扉を開けて声をかける。
「誰かいないか!」
すぐに返答はなかったが、しばらくすると工房の奥から物音が聞こえてきた。
体調が良くないということだったから、今まで寝ていたのかもしれない。
もう一度声をかけてみるとしよう。
「ギルドから体調が良くないと聞いてやってきた! 起きられないなら勝手に上がらせてもらうが!」
「……そんなに大声をあげなくても聞こえているよ。上がってきな、奥のカウンターを抜けたところさね」
今度はすぐに返答があった。しわがれ気味の、女性にしては低めの声だ。声の主が魔道具職人の婆さんなんだろう。
オレの懸念通り、どうやら動けないほど弱っているようだったので、婆さんの言葉に従って奥のカウンターを抜け、扉一枚を挟んだ部屋に足を踏み入れた。
<C1:魔道具職人の住居へ(1/1)>
居間らしき部屋だ。華美なものが一切なく、年季を感じさせる。
木製のベッドの上で白い掛け布団を被っているのは、白髪の老婆だ。
空気を読まないシステムメッセージが出ているが、それに構わず寝ている老婆に近付いていく。
老婆は首だけをこちらに向け、オレを睨むような目付きで眺めてきた。
オレが一瞬たじろぐと、老婆はそれに気付き、「すまないね、老眼で」と謝ってきた。
どうやら体調だけでなく、目も悪いらしい。
「……見ない顔だね。私はこれでも、だいたいの街の人間は把握していたつもりなんだが」
「ああ、この街には来たばかりなんだ。路銀を稼ごうと魔法使いギルドへ行ったら、あんたのことを聞かされてな。放っておけず出向いてきた」
「ふん、お人好しなやつだ。……だがまあ、ちょうどよかった」
そう言って、老婆は身体を起こしはじめた。
オレは慌てて彼女に近寄り、起きやすいように身体を支えてやる。
華奢な、ともすればガリガリとも言えるほど衰弱しきった身体だ。体調が良くないというが、彼女の抱える病とはいったい何なのだろう?
「私はルリエ。街の人間からはルー婆さんと呼ばれている。あんた、名前を教えな」
「……ベルゼだ。ちょうどよかった、とは?」
「私は今、ある病を抱えている。『衰魔病』……別名『吸魔病』ともいう」
老婆……ルー婆さんが告げたその病は、オレもよく知っている。
その病に罹った者は、著しい魔力の低下に苛まれるのだ。治癒魔法も効果はなく、むしろより症状を悪化させてしまう。内外からのあらゆる魔法の効果を打ち消してしまうことから、別名『吸魔病』と呼ばれている。
衰魔病に罹る原因は人それぞれで、未だ詳しくは解明されていない。
だが、幸いなことに治療方法は見つかっている。とある薬草を煎じて飲み続ければ、徐々に回復することがわかっているのだ。
だが待て。なぜ彼女は、こんなにも身体が痩せ衰えている?
衰魔病は、確かに魔力を低下させはするが、逆に言うとそれだけだ。魔法使いであれば魔力を魔道具に注げなくなるくらいで、肉体への影響はほとんどないはずだが……。
「おや、この病のことを知っているのかい? ああ、この街へ来たばかりということは、旅の人だったのかね? それなら知っていてもおかしくなさそうだ。一人旅には怖い病だからね」
それは、まるで衰魔病が最近発見された病気のような口振りだ――。
「っ! おい、その病気、治療方法はわかっているのか?」
「? 変なことを言うね。それがわかっていれば、こんなに弱ってないさね。満足に魔法も使えやしないし、商売道具の魔道具も作れない。ほんと、厄介な病気さね」
オレの想像が的外れであれば、どれだけよかっただろうか。
だが、ルー婆さんの口振りから、的外れではなかったことが伺える。
たしかに衰魔病は、治療方法がわかっているのであれば、さほど脅威には成り得ない。
しばらくは魔法が使えないという多少の不便はあるものの、他の身体機能への影響はほとんどないからだ。
だが、治療方法がわからないというのであれば、話は別だ。
そもそも、魔力が上手く魔道具に注げなくなるという症状は、魔道具に注ぐための体内の魔力を、この病の源が食い潰すからだと言われている。
そして、ゆっくりと体内の魔力を喰らい尽くした病の源は、やがて宿主の身体そのものを侵食し始めてしまう。
最後には、その宿主の身体の内側さえも喰らい尽くし、死に至らしめるのだ。
このルー婆さんの様子を見る限り、体内の魔力はもう、ほぼすべて喰われてしまったのだろう。
今は痩せ衰えた身体の内側を、病の源が侵食し始めているはずだ。
一朝一夕ではどうにかなるものではないが、かといって悠長に構えていられるほどの余裕もない。
病が治ったとしても、運が悪ければもう二度と魔法が使えなくなるという可能性もあるのだ。
「だがまあ、最後にあんたみたいなのに会えて良かった。ベルゼといったかい? あんた、旅の人らしいけど、この街に住む気はないかい?」
「……なぜ、そんなことを?」
「なに、あんたにこの魔道具屋を譲ってやろうというだけの話さ。夫は既に他界しているし、子どもたちも別の街で立派に暮らしている。私には、もう思い残すことはないからね」
そういう婆さんの目は、オレではなくこの部屋全体を見渡していた。
思い残すことはないと言いながら、名残惜しそうにしているんじゃないよ、まったく。
「悪いが、それを受け取るわけにはいかない。オレはまだまだ旅を続けたいし、それに……」
頭を過ぎったのは、あの魔法使いギルドの受付嬢だ。
オレがルー婆さんのところへ行くと言ったとき、彼女は『彼女を助けてあげてください』と言ってオレに頭を下げた。
もしかしたら、彼女は知っていたのではないだろうか。
ルー婆さんが、すでに死ぬ覚悟を決めていることを……。
「それに、あんたを心配している奴がこの街にはたくさんいる。そいつらに言いたいこと、一言もないとは言わせないぞ。どうせなら、元気な顔を見せたいだろ?」
「……だがね、さっきも言ったとおり、この病はまだ治療方法が見つかっていない。罹った者は例外なく衰弱死している。それをあんたは、治せるっていうのかい?」
「ああ、治してみせるさ」
<C2:衰魔病に効く薬草を集めよう(0/5)>
相変わらずシステムメッセージさんは唐突だな。
だが、それに付随して現れたクエスト情報には、どこへ行って何を集めれば良いかもすべて記載してあった。
このゲームの世界では、ルー婆さんの言う通りまだ衰魔病の特効薬は見つかっていないというのに。
「ちょっと待ってろ、婆さん。すぐにオレがこの病に効く薬を持ってきてやるからな」
「……ああ、嘘でも、そう言ってもらえると嬉しいよ……」
婆さんはまだオレがこの病を治せるとは信じきれていないようだが……まあ仕方ない。
今はとにかく、あの薬草の採取に向かわなければならないからな。
婆さんを再び寝かしつけて、オレは魔道具屋を後にした。
(また面倒なことに首を突っ込んだね)
そうかもな。浩輝は反対か?
(いや、全然。むしろよくやったと褒めてあげたいくらい)
なんでだ?
(こう見えても僕、昔はお祖母ちゃん子だったからね。ああいう優しそうなお婆さんは、なんとなく放っておけないんだよ)
そうだったのか。
(あ、僕のお祖母ちゃんは、まだ生きてるけどね! この間も、僕が一人暮らしをしているからって野菜や果物を送ってきてくれてさ。そんなに心配しなくてもいいのにね)
そ、そうか。それはなんというか、よかったな。
さて、じゃあ、採取に行くとしようか。特効薬となる薬草は『ヨウマ草』。それが生えている場所は、この辺りだと北風の森というところになるらしい。
(北風の森……? なんだか寒そうな名前の場所だね)
名前に意味なんてないさ。単に風の街の北にある森だから、北風の森と呼ばれているだけだろう。
(そうだといいんだけどね。その森へは、どうやって行けばいいのかわかっているのか?)
ああ、もちろん。一旦東門からストラウト平原に向かい、そこから北上して森に入る。
(うん? このまま街の北へは抜けられないのか?)
街の北に門はないぞ。
北風の森はモンスターが徘徊する少し危険な場所だ。そこに門を設けて、うっかりモンスターに突破されましたでは笑い話にもならないからな。
(確かにね。あ、でも東門っていうことは、さっきも通ったとこだよね?)
そうだが、何か問題が?
(東門の門番さんに、『あ、コイツまた来た』とか思われていないといいけど)
だが、実際に通算3度目だろう? そう思われても仕方ないんじゃないか?
(西からは出られないのか?)
西はオレたちが最初に降り立った場所、風の丘に通じているんだ。
風の丘は国立公園だから、一応あの場所も外壁で囲われていて、外に出るための門などは設けられていない。
不法侵入者がいたら困るからな。
……実際に不法侵入する奴がいるかどうかは別にして、だが。
ちなみに言っておくと、南にも門があり、外に出ることは可能だぞ。
だが、今回は北の森が目的地だから、わざわざ遠回りする必要もないだろう。
(そうだね。なら、さっさと行こう……ん?)
どうかしたか?
(何か忘れているような……? なんだっけ?)
そういえば、一度ログアウトするとか話していたな。
(それだ! ディア、ログアウトだよ、はやく!)
わかったわかった。だからそう焦るな。
メニューからログアウトボタンを選択すればいいんだったな?
(そうだね。酒場で掲示板を見たときみたいにメニューを開いて、一番下にあるボタンを選択すればログアウトできるよ)
浩輝の指示に従い開いたメニューを操作して、オレはログアウトボタンを選択する。
そしてオレの意識は、また浮遊感に包まれながらブラックアウトしていくのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は2週間後の12/12(月)の予定です。
※2016/11/30 誤字修正しました。
※2016/12/29(木) 表現の一部を修正しました。




