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第5ヶ条

 半分開けた窓から入る風がカーテンを小さく揺らす。室内は静寂に包まれており、時折、頁をめくる紙の乾いた音だけが響く。


 なんか凄く青春を感じる。そんなゆっくりとした時間がここには流れている。


 いいよ。この雰囲気とてつもなく良い感じだよ、と心の中で満足感に浸る俺は何を隠そう図書委員。そしてここは放課後の図書室。


 あと3日も経てば夏休みに入るという学校だが、図書室はいつもの空間だった。


 図書委員とはいっても特段することはなく、俺は大きく背伸びをする。ちょうど俺の背筋が最高潮に伸びきったとき、この静寂に不釣り合いな派手な音で図書室の扉が開かれた。


「あー、伊笠。やっぱりだるそうにサボってる。」


 またまたこの空間に似合わない声量が俺の耳に飛んできた。


「おい、花陽。」


 俺は口の前で“静かに”とジェスチャーしながら小さく口を動かす。


 花陽は“しまった”と小さく舌を出し、騒がしい来訪者を怪訝な目で見てくる図書室の常連様たちに小さく頭を下げた。


 ここから可愛い幼馴染との小声での謎のトークが始まった。


「で、何のような訳?」


「いやー、伊笠も男だね。私は見直したよ。」


「はい?何のことを言っているのか本当の本当に分からないんだけど。」


「何を言うか。私は伊笠の成長スピードが早くて早くて驚いてるよ。」


 よく話を聞いてみると、俺が美森のことを名前で呼んだことを聞きお褒めの言葉を掛けにきたらしい。いや、どこから情報が漏れているんだ。何故、わざわざ図書室まで駆けつけてきたんだ。そもそも花陽は彼氏すらいたことがないと以前告白していたのに、どんな立ち位置を取っているんだ。


 脳内で矢継ぎ早に疑問ばかりが浮かんで処理に苦労している俺の顔の前に、花陽が『にししっ』と笑顔を向けてきた。


「何だよ。そんな笑顔で見てくるなよ。」


「何、照れてるの。」


 花陽はさらに俺をからかうように無邪気に笑った。


そして俺は気づいた。図書館の常連様たちが『静かな図書館で眩しい青春のやり取りをしやがって』と言わんばかりの冷たい視線でこちらをにらんでいることを。


「って、ちょっと伊笠。急に腕掴まないでよ。」


「うるさい。とりあえず一旦外に出るぞ。」


「分かったから。一人で図書室の外に出ることくらい出来るから。だからそんなに引っ張らないでー。」


 最後のほうに変な演技を織り交ぜながら小さく暴れる花陽を、何とか図書室の外に連行することに成功したのだった。


*****


 放課後の静かな廊下にて熱い説教の時間が訪れる。


「図書室で騒ぐとは何事だよ花陽さん。よりによって図書室で。静かな平和な俺の癒しの空間、そう図書室で。」


 花陽は俺の熱い意見に半分あきれたような表情をした。もう半分は哀れみの表情。


「いや、何回図書室っていえば満たされるの?って言うか伊笠のその図書室に注がれる異様な情熱はなんなんだ。」


 花陽は半袖の白い制服ブラウスから伸びた腕を俺の肩にぽんと置いた。


「そんなに情熱が拗れて図書室に向かっているなら、その気持ちをもっともっとビビちゃんに注いで…。」


 こんな台詞を聞いている最中に俺の耳に搭載されている高反応のレーダーが澄んだ声を後方で捕えた。


「ん…、私のこと呼んだ、かな?」


「あ、ビビちゃん…。」


 今の状況を冷静かつ客観的に整理してみたいと思う。放課後の静かな廊下で幼馴染と2人、端から見れば仲睦まじくじゃれているとしか思えない光景を。俺の肩の上には幼馴染の手が掛けられている、端から見れば完全にボディータッチが行われている光景を。


「あ、いや、違うんだよ美森っ。」


 俺は自分が出来る最高の速度で振り返り、弁明を図ろうとした。


「え?…違うって何が?」


 美森は俺がこれまでで見たことのない、綺麗だけど儚い、けど可愛い、そんな表情をしていた。あそこまで図書室への情熱を語っていた自分がこんな安易な表現しか出来ないことに絶望しつつ必死に口を動かす。


「いや、あのー、この状況は別に花陽と仲良く遊んでいた訳とかじゃなくてね、その、…説教…をしていてね。」


 改めて意味不明なことしか言えない自分に絶望の向こう側を見た気がした。


「よくわからないけど、仲良さそうで羨ましいね。」


 薄っすらと笑みを浮かべた美森の表情が、俺の心臓を貫いた気がした。撃ち抜かれすぎて何も言葉が出なくなった俺に美森が続ける。


「あの、今日は友達と約束があって、一緒に帰れないからそれを伝えに来たの。友達を待たせちゃっているから、あの私、もう行くね。また明日。」


 小走りで去っていく美森を遠い目で追いながらうなだれる俺に、花陽が「伊笠、うん、なんかゴメン」と呟く。


 今日の夜にまたメールをしてみよう。夏休みまであと僅か。彼女と過ごす夏休みが変な雰囲気で始まるのは嫌だからと自分に気合を入れるのであった。

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