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浮気と核

 ~ムラムラしてやった~


 大統領。

 大統領とは、国を代表する人物だ。

 その人物から一時間前、閣僚に対して緊急の召集があった。




「「「「「……」」」」」


 ピンクスゥイートハウス。

 そこの会議室では沈黙と緊張が絡みあっていた。

 なにせ国務長官、国防長官はさることながら、教育長官など緊急事態には縁のないスタッフまで呼ばれているのだ。ここにいるだれしもが思った。これは大変な事態だと。

 ――農務長官に関しては緊張のあまり、足でタップダンスを奏でている。


「(なにがあったのです。大統領)」


 そんな中で、副大統領は考える。

 緊急の招集をかけながら、今だに顔をださない大統領のことについて。

 彼と副大統領は大学時代からの知己(ちき)だ。共に理想を掲げ、政策を語り合い、時には絶縁すら考えるほどの喧嘩をした。

 それでも、大学時代から三十年。彼が大統領になってから五年。互いに命を削りながら、国のために二人三脚でここまで来たのだ。


 そんな彼が、副大統領にすら事情を一言も話さなかった。

 ただ「閣僚全員を迅速に召集せよ」という言葉のみを残して、会議室に隣接している自室へ閉じこもっていた。

 

 副大統領は大統領がいる自室を見て、心の中で訴える。

 「私はどんなことがあろうとも、あなたの味方です」と――




 一方、国防長官はムラムラしていた。

 彼女は緊急事態であるにも関わらず性欲を持て余していた。というよりも彼女は常に性欲を持て余している。

 


 むかし、あるゴシップ誌で『彼女の性欲は獣並みだ!』と書かれたうえに、百にものぼる男性遍歴を暴露されたことがあった。

 しかし、そのゴシップを見た彼女は笑い飛ばしながらこう言った『ガハハ、あそこの取材力も大したことはないわね。私が抱いた男は二百以上よ。女に関してはそれぐらいかもね。ガハハ』

 後にゴシップ誌はあの記事の文言(もんごん)を修正した。『彼女の性欲は獣“以上”だ!』と。


 だが、そんな彼女もある時を境にバッタリと性の開放をやめたのだ。

 その理由の答えは――彼女の視線の先にある。そう、彼女は大統領に恋をしたのだ!

 

 政党の違う大統領と国防長官。

 彼が大統領になる前、ただの政治家だったとき。

 彼と彼女は討論の場でぶつかりあっていた。ぶつかりあっていた、といっても彼女が彼を煽り立てていたような形だ。

 ――気に食わなかった。

 自身よりも能力が下なのに、政界の目玉と持て囃されていた彼に苛立っていたのだ。

 だから、政策の意義や価値なんて気にせずに彼が提案するもの全てに噛み付いていった。いかんせん彼女は性格や性癖を除けば、優秀な政治家なのだ。彼と彼女らのやり取りを見ていた周りは、みな等しくいつか、彼が彼女に食い殺されるだろうと考えていた。

 

 しかし――彼は折れなかった。

 彼女の怒涛の質問攻勢に、耐えた。

 耐えたというだけではなく、彼は彼女のくだらない質問、ひとつひとつを誠心誠意を持って答えたのだ。決してイヤな顔はせず、寛容の精神で彼は丁寧に答え続けた。


 結果として、折れたのは彼女だった。

 正確に言うとそんな真摯な彼の姿勢を見続けて、彼女は惚れた。折れたというよりも、彼の考えに染まった。

 

 それ以来、政党は違えども彼女は彼を支え続けた。

 時には彼に政党内の秘密の情報を漏らしていた時さえある。

 そんな彼女の献身的な行い――元々優秀ではあったが――もあり、彼女は無事に彼の右腕たる国防長官の座に着くことができた。



 だが――大統領になって五年経った今でも、彼と彼女は結ばれていない。

 なぜなら彼は誠の塊。結婚している身で、浮気なぞしないのだから。


 しかし、そんな身持ちの固い彼もイイなと思う彼女。

 そんな彼女は今日も熱い――ムラムラした視線をぶつけるのであった。


 国務長官が次期大統領の座について考えていたり、財務長官が汚職の発覚に震えていたりする会議室。

 だが、みな心の底で思うことは一緒だった。どんな事態であろうとも“大統領がいるのなら、大丈夫”だろうと――




 第五四代大統領。

 支持率は常に七十パーセントを維持している、百年に一度の逸材だ。

 彼を一言で表すのなら『誠実』の一言に尽きる。能力的な部分で言うのなら、副大統領や国防長官の方が上だろう。

 しかし、彼は人間として偉大であり、クリーンな人物であった。汚職にまみれた政界でのヒメユリだ。


 そんな彼が召集から一時間半経ったいま、会議室に現れた。

 周囲から聞こえる!大統領!大統領!大統領! という声に首肯で応じる。

 そして立ち上がった彼らを手の動きで座らせた。


 普段よりも顔に深いシワを刻む大統領。

 周りはそんな彼を見て、一斉に静まり返った。

 

 ――国防長官のブルドックのような(はつじょうした)吐息だけが、静寂な会議室に響き渡る。 

 それを彼は気にせずに、厳粛な面持ちで口を開く。



「国家存亡の危機だ」



 その言葉に、周囲が再びザワつく。

「何が起こるっているというんだ」「まさかあの国が核を使う気なんじゃ」

 と閣僚達がささやき合うなか、彼の片腕である副大統領が率先してたずねる。


「どういう状況なのですか。大統領」


 真剣な瞳を向ける副大統領。

 しかし、彼は厳しい面持ちをしたまま何も答えない。


「大統領……」


 ザワついていた周囲も次第に音を無くす。

 そして彼に視線を集中させる――それでも答えない。

 

 副大統領は再び口を開く。


「大統領。どんな困難な状況であろうとも、あなたの決断。そして私達の知恵を集約させれば、必ずや困難をも乗り切れます」


 今までもそうだったでしょう。副大統領は彼に訴えかける。

 それに彼は――応えた。


「頼む。力を貸してくれ」


 貫禄のある声。

 それが会議室に響き渡ると同時に!大統領!大統領♥!大統領!

 というコールが始まる。それを彼は首肯で応えた。


 そして今回の緊急召集の理由を説明し始めた。


「諸君、心して聞いて欲しい。――我が国の領海を侵犯した船があると知らせが届いた」


 周囲が彼の言葉に首をかしげる。

 その程度のことで緊急召集をかけたのかと。

 しかし、周囲の反応を気にせずに彼は言葉を続ける。


「二隻、いるそうだ。東側の海、それに北側の海、それぞれに一隻ずつ」


 大統領はそこで口をつぐむ。

 そして深刻な表情を再び浮かべた。


 ――副大統領は思う。

 話を聞いた限りではたいしたことのない話だと。

 ただの――漁船等の領海侵犯なら閣僚全てが集まる必要はないと。


 そこで副大統領は考えた。

 これは漁船の領海侵犯などではなく、他国からの宣戦布告の合図だと。

 つまりは――戦争だ。


「大統領、もしやその二隻は核弾頭を搭載した空母なのでは」

「……」


 彼は応えず、腕を組み続ける。

 しかし旧知の仲である副大統領にはわかった。彼のこのポーズこそ答えだと。


「国防長官! なにか情報はないのか」

「ないわ! ないけど、戦争でしょ!! フゥゥウ! やったわ、これで景気が潤うし、特例で長期政権も可能じゃない!」

 

 国防長官はまるでダンスを踊るようにして部屋を出ていこうとする。

 が、大統領はそれを止めた。そして、


「……一分待ってほしい。開戦するかどうかを今一度考えさせてほしい」


 彼の苦しんだ声。

 その声を聞いて副大統領も国防長官も、タップダンスを奏でる農務長官も、ただ「はい」と答え――


 ――世界は滅びた。




 ◇




「なぜ…………バレた」


 格調高い部屋に男の声が一つ聞こえた。

 その男は一冊の雑誌をめくりながら、脂汗をたらしていた。


 彼は思う。なぜバレたのだ、と。


「こういう時こそクールに対応するべきだ……ふぅぅぅぅぅうう」


 息を大きく吸い込み、むせる。


「ゴフェッゴホっ! このクソが!!」


 むせたのもお前のせいだ!

 そう言わんばかりに、桜色の雑誌を机に投げつけた。


「正義だぞ? 大統領は正義だぞ? なぜだ、なぜこんなことに」


 彼は頭を抱え込む。

 そしてボソッと「あれだけ金を積んだというのに」と言った。


「……」


 彼――大統領は顔を上げ、受話器を手に取りコールする。


「私だ。あの雑誌についてだが、差し止めはできんのかね……もう刷られているぅ。そんなのは分かっているよ!」


 電話でわめく彼。

 ピンクスゥイートハウスの薄暗い部屋にいる彼こそは!


「権力の力で、いや、私個人の力でどうにか……本屋にもう運ばれているし、電車の宙吊り広告で宣伝されているだとぉ! その程度気合でどうにかせんか!!」


 第五四代大統領だ。

 『誠実・寛容・クリーン』をキャッチコピーにここまで政界を勝ち登ってきた人物。

 だが、しかしついにあることへ手を出してしまったのだ。発覚してしまえば、政治生命が終わるようなことを。


「おいキミ。本日限りでやめる!? そんなことが許されるわけ……!」


 プープーと無常にも響き渡る音。

 彼のこれからの人生を表すかのようなプープー音。

 

 受話器を置き、ぼやく。


「これだから最近の若者は……私の秘書時代の苦労を知らんと見える」


 ふぅ、と彼はため息を吐く。

 そして考える。どうにかこの事態をもみ消す方法はないかと――




 ◇




 そして彼は考えついたのだ。

 他国と戦争状態になれば、雑誌の差し止めだって可能じゃないか! と。


「(だがな……)」


 大統領は思う。

 流石に問題をもみ消すために、戦争をおこすのは大げさじゃないか。そう考えた。

 だから、いま一分だけ決断の時間を貰ったのだ。


「(でも……)」


 あれがバレたら大統領失脚だ。

 しかもしばらく――いや、自分が死ぬまで薄汚い言葉で罵られるに違いない。

 そう思うと、彼は自然と身震いを起こした。ポークビッツだけは嫌だった。


 よしっ、戦争をやろう!

 と決意したところで、副大統領(しんゆう)と目が合ってしまった。

 副大統領の目は彼をただ信じている目だ。三十年という年月があの瞳を生んだ。

 

 その瞳――信用――を彼はもう裏切っている。

 しかし、今素直に白状すれば政治生命は断たれても、副大統領との縁は捨てずにすむかもしれない。


 彼の瞳は自然とにじむ。それを見た副大統領の瞳もにじみ――!


 ――世界は滅びた。




 ……大統領は最後の最後に考えついてしまったのだ。

 問題を白状するよりもいい方法を。すなわち、問題が発覚しなければ万事オッケーだということに。

 

 選択の結果、世界が滅ぶことなど考えもせずに。 

 

 

 

 


 

国防長官はブラフ……!

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