表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

17 ノブレスオブリージュ

 

 ランドスネイクの大量討伐による狂瀾がやっと終息したころ、討伐隊『ジュノ』はいつものように静かな朝を迎えていた。


 ソファにもたれてあくびを繰り返すドルメン。テーブルに肩肘をつき、気だるそうかに雑誌をめくるレビア。アドリアは、所在無さげにソファで目を細めるルキアの髪の毛を撫でつけている。

 姿勢良くカウンターに座ったイリスは、入れ立てのコフィンが入ったカップに口をつけながら、巻き巻きに結った髪を触っていた。

 俺はというと、やっと身体中に巻いた回復布から解放され、トレイに載せたコフィンを皆に配るといういつものウェイター業に専念していた。


 聞くところによると、ランドスネイクの大量討伐は討伐隊制度が始まって以来のお祭り騒ぎだったらしい。

 十五隊総勢八十人にも及ぶ討伐隊の連合部隊が、平原で地平線を埋めつくさんばかりのランドスネイクと大乱闘を繰り広げたらしい。


「まあ、討伐談義には尾ひれがつくからね」


 買い物先で知り合いの店員から話を聞いたガルアは、憮然とした表情で荷物を持つイリスに言った。


「別に気にしてませんから」


 言葉とは裏腹に、唇を尖らせたイリスは、顔を隠すように買い物袋を持ちあげる。

 真っ赤な果物の影になった彼女の頬は、丸々と膨らんでいた。


 明らかに機嫌が悪そう。


 イリスよりも大きな袋を抱えた俺は、彼女に気付かれないように笑う。

 ドルメンをはじめ、『ジュノ』のみんながランドスネイク討伐の話を聞いた時、同じような表情をしていた。



「フワァ〜、しかしなんか、こうパーっと派手な討伐依頼でも来ないもんかね」


 静かな『ジュノ』の食堂の中に、ドルメンの欠伸の音と声が虚しく響き渡る。


「じゃあ、この依頼は断ろうかしら」


 ドアのベルの音に皆が振り返る。

 開かれたドアには、外の光を背負ったリサが、一枚の紙をヒラヒラと揺らせて立っていた。


「また、うちの討伐隊ご指名の依頼なんだけど、派手な討伐はなさそうだし」


 食堂に入ってきたリサは、ドルメンが座るソファーの前のテーブルに紙を置いた。


「要人警護、場所はシザベルの孤児院かあ」


 興味無さげなドルメンが、横目で紙に書かれた依頼を読み上げる。


「シザベルなんて、すぐそこじゃない。どうしてそんなのが指名依頼なんだろ」


 アドリアが依頼書をつまみ上げて言う。


「さあね。ジュノ伯爵から直々の依頼だし、断るのはちょっとね。あ、私は砂糖多めでね」


 カウンターの椅子に座ったリサの言葉に厨房のガルアが頷く。


「まあ、じっとしててもムシャクシャするだけだし、気晴らしに行くか」


 両膝に手を置いたドルメンは立ち上がると、両手を伸ばして首を回した。



 * * *



 留守番のリサとガルアに手を振り、集合場所である噴水広場に向かうと、すでに豪奢な荷車が到着していた。

 その横にはこちらに手を振るアシュリーンと、眠たげに瞼をこするココ。

 そしてもう一人、漆黒の鎧に、長めのポンチョ、頭全体を覆うヘッドギアを付けた討伐人が一人ぽつんと立っていた。

 腰から下げた鞘には、ピカピカと黄金色に輝く柄。華奢な体つきにしては剣が大き過ぎるように見えた。


「なんだ、お前らも呼ばれたのか」


 ドルメンのそっけない言葉にアシュリーンは垂れた目を細めて笑う。

 同時に俺に気付いたココは、サッとアシュリーンの背後に身を隠していた。

 お見舞いとして『ジュノ』に花束を持ってきてくれていたらしいけど、実際に顔を合わせるのはあの討伐の時以来である。

 どうやら微妙な雰囲気はいまだ継続中らしい。


「皆さん、本日は早朝よりお集まりいただきありがとうございます」


 声の方を見ると、荷車から降りた侍女らしき年増の女性が頭を下げていた。


「お昼前にシザベルの孤児院に到着し、日が暮れる前に帰都の予定となります」


 シザベルは皇都の西、歩いて数時間の場所にある街道沿いの小さな町らしい。

 古くから、アンセンと皇都を結ぶ街道沿いの宿場町として栄えた町だったが、移動手段がウロスから足の速いカノに変わったこともあり今では随分寂れていると、食堂で地図を覗き込む俺にレビアが教えてくれた。


「あの討伐人、見た事ある?」


 一行が広場を出発してからしばらく、後方警戒に当たっていた俺の背後でレビアとドルメンが話している声が聞こえた。


「いんや。どこかの貴族のお抱え討伐人かなにかかな」


 会話にあった討伐人は荷車のすぐ横をゆっくりと歩いている。

 体の線の細さからおそらく女性なのだろうけど、討伐人の証である腕輪はポンチョに隠れて見る事が出来なかった。


「武器はおそらくカリバーン3の新品。鎧は黒金剛か。かなりの金持ちなんだろうな」


 歩くたびに、カチャカチャと音を立てる漆黒の鎧は、小さなうろこ状の金属を丁寧に束ねて作られている。

 俺の安もの軽鎧と違って、いかにも防御力がありそうな鎧だった。


「なんか怪しいのよね。本当に討伐人かしら」


 筋骨隆々のレビアと比べれば、触るとポキっと折れてしまいそうな細い体つき。腰の剣から察するに、アドリアのような魔法使いでもないらしいし。討伐人と聞いていなければ俺も信じられない。

 まあ、イリスのような例もあるので、見た目で人を判断する事は危険である事は分かっている。


「なんにせよ魔物も出なさそうだし、どうでもいいけどな」


 あくびをしたドルメンは、背筋を伸ばして深呼吸をする。


 一行は朝日を受けた田園地帯を、ウロスの速力にあわせてのんびりと進んでいた。

 緩やかな風に流れる綿雲が見渡す限りの穀物畑に、緑色の影を落としている。


 早朝のためほとんど通行人がいない街道は、緑の中に引かれた茶色の直線となって遥か地平線まで繋がっていた。

 スカイウルフの討伐からずっと、『ジュノ』の部屋に閉じ込められていた事もあり、久々の解放的な景色が気持ちいい。


「怪我はもう大丈夫なの?」


 新鮮な空気を胸一杯吸い込んだ俺に、誰かが話しかけていた。

 周りを見ると、三角の白い耳が揺れて見えた。


「ココの方こそ、大丈夫だった?」


 教団の教えに背いて絶対結界の術式を使ったココは、教会に軟禁されてずっとお祈りを捧げ続けていたらしい。

 俺のお見舞いとして教会を抜け出したために、軟禁が延長された、とアシュリーンから聞いた。


「こっぴどく叱られたわ」


 腰に手を当てたココはため息をつきながら、首を振った。


「でもまあ、ダロに送り返されなかっただけラッキーだったわね」


 八重歯を見せてココはニコッと笑った。

 と思うと、すぐに真顔に戻り、おれを睨みつけている。


「そんな事より、今後の私達についてちゃんと考えているの」


 今後の二人……。

 そういえば、ソウルチェーンについて、ココは盛大に勘違いしていたみたいだけど。

 どうすればいいんだろう。やはり責任を取らないといけないのだろうか。

 付き合う、とか。


「なんか変な事考えているみたいだけど、今後の討伐の予定よ。もうあんたの怪我が大丈夫ならできるだけ早く討伐に行きたいの」


「ちょっ、えっ」


 慌てた俺は、思わず足を止めてココを見る。


「ったく。何を妄想していたんだか。とにかく、教会でお祈りしてるだけじゃ体がなまっちゃうからね」


 ココの横ではアシュリーンが口に手を当てて笑いを堪えていた。

 なんか、騙された感。

 振り返ると、ドルメンとレビアの二人もニヤニヤと笑って俺とココを見ていた。


 みんなして。


「そ、そうだなあ。病み上がりだし、落ち着いたら簡単な討伐から」


 苦し紛れに言う俺の背中をドルメンが叩く。


「ちゃんと責任をとらないと、な!」


 耐えきれず吹き出したレビアが大笑いを始めた。



 * * *



 シザベルは町と言うにはあまりにも規模が小さかった。街道沿いの小さな集落という方があてはまるだろう。

 数件の農家がポツリポツリと点在し、露天の商店三軒ほど、ゴザの上に採れたての野菜や、農機具を並べている。


 一行はそれらに目もくれず、あっという間に町を抜けると、街道から、こんもりと盛り上がる小さな森の手前の小道を入っていった。


 目の前に粗末な木製の柵が見える。

 雨風に晒された板に、薄っすらと残る文字が読み取れた。


『アンナシェレストロジカ牧場』


 柵の向こうには、草が伸びた草原が広がり、その中に浮かぶように白い動物の背中がいくつか見える。

 腐りかけた木の門を開き、牧場の中に入ると、草むらの中や、木の幹の影に人の気配を感じた。

 警戒してよく見ると、それらは小さな子供達だった。

 粗末な服を着た子供達は、まるで攻めてきた敵でも見るかのように、じっと俺たちを睨みつけている。

 そして気付いたのは、子供達の頭には、ココのような三角形や、アドリアとルキアのような垂れ気味の耳等、様々な耳が付いていた事。

 その顔にも、ピンとした髭があったり、よく見れば、瞳の形や色も様々であった。


「いわゆる亜人と呼ばれる子供達よ」


 辺りを警戒する俺に、レビアが話しかける。


「皇都の人間と交わったために故郷を追われ」


 レビアは隠れる子供達を笑顔で見ながら言う。


「大城壁からも追い出された子供達」


 そういえば、大城壁のトンネルを抜ける時にゲスターが亜人がどうこうって言っていたっけ。


「孤児院は貴族が運営しているのですか」


 荷車の豪華さや、こんなに近い場所に行くために討伐人を六人も雇うことから、依頼主はおそらく貴族なのだろう。


「そうね。王権が臣民に対する繁栄と生命保護の義務を負うならば、貴族もまたしかり。自分たちで危機を原因を作ったくせにね」


 吐き捨てるようにつぶやいたレビアは、足を止めた俺を追い越して歩いて行った。


 自分たちでて危機の原因を……

 どういう事なんだろう。


 レビアを追いかけようとした俺の頭を、ドルメンが馬鹿でかい手で押さえた。


「まあ、討伐人たるもの、人に語れない過去の一つや二つはあるもんさ」


「はあ」


 そういえば、最初にレビアに出会った時、彼女には巨人族の血が流れている、と聞いた。

 レビアはあの子供達と自分を重ねていたのだろうか。


 ドルメンの手から解放された俺は、彼に頷き、一行の後を歩き始めた。


 天高く登った太陽の下、森の木立を背負う粗末なレンガ造りの建物が見えてるきた。

 その玄関前には、すでに孤児院の関係者らしき人達が恭しく立っていた。


「討伐人の方々は、こちらへ」


 玄関の前に止まった荷車から降りたのは、噴水広場で会った侍女だった。


 孤児院を運営する貴族という物を見てみたかったが、仕方がない。

『ジュノ』の討伐人達とポンチョの討伐人は、侍女の後を追って牧場の方へ歩き出した。



 牧場の一角に、大きなテーブルが置かれていた。その上には白いテーブルクロスが掛けられ、所狭しと料理が盛られた皿が乗っていた。

 湯気を上げる出来立てのシチュー。

 分厚い肉が挟まれたサンドイッチ。

 山盛りに盛られたふかし芋。

 採れたての野菜は、採れたてをアピールするかのようにみずみずしい。


「どうぞ、お昼ご飯になります。おかわりも必要なら申しつけ下さい」


 あまりにも豪華な食事に、皆が躊躇する中、つかつかと歩みでたイリスが席に付いていた。


「いただきます」


 手を合わせて言った彼女は、両手で掴み上げたサンドイッチを、いっぱいに広げた口の中に放り込む。


「ほふ。おいひい」


 彼女の言葉を合図にしたように、皆が一斉に席につき、料理を口に運び始める。

 テーブルの上はあっという間に戦場になった。


 肉汁が溢れ出すサンドイッチ。濃厚なシチューの中には、一口で食べきれない程大きなお肉。それでいて、口の中に入れば、フンワリと溶けていく柔らかさ。サラダに使われた野菜も新鮮なためか、そのまま食べても口の中に甘さが広がる。

 屋外という状況もいい。

 爽やかに吹き抜ける風と、照りつける太陽の光が料理を更に美味しくしてくれていた。


「ほら、何してるの。あんたも食べなさい」


 先を競い合うように料理を食べる俺たちを眺めるように座っていたポンチョの討伐人にアドリアが言う。


「え、あ、はい」


 急かされるようにサンドイッチを手に取った彼女は、小さく口を開けて、上品に口をつけた。


「ああもう、ほら。こうガブッといきなさい」


 見本を見せるようにアドリアがサンドイッチにかぶりつく。

 頷いたポンチョの討伐人は、意を決したように頷くと、大口を開けてサンドイッチにかぶりついた。


「おいしい」


 彼女の言葉に、次のサンドイッチを手に取ったレビアが頷く。


「なかなかいい食べっぷりね。あんた、名前は」


「え、あ、アンと申します」


「アンね。討伐人は食べれる時には全力で食べないと、ね」


 やはりどう見ても討伐人には見えない。どこかのお嬢さんでもないんだから。だいいち、上品に食べていたら、ここでは何も食べる事が出来ない。

 怒涛のごとく料理を口に運ぶドルメンやレビア。そしてチンミ。…… ん!


「イリス、それって」


 イリスの目の前のテーブル上には、パンくずを嘴でつつくチンミがいた。


「つれてきちゃった」


 一瞬、舌を出して笑ったイリスは、当たり前のようにまたサンドイッチに手を伸ばしていた。


 大丈夫だろうか。


 しかし、たとえまたスカイウルフが現れたとしても、このメンバーならばなんとかなりそうな気はする。

 いや、むしろ魔物を討伐したいからわざと連れてきたのかも。

 ドルメンあたりならやりかねないな。


 ちらりと見たドルメンは、俺の視線に気づき、肉汁にまみれた顔で笑って見せた。


 考えている場合ではない。とりあえず今は食べないと!



 * * *



「魔物め! こうしてやる!」


 振り下ろされる木刀。両手を広げた俺はなんとかその太刀筋から逃げ出した。


「今のはなかなかいい攻撃だったぞ。てか、スカイウルフはそんな風に逃げないだろ」


 椅子に座り、パイプをふかすドルメンが笑いながら言う。

 そうは言っても……


 俺の周りには、様々な姿の子供達が集まり、思い思いの武器を突きつけられていた。




 食事を終えて一息ついたころ、いつの間にか俺たちの周りに子供達が集まっていた。


「おじさんたち、討伐人?」


 中でも体が大きい子供が、皆に押し出されるように前に歩み出る。


「お、おじさんて。えっ、俺のこと?」


 子供達の純粋な瞳に見据えられた俺は、思わずドルメン達を振り返る。

 食後のコフィンを楽しんでいた皆は一斉に頷いた。


「まあ、そんなとこだけど」


 仕方なく俺が答えると、子供達の顔に笑顔が現れた。


「じゃあさ、稽古つけてくれよ」


 小さな手で差し出されたのは、荒削りされた木剣。


「でも稽古って、どうすればいいか」


 助けを求めて振り返ると、コフィンのカップをテーブルに置いたレビアがニヤつきながら言う。


「じゃあさ、あんたが魔物役をやってやりなよ」


「え〜、嫌ですよそんなの」


 大袈裟に手を振りながら首を振った俺は、背中に突き刺さる視線に思わず振り向く。

 キラキラと輝く、無数の瞳がそこにあった。


 というわけで、今の俺は魔翼獣スカイウルフになりきっている。


「え〜い」


 スローモーションのように振り下ろされる女の子の木剣をやすやすとかわす。

 そんな見え見えの太刀筋では、あのスカイウルフにダメージを与える事などできぬわ。


「ぐわ〜」


 俺は叫び声を上げながら、両手を広げて、後ろの方で立っていた子供に迫る。

 棒立ちになっていた女の子をかばうように、さっきの子供がその前に立ちはだかり、気勢を上げて木剣を振るった。


「ぐうう、や・ら・れ・た」


 きりがないのでこの辺りで、倒れておいた方がいいだろう。

 が、地面に倒れた俺の背中に痛みが走る。それも何度も。


「痛! 痛いって」


 見上げると、周りに散っていた子供達が俺の周りに集まり、闇雲に俺の背中に木剣を振り下ろしていた。


「油断するな! きっちりと討伐しきろ!」


 俺がピクリとも動かなくなるまでその袋叩きは続いた。




「ひどい目にあいました」


 パイプを置いて立ち上がったドルメンと入れ替わりに、俺は椅子に座った。


「ご苦労さん」


 さすがに言い出しっぺの責任を感じていたのか、珍しくレビアが俺の前にコフィンのカップを置いてくれた。


「グワアオ〜ン」


 ドルメンの雄叫びが響き渡る。あれは何の魔物のつもりなのだろうか。

 まあ、見た目には逃げ惑う子供を襲う、巨大人型の魔物にしか見えないが。


「でもさ、こんなにゆっくりできたのって久しぶりだよね」


 顎に手を置くアドリアの横では、ルキアとイリスが女の子達に囲まれて、花の首飾りを作っている。


「そうだね。討伐隊を立ち上げてから、ずっとがむしゃらだったからね」


 頷いたレビアは、空に向かって手を突き出し、大きく伸びをした。


 子供達の笑い声が、爽やかな風の中に流れていく。


「まあ、たまにはこんなのもいいかもね」


 笑いあうレビアとアドリア。その向こうには、姿勢を正して座るアンが、目を細めて微笑んでいた。


「ウグッ」


 油断していたのか、人型の魔物が意外といい一撃を腹に食らって地面にしゃがんでいた。


「討伐したり〜!」


 ドルメンの背中に片足を乗せた子供が、木剣を雲ひとつない晴天に突き上げていた。



 * * *



 陽が傾き始めた頃、荷車は皇都への帰路についていた。

 柵の手前まで駆け寄ってきた子供達のなかから、体の大きな子供が俺の側まで駆け寄ってきた。


「あのさあ」


 さっきまでの元気はどこにいったやら。その子は、ピンと張っていた耳を折り曲げていた。


「あのさあ、僕たち討伐人になれるかな」


 あまりにも真剣な瞳に、俺は息を飲み込んだ。


「大丈夫。一杯ご飯食べて、一杯稽古したらね」


 無責任な言葉だったのかもしれない。

 ベスティア教会での事を考えると、討伐人になるには何らかの資格のような物が必要なのかもしれない。


「よかった。僕、討伐人になったら『ジュノ』に入るからね」


 耳をピンと立て、満面の笑みを浮かべたその子は、ちぎれんばかりに腕を振ると、子供達の所に戻っていった。


「亜人の孤児であるあの子供達にとって、強さだけで成り上がる事ができる討伐人は憧れの存在なの」


 振り返ると、アンが俺に話しかけていた。

 慈愛に満ちた優しい目を細めて。




 皇都第三階層の噴水広場に到着すると、こちらに手を振る人影が二つ見えた。


「お疲れ様〜」


 リサとガルアだった。


 噴水の側でウロスが歩みを止めると、荷車の扉が開いた。

 降りてきたのは、あの侍女、ともう一人、銀髪の髪を風になびかせた少年。

 ジュノ伯爵その人だった。


「ジュノ伯爵、どうしてあなたが」


 恭しく頭を下げて歩み寄るリサを手で制したジュノ伯爵は、真っ直ぐアンの側に近寄り、膝をついた。


 ジュノ伯爵を見下ろしていたアンは、ゆっくりとヘッドギアのベルトを外していく。


 両手で持ち上げられたヘッドギアから、まるで、水が流れ落ちるように黄金色の髪が腰までふわりと舞い降りる。


「今日は楽しかったわ」


 アンは立ち上がったジュノに手を引かれながら、俺たちを見遣る。


「ア、アンナシェレスト神聖皇妃殿下!」


 リサの叫び声を聞いた皆が、慌てて片膝を地面につけて頭を下げた。


「頭を上げて下さい。討伐隊『ジュノ』のみなさん」


 夕日を背負った彼女の顔は、妃殿下と呼ばれるには、あまりにも幼く、無垢に見えた。

 貴族お抱えの新人討伐人、そう言われた方がいくらかしっくりくる。


「一度討伐人とやらになってみたかったの。魔物は討伐出来なかったけどその夢が叶いました」


 口元を手で隠し、クスリと笑う彼女の腕には討伐人の腕輪は無かった。


「騙すような形になってしまってごめんなさい」


「おそれおおいお言葉で」


 リサの返答に妃殿下は、髪を振り乱して首を振った。


「あなた達にどうしてもお伝えしたかったの」


 彼女は、ジュノの皆の顔を眺め、そして頭を下げた。


「私の故郷の村を、故郷の人達を救ってくれてありがとう」


 凛としたその表情に吸い込まれそうになる。


「討伐人として当然の事をしたまで。もったいなきお言葉で」


 緊張したのか、ドルメンがたどたどしく答える。

 その言葉に頷いた妃殿下は、ジュノ伯爵にエスコートされて荷車に乗り込んでいった。

 後に続いた侍女が荷車に乗り込み、ドアをしめる。

 姿を隠すために引かれたカーテンの向こう、ジュノ伯爵が俺に向かって笑ったように見えた。



「プハー、緊張した」


 走り去る荷車が見えなくなった後、ドルメンがヘナヘナと地面に座り込んだ。


「びっくりした。まさか妃殿下だったとはね」


 レビアも息を吐きながら頷く。


「私、偉そうにサンドイッチの食べ方教えちゃったんだけど」


 真剣な表情で頭を抱えるアドリア。

 が、そのくだらなさに次第に笑い起こっていた。


「ちょっと、真剣に後悔してるんだから」


 皆の笑い声の中、一人真顔のアドリアの肩に、ドルメンが手を置いた。


「後悔を吹き飛ばすためにも、パーと飲みに行くか」


「いいねえ。そういえばアルフレッドの全快祝いもしないと」


 レビアに背中を押された俺は、二歩三歩と前によろめき出る。


「イリスとアルフレッドの初討伐祝いもまだだったわね」


 立ち上がったリサの足は、すでに夜の町に向かっていた。


 これはいけない。

 かなり飲まされそうなパターンだ。


 やはりルキアが心配そうに俺を見つめている。


「大丈夫。なんたって今日は司教が二人もいるんだぜ」


 先頭を歩くドルメンが高笑いしながら言う。


「ちょっと、ソウルチェーンをあてにするのはやめてよね。ねえコーネリアス司教」


 アシュリーンの視線の先では、顔を真っ赤にしたココが体を硬直させていた。


「お、なんか意味深な反応」


 アドリアがニヤニヤ笑いながら、俺とココを交互に見る。


「ほら、ぼさっとしない。行くわよ」


 首元からチンミをのぞかせたイリスが言い捨て、ツカツカと歩いて行った。


「お、これはもしかして三角……」


「さあ、行きますよ。めい一杯飲んでやります」


 顔を近づけるアドリアを押しのけた俺は、ドルメンの背中を追いかけて歩き始める。






 夕闇に沈む街並み。


 昼間の討伐談義の華を咲かせるために。


 今日も討伐人は酒を食らう。


 討伐人の町のいつもの風景。




     ー  第一章 おしまい  ー


ここまで遅筆、乱筆の拙作にお付き合い下さり、本当にありがとうございました。

現在第ニ章の書き溜めと、第一章の推敲を並行して行っております。

第一章はプロローグ的な位置づけであり、第ニ章から本格的な討伐譚となります。

ある程度書き溜めが出来次第随時更新していく予定です。

これからも『螺旋世界の魔装具師』をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ