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第216話 ウォッシュトイレのためならばどんな努力も惜しみません!

今回のお話はギャグ成分多めのため、いつもより緩い感じで読んで頂けるとありがたいです。

また文章量もいつもより多いので、お楽しみ頂けると幸いです。

(あと、後書きにも書いてますが、活動報告に、なろう特典SSがアップしてあります+書籍購入特典ifストーリーのアドレスが張ってあります。そちらも楽しんで頂ければ幸いです)

「つ、ついに……神器が完成した!」


 オレは神々しいまでに白く輝く完成したウォッシュトイレの前で、思わず震え上がってしまう。


 ずっと今までウォッシュトイレは2つの問題を抱えていた。

『ノズル位置の自動化』と『音楽演奏機能』だ。

 この問題にずっと頭を悩ませていたが、ついに及第点的解決に至った。


 まず『ノズル位置の自動化』。

 あれは結局、情報の蓄積、最大公約数の数値化である。つまり、ノズルをどの位置に移動させればいいか、人数を動員すれば分かることだ。


 そのため新・純潔乙女騎士団の少女達からデータを取ろうとしたが、嫁達――特にクリス&リースに邪魔されて頓挫させられた。

 結局、ウォッシュトイレのノズル位置は、希望者のみ提出という形になる。


 そんな物ではもちろん足りない。

 そこでオレはお小遣いを貯め新・純潔乙女騎士団にウォッシュトイレを贈呈。

 使用者は無記名で感想&位置を教えて欲しいと箱も設置した。

 お陰でなんとかギリギリ必要最低限のデータを手に入れることが出来た!

 将来的にはもっとデータを手に入れ最適化を進める予定だ。


 次に取り組んだ問題は『音楽演奏機能』だ。


 リラックスとトイレ中の音を消すという目的で考えたこの機能、本来ならレコードやCD、オルゴールなどを自作すればいいのだが……どうやって作ればいいのか分からない。

 興味の方向性を偏らせ過ぎた、と今更後悔している。


 一応、前世の記憶を元にオルゴールらしき物は作ってみた。


 ロールに突起物を付けて回し、バーコードのように出ている金属の薄い板を弾くと音が鳴る筈だったが……。

 出来上がったのはただ異音を撒き散らすだけのガラクタだった。


 この音を聞きながらトイレに入るなど拷問でしかない!


 結局、妥協案としてタンクとは別に水を貯水する部分を設置。

 使用者がスイッチを入れると水をただ循環させ音を鳴らすと言う代物だ。音楽性はなく、ただ水が流れる音が続くだけ。

 リラックスは出来ないまでも、トイレ中の音を消すという意味では、目的は達成しているといえなくもない。


 だからオレは今回の神器完成を『及第点的解決』と言及したのだ。


 さらにさらに『ノズル位置の自動化』『音楽演奏機能』だけではなく、他にもいくつか新たに追加した機能がある。


 まず『芳香剤の設置』。

 これを実現するのはそれほど難しくなかった。

 香水を購入して、長く嗅いでも気持ち悪くないように量を調整してウォッシュトイレの壁に設置した。


『照明レベルの調整』。

 現在は魔石により天井に灯りを灯すことが出来る。

 この光のレベルを手動で調整することが出来るのだ!


『取っ手の設置』。

 立ち上がる時などに掴む長い取っ手を壁に設置。これにより楽に立ち上がることが出来る。

 こういう細かい気配りが使用者の心の安堵に繋がるのだ。


 他にも細かい点を改善した。

 今後も気付いた部分があれば積極的に取り入れ、改善していく予定だ。


 お陰でここが魔術、魔物、剣などが跋扈する異世界にもかかわらず、今オレの目の前には前世、地球、日本人が生み出した人類の至宝であるウォッシュトイレが存在する!


 そのクオリティーはほぼ前世の物と代わらないレベルだ。

 これがどれほどの奇跡か……!

 もしこの世界に日本人がオレ以外に居てウォッシュトイレを目にしたら、味噌や醤油を前にした時と同じぐらいの感動を覚えるだろう。

 ウォッシュトイレがこの世界に在るということは、それほどの奇跡なのだ!


 現在の所、ウォッシュトイレ(暫定完成版)はオレ達の私室にしかない。


 お値段も色々追加&改善したため、金貨10枚(約100万円)ほどかかる。

 一番初期に作ったのが金貨3枚(約30万円)だったので、約3・3倍の値段だ。

 しかし! これほど素晴らしいウォッシュトイレ(暫定完成版)が、約100万円で手にはいるのだ!

 安すぎて腰を抜かすレベルだろう。


 なので早速、新・純潔乙女騎士団本部にあるトイレ全部をこのウォッシュトイレ(暫定完成版)に変えるため、事務を担当するバーニーに掛けあい予算を確保に向かう。


 きっと彼女もウォッシュトイレ(暫定完成版)が金貨10枚(約100万円)で手にはいると知って驚くだろうな!


 オレはまるでサプライズパーティーを仕掛けるようなワクワクした気持ちで、バーニーに会いに自分の私室を軽やかに出た。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




「ダメに決まってるじゃないですか。トイレにそんなお金をかけるなんて」

「な、なんだ……と……ッ!?」


 嬉々としてウォッシュトイレ用予算確保の話をPEACEMAKER(ピース・メーカー)事務担当の3つ眼族、バーニー・ブルームフィールドに聞かせたら、今の台詞が返ってきたのだ!


 あ、ありえない! ウォッシュトイレ(暫定完成版)の予算が下りないなんて!


「なんでダメなんだよ! 頑張って作ったのに! 教えてバーニー!」

「なんでって、逆に1つ金貨10枚もするトイレの予算が下りるとなんで思ったんですか。どこからその自信がくるのか、逆に気になりますよ?」

「いや、だってこんなに素晴らしいウォッシュトイレ(暫定完成版)なんだよ? むしろ金貨10枚は相当安いぞ。もし販売しようとしたら倍、いや3倍の金額がついてもおかしくないんだぞ!」

「だったら、3倍の金額を付けて売って、出た利益で本部のトイレをそのウォッシュトイレに代えてください。軍団(レギオン)からは1銅貨も出ませんけど」

「ぐぬぬぬ……ッ」


 バーニーは普段、本やお菓子が好きな至って普通の女の子だ。

 戦闘も苦手、どちらかという気弱なタイプである。

 しかし、ことお金に関しては絶対に譲らない。

 財布の紐は堅く、1銅貨1枚のズレが起きたら徹底的に掘り下げ原因を解明するまで止めないほどである。


 そんな彼女が『出さない』と決めたら、絶対に資金は出てこないだろう。


「分かったよ! 経費では落ちないけど、私財を使ってウォッシュトイレ(暫定完成版)を設置するのは問題ないんだな!」

「はい、それなら問題ありませんよ。あっ、でも一応念のために、領収書(証明書)はとっておいてくださいね。もしかしたら軍団(レギオン)費として認められるかもしれませんから」


 さすがPEACEMAKER(ピース・メーカー)事務担当……細かいところまで目が行き届いているな。


 オレはPEACEMAKER(ピース・メーカー)の経費で落とすことは諦め、私財を投じてウォッシュトイレ(暫定完成版)製作を決意する。


 私財と言っても、今持っている小遣いで設置する分全てを買える訳がない。

 なので、ウォッシュトイレ(暫定完成版)をまず私費で製作。

 作ったウォッシュトイレ(暫定完成版)を金貨30枚で販売するつもりだ。


 ウォッシュトイレ(暫定完成版)は素晴らしい物だから爆売れ間違いなし! すぐに本部のトイレ全部をウォッシュトイレ(暫定完成版)するぐらいの資金は貯まるはずだ。

 そうと決まれば今夜、嫁達に早速話をして家族の共有財産を使わせてくれるようお願いしよう!


 彼女達なら、ウォッシュトイレ(暫定完成版)の素晴らしさを理解してくれている。

 きっと何の問題なく、心良く私財を投じることを許可してくれるだろう。

 オレは気を取り直し、スキップでもする勢いで仕事をするため執務室へと戻った。




 そして、その日の夜。

 夕食を摂り、お風呂に入って夜寝る前の短い一時を嫁達と過ごす。


 オレはリビングに集まっている嫁達に軽い気持ちでウォッシュトイレ(暫定完成版)を切り出した。


「ダメです!」


 リースにばっさりと切って捨てられた。


「ど、どうしてダメなんだよ! リースだってウォッシュトイレの素晴らしさは理解しているだろう!? あの快感、感動を街や他の人々に味わわせたいとは思わないのか!?」

「確かにウォッシュトイレは素晴らしい物です。ですが、それと私財でウォッシュトイレを製作して販売するのは別のお話です」


 とりつく島もなく遮られる。

 シアがリースのカップに新たな香茶を注ぐ。

 注ぎ終わると、リースが設置拒否の理由を切り出した。


「リュートさんのお小遣いで何をしようが干渉しませんが、共有財産に手をつけるなら話は別です。しかも使う先が売れるかどうか分からないウォッシュトイレ販売なんて……」


 そこから突然、リースによる『お金とは』という話が始まる。


 リースはハイエルフ王国のお姫様だ。

 なのにお金にはちょっとうるさい。

 ハイエルフにあやかりたい人種族の貴族や商人達から寄付があるらしいが、基本は領民達からの税金だ。

 故に王族としてお金の取り扱いに一家言あるらしい。


「――というわけで、お金を売れるかどうか定かではないウォッシュトイレ製作のために使うのはどうかと思います。私は反対です」とリースがきっぱりと断言する。


『私も反対です! あんな魔王兵器を量産するなんて……!?』


 ウォッシュトイレ反対派のクリスはもちろんリース側に回る。


 しかし、こっちには幼馴染みで、ウォッシュトイレ賛成派のスノーが居る!

 さらにココノを取り込めば2対2のイーブン。

 オレの意見を入れれば3対2で勝つことが出来る寸法だ!


 クリスが視線で、スノーに賛成or反対の意見を求める。


「わたしも反対かな。リースちゃんとクリスちゃんの意見に一票ね」

「な、なんだと!?」


 まさかスノーが反対派に回るとは!?


「ど、どうしてだよスノー! スノーだってウォッシュトイレの素晴らしさは理解しているだろ!? 絶対に売れるって!」

「そりゃ理解しているし、売れる可能性は高いと思うよ?」

「だったら!」

「でも、リュートくんはウォッシュトイレの事になると目の色が変わるから。それが変な方向に行って酷いことになる可能性の方が高いから、今回は反対するよぉ」


 ぐぅ……否定できない!


 スノーは次にココノに意見を求めた。

 新しい嫁である彼女は、おずおずと答える。


「あ、あの、わたしはまだウォッシュトイレがどんな物かよく分からないので……棄権させてください」

「えっ? ココノはまだウォッシュトイレを使用していなかったのか?」

「はい、その、クリス様に色々話を聞いて怖くて……」

『あれは魔王兵器ですから、使わなくてもいいのです!』


 クリスがミニ黒板を掲げて主張してくる。

 ぐぅ……これで3対0。棄権1。

 オレの『ウォッシュトイレ(暫定完成版)販売計画』が、意外なところで頓挫してしまう!


 ま、まさか嫁達がここまで反対するとは!


 オレのウォッシュトイレ(暫定完成版)販売計画はここで潰えてしまうのか!?




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




「くそ~、お金さえあればウォッシュトイレ(暫定完成版)を大量生産して、すぐに本部のトイレ入れ替え代ぐらい稼げるのに」


 しかし、先立つお金(もの)がない。

 個人資産はウォッシュトイレ改造費に費やしてしまってもう殆どない。


『残り少ない資金で何か物を作って売る』という案も考えたが、精々作れてマヨネーズぐらいだ。

 マヨネーズ単体を作ってもあまり意味がない。

 サンプルとして街にある食堂や酒場に売るという方法も考えたが、ウォッシュトイレ製造代を即金で出せるほどではないだろうな。


「いっそ、街に出てギャンブルでもやってみるか? ……止めよう。絶対に負けるから」


 前世、日本でも会社の先輩達に誘われて競馬をやったが、全て外した。

 昔からオレはお金がかかったギャンブル事に滅法弱いのだ。

 以来、ギャンブルには一切手を出していない。


 転生した今でもそれは変わらないだろう。


 やるだけ無駄だ。


「しかし他にお金を稼ぐ方法か……」


 一番無難なのは、休日に冒険者斡旋組合(ギルド)でクエストを受けることだ。

 だが、この辺の魔物はそれほど強くない。

 そのためあまりお金にならないのだ。

 ココリ街は獣人大陸の港街――港から入った物資を陸地奥の街々へ輸送する中間地点の街だ。故にメインのクエストは荷物運搬の護衛などが殆ど。


 さすがにPEACEMAKER(ピース・メーカー)を放っておいて、1人運搬のクエストを受けるわけにはいかない。


「失礼します」


 ノックの後、扉が開く。

 顔を出したのは外交担当のラミア族、ミューアだ。


「前回、商工会と話し合った件につきまして、詳細書類をお持ちしました」

「ありがとう、後で目を通すから未読の箱に入れててくれ」


 オレは頭を抱えていた手を離し、ミューアに指示を出す。

 執務室の応接用テーブルの上には、まだオレが目を通していない『未読箱』と『確認済み箱』が置かれている。

 ミューアは指示通り、未読箱に書類を入れるがすぐには部屋を出て行かなかった。


「それでどうかしましたか? 随分怖いお顔をしていましたが」

「そんな怖い顔をしてたか?」

「はい、まるでどこかの殺し屋のようで、とても怖かったですよ」


 ミューアはわざとらしく、自身の身体を抱き締め震えるマネをする。

 いや、どっちかというと個人的にはミューアの方が殺し屋より怖いんだが……。


「あら、私は殺し屋より怖くなんて全然ありませんよ」

「だから心を読むのは止めてください、ミューアさん!」


 オレの反応が面白かったのか、くすくすと彼女は可笑しそうに笑う。

 一通り笑うと、彼女が切り出す。


「それで何か問題でも起きましたか?」

「問題ってほどじゃないんだけど……」


 オレはミューアにウォッシュトイレ(暫定完成版)販売計画について話をした。

 ウォッシュトイレ(暫定完成版)を販売し、お金を稼ぎ、本部全部のトイレをウォッシュトイレ(暫定完成版)に入れ替える壮大な計画だ。

 しかし、先立つお金がなく途方にくれていたと素直に告白する。


「なるほどそういうことでしたか」


 彼女は一通り話を聞き終えると、白く細い指を顎に当て考え込む。


「……でしたら、一つ私に案がありますよ」

「本当か!?」

「はい、実は知り合いの酒場屋さんが、内装が古くなったので近々改装するそうです。大工さんとの話し合いで7日ほど時間がずれて、その間お店は使わないそうなので――その間格安で借りてお店を開けば、リュートさんならウォッシュトイレ一台分のお金ぐらいなら稼げるのではないでですか? クリスさんの執事をやっていた時からお料理が上手でしたもんね」


 おお! それだ! ナイスアイディアだ!

 ミューアの言う通り、それなら7日の間にウォッシュトイレ一台分の費用は稼げそうだ。7日くらいなら、酒場は夜営業だろうから仕事を前倒しで片づけておけば何とかなる。


 そして、1台製造して販売。

 さらにその利益でまださらに製造、販売を繰り返せばすぐに本部全部のトイレを変えるぐらいの資金は集まるはずだ!


「それでは店主様に話を通しておきますか?」

「ああ! 是非頼むよ!」

「分かりました。では早速、話を通しておきますね」


 ミューアは好感が持てる爽やかな笑顔を浮かべて、部屋を出る。

 オレは彼女が店主の許可をもらう間に、事務仕事そっちのけで『どうやって借りる酒場で利益を出すか?』を考え出す。


 前世、地球、日本の飲み屋を参考にすれば、利益をあげるのはそう難しい話ではない。


「そうだ! いっそのことコレを機会に資金を稼いで、ウォッシュトイレ(暫定完成版)をこの世界に広げる足がかりするのはどうだろう?」


 新・純潔乙女騎士団本部だけではなく、ココリ街全てのトイレを、そして最終的にはこの異世界全てのトイレをウォッシュトイレに入れ替える壮大な計画。

 そしてこの異世界の住人1人残らず、ウォッシュトイレの虜にするのだ!


 そんなことを考えてオレは1人、執務室で静かな笑い声をあげた。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 店内に響く少女の高い声音。

 時間は夜。

 日が暮れると働いていた男達が、まるで砂糖に群がる蟻のようにオレの店『期間限定! メイド酒場、ぴーす・めーかー』に吸い込まれていく。


 店内は教室ほどの広さで、テーブル席の間をPEACEMAKER(ピース・メーカー)メンバーが、シアから借りたメイド服姿で注文を受けたり、商品を運んでいたりする。


 彼女達は別に団長権限で無理矢理働かせている訳ではない。

 しっかりと酒場としては割高な時給を払って働いてもらっている。

 期間限定でメイド酒場をやるからと希望者を募ったのだ。

 軍団(レギオン)の仕事が終わった夜、空いた時間に働いてもらっているのだ。


 予想していたより希望者が多く、翌日の仕事に無理をきたさないようシフトを組むことが出来たのは僥倖だった。

 翌日の仕事に影響が出ては本末転倒だからな。

 もちろんオレも、軍団(レギオン)の仕事を終わらせてから働いている。

 だから、後ろ指を指されることはしていない。


 もちろん酒場だけあって酒精も置いてある。

 しかし、あくまで期間限定のため種類は多くない。


 それでもお客様はひっきりなしにここを訪れていた。

 メイド服姿の可愛らしい団員達目的というのもあるが……


「うめぇ! なんだこれ!? こんなに美味い鶏肉料理なんて食べたことないぞ!」


 肉屋の亭主が、鶏肉を調理した料理――唐揚げにかぶりつき、驚愕で目玉を限界まで広げる。そして同じテーブルに座っている友人達よりも、一つでも多く食べようと子供のように口へと次々入れていく。

 お陰で彼の唇は油でテカテカしていた。


「おい弟! こっちの豆芋も食ってみろよ! 酒のツマミに滅茶苦茶合うぞ!」

「いやいや、兄よ! 豆芋料理なら、そっちじゃなくて、こっちのパリパリした料理の方が絶対、酒精に合うって!」


 最初の男性がカウンター隣に座る弟にフライドポテトを食べながら勧め、そして喉を鳴らして酒精を飲み干す。

 弟はポテトチップスを食べ、兄に反論しながらこちらも残っていた酒精を飲み干す。


 兄弟は仲良くメイドウェイトレスに新たな酒精とフライドポテト&ポテトチップスを注文する。


 確かに期間限定営業のため酒精の数は少ない。

 多くても名前を覚えられないし、なかにはあまり利益率が良くない品物もあった。

 そこで数を少なくし、利益率の高い物だけに限定した。


 代わりに酒精に合うツマミを開発し、提供することで客足が3日目にして店内からはみ出そうなほど満員になったのだ。


「団長! 唐揚げをタルタルソース付きで3人前お願いします!」

「了解! あとここでは団長じゃなくて、マスターな!」

「はい、失礼しました!」


 オレは3日目なのに、まだ呼び名に慣れていない団員に思わず微苦笑をもらしてしまう。


 そしてオレは注文のあった唐揚げ3人前を作っていく。


 この店にはツマミは3種類しかない。

 唐揚げ、フライドポテト、ポテトチップスだ。

 昔、クリスの元で執事をやっていた時、油を使い『揚げる』という調理法がないことを知った。当時、クリス達もポテトチップスを食べて驚いていたな。

 それがヒントになって、こうして油を使って揚げ、尚かつ酒精に合う料理を選び、種類を絞り込んだのだ。

 恐らく油の値段が高く、一般庶民は買って使用することがほとんどない。そのため揚げ物料理が開発されていない&浸透していないのだろう。


 しかし、今回のように大量に料理を作るなら結果として油代も安く済む。

 お陰で調理が簡単。

 オレ1人でも調理場をまわすことができた。


 さらに利益率を上げるため追加トッピング制度を採用している。


 料理に追加料金を払えば、マヨネーズorタルタルソースが付いてくるのだ。


 うろ覚えだが前世、海外の北欧ではフライドポテトにマヨネーズを付けて食べるらしい。それをヒントにマヨネーズorタルタルソースを提供する案を思いついたのだ。


 実際に試食で食べてみたら確かに合う。

 お陰で他の酒場よりツマミは割高になるが、文字通り飛ぶように売れていく。


 油に油を絡めて食べているような物だが、基本的に酒場を訪れるのは男性がメイン。

 女性も冒険者風なのが多い。

 そのため運動量を考えればこの程度のカロリーすぐに消費するだろう。


「はいよ! 唐揚げタルタルソース付き3人前出来たぞ!」

「ありがとうございます!」


 ウェイトレスメイドが、皿を掴みお客様の元へと運んで行く。


 さらに追加注文がひっきりになしに入ってくる。

 運動量的に昼間の軍団(レギオン)仕事よりハードかもしれない。


 しかしお陰様で、このままのペースで行けば最終日、ウォッシュトイレ資金を余裕で賄えるどころか、複数台を作れるぐらい貯まるかもしれない!


 これも全部、ミューアのお陰だ。


 彼女は店舗を紹介してくれただけではなく、酒精を取り扱う店や鶏肉、豆芋、油、卵、酢や他食材&消耗品の店まで口を利いてくれた。


 さらに足りない分の資金は彼女の貯金を貸してくれたのだ。


『金額が金額なので一応、貸し出す際はこちらの書類にサインしてもらっても構いませんか?』と一枚の契約書を差し出してきた。

 そこには携帯の規約のように細かい文字で何事か書かれてある。オレはああ、前世のカードやら何やらの契約書もこんな感じだったなぁ、と思いながらその契約書の項目を見て、重要そうな利息の部分(7日分なら大した金額ではなかった)をしっかり見、さらに全体をざっと見る。相手は知り合いだし、変なことは書かれていないのは当たり前か――とオレはサインを記す。


 オレは口添えだけではなく、貯金まで貸してくれたミューアの優しさに感動しながら、唐揚げやフライドポテト、ポテトチップスを揚げ続ける。

 こうしてオレは7日間、夜を過ごしていった。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 そして、7日間の『期間限定! メイド酒場、ぴーす・めーかー』は無事、最終日を迎える。

 最後はお客様がずっと入り続け常に満席状態だった。

 今回メイドウェイトレスを担当してくれた団員達も、普段の軍団(レギオン)仕事とはまた違った充実感に笑顔を零していたのが印象的だ。


 オレは団員達にお礼を言いながら、手渡しで最終日のバイト代を支払う。最終日はいつもより忙しかったため、少しだけ色をつけておいた。

 そして店を閉めた後、改めて今回かかった諸経費を計算。売上金から引いて純利益を計算すると、オレが想像していたよりずっと多かったのだ。


「一台製造して販売。その利益で2、3台を作る予定だったが、これなら一気に数台作れるぞ!」


 オレは魔王のように低い笑い声を漏らし、『ウォッシュトイレ(暫定完成版)販売計画』を嬉々として書き換える。

 その作業は深夜遅く、朝日が昇るギリギリまで行われた。




 そして、その日の夕方。

 今日の仕事終わり時間を狙ってミューアが執務室に顔を出す。


「リュートさん、今お時間よろしいですか?」

「大丈夫だよ、ちょうど仕事が終わったところだから。オレも話があったしちょうどよかったよ」


 オレは事務仕事で確認した書類を『確認済み箱』へとドサドサと入れる。


 ミューアにソファーを進め、オレも彼女の向かい側に腰を下ろす。


「ミューアのお陰で目標金額を達成するどころか、大きく越えちゃったよ! 改めて本当にありがとう!」

「いえいえ、私は少々口添えと支援をしたまでですから。利益を出したのはあくまでリュートさんの才覚です。お礼を言われることなんて何一つありませんよ」


 ミューアはオレの言葉に謙遜し、静かに微笑む。

 彼女はそう言うが、実際ミューアが店主や食材&消耗品店に口添えしてくれたり、貯金を貸してくれたから出せた成果だ。

 本当に彼女には感謝してもしきれない!


 そんな彼女が懐から一枚の紙を取り出す。


「では、早速で申し訳ないのですが、お貸しした資金の返金と、追記部分の履行をお願いできますか?」

「もちろん! むしろ少しぐらい色を付けて返したいぐらい……な、なんじゃこりゃぁぁぁっぁっっぁぁあ!」


 ミューアが差し出した紙を受け取り目を落とすと、オレは思わず叫んでしまう。

 その紙にはミューアから借りた資金が数倍に膨れ上がって書いてあったからだ!

 しかも金額は狙ったように、オレが現在持っている純利益とほぼ同じ額だった。


「み、ミューア! これは一体どういうことだよ!?」

「どうもこうもお貸しするとき契約書に書かれた通りの金額ですよ。ほら、この通り」


 彼女は微笑みを絶やさず、天気の話をするようにさらりと告げる。

 オレは慌てて契約書を掴み、ミューアが指さす文章を確認する。そこには追記部分として、借りた資金に加え、売り上げに比例して団長であるオレがPEACEMAKER(ピース・メーカー)に無期限で資金を貸し出すという事が書いてあった。


 契約書を掴む手が震える。

 顔を上げると、ミューアは変わらず微笑みを浮かべていた。


「実はバーニーから話が来てまして、PEACEMAKER(ピース・メーカー)の財務を潤すために、団長であるリュートさんに協力してもらおうということになってまして。それではリュートさん、儲かったお金きっちり耳を揃えておいてくださいね」


 オレに逃げ道はなかった。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 リュートがミューアに涙目&震える手つきで、稼いだ純利益のほぼ全部を返金&無期限の貸し付けをした夜。


 夕食、入浴も終え、リビングで寝る前の一時を少女達――スノー、クリス、リース、ココノは過ごしてた。

 その輪の中に、ミューアも参加していた。


 ミューアはやや気落ちした表情で溜息を漏らす。


「でも、本当によかったのかしら、こんなリュートさんを騙すようなマネをして」


 シアがキッチリと着たメイド服姿で、彼女の空になったカップに香茶を注ぎ入れる。

 クリスがそんな彼女にミニ黒板を見せた。


『ごめんね、ミューアちゃん、嫌な役を押し付けちゃって』

「ごめんなさい、そんなつもりで言ったのではないの。たださすがにちょっとリュートさんが可哀相で」


 申し訳なさそうな顔をするクリスに、ミューアは慌ててフォローを入れた。


 今回、彼女がリュートを騙すような形で貯金を貸した。しかし、これは全てリュートの妻達が裏から手を回した結果だ。


 元々、ミューアは知り合いの店主を紹介した立場的に、必要な資金は無利子&契約書無しで貸し出す予定だったのだ。

 彼女の面子的にも、『やっぱりお金が無いので臨時店を開くの止めます』と言い出されるよりずっとマシだったからだ。

 またリュートの手腕なら、店を開いても大きく赤字になることはないだろうと踏んでいた。そのため資金を貸し出したのだ。


 しかし、話を聞きつけたリュート妻達が待ったをかけた。

 彼の才覚を持ってすれば、赤字になるどころか大きく利益を上げると彼女達は予想。

 さらに今のリュートが多額の資金を手に入れたら、軍団(レギオン)の仕事などを放り出しウォッシュトイレ事業にのめり込むと危惧したのだ。

 そのためミューアに頼んで、一芝居打ってもらったのだ。


 リースが香茶に口を付けながらフォローを入れる。


「リュートさんはウォッシュトイレのことになると、少々周りが見えなくなる傾向がありますから。今回はある意味でいい薬になったと思います。もちろんリュートさんが少し落ち着いたら、お金は全額返すつもりですから。あまりミューアさんも落ち込まないでください」

「そうそう、リースちゃんの言うとおりだよ。リュートくんは、ちょっとウォッシュトイレのことになると目が怖くなるもんね。こう、変な光が目から出るっていうか……」

「……スノー様の言うことが少し分かります」


 リースの言葉にスノー&ココノまで同意する。

 一方、妻達からそんな評価を受けているリュートはというと――




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 ミューアに利子込みの借金を返済した夜。

 オレは風呂にも入らず、ベッドで涙を流していた。


「ち、ちくしょう! 折角、後少しで『ウォッシュトイレ(暫定完成版)販売計画世界編』が展開出来そうだったのに!」


 そう後もう少しで、ウォッシュトイレを大量生産して、この異世界全土に設置するという壮大&意義ある事業をおこなえるはずだった。

 しかし、バーニーに始まり、嫁達、そしてミューアによってその野望は再び潰えてしまった。


「ウォッシュトイレ(暫定完成版)はこんなに素晴らしい物になのに、どうして誰も理解してくれないんだ!」


 オレは枕を抱き締めて、1人で寝るには広すぎるベッドをゴロゴロ転がる。


「メイヤなら……メイヤならきっとウォッシュトイレ(暫定完成版)の素晴らしさを理解して、賛同してくれるはずなのに……ッ」


 メイヤがこのウォッシュトイレ(暫定完成版)を目にしたら、使用されている技術の高さや非凡な発想の素晴らしさに気が付いてくれるはずだ。


 そう考えると技術、発想、思想の革新的発明に気が付いてくれるメイヤ・ドラグーンという存在はオレにとってある種、とても貴重な人材だったんだな――と今更深く実感した。


「……ん? メイヤ?」


 そして気が付く。


「そういえば最近、メイヤと全然顔を会わせていないな……」


 記憶を辿ると天神教本部に乗り込み散々脅した後、ココリ街に戻って来てからずっと顔を会わせていない気がする。




 翌日、オレは彼女の私室を尋ねた。

 メイヤの私室はオレ達と同じ2階の客室を利用している。


 そして、部屋を尋ねると衝撃の事実を知ることになった。


 メイヤ・ドラグーンがなぜかヘソを曲げ、引き籠もってしまっていた。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明明後日、10月21日、21時更新予定です!


ついに軍オタ発売日当日です! とうとう当日! 今日になってしまいました!

皆様本当に、何卒宜しくお願い致します……!

(自分も夕方書店に行って実際に買うつもりです!)


そして、今日で連続1週間更新も最後となりました!

正直、走りきった感想としてはヘトヘトです……だって一度にアップする文章量が、何故かいつもより多いし! いや書き始めたらクリス15とか止まらなくて自業自得だけど!

……それでも皆様の応援や感想を頂けたからこそ、最後まで書ききることが出来たんだと思います!

改めまして応援や感想、励ましのメール等、本当に誠にありがとうございます!!!



――さて、今日は軍オタ発売日当日というこで! まだまだアップするものがありますよ!


まず活動報告に『なろう特典SS』をアップさせて頂きました!

そしてさらに活動報告に、『軍オタ1巻購入者限定特典SS』が書かれてあるURLが張られております。こちらも書籍購入者の方に楽しんで頂ければ嬉しいです!(こちらは活動報告に書かれてある手順で進めば読める筈です……多分。問題があればすぐ修正致します)


さらに一応、軍オタ1巻ネタバレOKという名前の活動報告をアップしてます。これは感想用で、ネタバレを避けるためですね。

軍オタ1巻の感想はそちらに書いて頂ければ……! 


というわけで、次回更新は21日、21:00です!


軍オタ1巻発売を記念する連続投稿におつきあい下さいまして、本当ににありがとうございました!

軍オタ1巻を、何卒宜しくお願い致します!

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