タイムリミットの意味
「実にいい目をしている。その殺気を含んだ視線、私は嫌いではない。さて、なぜ彼女に感謝しなければいけないのか? それを聞きたそうな黒羽くんに教えてあげよう」
佐倉はそう口にすると、ゆっくりと地面に腰を下ろした。俺と視線を少しでも近くするように。
「私は君にタイムリミットを設けたのは覚えているかね?」
「……あぁ。あんたは、日付が変わる時刻と言った」
「その通りだ。だがそれは君が我々の捕獲対象としてのタイムリミット。そしてもし日付が変わっていたら、君は我々の討伐対象へと変わっていたのだよ」
「討伐対象……? あははは、何だよ、それ?」
佐倉のその言葉を聞いた瞬間、不意に笑いが込み上げてきた。それはつまり俺には最初から選択肢なんて、なかったも同然だったってことだ。
「討伐、つまりあと数十分で君は死ぬかもしれなかった。彼女が勇気を出してスタンガンを使わなければね」
「……なぜ結愛にそんなことをさせた? 結愛は何の関係もなかっただろ!?」
「関係はあったさ」
俺の叫びに佐倉は全く動じることはなかった。そして冷静な表情を崩すことなく、そう口にした。関係はあったと――確かにそう口にした。
「君には日常の全てを捨ててもらう必要があった。非日常へ進むことになればなおさらね。君がこの日常の中で唯一、彼女にだけ心を開いていたことはすでに調べがついている」
佐倉は淡々と、業務的に話を続ける。口元が立派な髭に覆われているせいか、感情を読むことが難しい。佐倉が今何を思い、何を考えているのか、俺には全くわからなかった。
「ちなみにね、彼女の手に持っているそのスタンガン。これは通常の物よりもずっと強力なものになっている。常人に使用すれば、ショック死をしかねないほどに……ね」
俺の耳元でそう口にすると佐倉は立ち上がり、俺の横を通り過ぎて行く。そして結愛の元に歩み寄ると、結愛が持っていたスタンガンを佐倉は奪った。
「おぃ……何をするつもりだ……?」
「本当ならここで君は気絶し、信頼していた者に裏切られたと勝手に思い込み、この日常に絶望する。日常に絶望した君は、我々と共に非日常に進む。そういうシナリオだったのだが……いやいや、なかなか上手くはいかないものだね」
「おい! だから何をするつもりだ!? 聞いてんのか!? 佐倉ぁぁぁぁぁ!!」
まるで俺の声など聞こえていないかのように、佐倉は淡々と話を進めていく。その時、俺は嫌な予感しかしなかった。やがて俺に向いていた視線は、結愛に向く。その瞬間、予感は確信に変わった。俺の全身から、嫌な汗が噴き出すのを感じる。
「聞こえているよ。黒羽くん。君は何をするつもりか聞いたね? それは……こうするのだよ!!」
ゆっくりと佐倉の手は結愛に伸びていく。その手にはしっかりとスタンガンが握られていた。常人に使用すればショック死しかねないと言ったそのスタンガンが――。
「佐倉……いや、佐倉さん!! 止めてくれぇぇぇぇぇ!!」
「素直になるのが遅すぎたな」
「――――っ!? ゆ……ゆう……ちゃ、ん……」
結愛の首元に確かに触れていた。その直後、途切れ途切れに俺の名前を呼んで結愛は崩れ落ちた。地面に横たわった結愛はピクリとも動かない。まるで本当に死んでしまったかのように……。