感謝と謝罪
神社の跡地。六年が経過した今でも、そこは空き地であった。
昔は御神木として祀られていたと、容易に想像できる巨大な松の木だけがそこにあった。おそらくこの御神木のおかげで、今日まで空き地として残っていたのだろう。
そしてその巨木のすぐそばに、小さな影が月明かりに照らされ伸びていた。
「結愛、よくここだってわかったな?」
時刻は二十三時三十分。ちょうど待ち合わせの時間。合流することは出来たが、どうやら二つのフェイクの甲斐はなかったようだ。
この目を使ってこの辺りを透視してみたが、この空き地の周りは完全に黒服たちに包囲されていた。結愛のポケットからはみ出している携帯ストラップを見て、俺はこの場所が奴らに知られた理由を悟る。どうやら最後の最後で詰めが甘かったらしい。所詮、高校生のガキが考える策なんて大人の組織相手に通用するわけがないか。
「当たり前だよ、優ちゃん。ここは私たちの大切な場所だから。って、その頬の傷どうしたの!? 早く消毒しなくちゃ! あっ……それにその左目……」
この小柄な少女は俺の幼馴染みの白川 結愛。俺がこの日常で唯一心を許した、同い年だが妹のような存在。
両親を幼い頃から失い兄弟もいなかった俺には、いつも元気で無邪気で優しい。そんな結愛の性格に、何度も助けられた。
「結愛、今までありがとう。お前と過ごした時間、とても楽しかったぜ」
結愛の言葉を無視して、自分の伝えたかった言葉を吐き出した。黒服たちはゆっくりと、それでも確実に俺たちとの距離を詰めてきていた。時間は残りわずか。
「えっ? えっ? な、なんでそんなお別れみたいなこと言うの?」
「お別れみたいじゃない。もうお別れなんだよ」
そう口にすると俺は結愛の頭に手を乗せる。そしてゆっくりと優しく、その亜麻色の髪を撫でた。幼い頃、泣き虫だった結愛をこうして慰めることも多かったことを思い出す。それは結愛も同じなのか、大きな瞳が俺のことを見上げながら揺れていた。
「優ちゃん……」
「さよならだ」
俺はゆっくりと結愛の頭に乗せていた手を降ろした。そして結愛から背を向ける。俺の瞳には、すでに大量の黒服たちと佐倉の姿が映っていた。
最後の悪足掻き……。そんなことを考えていると……。
「ごめんね……」
そんなか細い声が俺の後ろから聞こえた。その直後、俺の体に激しい衝撃が走った。俺の体は自分の意志に関係なく、ゆっくりと崩れ落ちていく。その際に結愛の方へ視線を向けると、その小さな手にはスタンガンが握られていた。
「――っ!? な、何で、結愛が……?」
「優ちゃん……ごめんね、ごめんね、ごめんね……!」
意識が朦朧とする中、俺は何とかそう口にする。結愛は涙を流しながら謝罪の言葉を何度も何度も口にする。スタンガンを握りしめている小さな手は、大きく震えていた。
「黒羽くん。君は彼女に感謝した方がいい」
黒服の集団の中から立派な髭を生やした男、佐倉がそう口にしながら俺の前に現れた。
俺は地面に這いつくばりながら、佐倉のことを睨み付ける。それが体の自由の利かない俺にできる精一杯のことだった。