二つのフェイク
人が多い場所をなるべく避けながら、俺は横浜を脱出した。もちろん電車やバスなどの公共交通機関を利用することもしない。もしそこで黒服たちに遭遇でもしたら逃げ場がないからだ。
「はぁー。地元に戻るまでどんだけ時間がかかるんだよ……」
ここへ辿り着くまでに五時間ほどの時間がかかった。普段電車なら数十分もあれば着く場所なのに、走ってさらに隠れながらとなれば、時間と体力は大きく消費するのは当然だろう。それに俺の情報が相手に知られているのか、地元に戻るには大変な苦労を強いられた。なんせ地元には黒服の奴らで溢れていたのだから……。
「それに、あいつらは一体何者なんだ?」
俺は建物の壁越しに外の様子を伺う。壁越し……それは比喩でもなんでもない。言葉通り、壁を挟んでその先を見ている。
透視――それは自分が化け物になったんだと確信した能力。先ほど放たれたナイフを受けれたのは、しっかりと眼帯越しに見えていたからだ。
「約十分前に付近の防犯カメラにターゲットの姿が映っていたそうだ。絶対にここら辺にいるはずだ」
「ちっ! ちょろちょろしやがって!」
「おぃ、落ち着けよ? もう時間の問題だろ? そろそろ佐倉総隊長が直々に捜査に加わる」
総隊長――それは他にも複数のグループが存在することを示していた。
「……防犯カメラを観覧できる大規模組織ってことは……まさか、国家組織だとでも言うのか……?」
俺はそう口にすると、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。もしも国家組織が相手ならば、逃げ切ることは不可能になる。俺が逃げ切るには、この神奈川県はおろか、日本から出なければならないのだから。
「……覚悟を決めるか」
腕時計に視線を落とすと、時刻はすでに二十三時十分。タイムリミットまでは残り五十分を切っていた。俺は携帯電話を取り出すと、今まで切っていた電源を入れ、目的の人物に短いメールを打つ。
『大事な話がある。二十三時三十分にいつもの神社で待ってる』
そしてすぐに送信。携帯の電源を入れたことにより、俺の現在地がわかるのは時間の問題だろう。それにもし国家組織が相手なら、今送ったメールの内容すら筒抜けの可能性が高い。だから俺は二手間くわえることにする。
「携帯はビニール袋にでも入れて、途中の神社の林に投げ捨てて行けばいい。これで少しでも奴らの注意がダミーに向いてくれればいいんだけど……そう簡単にはいかないだろうな。それに最大の問題点は、あいつがあのメールで指定した本当の場所に気づいてくれるかだが……」
一つ目は携帯電話の囮。そしてもう一つ。メールが見られているものだと仮定して、俺はあえて『いつもの神社で待ってる』と送った。だが俺たちにいつも待ち合わせをしていたような神社などはない。それでも俺がこの文を送ったのは、小学生の頃に建て壊された神社。そこの空き地に作った秘密基地を連想してほしかったのだ。
とても回りくどく、わかりにくい。もし俺が逆にそのメールを受け取っていても、本当の意味を理解するのに時間がかかるかもしれない。
それでも俺は幼馴染みのあいつには伝わると思ったのだ。もしも伝わらなかったら、俺とあいつはそれまでの関係だったってことだろう。
「時間ももうない。考えるよりも、行動あるのみ」
俺はそう口にすると、速やかに行動を開始した。
待ち合わせの時刻とタイムリミットは、すぐそこまで迫っていた。