化け物
「ぐぁぁぁぁぁ!!!!」
「なにっ!?」
化け物の片腕を斬り落としたところまではよかった。だが俺は致命的な読み間違えを犯していた。
それは化け物の速度。片腕を失い、痛みと怒りで無茶苦茶に振るったその拳は、俺の想像していたよりも遥かに速いものであった。
左目では問題なく化け物の拳を捕らえている。だが刀を振り切り、後ろに重心を傾けている今の俺には化け物の拳を回避することはできないだろう。ならば……。
「……受けるしかないか」
俺は素早く刀を引き戻し、化け物の拳を刀で受けることを選んだ。いや、正確に言うならそれしか選択肢はなかったのだ。俺は化け物の拳を受ける際、少しでも衝撃を抑えようと僅かに後ろに飛んだ。
「っ――!! ぐぁっ!?」
刀と化け物の拳が触れ合った瞬間、俺は激しく吹き飛ばされた。そして後ろの壁に背中を強打する。
その瞬間、呼吸ができなくなり、体に力も入らなくなる。
「っ……っ……いて……な」
その凄まじい破壊力に、俺は声を発することすら困難になっていた。だがそれでも俺は時間を稼がなくてはならない。奏をここから逃がす為に。
俺は倒れ込みたい気持ちをグッと堪え、立ち続ける。
「…………」
そんな俺の前に奏が無言で出る。その手にはしっかりと大鎌が握られている。
「かな……で。は、早く……逃げ……ろ」
「嫌です。黒羽さん、あなたは化け物には同じ化け物が相手をしないとな。そう言いましたよね?」
「た、確かに……そう言ったが……」
「ならわたくしも、この化け物の相手をしなければなりません。だってわたくしも……黒羽さんと同じなのですから!」
俺と同じ――。それは薄々気づいていた。何故ならこんな場所に一般人が連れてこられるわけがないからだ。だけど俺は気づかない振りをしていた。本人が何も言わない以上、触れてほしくない話題なのだろうから。
だが奏は俺を納得させる為に自らそう口にした。そう口にする奏はとても悲しそうな顔をする。俺はそう思っていた。
「……何で笑っているんだ?」
だが実際は違った。奏は笑っていた。俺に向かって優しく微笑んだのだ。それが俺には理解できなかった。俺は思わず奏に尋ねていた。
「嬉しいからです」
「嬉しい?」
「はい。わたくしはあの日から、ずっとこの左腕が憎かった……。でも、今はこの左腕で良かったと心から思えます。だってこの左腕のおかげで黒羽さんと出会えたし、少しでも役に立つことができるのですから」
そう口にすると奏は、左腕一本で大鎌を構える。それも折れてしまいそうなほど細い腕で軽々と。それは俺と同じく、人を超越した力を持っていることを示していた。
「ったく……」
俺は俯きながらそう呟くと、状況を整理しながら呼吸を整える。
背中はまだ痛むが動けないほどではないし、その他の部位も特に異常はなさそうだ。対する化け物は左腕を失い、戦闘力は確実に低下している。さらにこちらは二対一。これだけ見ればこちらが圧倒的に有利。
「どうかしましたか? 黒羽さん?」
「あぁ。奏って本当にバカだなって思ってただけだ」
「ば、バカって――」
「はい、ストップ! その続きは生き残ったら聞く。まぁ……なんだ。奏、お前は俺が死なせやしない。だから安心しろ」
俺は自分がとても恥ずかしいセリフを言っていることは自覚していた。だがそれでいい。お互いの緊張を解く為にも、ここは歯の浮くようなセリフ必要だった。要するにネタのようなものだ。
「く、黒羽さん……わたくし、黒羽さんに全てを委ねます……!」
俺の言葉を聞くと、奏は頬を真っ赤に染めながら俺から視線を逸らしたり、視線を戻したりと落ち着かない様子でそう口にした。その反応は俺にとって予想外のものであった。
俺はてっきり、何言っているんですかバカですね! とそんな軽い返しが来ると思っていたのだが……。どうやらこの反応、俺の言葉をマジで捉えてしまっているようだった。
自分で撒いた種とは言え、俺はこの危機を乗り越えてたとしても、新たな問題が待ち受けている。そんな気がしてならなかった。




