非日常への誘い
「黒羽 優だな?」
「……あぁ」
高圧的な声が俺の事を呼び止めた。俺はその言葉に短く返事をしながら、一年前にこの横浜で初めて呼び止められた、白衣を纏った女性の事を思い出していた。
「我々と一緒に来てもらおうか」
「ん? 我々だ――っ!?」
俺の言葉は途中までしか紡がれなかった。なぜなら、俺の左側から小型のナイフが放たれたからだ。俺はその高速で迫るナイフの柄を素手で捕える。
その一般人には到底できない芸当を難なくこなした自分に、やはり人とは違う存在になってしまったんだと改めて実感する。
やはり自分は化け物だ。そう考えるのに拍車をかけるように……。
「やはりな。その左目、眼帯を付けていても見えているのだろ?」
「っ……」
指摘された。左目を完全に覆っている眼帯。
眼帯により、見えるはずない左側から放たれたナイフをキャッチした異常性を……。
「……もし、そうだって言ったら?」
俺はそう口にして、初めて周りを見渡した。
周りには黒いスーツを身に纏った、百八十五センチある俺と大差ない体格の持ち主が十二名。その全員がまるで岩のような筋肉を身に纏っていることも想像に難しくない。
「やはり我々と来てもらうしかない。安心したまえ、悪いようにはしない。むしろ黒羽くん、君は我々と一緒に来るのが最善だと思うが? ここは君が居るべき日常ではない、我々と同じ非日常こそ君の本当の居場所になると私は思う」
リーダー格の立派な髭を生やした男がそう言うと、他の黒服たちは少しずつ距離を詰めてくる。
状況はかなり悪い。街にいるようなチンピラの集団とはレベルが違うだろう。
「……確かに今の日常には俺の居場所はないかもしれない。非日常……それがどんな所かわからないけど、この息苦しい日常よりはいいかもね」
「なら、我々といっ――」
「でも――」
俺は黒服の男の言葉を途中で遮ると、眼帯に手をかけ……。
「素直については行けないな。俺はもう人を簡単に信じることを辞めたんだ。もしあんたらが俺を捕まえることができたら……あんたの言う通り非日常に進むことにするよ」
その眼帯を外した。
その瞬間、右目の黒色の瞳とは違う、紅色の瞳が姿を現す。もともと俺はオッドアイではなかった。これはあの女科学者が俺に与えたモノだ。俺を化け物に変えた忌わしいモノではあるが、今ここでは力を借りることにしよう。
「その色の瞳……やはり。ふっ、それにしても生意気なガキだな。だが我々と共に非日常を歩むなら、それぐらいではないと使い物にならんか。そう言えばまだ名を名乗ってはいなかったな。私は佐倉 英雄だ。黒羽くん、今言ったことに嘘偽りはあるまいな?」
「全く、名乗るの遅すぎ。……もちろん」
「ふっ、それでは――全員! 黒羽優を全力で確保しろ! 手加減は一切無用だ! かかれぇぇぇぇぇ!!」
佐倉がそう高々と口にすると、一斉に屈強な男たちが俺との距離を詰めてくる。ここからは一切の気の緩みは許されない。俺はゆっくりと両目を瞑り、大きく息を吸い込むと、ゆっくりと息を吐き出した。
久々の緊張感。それはこの瞳を体に宿す前にやった野球の試合以来かもしれない。
不謹慎ながら俺はワクワクしていた。久々に生きていると感じた瞬間かもしれない。そう思いながら俺は両目を開け放った。その瞳には、すでに間近に迫った男たちの姿が映っていた。