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与えられたのは希望ではなかった  作者: 黒羽 凪
序章~短き回想~
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プロローグ

 絶望の中、与えられたのは希望ではなかった。

 人によっては“アレ”を希望と言う人もいるのかもしれない。

 だが当時の俺には“アレ”は必要ではなかった。


 絶望の中、与えられたのは強い孤独感。自分は人とは違う、天才――いや、そんなものじゃない。“アレ”を体に宿した時点で、俺はただの化け物になってしまったんだと悟った。

 もしも俺が大切なモノを失った時、もう少し大人だったら……。未来は変わっていたのかもしれない。


 当時は自分の軽率な行動を後悔した。

 “アレ”の存在を激しく憎んだ。

 俺に“アレ”を与えたあの人を怨みもした。


 だがそう思ったのは最初だけだった。今では“アレ”を与えてくれたあの人に感謝こそしないが、少なくとも怨んではいない。

 何故なら俺はすぐに日常から非日常へと進むことになったからだ。

 そのきっかけはやはり“アレ”が俺の体に宿っているからではあるが、結果的に俺はそれで良かったと思っている。俺は“アレ”おかげで大切な仲間たちとも出会うことができたのだ。

 それに“アレ”の力があるから、俺は今もこうして目標を持って生きていられるのだから――。




 数年前、野球が当時の俺の全てだった――。


 毎日泥だらけになりながら、ただ夢中で白球を追いかけるどこにでもいる野球少年。


 どうしたら速い球を投げられるのか?

 どうしたら遠くに打球を飛ばせるのか?

 どうしたら速く走れるのか?

 どうしたら上手く打球を捕れるのか?


 こんなことを毎日のように考え、思い付いたことはすぐに実行した。元から高かった身体能力と努力の甲斐もあり、俺の実力は一般の球児たちを遥かに凌駕するほど高いものになっていた。

 メディアからは天才野球少年として取り上げられ、テレビに出演することもあった。そんな順風満帆な俺の野球人生は、中学三年の春に唐突に終わりを告げた。


 それは――左目の失明。

 病院にも行ってみたが、医師にはハッキリとした原因は不明と言われた。

 もしかしたら遺伝的な病気かもしれないとも言われたが、残念ながら俺は幼い頃に両親を事故で亡くしており、それを確認する(すべ)を持たなかった。


 左目の視力を失ってから数日後、俺はグラウンドに立っていた。

 だがその表情はきっと、絶望感に満ち溢れていたことであろう。

 たかが左目ぐらい……当時の俺はそう思っていた。だが実際に野球をしてみると、球を打つことはおろか、キャッチボールすらまともにできなかったのだ。これは相当に堪えた。


 俺は次の日から学校へ行かなくなっていた。

 生きがいであった野球を失った俺は、何の目的もないまま歩き出した。ただひたすらに、何処か目的地があるわけでもなく闇雲に……。




『きみ、黒羽(くろばね)(ゆう)くんだね?』


 どれだけの時間が過ぎたのか、そしてここは一体何処なのか?

 そんな事すらわからなくなっていた時、俺は一人の女性に声をかけられた。


『…………』


 俺はずっと止めることのなかった歩みを止めると、視線を声がした方へと向ける。視線を向けた先には、真っ白い白衣を身に纏った大人の女性が妖気な笑みを浮かべていた。

 その容姿は脱色したような不自然な銀髪ではなく、北欧の血が混じっていることを容易に想像させる腰まである綺麗な銀髪。そして雪のように白い肌に、百七十センチは悠にある長身とスラリとした身体。だがその整った顔立ちと言葉遣いは、間違いなく日本人そのものであった。


『……だ、れだ?』


 どの記憶とも合致しないその容姿に、思わずそんな言葉が漏れていた。久しぶりに出した声は酷く掠れていたが、どうやら相手にはちゃんと伝わったらしい。


『ん? 私? ふふっ、私は今の貴方を救うことのできる唯一の科学者よ』

『俺を……救う……? 医者ではなく科学者……?』

『えぇ。貴方その左目、見えていないんでしょ?』

『……あぁ』

『私ならその左目を見えるようにしてあげられる』

『っ!?』


 俺は女性の言葉に驚きを隠せなかった。医者が俺の目を診ても原因はおろか、病名すらわからなかったのに、このまだ二十代後半ぐらいであろう女性は、見えるようにしてあげられると断言したのだ。


『もう一度言うわ。私ならその左目を見えるようにしてあげられる。前よりも、ずっとね』

『……何が目的だ? 金なら無いぞ?』

『ふふふっ。お金なんていらないわよ。私はただ、貴方がもう一度野球をしている姿を見たいだけよ。貴方もまた野球をしたいと思っているなら、私についてきなさい』


 その言葉に俺は言葉を失った。幼い頃に両親を失い、優しさに飢えていたのかもしれない。当時の俺は名前すら知らない女性のことを信じてしまったのだ。

 俺は静かに頷くと女性の後について行った。それが日常の終わりだと知らずに……。

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