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SCENE Ⅴ ― ステラ【星】 ―

暑いなー

SCENE Ⅴ ― ステラ【星】 ―



 ―――西暦2073年 ヒル 18歳 組織・クオーレ本部


 PM 5時40分

 コンクリートの壁に覆われた薄暗く狭い個室のなかで、一人の少女が、錆びたパイプ椅子に座って、時が来るのを待っていた。

 彼女の名前は、ステラといった。

腰まで伸びた、癖のある黒髪と同じ色をした瞳からは、意思の固さが見て取れた。

 腕の中にはピンクのウサギのぬいぐるみを抱き、無表情で佇んでいる。

 視線は、一つだけある小窓の外に見える夕日を眺めていた。

彼女は、二日前に、機関の養成所から目的も告げられずに連れられてきた、12歳の孤児だった。

組織内が忙しいのか、連れられてきて、この牢獄のような個室から出してもらえず、食事とトイレ以外は拘束されっぱなしだった。

あったことと言うと、昨日、血液検査と称して、注射されたことくらいだ。

今日は、ここの責任者であるアーダルフ・グレゴーリオという男が話しをしにくるということらしい。

 ステラは不安だった。自分は、施設に返してもらえるのだろうか??

 この『クオーレ』という組織は、私に何をさせようというのだろう・・・・・・。

 どうせろくでもないことに決まっている。

 できることなら、早く友達のいる機関の養成所に帰りたかった。

 養成所の、味の薄いカルボナーラが食べたかった。

 時間がたつのが遅く、まだ二日だというのに、何年も拘束されているような気さえしていた。窓の外は夕焼け。

 私は、もしかして、ずっとここに閉じ込められたままになるのだろうか・・・・・・。友達とはもう、会えないのだろうか・・・・・・。

 涙が頬を伝う。


 ―――早く、みんなのところに帰りたい。


 ガチャっと、いう音に、ふと視線をあげる。

 彼女は、驚いて、胸が高鳴った。やっと真相がわかるという安堵と、なんとも言いがたい嬉しさが込み上げてきた。それは、彼の年齢が、予想よりはるかに若かったことと、眩しいほどに美しい笑顔が、少女の胸に安心感を与えた。

 彼が『悪人』だとは、とうてい思えなかった。

 後ろには、同じ年齢くらいの青年と、柔らかい笑顔のお姉さんが立っていた。

「こんにちは、ステラさん、僕はここ、組織・クオーレの幹部、ジャンピエトロ・デ・サンクティスカ。後ろの彼が、責任者の、アーダルフ・グレゴーリオ、そして、彼女が、君を推薦してくれた、リータ・アルコバレーノさん」

「よろしくね」リータはニコっと笑ってあいさつした。

 彼女の雰囲気が、施設の教員とかぶった。

穏やかな目をして、少し赤みがかったストレートの髪がとても綺麗だった。

インテリで、真面目な人だと思った。メガネが似合いそうだった。

 ステラは、笑顔の爽やかな青年がグレゴーリオではなかったことに、少し不安になった。

 後ろに立っているグレゴーリオの顔は、あまり良い印象は受けなかったからだ。

 見下したような細い目と、細い顎、高い鷲鼻、薄い唇、姿勢が悪いのも気になった。

 しかし、こんなに若い男が、あの、『グレゴーリオ』だというのは意外だった。

 もしかすると、アーダルフ・グレゴーリオという名前は、代替わりで襲名しているのかもしれないと思った。

 緊張して、ウサギを強く抱きしめ、顎を引いてしまう。

 そんなステラの態度にも、ピエトロは笑顔で対応する。

「あ、怯えなくていいよ。君には、ちょっとした質問をしたいと思っていただけなんだ。すぐに友達のいる養成所に返してあげる予定だから、だいじょうぶ。リラックスして」

 彼らは個室にあるパイプ椅子を引っ張ってきて座った。

 すぐに帰してもらえることがわかって、ステラは少しだけ安心した。

 後ろで、グレゴーリオが、ポケットに手を突っ込み、なにやら取り出して、パキっと割ると、そのまま口に入れた。何か食べているようだ。

 リータ・アルコバレーノは彼の方を薄目に睨んでいる。彼女は彼を責めているようだ。ステラはその態度を見て、彼女がグレゴーリオのことに好意を持っていることが、なんとなく分かった。女の勘というやつだ。

 しかし、そんなことは気に留めず、金髪の青年は話を続けた。あいかわらずの笑顔だ。

「ステラさんは、ずっと養成所で育ってきたんだよね。あそこの生活はどうだい?? 楽しいかい?」

 いきなり質問されて戸惑った。なんと言おうか・・・・・・。

 青年は自分の目をジッと見詰めている。ちょっと恥ずかしかった。

 無言でいると、リータが耐え切れず立ち上がって、グレゴーリオの食べていたものを奪った。

「仕事中でしょ! 後で食べなさいよ」

「あ、コラ、取るんじゃねぇよ。いいだろ別に。落花生くらい。タバコ吸いたいの我慢してんだから」

 どうやら、食べていたのはピーナッツだったらしい。

「タバコ吸いたいなら、外で吸ってきなさい! ボリボリボリボリうるさいのよ。お客さんに失礼でしょ!?」

 グレゴーリオはニヤっと下品な笑みを浮かべて青年に話しかける。

「へへっ、・・・・・・だってよ、ピエトロ、俺ちょっと外でタバコ吸ってくるわ、後頼むな」

「はい、いいですよ、グレゴーリオさん。一本だけにしてくださいね」

「あぃよ」

 グレゴーリオが席を立つと、リータが額に手を当てて呆れた。

「あぁあ~ん、っもう、そうじゃなくって!!」

 気にせずグレゴーリオは外に出た。

 リータは座りなおした。

 青年が再びステラに向き直る。

「ごめんね、彼のことは気にしないで」

 ステラはむしろ安心した。グレゴーリオがいない方が、素直に話しやすいと思った。

「・・・・・・あの、施設の中は、とても楽しいです。みんな、仲がいいですし、先生も優しいので」

「そうなんだ。きみは可愛いもんね、友達もいっぱいいるんだろうな」

 かわいいと言われて、ステラは嬉しくなった。そんなことを言ってくれる人は、今まで誰もいなかったからだ。

「弟がいるんです」

「へぇ~、どんな子? 君に似てるのかな?」

「あ、本当の姉弟じゃないんです。キリコって、言うんですが、ちょっとクールな子なんです。カッコつけてるっていうか、・・・・・・なんか、カワイイんですよ」

「クールで、カッコつけてて、可愛い? そうなんだ。その子のことが好きなんだね」

「えっと・・・・・・、『好き』っていうか、『おとうと』って感じです」

「ふぅーん。施設の中は、居心地がいいんだね」

 機関の教育は、とても厳しいものだった。甘い言葉をかけてくれる人はいなかった。そういう教育だったからだ。

 でも、子どもたちの仲はとても良かった。境遇が同じだというのが、共同体の意識をつくり出していたのかもしれない。

「はい! とっても。良いところです」

「へえぇ~、羨ましいなぁ。機会があれば、ぼくも施設に行ってみたいな。どうだい? ステラさんの紹介ってことで」

 青年が笑う。つられて、ステラも笑ってしまいそうになる。

 彼はステラの手元に視線を落とした。

「ステラさん、そのウサギさんは、君のともだちかい??」

「はぃ。ルミちゃん、ルミーノ・リベルタちゃんです」

「・・・・・・ルミーノ・リベルタ。良い、名前だね」

「そうでしょ」

 ステラは嬉しかったが、気のせいか、一瞬だけ青年の顔に陰がよぎったような気がした。

「ルミちゃんは、いつから持ってるの?」

「えっと、私が、施設に入る前からだと思います。でも、昔のことだから、はっきりとは覚えてません。たぶん、ずっと持ってたんだと思います」

 ピエトロは、下唇に人差し指の横腹を当て、考えるしぐさをした。

 リータに肘で小突かれて、彼は思い出したように、ハッとした。

「ごめんね、ちょっと考えていて」

 その後も、なにげない世話ばなしをいくつかした。施設で、どんな遊びをしているのか、好きな食べ物はなんなのか、とか、そういう話ばかりだった。

好きなタイプの男の子は? と聞かれたときは、子供心なりに口説かれてるんじゃないかと錯覚してしまった。

 もちろん、絶対、そんなはずはないのだけれど・・・・・・。

 ちょっとだけ、期待してしまう自分がいた。彼のような空気を持った人は、養成所にいなかったのだ。

結局グレゴーリオは最後まで戻ってこなかった。彼はなんだったのだろうか?

「うん、わかった。ありがとう。ステラさん。これから君を施設まで送っていってあげるよ」

 ステラはびっくりした。

「え?? もう、いいんですか?」

「うん。ひとまず今日はこのくらいで。君には、これから、たまに僕らと話しをしてもらいたいと思う。いいかい?」

「は、・・・・・・はい。でも、施設の人が、外に出してくれないと思うんですが」

「あぁ、大丈夫、大丈夫。何かあるときは、こっちから迎えにいくから。それに、今回は二日もいてもらったけど、次からは、数時間だけだから、心配いらないよ」

 青年はにこやかに微笑んだ。

 ステラは彼に連れられ、部屋を出て、機関の罪人収容所で見たような、コンクリートの壁に覆われた狭い通路を抜け、広々とした地下の駐車場に出た。

止まっている巨大な黒塗りの高級車に乗せられる直前、彼に訊ねた。

「あ、あの、ピエトロさん」

「なに? 施設に着いてからのことなら安心していいよ。君は健康診断を受けたことになっているから」

「いえ、そうではなくて、・・・・・・このことは、秘密にしておいた方が、いいんですか?」

「どっちでもいいよ。話したければ話せば良いし、そうじゃないなら、話さなければいい。君の判断に任せるよ」

 彼はまた微笑むと、ステラを乗せた。

 窓から彼の顔を眺める。

 ステラは、この人とまた会えるなら、何度来てもいいと思えた。

 ただ、彼の名前の、『サンクティスカ』というのが気になった。

 組織・クオーレというのは、私たちのいる機関とは、ライバル関係にあたると先生に聞いていた。

 本来なら、彼の姓は、機関の人間のみが受け継ぐはずだ。

 彼は本当に、組織の人間なのだろうか??

 そもそも、ここは本当に、『クオーレ』だったのだろうか??

 ステラはあらゆる疑問を胸に抱えて施設へ送り届けられた。時間にして2時間近く。


乗せられた大きな車の中は薄暗く、プラネタリウムのような綺麗な蒼い光が車内をキラキラ輝いていた。

来るときは真っ暗の車だったので、ちょっと嬉しかった。

 ほとんど振動もなく、確認しようにも、どこを走っているのかまるでわからなかった。

もっとも、座席のシートが心地よくて、出発してすぐに眠ってしまっていたのだが・・・・・・。


荒れ野原で、全長10メートルはあろうか、ドでかいアーダルフ・グレゴーリオが、口から火を吐いて突進してくるところを、ジャンピエトロ・デ・サンクティスカが、白銀の鎧と鉄兜で勇ましく登場し、光の剣でステラを守ってくれる夢を見た。

戦う金髪の青年はカッコよく、王子様のように見えた。

でも最後にグレゴーリオにトドメをさしたのは、拳銃を持って近くの岩陰に隠れていた、ウサギのルミちゃんだった。



「おい、ピエトロ、あんな感じで良かったのか?」

 幹部室へ向かう廊下で、ヒルがピエトロに声をかけた。

「うん。充分だったよ。お疲れさま、グレゴーリオくん」

 リータ・アルコバレーノが不服そうな顔をした。

「どこがじゅうぶんなのよ。ダメでしょ、あんなの、もっと貫禄ある方がいいのに・・・・・・、ボスなんだから」

 ピエトロが笑う。

「あれでいいんだよ。影武者は、たまにチラッと見せるのが効果的なんだ」

「もっとジックリ話すのかと思ってたのにぃ、なんか、せっかくの機会を無駄にした感じ」

 ブスっとしているリータにヒルが釘を刺す。

「んなことしたら、ボロが出るだろ、素直に従っとけ」

「意義アリなんですけどぉ~」

「ピエトロの指示と、お前の指示じゃ月とスッポンだ。頭引っ込めて月のふりしてるお前に意見する権利はねぇ」

 叩きつけるような言葉に、リータは苛立ったが、ヒルは普段からいつもこうなので、下手に反論しない方が良い。と思いつつも、つい口を挟んでしまう自分がくやしかった。

 必死で怒りを抑えているリータを尻目に、ヒルはピエトロに話しかけた。

「俺の印象なんだが、あの子、相当賢いぞ、バレたかもな」

「えぇー、そんなのないでしょ? 一二歳よ。まだ子どもなのに・・・・・・」

「バカかお前は。餓鬼の観察眼をナメてんじゃねぇよ。お前の子どもを見る目と、俺の子どもを見る目とでは、天と地、龍とネズミ、雲泥の差があるんだよ。温室育ちのお嬢様が、俺の直感にケチつけんな」

「あんた、なんでそんなに自分に自信あるわけ? 私だって、同じクオーレの幹部なのに。言っとくけど、私、西の訓練校で実践訓練トップだったのよ。あんた二番でしょ? 成績だって私の方が上だったし」

「それがどうした。俺の勘と、何の関係がある?」

「私、感性鋭いって、教官に褒められたし」

「なんだ? お前、他人に評価されなきゃ、自分の感性を信じられないのか? その教官ってだれだ? 俺には、お前が感性鋭いとは微塵も思わないぞ」

「ヒル、あなた、もっと婉曲表現の使い方を勉強した方がいいと思う・・・・・・」

 ピエトロが笑った。

「そうだね、ヒルくん、君はもっと周りに気を遣った方がいいよ。クオーレの人間関係も、けっこう複雑だからね。上官に嫌われたら、幹部内で孤立してしまうかもしれない。君にとって、そんなことは気にならないかも知れないけど、後々のことを考えても、僕らのような若い幹部たちが高い地位を得るためには、そういう忍耐力も時には必要だよ。

それと、リータさんの判断も悪くないよ。あの子を選んだのも正解だと思う。これから機関について、分かることが大幅に増えるといいね」

「でも、ヒルが、バレたかもって言ってるし」

「そうだなぁ。ヒルくんがそういうんだったら、そうかもね。偽者だって気づいていたのかもしれない」

「ちょ、ちょっと、それ本当なの? やばいんじゃない」

「バレたってかまわないんだ。それよりも、彼女には、この、組織・クオーレという存在を身近に感じてもらうことが大事だからね。

 頭がいいっていうのも、マイナスにはならない。むしろ都合が良いくらいだよ。頭が良いっていうのは、それだけプライドも高いってことでもあるからね」

「そうなのかなぁ~? プライドって、あんまり良い意味で使われたことないし」

「良い意味でのプライドっていうのは、品性を大切にする性格のことなんだ。ほら、君自身がそうだろう? アルコバレーノさん」

「そ・・・・・・、そっかなぁ」

「それだけ、頭がいいってことだよ」

「ちょっとピエトロくん、そんな褒めないでよ」

 ヒルは機嫌が悪いような良いような、妙に皮肉っぽい笑顔でピエトロに言った。

「おぃピエトロ、いつものことだが、お前、最高に最悪だな。尊敬するよ」

「君の褒め方は、いつものことだけど、とても毒が効いていて心地いいね」

「俺じゃなくて、ピエトロがグレゴーリオのふりをすれば良かったのにな」

「何言うのよ、ピエトロくんだったら、それこそすぐにバレちゃうじゃない。家がそもそも有名なんだから。なんのために国籍もってないアンタが選ばれたと思ってるの?」

 ピエトロも不思議そうにヒルの顔を見た。

「そうだね。でも、どうして君はそう思うんだい?」

 ヒルは、へへっと、下品に笑った。

「『恋』ってやつは、なんでもかんでも相手を正当化しちまうからな」



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