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SCENE Ⅰ -ティム・マルク -

 すごく高二な感じです。逆にそういうの好きな人は楽しんでくれるかなぁー と思ってます。

 登場人物名がけっこうイタリア名っぽかったりしますが、とくに意味はありません。(でも、配置としては、その辺りを意識してはいます)

 軍記モノとか、筆者は得意じゃないので、コアな人は拍子ぬけることとかあるかもですが、

 許してやってつかーさい!!


組織クオーレの盟友


 SCENE Ⅰ  ― ティム・マルク ―



―――その日は雨だった。


連日、悪魔のような集中豪雨が、マルモ(大理石)の都に降り注ぎ、数年ぶりのハリケーンは、非情にも、スラム生活者たちの住処を損壊させ、人も物も、見境なく泥の中へと引きずり込んだ。


 河の氾濫で街は混乱し、家を捨てて丘へ逃げようとする人々でひしめいていた。

これぞ好機と、スラム外へ出て盗みを働こうとする者も多く現れた。

 その中には、まだ幼い少年少女もいた。

彼らは生き残るために連携して組織をつくり、何をするにも共に行動した。

この日も、都へ出て衣服や食べ物を盗む予定だった。

彼らの中にはルールがあった。手に入れた物品は、その個人の功績にかかわらず、平等に分配することだ。

これは結束力を保つためには欠かせないルールだった。


 一番年長で統率力のあった十四歳の少年を、ジヤーダ(ひすい)といった。ジヤーダは精悍な顔立ちで眼光の鋭い、貫禄のある少年だった。

彼は太く長い黒髪を後ろで束ね、褐色のたくましい腕に、二つに重ねた菱形のイレズミを彫っていた。イレズミは、彼らの間ではリーダーを表した。

リーダーに従う少年たちは皆従順だった。

そしてルールを犯した者への罰は厳しかった。食事を三日与えられず拷問されるのであれば、まだ優しい方だった。本当に怖いのは『追放』だった。

ある程度の年齢ならば、大人たちに混じって暮らしていくこともできたかもしれないが、彼らはまだ、総じて幼い年齢なのだ。

組織から抜けることは死を意味していた。彼らの意思は固かった。ゆえに子供とは言え、軽くあしらうことのできる大人はほとんどいなかった。


その日、ジヤーダは警戒していた。

嵐の日は『うらぎりもの』が多数出ることを経験から知っていたからだ。幹部二人にそのことを告げ、都へ出かけたジヤーダだったが、


・・・・・・甘かった。


 信頼していた幹部の一人が、倉庫の物品をスラムの男に売り渡し、金を持って逃亡していたのだ。

ジヤーダは帰ってきて唖然とした。何人かの子供は、連れて行かれ、いなくなっていた。

もっとも、食料庫は他にもあり、他の部下との連携が乱れてないかの確認が先だった。

全てが持ち去られたわけではなかったことが、せめてもの救いだった。

 ジヤーダは怒りと落胆でいらだち、神経がブチ切れそうになった。

もう一人の幹部、アヴォーリオ(象牙)は、ジヤーダを宥めた。アヴォーリオにとっても驚くべき打撃だった。

 部下の一人が、もう一人の『うらぎりもの』を追いかけていると報告にきた。

アヴォーリオは名を聞いて、突然冷水を浴びせられたように青ざめた。

ジヤーダは、全身を震わせ、眉を吊り上げ、護身用の鉄パイプを片手に掴むと、「殺してやる」と呟いて倉庫を出た。


 もう一人の『うらぎりもの』は、アヴォーリオの親友だった。



 スラムを抜けたマルモの都の路地を、十歳前後の少年が、胸に紙袋を抱えて走っていた。

ブロンドの髪に、利発そうな蒼い目をした少年だった。

彼は、袋を支える手に硬貨を握り締め、マルモで解熱剤を買おうと店を探していたところだった。

嵐は収まりつつあった。


「みつけた!」


 聞き覚えのある声が聞こえ、少年はぞっとした。組の仲間が少年を疑うことは考えもしなかったのだ。

 あの幹部に騙されたと少年は思った。彼は自分のあさはかさを呪った。

少年は都の地理に疎かったために、時を置かず袋小路へ追い詰められた。

「おい、おまえ! ファルファラ(蝶)の舎弟だろ? 知ってんだぜ。お前ら、最近コソコソ隅で話してたってことは。見たやつもいるんだ。しらばっくれるなよ。

その袋、メーラ(林檎)じゃないのか? 大人に、俺たちのパンを売って買ったんだろ。 まさか違いますなんて言わないよな・・・・・」

 仲間の一人が大声で捲くし立てた。

言葉が出なかった。実際にその通りだったのだ。

 幹部の一人だったファルファラ(蝶)は、以前、計画を少年に得意げに語っていた。


「嵐の日、俺はここを出る。金を持って」


ファルファラはまだ一三歳だが、賢い男だった。

嵐がくることも事前に調べて知っていた。何をやるにも、彼の助言なしでは、組は損失が大きかった。

ジヤーダも彼には一目置いていたほどだ。もっとも、アヴォーリオは彼を毛嫌いしていたのだが。

ファルファラは、スラムでの暮らしを嫌っていた。彼は少年の前で、自分の境遇をたびたび嘆いた。どうしても、ここから出て行きたかったのだ。


「うまく金を手にすれば、俺は街を出られるんだ。でもそのためには、大人の協力がいる」

少年は、「できるよ、ファーレィなら」と言って彼の利口さを褒めた。

ファルファラは高い鼻をさすりながら笑った。その時はよく判っていなかった。


彼の言葉に込められた真の意味が。


昨晩、計画を明日、ジヤーダのいない時間を見計らって決行する、と彼は少年に言った。その際に、協力してくれたら、解熱剤を買うための金を分けてやってもいい、とこぼした。

少年は喜んだ。


少年には母親がいた。

彼だけは孤児ではなかったのだ。

ただ、彼女は身体が弱かったために無理をさせるわけにはいかず、少年が組に入って生活を支えていた。


嵐の初日、彼女は熱を出した。


安全な場所へ移動するために、雨の中、スラムを徘徊したことが原因だった。

少年にとって彼の提案は、天の助け舟のようだった。

ファルファラは少年に言った。

「アヴォーリオを連れ出して欲しい。あいつは俺を嫌っているからな・・・・・。それと、あいつには、俺がおまえに金をやったことは黙ってろよ、いいな」

 少し考えればわかったことだった。

ここにいて、ファルファラが騙すことのできない人間は、リーダーのジヤーダと、アヴォーリオの二人だけだったのだ。

 少年は、アヴォーリオがファルファラのことを危険視していたことが、今になって理解できた。

 彼の計画には、最初から自分も含まれていた。

そうだ、自分がアヴォーリオを連れてマルモへ向かっている間に、少年を「うらぎりもの」だと知らせてしまえば、部下の子供を引き払うことも、幹部のファルファラには造作のないことだ。倉庫がガラ空きになる。

 そうなれば、彼の障害は何もない。

『大人』から、金を受け取って逃げるだけだ。

部下の子供の何人かは、売られたかもしれない。

僕はなんてことをしてしまったのだろう・・・・・・。


ドキっと、胸が痛んだ。そうだ、『ペルラ(真珠)』はどうなったのだろうか・・・・・・。


「おぃ、オマエっ!! どういうつもりだ!!!」


唐突に、怒りに満ちたリーダーの声が全身を貫いた。

一瞬めまいがした。

少年の目の前には、今まで見たこともないほどに感情を剥き出しにしたジヤーダが、十メートルほど間隔を置いて立っていた。

鬼の形相が比喩ならば、もはや鬼そのものに見えた。

「あ、・・・・・・それは、実は、・・・・・・えっと」

 騙されたんです。・・・・・・とは言えなかった。

自分が望んで彼の提案に乗ったことは、動かない事実だったからだ。

母の病気のことを、ジヤーダやアヴォーリオに言わなかったことを、今さらになって激しく後悔した。

彼らを信用していなかった自分が情けなくなった。

 ふと、ジヤーダの隣で青ざめ、困惑しているアヴォーリオが目に映った。

彼の端整な顔立ちから、疑念の色が浮かび上がっていた。その表情からは感情が読み取れた。

『理解できない』そして、『裏切られた』という想いだった。

 ジヤーダが口を開いた。こんな時でも、ジヤーダは理性的だった。

「ネーヴェ(雪)・・・・・・俺はお前に貸しがあったはずだ。それはなんだ。言ってみろ」

 少年にとって、もっとも恐れていた質問だった。

胸が痛んだ。自然と、アヴォーリオに視線が移った。

彼は少年の目をしっかり見つめていた。しかし敵意は感じなかった。

そこにあったのは、『なぜ?』という、答えを求める目つきだった。

「・・・・・・わ、私は、リーダーの恩義によって、私自身が、孤児ではなかったにもかかわらず、組織に入ることを許してもらいました・・・」

「その恩は、俺だけの恩か?」

 とっさに俯いてしまう。少年は、ここで消えてなくなってしまいたいと思った。

「いえ、組織全体の恩義によって――」

「嘘をつくな!」

 ジヤーダの怒声は、都中に響いた。

頭がふらつき、吐き気がした。倒れてしまえば、もう答える必要もなくなるのではないかと思った。

「もう一度訊く、その恩は、俺だけの恩か?」

 本当は、全てアヴォーリオのおかげだった。

アヴォーリオがジヤーダに掛け合ってくれなければ、今、自分も母も、生きていたかどうかすら危ういほどだった。


二年前、少年が九歳だった頃、たまに遊んでくれていた、三つ上の、当時十二歳のアヴォーリオが、気遣って組織入りを提案してくれたのだ。

それくらい少年の生活は厳しいものだった。

病弱な母のことも、彼は心配してくれた。

いくつかの条件を聞かされたのちに、組織入りが許可された。

本来『親持ち』は入れないことになっていたのだが、アヴォーリオの人望が、ジヤーダの信頼を勝ち取った。

組織は素晴らしかった。仲間が増え、質の良い衣類や食料にありつけた。

母の身体も、しだいに良くなっていった。

少年はアヴォーリオとジヤーダに感謝した。特にアヴォーリオへの感謝は言葉にできないほどだった。

しかしそれだけ、これ以上アヴォーリオに甘えることはできないという気持ちが大きくなっていった。

そのことが、今回のような事態を招いたのではないかと、少年は己の愚かさを恥じた。

少年はアヴォーリオを見た。

ずっと困惑している表情は変わらない。彼は複雑な気持ちだろうと思った。

少年は目の前のジヤーダよりも、アヴォーリオの信頼を失う恐怖感の方がまさっていた。

なんとか彼に伝えなくてはならないと、必死の思いで震える唇から声を絞り出した。

「・・・・・・アヴォーリオさん。ぼくは、・・・・・・裏切るつもりなんか、なかったんだ」

 ジヤーダの表情がいっそう険しくなる。

彼は鉄パイプを固く握り締め、少年に一歩一歩近づいてきた。

「最後に言いたいことは、それだけか」

 少年は、正気ではない彼の顔を見て悟った。


『ジヤーダは、・・・ぼくを殺す気だ』


 とっさに少年は身構える。

袋小路で、逃げる場所などどこにもなく、ジヤーダの背後には仲間たちが何人も傍観していた。笑ってる奴らもいた。

これから公開処刑が行われるのを期待して楽しんでるようにも見えた。

知らない奴もいる。離れて顔がはっきりわからないが、随分背の高い奴もいた。ニヤついている。何が面白いっていうのだ。

少年は人間に失望した。

やはりこんなものなのだ。だいたい、ジヤーダはぼくを殺すよりも、先にファルファラを追いかけるべきなのだ。

捕らえて、なぜ組織を裏切ったのかを吐かせるべきだ。

そうすることなく、まるでぼくに全て責任があるかのように、怒りを向けている。

これが正しい選択のはずがない。

アヴォーリオを見る。何かを言いたそうに口を金魚のようにパクパク動かしている。

情けない。彼も、言いたいことがあるのなら、ジヤーダにハッキリと告げるべきなのだ。

今、ぼくを助けることのできる男は、世界中で彼だけなのだ。

彼は幹部で、人望もある。ジヤーダを止めることができるとしたら、彼だけだ。

ぼくを心から信頼していたのも、おそらく、彼と・・・・・・ペルラ(真珠)の二人だけだろう。

ペルラはここにはいない。それに彼女は女性だ。助けを請うわけにはいかない。やはりアヴォーリオだけなのだ。

だが、彼はもはや、ぼくへの信用を失っている。それは彼の表情を見れば明らかだ。ぼくは胸の締め付けと共に、心の中で静かにつぶやいた。 


『・・・・・・母さん、ごめんよ』


 「ジヤーダ!! まだ殺すのは早―――」

 突然アヴォーリオの声が少年の耳に飛び込んだその瞬間、けたたましい爆音が鳴り響いた。カミナリが落ちたのかと思った。

 ジヤーダは振り上げた鉄パイプを右手に持ったまま、左手で胸を押さえた。指の隙間から赤黒い液体が噴き出した。ジヤーダの表情が凍った。パイプが地面に転がる音が鳴る。彼は茫然とした目つきでゆっくりと背後を振り返った。

「だれだ・・・・・・、俺を撃ったやつは・・・・・・・・・・・」

 少年は、まだ何が起こったのか理解できなかった。

ただ、ジヤーダが怪我を負ったことと、アヴォーリオがジヤーダを止めようとしていたことだけは理解できた。

唐突に静寂が訪れた。

仲間たちは音の震源地に視線を集中させていた。

 少年もその原因に視線を移した。

 『彼』だった。『彼』というにはあまりに少ない情報だが、少なくとも『子ども』ではなかった。

さっきは距離があったために、顔がはっきり見えなかった男だった。

背が高く、ニヤついていた、何がおもしろくて笑っているのかわからない、『彼』だった。

彼の右手には、拳銃と思われるものが握られ、銃口はまだジヤーダに向いていた。

 だれも声を発することはできなかった。

雨が再び強くなった。今度は本当にカミナリが鳴った。稲光は、『彼』の表情をはっきりと映した。

そこには、ヒーローの容姿とは程遠い、微笑した猫背の『悪魔』がいた。

銃声は嵐の中に呑まれたようだった。

その時、助かったという感覚は、少年にはなかった。

 ジヤーダは悪魔に数歩近づいた。痛みで崩れそうになるのを、アヴォーリオが支えた。

「なんだ、お前は・・・・・・、復讐か? うまくやりやがったな」

 撃たれたにもかかわらず、ジヤーダは精力を失ってはいなかった。

悪魔は銃口を向けたまま、左手を汚れたズボンのポケットに入れ、ジヤーダに近づいた。

組の仲間は後退りし、数人は怖れをなして逃げ出した。

「おまえ、・・・・・・俺とは初対面か?? 見覚えがあるぞ・・・?」

 ジヤーダは敵意を隠そうともせず悪魔に言った。

悪魔は薄い唇の端を曲げ、品のない笑い方をした。

「へへっ、そりゃそうだ、お前のことは知っている。お前が嫌っていた、臆病な兄貴のこともな・・・・・・」

「なんだと・・・・・・まさかオマエ・・・」

 言いかけて、ジヤーダは咳き込んだ。とっさに口を押さえた手には、大量の血がついていた。「あまり喋るな」アヴォーリオはそう言うと、無言で、悪魔に見逃してくれるよう目で訴えた。

しかし聞き入れてくれる様子はなかった。

「『ジヤーダ』だろう。あの時、お前は7歳だったな。おれが今のお前の歳には、もうここにはいなかったよ」

「・・・・・・目的はなんだ」

 それでもジヤーダの態度はさほど変わらなかった。

「もくてき??」

ジヤーダは頷く。アヴォーリオも怯えるように何度も首を縦に振った。

『悪魔』がマルモの人間ではないことは、少年にもわかった。

マルモの人間の持つ、独特の職人的な気風が感じられないことも一つだが、もしマルモの人間だったなら、スラムの孤児たちがどれだけ危険な存在か知っているはずだったからだ。

つい先日も、仲間の一人が、マルモの男に、理由もなく痛めつけられたため、ジヤーダは仲間数人と共に、その男の家の物品を盗み、火をつけた。

 ジヤーダの組織が直接の危害に対して容赦ないことは、住人の間で共通の認識だった。

「・・・・・・さて??」

 悪魔は首を傾げると、ポケットから出した左手で細い顎をさすり、チラっと少年を見た。

少年は身の毛がよだつのを感じた。

いつか、身なりのいい男が、スラムの子供の品定めをしていたことがあったが、その時の目に似ていた。

「とぼけるな!!」

ジヤーダは悪魔に向かって叫んだ。

「街の奴らに頼まれたんだろう!? そうでなけりゃ脅しだ。復讐に決まっている。まさか、ファルファラか? そうなんだな・・・・・・ うまく利用して、俺たちも潰そうって魂胆だったわけだ。簡単なことだったろうよ。俺たちは恨まれてるからな。いつだってそうさ。俺たちみたいな『孤児みなしご』は、ゴミ山でゴミ食って、ゴミみたいな暮らしをするしか生きる道はないんだよ。哀れか? 汚らしいか?? お前たちにとっちゃ人間の生活にゃ見えないよなぁ。動くゴミ虫みたいなもんだよな、俺たちは。だがなぁ、こっちだって必死なんだよ。親が死んで、捨てられて、逃げられて、絶望して・・・・・・。でもこうやって生きてきた。協力して、仲間でルールも作って、互いに励ましあってだなぁ。それで結構しあわせだったんだよ。そりゃ、多少は盗みもしたさ。じゃなきゃ、飢えて死んじまうからなぁ。それくらい許せよ。お前たちがつくった社会だろう? 社会ってやつは俺たちみたいな人間を殺しても何もお咎めがないってのか? それがこの国の常識か? この国は腐ってる。国も街も人も『アイツら』もみんな、腐ってやがるんだ。バカ野郎が!!」

「抑えろ、相手は銃だ。殺されるぞ」

アヴォーリオはジヤーダを押さえつける。悪魔は声を漏らすようにして笑うと、ジヤーダの目を見る。

「良いこと教えてやる。ジヤーダ。お前の兄貴、ニノ・ルーチェ(光)は、俺にこう言った」

 ルーチェの名前に、ジヤーダの表情は固まった。


「『あんな餓鬼の集まる場所があるから、街は駄目なままなんだ』・・・・・・ってな」


 言葉が切れるやいなや、ジヤーダは唸るような叫び声を上げてアヴォーリオを振りほどき、悪魔に殴りかかった。振りほどいた時の怪力はアヴォーリオを吹き飛ばし、彼は背後の壁に叩きつけられた。

 ―――銃声が鳴った。

 

 少年は、ジヤーダが仰向けに倒れるのを見た。

信じられない光景だった。夢心地で、視界がぼやけ、なぜか、この世の終わりを見たような気さえした。

ただ、終焉をもたらしたのは『神』でも、『天使』でもなく、『悪魔』だった。


しばらく雨音だけが、その空間を支配した。


「・・・・・・名前は」

 猫背の男が、少年に訊ねる。少年は呆然と立ち尽くしていた。

「おい、少年。名前はなんだ」

「・・・・・・」

 男は拳銃で頭を掻き、ため息をついた。

「おぃコラ!! 聞いてんのか餓鬼!!!」

 ビクっとして顔を上げると、そこには、眠そうな目をした『鷲鼻の青年』がいた。

「は、・・・・・・はい」

「名前はなんだって言ってるんだ。夢遊病患者か、お前は」

少年は、視界の薄い霧の中で、その男には決して逆らわないことを誓った。

「ネーヴェです」

「そいつは組織内のコードネームだろう?? 『お前には』、本名があるはずだ」

 驚いた。それでは、この男は気まぐれに自分を助けたわけではないということだ。

「ぼくの名前は、ティム、・・・・・・ティム・マルクです」

「そうか。俺はヒルだ。行くぞ」

 そう言って、男は歩き出す

「ちょ、ちょっと待ってください」

「どうした??」

 男は立ち止まる。

「どういうことですか? なぜぼくを・・・・・・」

「俺は『部下』を『選ぶ』タイプの人間でな。さっさと来い」

 男の催促に、少年は歩き始める。仲間はもうほとんど残っていず、4、5人の子供たちが道をあけた。中には膝をついて脱力している者もいた。倒れているジヤーダを見て、胸に苦しさが込み上げてきた。それがどういう感情なのか、自分にもわからなかった。

「・・・・・・待て、ヒル!!」

 アヴォーリオの声を聞いた。ヒルは眉をひそめ、彼を見た。

「なんだ? 邪魔するなら、お前も死ぬか」

アヴォーリオは少年を見て、またヒルに視線を戻した。

「邪魔はしない。一つだけ聞かせてくれないか」

「さっさと言え、特別に応えてやる」

「あなたは、・・・・・・『機関』の仲間か??」

 ヒルの表情が曇った。少年はアヴォーリオの言葉の意味が分からなかった。『機関』とはいったいなんなのか。

「・・・・・・俺に仲間はいない」

「じゃあ・・・」

「質問は一つだ。行くぞ、ティム」

「ティム!!」

 アヴォーリオの言葉で少年はまた足を止めた。恐ろしくて、見ることのできなかったアヴォーリオの顔は、予想と違って穏やかなものだった。

「ティム、きみが僕に言ったことは、本当なんだな」

 少年は胸が熱くなった。しかしそれは嫌なものではなかった。少年はゆっくりと頷いた。決して、親友から目を逸らすことはなく。

「・・・・・・そうか、疑って悪かった。僕はきみを信じる。後のことは任せてくれ」

 少年は、知らず知らず流れていた涙を、服の袖で拭った。

「うん」

 泣きながらそう言うと、再びヒルに呼ばれ、少年はアヴォーリオの前を去ろうとしたが、また立ち止まる。

「どうした。ティム」

「この『メーラ(林檎)』、アヴォーリオにあげるよ。今までありがとう」

「あぁ。・・・・・・もらっておくよ」


☆ 


 袋小路を出ると、嵐がかなり弱まっていたことに気づいた。少年は母親のことが心配になった。すると、心を読んだかのようにヒルはそれを口にした。

「ティム、親はどこだ」

「か、母さんなら、・・・・・・スラムの方に」

「そうか。後で細かい場所と特徴を教えろ。連中が連れに来る」

「連中??」

「『組織』の連中だ。まぁ、細かいことはいずれ知ることになる」

「僕たちは、どこへ行くのですか」

「街を出て本部へ向かう。最近は鉄道っていう便利なもんがあってな。明日の夜には着く」

 少年は、アヴォーリオとペルラの顔を思い出した。ジヤーダが死んだことで、組織はかなり不安定な状態になるだろうが、アヴォーリオなら、なんとか立て直すことができるだろうと思った。ペルラのことは心配だったが、無事を祈るほか、他に何も思いつかなかった。

 ふと、疑問が頭をよぎった。

「ヒルさん、なぜ、ジヤーダを殺したんですか」

「言ったはずだ。俺は『部下』を『選ぶ』と」

 とにかく、今はそれで納得しておくほか、解答を得る方法はなさそうだと少年は思った。



西暦2074年 『世界の機関』とマルモの交易が始まって、二年目の八月。

ヒルが一九歳の頃の話である。


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