第2話 取り敢えず、阿呆な提案は却下します。
「嘘でしょう!?」
『よくわからんが、マジでそうなのか?なんか、匂いがおかしいから適当に言ってみたんだが』
「適当に真実をつつき出さないで!」
『お、おう。悪かった』
私はよっぽど鬼気迫る顔をしていたようだ。狐が何故か怯えて後ずさった。
「…いえ、ごめんなさい。貴方は何も悪くないのよね。ここの主とやらに責任もって私を帰してもらおうじゃない!」
『いや、無理だろう。…せっかくの可愛い顔が台無しだ。そんな顔しないでくれ。いやな?いくらここの主の力が強いといっても、異世から何かを呼ぶなんて出来る訳ない。っていうか、出来る奴なんてこの世のどこにもいないんじゃないか?異世から来た奴のことを「客人」っつーらしいんだが、客人は偶然世界の狭間に落ちてくるものらしい。俺が主が「呼んだ」っていうのは、「この場」に呼んだんであって、「この世界」わけじゃない』
「…結論から言うと?」
『俺らじゃどうしようもない』
私が、気が遠くなって、その場に座り込んで自分の世界にこもってしまったのはしょうがないと思う。
「うふふふふふふふふふふふふ。あれ~花畑の向こうにおじいが見える。うふふふふふふふふふふふ」
私はしばらくそうやって現実逃避していた。
「…気を確かに。私。こんなこともあろうかと、私に何かあったら家の権利は現当主に行くことになってるし。うん。私には家族なんていないし。現当主に心配かけさせちゃうけど、その位だし。よし、大丈夫!待たせてごめんね!」
私が現実逃避している間、3人?この数え方で良いんだろうか。皆見守っていてくれたらしい。それはそれで恥ずかしいものがある。大変申し訳なかった。
『いえ、わたくしはかまいません』
『嬢ちゃんそれでいいのか…?』
美人の水精さんが心配したように、狐さんが半ば呆れたように聞いてきた。そうは言っても。
「そうは言ってもどうしようもなさそうだし。どうしようもないものはどうしようもないから、いつまでも同じことでぐだぐだ悩んでたら時間がもったいない」
言いきった私におずおずと美人さんが切りだしてくる。
『それで、お礼なのですが・・・』
「ああ。そうだね。うーん。今は思いつかないから、保留っていうのは出来る?」
『わかりました。ではこれを』
「これは?奇麗だね」
『わたくしが稚魚だった時の鱗です。』
「…稚魚」
この美人さんのちっちゃいころ…グロかったのか可愛かったのか確率は五分五分だな。
『この鱗を持って、水辺でわたくしの名を言ってくださればいつでも、どこへでも参ります。ああ、わたくしの名ティア・リア・サルーと申します』
「わかったわ。私の名前は神崎明日香っていうの。またね。ティア・リア・サルー」
『はい。アスカ様。このご恩は必ず。アミルディス様も、本当にありがとうございました。出来れば、わたくし共が貴方をもてなせれば良かったのですが…』
『気にしなくていい。旦那と仲良くな』
その狐の言葉に旦那さんの方を見て幸せそうに笑って、美人さんのティア・リア・サルーは旦那さんと一緒に帰って行った。というか、川の中に消えていった。そして、川辺には狐と私の2人きりになった。
「そういえば、あなたもすごい怪我してたよね!?大丈夫!?」
月明かりなのでちょっと断言できないが、本当は奇麗な赤茶色なのだろう豊かな毛並みはところどころがどす黒い血で汚れていた。
『いや、このくらいは大丈夫さ。舐めて寝てれば治る』
「でも痛いでしょう?嫌じゃなかったら手当をさせて」
特に嫌がっているそぶりは無かったので、道着を割いて包帯にしようと思ったが。すっかり忘れてたが、今私は全身濡れ鼠だった。
「湿っててこれじゃ包帯にならない…」
『その恰好じゃ冷えるだろう。目をつぶって少しじっとしてろ』
素直に言うとおりにすると、ぶわっ、っといきなり熱風が全身を叩いて、あっという間に服がきれいに乾いた。
「すごい!」
『俺は炎孤だからな。火は俺の眷族だ』
私の驚いた様子に、気を良くしたのか、ふふんと得意気に狐は鼻を鳴らした。そして、私は道着を割いて、特に出血の酷い所をしばっていく。また、裂いた道着の一部を雑巾代わりにして、傷に触らないように血を落としていく。ちなみに、この狐。狐とはいっても私より背丈がある。手当は結構な重労働だ。
「これで良し。…大丈夫?」
『大丈夫さ。このくらいの怪我は1日もしないうちに治る。水の精に付けられた傷だから、いつもよりは少し治りが遅いが』
「そういえばどうして、ティアの旦那さんと戦ってたの?あの夫婦ともともと知り合い、って訳じゃなさそうだったけど」
『ふ。水を飲みに降りてきてたら、美人が泣いてたからな!手を貸さないなんて男じゃない!…すでに虫が付いててホントに残念だった…』
狐はマジで残念そうだ。マジで。人間だったら血の涙を流してるだろうってくらい悔しがってるぞ。
「…どっちかというと、虫はあんたの方でしょ。その場合。それに、相性悪いのはわかりきってたでしょ?」
『話掛けた時は、美人だ、ってことしか頭になかった』
「あ、そう…」
良い人…いや狐かと思ってたらただの馬鹿だったか。結局旦那さん助けたの私だし。
「これからどうしようか…。って、あ!今、夜だし、せめて朝になるまで世話になれば良かった!」
どうしよう、今から呼ぶのはいくらなんでも恥ずかしい。
『ところで、ええっと…』
「私は神崎明日香」
『そうだ。アスカ。お前、良い雄はいるのか?』
「いきなり何?恋人って事よね。いないよ。それがどうかした?」
『そうか。…ところで、俺に素晴らしい提案があるんだが』
「何?」
『これからの寝床の心配も、食い物の心配も何もしなくて良い』
「へえ!なになに?」
『俺のところに嫁に来い!』
「……はい?」
『お前は住処が出来る。俺には可愛い嫁が出来る。お互いが満足出来る素晴らしい提案だろう?』
この狐、滅茶苦茶得意気に言いきった。
「却下」
『なに!?どうして!?』
即答した私に心底疑問に満ちた声を上げる狐。…本当に分からないのかコイツ…。
「理由は二つ。ひとつはあんたが狐だから。私は人間の男と結婚したいの」
『大丈夫!愛があればなんとかなる』
「ふたつめ。さっきまで人妻口説こうとしてたその口の根も乾かない内に、他の女に求婚するような男は例え人間でもごめんだ」
『何の話だ?俺はお前しか見えて無いぞ!』
「…今さっき、私にティナの旦那さんをお邪魔虫扱いした台詞をぬかしてたのは?」
『…チッ。言うんじゃなかった』
「寝言言ってないでさっさと帰れ」
『俺が帰ったらお前、どうするんだよ』
「どうにかする。サバイバル技術は一応ある」
おじいに一通り叩きこまれたから。やってるときは何でこんなのが必要なのか分からんかったが。「人生何が役に立つかわからん」っておじいが良く言ってたけど、ホントに分かんないもんだな…。異世界に飛んじゃうなんて可能性は流石に思ってなかっただろうけど。
さて、今日は食べ物とかどうしようもないけど、取り合えずこんな見晴らしのいいところで寝る訳にはいかない。川辺の森の方へスタスタ歩いていく私を見て、何を思ったか知らないが、狐は大きく息を吐いた。
『アスカ。取り敢えず今日は俺と一緒に寝るといい』
「私のような乙女に、さっき口説いてきたケダモノと一緒に寝ろと?」
鼻で笑ってことさら冷たく言ってやったが、狐は怯まなかった。
『キリアスのアミルディスの名に誓って、アスカ、お前の許しなく、お前に手を出したりしない。これでどうだ?』
こいうモノにとって、名は大事なものだ。相手に自分の名を、特に真名を掴まれればそれは、命を握られるのに等しい。だから、彼らが自分の名を持ちだしてくるというのは、つまり、最上の敬意を表す。さっきから、アホみたいな言動をしているが、体も大きいし、かなり力のある奴なのだろう。なんとなくそんな気がする。そんなモノが、わざわざこんな小娘相手にここまで礼儀正しくするなんて、アホかもしれないが、本当に良い奴なのかもしれない。
「じゃあ、お願いします。本当は面倒臭かったんだよね」
私達は川からちょっと入った森の中で寝ることにした。私は狐の傷に障らないように、狐に体を寄せて眠りについた。体感時間では朝だから寝れるか不安だったけれど、水に落ちて、グロいのと一戦やらかしたことで心身ともに気付かないうちに疲れていたらしい。目を閉じるとすぐに眠気が襲ってきた。