プロローグ
その日は、いつも通りの朝だった。
おじいが亡くなってしまってから、他に身よりも無い私はその古い日本家屋に一人で住んでいた。その家はホントに無駄に立派で広かった。なんでそんなに立派だったかというと、おじいは神崎流剣術二十七代目当主だったから。昔から続く由緒正しい流派だそうな。おじいが死んでからは高弟の師範代の一人が道場を継いでいる。私も師範ではあるけど、こんな子娘が人に教えるなんてとんでもないので、辞退している。それに、基本的に私は社交的なタイプではないので向いていないと思う。むしろ、人嫌いの気がある。それに比べて今の当主は本当に良い人で、それにしっかりしているので、おじいも安心だろう。
この家は広い。私一人には広すぎるが、私は一人じゃない。さっきは一人といったが、それは、人間の数だ。
「みんな~おはよう」
私が声を掛けるとあちこちから返事が返ってくる。
『おはよ、う。あすか』
『おはよー』
『お早う。今日も早いわねェ。明日香』
そう。この家には所謂「妖怪」がごろごろ居る。そして、私にはそれが見えるのだ。
昔から、物心着いた時から、私は妖怪や幽霊が見えた。とてもよく。本当に良く見えるものだから、小さい頃は皆には見えないもの、という事がわからなくて、色々言っていたから、とても気味の悪い子供だっただろう。それが理解できる年になっても、人型のモノだと、人間と見分けがつかなくて話しかけて、独り言の多い気味の悪い奴扱いだった。でも、おじいは違った。おじいは私の言う事を頭ごなしに否定したりしないで、逆に私に何が見えるのか聞いてくれたり、怖い思いをしたりしたときは一緒に対策を考えてくれたりした。だから、私はおじいが大好きだった。もう、おじいはいないけど、おじいに恥じることのない大人になりたいと思う。
「今日は真剣使ってみようかな」
家のなかの稽古場に移動した私はそこの壁に飾るようにおいてある真剣を手に取った。銘は『妖切姫』だ。
妖切姫を持って、ひたすら型をこなしていく。ふと気付くと登校時間が迫っていた。私は道着から制服に着替えるために慌てて走りだした。近道するために、中庭の池を飛び越えていこうとした。が、うっかり足を滑らせてしまった。ああ、足が濡れてしまうと思った。この池の深さは明日香の膝くらいある。けど、何故かそれ以上に体が沈んでいく。
「えっ…!うそっ、がぼっ」
池が明日香を飲み込んだという証は少しの波紋だけで、それもしばらくすればなくなり、水面はまるで何事もなかったのかのように穏やかになった。