ヒロイン力の低さをディスったら魔王の座を奪われた件
ここは与えられた役割を住民たちが演じる物語の世界。
村人がいれば勇者もいて、科学者がいれば魔法使いもいる。カミサマが自分の思うさまの物語を紡ぐ、そんな自由な世界。
そんな世界の一角にある、「能力はあるけれど調子に乗って足元を掬われる系」魔王の城では、ここ数日場にそぐわない愉快な怒鳴り声が響き渡っていた。
「こらーーーっ!」
片拳を振り上げ、どたばたと騒がしい足音を立てながら魔王が騒動のあった場所に駆け付ける。音に気付いて振り向いたのは、凛とした表情が冴えるヒロインだ。
「何だ魔王」
冷静に問いかけられ、ぜーはーと息を切らせる魔王は指先を彼女の足元に向けた。
「何だ、じゃない! 門番倒すなって何度言えば分かるの!? お前今魔王に攫われてる系のヒロインなんだよ!? 何で中ボスレベルの門番あっさり倒しちゃってんの!」
そう、身に着けた美しいドレスの裾すら汚していない彼女の足元に転がっているのは、彼女が入っていた牢屋を守っていた部下、門番(中ボス)とその左右を固める門番(部下)たちだ。
戦士の一撃でも中々ダメージが入らないことが売りのはずの全身鎧をボコボコにされ、目元の隙間からは涙が滝のように溢れている。
回復してはこの役割に戻されている彼らの(精神の)ライフポイントは最早ゼロだ。ちなみに彼女の背後には、人間が素手で開けたとは思えないほど派手に曲がって開かれた鉄格子の牢屋がある。
「逃げられるような牢屋にする方が悪いし、私に負ける程度の能力値のやつらを門番にする方が悪いんだ。つまり全体的に私じゃなくてお前が悪い」
「俺確かに調子に乗って足元掬われる系魔王ですけどっ、ちゃんと勇者に抵抗出来るレベルの部下つけてますけど!? 何なら脱走15回目のお前に合わせて牢屋の硬度も門番のレベルも上げてるんだよ俺! その結果が縦横に張り巡らされた鉄格子破って逃げる!? お前こそキャラクターシートちゃんと読んでる!?」
「読んでる」
「読んだうえでこれってどんなアマゾネスだよ! ありえなさすぎるわそのヒロイン力の無さ! バーサーカーか!」
檻に戻しては玉座の間に戻り、王座に腰を掛けて一息ついては部下たちの必死の救援要請で呼び戻される。そんなことを15回もやらされて、魔王はすっかり息切れしていた。
余裕のないままその原因たるヒロインに怒りをぶつけ始める。指を突き付けながらぎゃあぎゃあと文句を言われ続けるにつれ、ヒロインはむっとした表情になり、背後には黒いオーラが立ち上り始めた。
「あーあーホントに、とんでもないよお前のヒロイン力。もうこれなら俺の方が断然ヒロインだね! 間違いないわ!」
それは皮肉のつもりで吐いた一言。しかし、魔王がその後最大に後悔する一言となる。
「とにかく牢屋に入り直してもう一回キャラシ読んど――ぶっ」
顎を砕かんばかりに力を込めた手で突如唇から下を掴まれ、魔王はだらだらと滝のような冷や汗を垂らした。抗議に転じよう、などという思考には、飴細工のように歪められた鉄格子が全力でストップをかけてくる。
反らせない視線の先には、静かに怒りで燃え上がるヒロインの双眸があった。獅子に睨まれたウサギのように小刻みに震え、降参を示すためか魔王の両手はそろそろと顔の横まで上げられている。
そんな魔王に、ヒロインは怒りを隠さない声と表情でとんでもないことを言い放った。
「だったらもう、お前がヒロインやれ」
「――――――――ふへ?」
禍々しい気配を漂わせる玉座の間の扉の前で、勇者はごくりと喉を鳴らす。扉越しにも伝わってくるプレッシャーに腕が震えかけた。
だが、先程倒した中ボスからの情報によると、この先には彼を待つヒロインがいるのだ。思い切り目をそらした状態で何か認めがたいことに耐えているような印象だったが、牢屋にいなかったのであれば間違いはないだろう。
ならば、こんなところでくじけてはいられない。意を決し、呼吸を整えた勇者は勢いよく巨大な扉を押し開けた。
「ヒロイン! 無事か!」
玉座の間に飛び込み大きな声で呼びかける。壁に等間隔で掲げられた松明に照らされた薄暗い室内に視線を巡らせ、ヒロインの姿を探した。
すると、奥の方に美しいドレス姿の人物が立っているのが視界に入る。
「ヒロイン!」
ようやく見つけた、と安堵し駆け出す勇者。その場に留まったままのドレスの人物に近付くと、その手を両手で握りしめた。
「よかった、無事、だ……った」
勇者の顔に浮かんでいた笑顔が固まる。
彼が手を握り締めているのは、月のように冴え冴えとした美貌のヒロインではなく、ヤンキーさながらのガンつけをしてくる男。その顔でドレスを纏っているというのだから、勇者の思考が停止してしまうのも仕方ない。
「どうした、ヒロインだよ。救えよ」
空いた片手で挑発するように手招きするヒロイン(男)。
「救ってみろやおらああ!」
「いやヤケクソになってんじゃねぇよ! お前魔王だろ!!」
ようやく意識が戻ってきた勇者は、自身の指摘通りヤケクソになって叫んでくるヒロイン(魔王)の手を投げ捨てるように振り払った。
その勢いに流されるように前方にたたらを踏んだヒロインは、抵抗する気もないのかそのまま前のめりに転び、ドレスが汚れるなどお構いなしに大の字で床に寝転がる。
「うるせぇぇ知るかぁあ! 三秒で転がされて服強奪されてドレス着させられる魔王なんて存在するかぁぁぁぁ!! 魔王だったらあっちにいるよちくしょう!」
完全に投げやりになっているヒロインに「意味が分からない」とばかりに眉を歪めるも、勇者は彼の示す方向に目を向けた。
そして、その途端に全身を泡立てる。
「来たか勇者」
部屋の最奥、もっとも暗いそこにある玉座から、女性の声が聞こえてきた。
衣擦れの音が聞こえると、踵が床を打つ小気味良い音が断続的に室内に響く。
ややあって、松明の光がよく当たる場所に現れたのは、この物語が始まった時、ヒロインとして勇者と出会った美しい女性。
禍々しい衣装に身を包む彼女からは、およそ「ヒロイン」とは呼べない黒いオーラが立ち上っていた。「魔王が油断した隙をついて逆転する系」主人公の勇者がひとりで相手にするには難がありすぎる、紛れもない正統派の「魔王」。
ぶわりと汗が滝のように吹き出す。
「おっ、おいおいおいおいおいおい、何だこれ何でこうなってんだ魔王お前何した!」
魔王から目をそらせないまま、勇者は転がっているヒロインの胸倉を掴んで前後に揺さぶった。
「何も! してないよ! 敢えて言うなら自力で脱走を繰り返すあいつに文句は言いましたけど!? こんな状況に陥らされるほど理不尽なことは言ってないからね俺!」
この状況が解せないのは自分も同じだ、と言わんばかりに怒鳴り返してくるヒロインの剣幕に押され、一瞬ひるみかけた勇者。だが、一歩ずつ確実に近付いてくる魔王の恐怖から逃れるように、視線を彼に合わせてさらに言及する。
「いやいや、絶対何かしたはずだろ。じゃなかったらこんな物語狂わすようなことしないだろ! 何言ったか思い出せ早く!」
「だーから間違ってることは何も言ってないっつーの! 鉄格子破って逃げるなんて何考えてんだとか、キャラシ読んでんのかとか、読んだうえで脱走ってアマゾネスかとか、そういう感じのことしか言ってないよ!」
「結構言ってんじゃねぇか!」
「いやこれ言われて当然じゃね!? 魔王に攫われる系ヒロインだぞ! 牢破りはしねぇだろ普通! それとも何か今のご時世の攫われて救出待つ系のヒロインはするのか牢破って門番ぶっとばすくだり!」
「それは――いや、しない、な……?」
魔王城で起こったことを知らなかった勇者は、それまでの事態を断片的に知り思わず言葉に詰まった。
すると、そんな二人の前にウィンドウがひとつ表示される。標題から、どうやら魔王のキャラクターシートだ。
それぞれが与えられているキャラクターシートは本人と、本人が許可した相手にしか見られない。それが今こうして表示されたということは――。
恐る恐る勇者とヒロインの視線が魔王に向く。魔王は顎をくいと動かし、読め、と無言で圧力をかけてきた。
勇者はヒロインを解放し、ヒロインは即座に立ち上がり、左右からキャラクターシートを読み始める。
「………………は? 攻撃力3000? 防御力3000? 体力2500? 敏捷4000?」
「スキルに、身体能力強化×千倍、見切り、先読み、魔力強化×50倍、自動回復……etc」
「超優秀な王族と神の間に生まれた愛娘で、神々からも愛される」
「様々な精霊に慕われ、各種の加護を受けている。そのおかげで呪いや毒などは効かない」
並ぶステータスや説明を次々に読み上げていく勇者とヒロイン。彼らが最後まで読み切ると、魔王はキャラクターシートのウィンドウをしまう。
しんと静まり返る玉座の間。
ややあって、完全に一致した勇者とヒロインの魂の叫びが玉座の間に響き渡った。
「「典っっ型的な最強ヒロインじゃねぇか!!」」
どう足掻いても、大人しく捕まらないし、捕まっても余裕で自力で脱出できる。そんなレベルの能力とスキルと設定。
「何これ魔王だった俺よりよっぽど恵まれてるよこのステータスよく俺の部下こいつ攫えたね!?」
「俺の助け全く不要じゃねぇか! そりゃ逃げるよ自力で! この設定じゃ大人しく待たないだろどう考えても。設定活かすなら逃げるよ! そりゃ設定通りの行動してんだから文句言われたらキレるわな! 何やってんのカミサマ!?」
頭を全力で殴打されたような衝撃から逃れられず、二人は声の限りに騒ぎ始めた。
すると、天の声が応えて頭上から降ってくる。
『だって普段は誰より強くて優秀で、男女問わず尊敬せざるを得ないクール美人キャラでしょ? そんな子が救出される側になるのってギャップあって可愛いじゃない』
最強と『攫われるお姫さま』はあまりにも両立が難しいのではないか。詳細は考えずただ「こうしたい」を合わせただけのカミサマについていけず、勇者とヒロインはそれぞれ両手を地面についてうなだれた。
「さて、納得いったようだな」
そんな彼らの背中に続いて落とされたのは、天の声ではなく激しいプレッシャーを含む低めの女性の声。
大げさなほどびくりと体を跳ねさせてから、勇者とヒロインの視線は同じ方向に向く。
そして目が合う、「この魔王を倒して見せろ」と言わんばかりの魔王の油断も隙もない双眸。
「では勝負だ勇者。この物語は魔王と勇者が戦わなくては終わらない。――さぁ、行くぞ!」
魔王が駆け出す。戦車のような迫力で突撃してくる彼女を前に、勇者とヒロインは大慌てだ。
「ヤバいヤバいヤバい! 早く強制終了テロップ出して早く! 勇者そこ! それ!」
「うるせぇ! だったら用意手伝え! ――よしっ、せーの!」
目に見えない何かを引き上げるようにしゃがみ込んだ二人は、その「何か」を掴むと思い切り上に投げる。
そして、自分たちも魔王に向かってジャンプした。
「「俺たちの戦いは、これからだ!」」
――カミサマの次回作にご期待ください――
イベントフリー冊子より転載。
2018年コミティア124初出の作品です。




