婚約者に浮気されて捨てられたので全てを奪い返します~冷酷王子の溺愛は予想外でしたが復讐は完遂します~
――その日、私の人生は終わるはずだった。
「リシェル・アルヴェーン。君との婚約を破棄する」
王宮の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、婚約者であった第一王子アドルフは、さも当然のようにそう言い放った。
その隣には、艶やかなドレスを纏った女――カトリーナ・ベルンシュタイン。
……ええ、知っているわ。その女が、あなたの“愛人”でしょう?
「理由は明白だ。君は冷酷で、愛情がない。王妃には相応しくない」
「まあ、それは建前でしょう?」
私は小さく笑った。
ざわめきが広間を満たす。けれど、構わない。
「本当の理由は、その女と寝たからでしょう?」
「なっ……!」
アドルフの顔が歪む。カトリーナはわざとらしく涙ぐんでみせた。
「ひどいですわ、リシェル様……! 殿下は私を愛してくださっているだけですのに……!」
――白々しい。
「愛? それは“婚約者がいながら他の女と関係を持つこと”を指すのかしら?」
空気が凍る。
けれど、もう遅い。全て知っている。
使用人たちの証言、密会の記録、そして――動かぬ証拠。
「……ともかく、君は追放だ。家も地位も、すべて剥奪する」
ああ、そう。
ここまで用意していたのね。
「分かりましたわ」
私は静かに頭を下げた。
この時点では――まだ、終わっていなかったのだから。
◇◇◇
「面白い女だな」
その声を聞いた瞬間、私は振り返った。
そこにいたのは、黒い軍服を纏った男。
鋭い金色の瞳。整いすぎた顔立ち。圧倒的な存在感。
「……あなたは?」
「隣国レヴァルディアの第二王子、アルセイドだ」
周囲がざわつく。
なぜ、こんな場所に。
「すべて聞かせてもらった。実に愉快だった」
「……それはどうも」
「君、復讐したいだろう?」
心臓が一瞬、跳ねた。
見透かされている。
「……ええ。ですが、それが何か?」
「手を貸してやる」
アルセイドは、まるで当然のように言った。
「代わりに、俺の婚約者になれ」
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
「安心しろ。形だけでいい――と言いたいところだが」
彼はふっと笑った。
「俺は気に入った女は逃がさない主義でな」
……何、この人。
「断る理由はないはずだ。全てを奪われた君にはな」
図星だった。
家も地位も、何もかも奪われた今、私に残されたのは――この怒りだけ。
「……いいでしょう」
私は手を取った。
「その契約、受けて立ちます」
こうして私は――復讐者になった。
◇◇◇
それからの展開は、実にあっけなかった。
アルセイドの権力は絶大だった。
まず、アドルフの不正が暴かれた。
公金横領、隠蔽、そして――不倫の証拠。
「な、なぜだ……!? なぜこんなものが……!」
愚かね。
「あなたが軽率だからですわ、アドルフ殿下」
私は微笑んだ。
彼は崩れ落ちた。
王位継承権は剥奪、幽閉処分。
そして――
「リシェル様ぁ……! どうかお許しを……!」
カトリーナは地に這いつくばっていた。
あの高慢な女が、みっともなく泣き叫んでいる。
「……哀れね」
私は冷たく見下ろす。
「あなた、自分が何をしたか分かっている?」
「わ、私はただ愛されただけで……!」
「違うわ」
私は言い切った。
「他人のものを奪ったのよ。そして、その代償を払うだけ」
彼女は国外追放。
二度とこの国には戻れない。
――これで終わり。
そう思った、その時。
「満足したか?」
アルセイドが隣に立っていた。
「ええ。完璧です」
「なら次は俺の番だな」
「……何がですか?」
嫌な予感がする。
「結婚式の準備だ」
「……は?」
「言っただろう。逃がさないと」
この男、本気だったの?
「ちょっと待ってください。契約では形だけ――」
「誰がそんなことを許す?」
ぐいっと腕を引かれる。
「お前はもう俺のものだ、リシェル」
その声音は、妙に甘くて。
……少しだけ、心臓がうるさい。
「……強引ですね」
「嫌か?」
「……いいえ」
私は小さく息を吐いた。
「悪くありませんわ」
復讐は終わった。
でも――
この人となら、少しだけ。
新しい未来も、悪くないと思えた。
「では、これからは存分に溺愛してやる」
「……ほどほどにお願いします」
「無理だな」
――こうして私は、すべてを失い、そしてすべてを手に入れた。
復讐と寵愛の、その先へ。
物語は、ここから始まるのだから。
◆ ◆ ◆ ◆
――結論から言う。
この男、頭がおかしい。
「リシェル!! 朝だ!! 今日も美しいな!!」
「うるさいですわ!!!!」
朝五時。
まだ日も昇りきっていない時間に、私は叩き起こされた。
いや、正確には“愛の囁き(物理)”で目が覚めた。
ベッドの横で仁王立ちしている夫――アルセイド。
満面の笑み。
怖い。
「なぜ寝室にいるのですか!? ここ、私の部屋ですわよ!?」
「夫婦の寝室は同じだろう?」
「まだ正式に同室にした覚えはありませんが!?」
「今決めた」
「独裁国家ですの!?」
この男、話が通じない。
というか、暴走している。
「ほら、朝食も用意させたぞ」
「……え?」
テーブルを見ると――
山。
そう、“山”があった。
「これは……?」
「お前のために用意した朝食だ」
「軍隊でも養うつもりですの!?」
パンだけで二十個、スープ三種類、肉料理が謎に五皿。
どう見ても二人分ではない。
「足りるか?」
「足りるどころか人生で一番多いですわ!!」
◇◇◇
「ところでリシェル」
「なんですの」
「今日は城下町を視察する」
「普通ですわね」
「変装してな」
「……まあ、ありがちですわね」
「だからこれを着ろ」
差し出されたのは――
「……メイド服?」
「うむ」
「うむ、じゃありませんが!?」
「俺は執事になる」
「なんでですの!? 逆では!?」
「夫婦で主従ごっこだ」
「その発想が既に危険ですわ!!」
しかし――
一時間後。
「……なぜこうなりましたの」
私はメイド服、アルセイドは完璧な執事スタイル。
しかもやたら似合っているのが腹立つ。
「お嬢様、こちらへ」
「やめなさいそのノリ!! 普通に歩きなさい!!」
街中で注目を浴びている。
恥ずかしい。
非常に恥ずかしい。
「リシェル様?」
その時、声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは旧知の令嬢。
「あの……その格好は……」
「違うのです!! これは事故です!!」
「いいや趣味だ」
「黙りなさい!!」
完全に誤解された。
終わった。
◇◇◇
さらに事件は続く。
「リシェル、これを見ろ」
「……なんですの、その書類は」
「お前の肖像画を全国に配布した」
「は?」
「“我が最愛の妻を見よ”と書いてある」
「何してくれてるんですの!?」
王都中に私の顔が出回っている。
指名手配か何か?
「ついでにグッズも作った」
「いらないですわ!!」
「クッションと抱き枕と等身大パネルがある」
「需要が限定的すぎます!!」
というか誰が買うのよ。
「俺が全部買った」
「ただの自己満足ですわね!?」
◇◇◇
夜。
さすがに疲れ果てた私は、ベッドに倒れ込んだ。
「……今日はもう無理ですわ……」
「そうか」
珍しく、アルセイドが静かだった。
「……」
「……」
沈黙。
あれ?
静かすぎて逆に怖い。
「……アルセイド?」
「……」
そっと振り返ると――
彼は、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
「……どうしたのですか」
「いや……少し、やりすぎたかと思ってな」
「今さらですの!?」
でも、その顔を見てしまうと。
少しだけ、胸がちくりとする。
「……まあ」
私はため息をついた。
「嫌では、ありませんけど」
「本当か!?」
「ただし!!」
ビシッと指を突きつける。
「常識の範囲内でお願いします!!」
「善処する」
「信用できませんわね!?」
でも。
――不思議と、嫌じゃない。
むしろ。
「……まったく」
私は小さく笑った。
「手のかかる夫ですわね」
「任せろ」
「任せません!!」
こうして――
復讐を終えた悪役令嬢は、
溺愛(暴走)王子に振り回されながら、
今日も元気にツッコミを入れるのだった。
――終わり……?
いいえ。
この夫婦の騒がしい日常は、まだまだ続く。




