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婚約者に浮気されて捨てられたので全てを奪い返します~冷酷王子の溺愛は予想外でしたが復讐は完遂します~

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/28

 ――その日、私の人生は終わるはずだった。

「リシェル・アルヴェーン。君との婚約を破棄する」

 王宮の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、婚約者であった第一王子アドルフは、さも当然のようにそう言い放った。

 その隣には、艶やかなドレスを纏った女――カトリーナ・ベルンシュタイン。

 ……ええ、知っているわ。その女が、あなたの“愛人”でしょう?

「理由は明白だ。君は冷酷で、愛情がない。王妃には相応しくない」

「まあ、それは建前でしょう?」

 私は小さく笑った。

 ざわめきが広間を満たす。けれど、構わない。

「本当の理由は、その女と寝たからでしょう?」

「なっ……!」

 アドルフの顔が歪む。カトリーナはわざとらしく涙ぐんでみせた。

「ひどいですわ、リシェル様……! 殿下は私を愛してくださっているだけですのに……!」

 ――白々しい。

「愛? それは“婚約者がいながら他の女と関係を持つこと”を指すのかしら?」

 空気が凍る。

 けれど、もう遅い。全て知っている。

 使用人たちの証言、密会の記録、そして――動かぬ証拠。

「……ともかく、君は追放だ。家も地位も、すべて剥奪する」

 ああ、そう。

 ここまで用意していたのね。

「分かりましたわ」

 私は静かに頭を下げた。

 この時点では――まだ、終わっていなかったのだから。

 ◇◇◇

「面白い女だな」

 その声を聞いた瞬間、私は振り返った。

 そこにいたのは、黒い軍服を纏った男。

 鋭い金色の瞳。整いすぎた顔立ち。圧倒的な存在感。

「……あなたは?」

「隣国レヴァルディアの第二王子、アルセイドだ」

 周囲がざわつく。

 なぜ、こんな場所に。

「すべて聞かせてもらった。実に愉快だった」

「……それはどうも」

「君、復讐したいだろう?」

 心臓が一瞬、跳ねた。

 見透かされている。

「……ええ。ですが、それが何か?」

「手を貸してやる」

 アルセイドは、まるで当然のように言った。

「代わりに、俺の婚約者になれ」

「……は?」

 一瞬、思考が止まる。

「安心しろ。形だけでいい――と言いたいところだが」

 彼はふっと笑った。

「俺は気に入った女は逃がさない主義でな」

 ……何、この人。

「断る理由はないはずだ。全てを奪われた君にはな」

 図星だった。

 家も地位も、何もかも奪われた今、私に残されたのは――この怒りだけ。

「……いいでしょう」

 私は手を取った。

「その契約、受けて立ちます」

 こうして私は――復讐者になった。

 ◇◇◇

 それからの展開は、実にあっけなかった。

 アルセイドの権力は絶大だった。

 まず、アドルフの不正が暴かれた。

 公金横領、隠蔽、そして――不倫の証拠。

「な、なぜだ……!? なぜこんなものが……!」

 愚かね。

「あなたが軽率だからですわ、アドルフ殿下」

 私は微笑んだ。

 彼は崩れ落ちた。

 王位継承権は剥奪、幽閉処分。

 そして――

「リシェル様ぁ……! どうかお許しを……!」

 カトリーナは地に這いつくばっていた。

 あの高慢な女が、みっともなく泣き叫んでいる。

「……哀れね」

 私は冷たく見下ろす。

「あなた、自分が何をしたか分かっている?」

「わ、私はただ愛されただけで……!」

「違うわ」

 私は言い切った。

「他人のものを奪ったのよ。そして、その代償を払うだけ」

 彼女は国外追放。

 二度とこの国には戻れない。

 ――これで終わり。

 そう思った、その時。

「満足したか?」

 アルセイドが隣に立っていた。

「ええ。完璧です」

「なら次は俺の番だな」

「……何がですか?」

 嫌な予感がする。

「結婚式の準備だ」

「……は?」

「言っただろう。逃がさないと」

 この男、本気だったの?

「ちょっと待ってください。契約では形だけ――」

「誰がそんなことを許す?」

 ぐいっと腕を引かれる。

「お前はもう俺のものだ、リシェル」

 その声音は、妙に甘くて。

 ……少しだけ、心臓がうるさい。

「……強引ですね」

「嫌か?」

「……いいえ」

 私は小さく息を吐いた。

「悪くありませんわ」

 復讐は終わった。

 でも――

 この人となら、少しだけ。

 新しい未来も、悪くないと思えた。

「では、これからは存分に溺愛してやる」

「……ほどほどにお願いします」

「無理だな」

 ――こうして私は、すべてを失い、そしてすべてを手に入れた。

 復讐と寵愛の、その先へ。

 物語は、ここから始まるのだから。




◆ ◆ ◆ ◆




 ――結論から言う。

 この男、頭がおかしい。

「リシェル!! 朝だ!! 今日も美しいな!!」

「うるさいですわ!!!!」

 朝五時。

 まだ日も昇りきっていない時間に、私は叩き起こされた。

 いや、正確には“愛の囁き(物理)”で目が覚めた。

 ベッドの横で仁王立ちしている夫――アルセイド。

 満面の笑み。

 怖い。

「なぜ寝室にいるのですか!? ここ、私の部屋ですわよ!?」

「夫婦の寝室は同じだろう?」

「まだ正式に同室にした覚えはありませんが!?」

「今決めた」

「独裁国家ですの!?」

 この男、話が通じない。

 というか、暴走している。

「ほら、朝食も用意させたぞ」

「……え?」

 テーブルを見ると――

 山。

 そう、“山”があった。

「これは……?」

「お前のために用意した朝食だ」

「軍隊でも養うつもりですの!?」

 パンだけで二十個、スープ三種類、肉料理が謎に五皿。

 どう見ても二人分ではない。

「足りるか?」

「足りるどころか人生で一番多いですわ!!」

 ◇◇◇

「ところでリシェル」

「なんですの」

「今日は城下町を視察する」

「普通ですわね」

「変装してな」

「……まあ、ありがちですわね」

「だからこれを着ろ」

 差し出されたのは――

「……メイド服?」

「うむ」

「うむ、じゃありませんが!?」

「俺は執事になる」

「なんでですの!? 逆では!?」

「夫婦で主従ごっこだ」

「その発想が既に危険ですわ!!」

 しかし――

 一時間後。

「……なぜこうなりましたの」

 私はメイド服、アルセイドは完璧な執事スタイル。

 しかもやたら似合っているのが腹立つ。

「お嬢様、こちらへ」

「やめなさいそのノリ!! 普通に歩きなさい!!」

 街中で注目を浴びている。

 恥ずかしい。

 非常に恥ずかしい。

「リシェル様?」

 その時、声をかけられた。

 振り返ると、そこにいたのは旧知の令嬢。

「あの……その格好は……」

「違うのです!! これは事故です!!」

「いいや趣味だ」

「黙りなさい!!」

 完全に誤解された。

 終わった。

 ◇◇◇

 さらに事件は続く。

「リシェル、これを見ろ」

「……なんですの、その書類は」

「お前の肖像画を全国に配布した」

「は?」

「“我が最愛の妻を見よ”と書いてある」

「何してくれてるんですの!?」

 王都中に私の顔が出回っている。

 指名手配か何か?

「ついでにグッズも作った」

「いらないですわ!!」

「クッションと抱き枕と等身大パネルがある」

「需要が限定的すぎます!!」

 というか誰が買うのよ。

「俺が全部買った」

「ただの自己満足ですわね!?」

 ◇◇◇

 夜。

 さすがに疲れ果てた私は、ベッドに倒れ込んだ。

「……今日はもう無理ですわ……」

「そうか」

 珍しく、アルセイドが静かだった。

「……」

「……」

 沈黙。

 あれ?

 静かすぎて逆に怖い。

「……アルセイド?」

「……」

 そっと振り返ると――

 彼は、少しだけ寂しそうな顔をしていた。

「……どうしたのですか」

「いや……少し、やりすぎたかと思ってな」

「今さらですの!?」

 でも、その顔を見てしまうと。

 少しだけ、胸がちくりとする。

「……まあ」

 私はため息をついた。

「嫌では、ありませんけど」

「本当か!?」

「ただし!!」

 ビシッと指を突きつける。

「常識の範囲内でお願いします!!」

「善処する」

「信用できませんわね!?」

 でも。

 ――不思議と、嫌じゃない。

 むしろ。

「……まったく」

 私は小さく笑った。

「手のかかる夫ですわね」

「任せろ」

「任せません!!」

 こうして――

 復讐を終えた悪役令嬢は、

 溺愛(暴走)王子に振り回されながら、

 今日も元気にツッコミを入れるのだった。

 ――終わり……?

 いいえ。

 この夫婦の騒がしい日常は、まだまだ続く。

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