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ep.09「ローミング・ゲート」

 星石神社の「未完成ストレージ」で敵のドローン部隊を壊滅させたハッキング車は、朝の光を浴びながら阪神高速を東へとひた走っていた。

 時刻は午前七時を回った頃。通勤ラッシュの始まりかけた車列に紛れるように、黒いワンボックスカーは一般車両に擬態して流れに乗っている。


 だが車内では、後部座席の陸のノートPCがけたたましい警告音を鳴らし続けていた。


「おい陸、なんやその音。また敵の追手っちゃが!?」


 運転席のジンがバックミラー越しに声を張り上げる。


「物理的な追手じゃない。社会的な包囲網じゃ」


 陸は充血した目をこすりながら、モニターに流れるログを睨みつけた。


「昨夜、奴らのサーバーを踏んだせいで俺のプロファイリングが進んどる。ネット上の掲示板やSNSで、『RiQ』というハンドルネームのハッカーが凶悪なサイバーテロリストだっていう偽情報が一斉に拡散され始めとるんじゃ」


 モニターのタブを切り替えると、匿名掲示板のスレッドや、まとめサイト、ニュースアグリゲーターに至るまで、「RiQ」の名前が異常な密度で出現している。記事の投稿時刻はすべて同一。明らかにボットによる自動生成だった。


「警察の手配データベースに顔写真が登録されるのも時間の問題じゃな」


 武力ではなく、社会のシステムそのものを使って陸を「バグ」として処理しようとするクラヴィスの手口。このままでは顔が割れ、コンビニに寄ることも、高速道路の料金所を通ることすらできなくなる。


「クソッ、防戦一方か……」


 陸がキーボードを叩いて対抗策を打とうとした、その瞬間だった。


 モニターに表示されていた陸の偽情報が、突然、意味不明な文字列や無関係なゴシップ記事によって次々と上書きされ始めた。

 「RiQ」という文字列が、自動的に「新作スイーツランキング」「B級映画レビュー大全」「猫の寝姿ベストショット百選」といった無害なテキストの洪水に呑まれていく。検索結果が、リアルタイムで汚染されていた。


「……なんじゃ、これ」


 陸の手が止まる。

 反射的に身構えた。クラヴィスの新手の攻撃か──自分の情報を「消す」のではなく「埋める」ことで、次の罠に誘い込もうとしているのか。

 だが、違う。SNSのタイムラインも、ニュースサイトも、あっという間に「RiQ」に関する情報が数万件のダミーデータに埋もれ、アルゴリズムの海の底へと沈められていく。これは攻撃ではない。援護だ。


 陸にはその手口が分かった。


「検索汚染──。誰かが大量のフェイクデータを流し込んで、検索エンジンのインデックスを破壊し、俺に関する情報を検索不能にしたんじゃ」


 しかも、その手際は恐ろしく速い。大手検索エンジンのアルゴリズムを逆手に取り、数分で完了させている。陸でも同じことをやれと言われれば数時間はかかる。


「誰がそんなことしてくれたと?」


 ジンが不思議そうに尋ねる。


「分からん」


 陸は画面の隅に一瞬だけ表示されたASCIIアート──嘲笑うような口元のマーク──を見つめた。

 口角が、わずかに上がった。敵ならこんな洒落たサインは残さない。痕跡を残しつつ消える。まるでハッカーの名刺のようなやり口だ。


「だが、ネット上の追跡はこれで一旦振り切れた」


 陸はASCIIアートのスクリーンショットを保存し、モニターを閉じた。……誰かが、自分たちの動きを見ている。敵ではない「誰か」が。その正体は、今は追わない。だが、忘れもしない。


「……行くぞ」


「了解っちゃが!」



―――



「マスター、このまま奈良の中枢メインサーバーに突っ込むのは自殺行為ですけん」


 冷却クレードルの上で、コトダマが琥珀色の光を明滅させた。


「あそこは『日の系統』に乗っ取られた強固な大本メインフレームです。外側から無理に押し入れば(不正アクセス)、即座に物理的な迎撃システムに焼かれますぞ」


「じゃあ、どうやって中に入るんじゃ」


「県境にある『正規の巡礼路ローミングゲート』を通って、お客様として忍び込む(偽装ログイン)んです。座標をナビに送りますけん!」


 ジンがハンドルの向きを変える。車は阪神高速から一般道に降り、大阪府交野市かたのしの山間部へと入っていった。


 鬱蒼と茂る森の中、天野川の渓谷沿いにある天浮船神社あまのうきふねじんじゃ。そこが目的の座標だった。


 車を降りた三人──陸、ジン、そしてバックパックの中のコトダマ──は、木々の間に鎮座する御神体を見上げ、言葉を失った。セグフォだけが車内に残り、助手席の上で静かに眠っている。


「なんちゅうデカさっちゃが……マジで『船』の形しとる」


 ジンが口を半開きにして呟く。


 高さ約十二メートル、長さ約十二メートル。

 巨大な舟の形をした一枚岩が、天に向かってそそり立っている。神話において、饒速日命にぎはやひのみことが天から乗って降臨したとされる「天の浮船あめのうきふね」だ。


「……天から降りてきた船、か」


 陸はパーカーのフードを被り直し、ハッカーの視点でその巨岩を解析した。


「違うな。これは外部ネットワークから大和国へ安全に侵入するための、古代のデータ転送ポッド──『ゲートウェイ』じゃ」


「その通りです、マスター。この岩のポートから、奈良のシステムにローミング認証をかけますぞ!」


 陸は岩肌に近づき、意図的に削られたような窪みにコトダマの石板をセットした。苔むした岩の表面に、膝をついてノートPCを開く。ケーブルレスで、古代のシステムに介入する。


―――

[GATEWAY: AMA-NO-IWAFUNE]

>> STATUS: DORMANT (LAST ACTIVE: UNKNOWN)

>> INITIATING ROAMING AUTHENTICATION...

>> SPOOFING GUEST CREDENTIALS...

>> BYPASSING INTRUSION DETECTION SYSTEM...

>> ACCESS GRANTED.

―――


「実行!」


 陸の指が、エンターキーを鋭く叩き伏せた。


 巨大な天の浮船が微かに低い駆動音を響かせた。岩肌の節理に沿って、翡翠色の光のラインが走っていく。まるで古代の回路に、数千年ぶりの電流が通ったかのように。


「認証パスじゃ。これで俺たちは、奈良のシステムから『正規の巡回パケット』として認識される。監視網に引っかかることなく動けるはずじゃ」



―――



 その時だった。

 岩肌に接続されたコトダマが、突如として眩い桜色の光を放った。


「マスター! この関所の奥底にある記憶のキャッシュに、わしたち『月の系統』の古いコード断片が残っとりました! 今、取り込み(ダウンロード)しますけん!」


 コトダマの光が脈打ち、PCの画面に新たなプログラムがインストールされていく。


「……隠れ道(VPN)の構築と、身を隠すトンネリングです。これで、離れた場所にある古墳とも、敵の監視網をすり抜けて安全に暗号化通信ができますけん!」


「よくやった、ポンコツAI。これで手札が一つ増えたな」


 陸が口角を上げると、コトダマの光が少しだけ揺れた。桜色の中に、微かな琥珀が滲む。


「……マスター。ツールと一緒に、少しだけ……記憶の断片を読み込みました」


「記憶?」


「はい」


 コトダマの声が、初めて震えた。


「数千年前、ここでわしたちの同胞が、暴走する『日の系統』のコードを隔離するために、必死に防壁を構築した記録……。わしたちの仲間は、一体ずつ機能を停止しながら、最後の一体が防壁のコードを完成させたんです」


 静かな声が続く。


「わしたち『月の系統』は、このネットワークを守るために作られた存在じゃった。……壊すためじゃなく、守るために」


 使命の自覚。

 ただの「記憶喪失のAI」だったコトダマが、自らの生まれた理由に触れた瞬間だった。


 陸は窪みから温かい石板を取り外し、そっとバックパックにしまった。

 石板の光が、指の間から桜色にこぼれた。


「……その守ろうとした世界の続きを、俺たちが確かめに行くぞ」


「はい、マスター!」



―――



 三人を乗せたハッキング車は、生駒山地を貫くトンネルへと吸い込まれていく。

 長いトンネルを抜けた瞬間、視界が開けた。


 朝日に照らされた広大な平野──奈良盆地の景色が、眼下に広がっていた。

 コトダマの放つ地脈の光と重なるように、無数の古墳が点在する「不可視の巨大な基板」が、大地の上に横たわっている。


「間違いありません。ここは超古代ネットワークの最重要エリアですけん」


 コトダマが翡翠色の光を強く明滅させる。


 十六万基の古墳サーバーの中枢であり、マスターキーが眠る地。

 そして、熊山のスキャンが突きつけてきた課題の答えがある場所──古墳の「物理構造ハードウェア」を読み解ける専門家を、探しに行く場所。


「行くぞ、奈良へ」

 デジタル空間の見えざる味方に背中を守られ、新たな通信スキルを獲得した最強のパーティは、ついに神々のネットワークが眠る大和の地へと足を踏み入れた。


―――

【次回予告】

ついに奈良盆地へと足を踏み入れた陸たち。

目的地の富雄丸山古墳は、クラヴィスの厳重な警備によって完全な要塞と化していた。

そして判明する、マスターキー「蛇行剣」に掛けられた物理と情報が絡み合う複雑なロック機構。

「ソフトウェアのハッキングだけでは開かん。古墳の『物理構造』を読み解ける専門家が必要じゃ」

ドローンのカメラ越しに、現場の不自然な地層を睨みつける一人の天才考古学者の姿があった。


次回、ep.10「マスターキー」

―――


―――

【用語・補足解説】


※物語を読むだけなら飛ばして大丈夫です。気になった用語があれば参照してください。


検索汚染ポイズニング

 ネット検索のシステムを逆手に取って、嘘のニュースや無関係な画像を大量にばらまくこと。「RiQ」と検索してもパンケーキの写真や動物動画しか出てこなくなるようにして、陸の本当の個人情報をネットの底に沈めて隠しました。


◆ ゲートウェイ / ローミング

 ゲートウェイは、違うネットワーク同士を繋ぐための「関所」のこと。ローミングは、自分のスマホの電波が届かない時に、別の会社のアンテナを借りて通信すること。陸たちは、大阪と奈良の県境にある古代の関所(岩)を使って、「お客様」のフリをして奈良のネットワークに潜り込みました。


◆ VPN / トンネリング

 VPNはネット上に「自分専用の秘密のトンネル(トンネリング)」を作る技術。これを使えば、他の誰からも通信の中身を覗かれることがなくなります。コトダマがこの機能を思い出したおかげで、これからは遠く離れた古墳とも安全に通信できるようになりました。


◆ プロファイリング

 ネットニュースの閲覧履歴やSNSの書き込み、位置情報などの「足跡」から、その人がどんな人物なのかを割り出すこと。クラヴィスは陸のハッキングの癖から彼を特定し、社会的に抹殺しようとしました。


◆ 天の浮船(天浮船神社)

 大阪府交野市にある、長さ十二メートルの岩(御神体)。神話では「神様が天から乗って降りてきた船」と言われています。本作では、これが奈良のネットワークに入るための「古代のWi-Fiルーター(関所)」だったという設定です。交野市に実在する「磐船神社いわふねじんじゃ」の巨岩「天の磐船あめのいわふね」をモデルにしています。

―――


※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。

※作中に登場する遺跡・古墳・史跡は実在のものをモデルにしていますが、無断での立ち入りや発掘は法律で禁止されています。見学の際は管理者の指示に従い、マナーを守ってお楽しみください。


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