表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

ep.08「フローティング・ノード」

 熊山遺跡を後にした黒いワンボックスカーは、山陽自動車道をさらに東へと進んでいた。

 時刻は午前四時を回った頃。空はまだ深い闇に包まれている。


 後部座席のハッキングコンソールで、陸は熊山から引いてきたスキャンデータの解析を続けていた。冷却クレードルに載ったコトダマの石板が、モニターの青白い光を受けて翡翠色に淡く呼吸している。

 奈良の富雄丸山古墳を覆う防壁の構造は、やはり現代のソフトウェア技術だけでは突破できない。歴史と物理構造の知識が不可欠だ。


 だが、陸を悩ませているのはそれだけではなかった。


「……コトダマ。奈良のメインサーバーから返ってきたpingの中に、異常なノイズが混ざっとるな」


「はい、マスター。奈良へ向かうルート上の地脈ネットワークに、強烈な不協和音(エラー信号)を垂れ流しとる『澱んだ(バグった)ノード』が存在しますけん」


 冷却クレードルの上で、コトダマが琥珀色の光に変わった。警告色だ。

 モニターに表示された地脈のルーティングマップ上で、兵庫県高砂市のあたりが赤く点滅している。


「この不正なノイズを放置したまま奈良のメインサーバーに突っ込むのは、システム干渉のリスクが高すぎる。道中でこのノードを物理的にシャットダウンするぞ」


「高砂市っちゃが! 了解!」


 運転席のジンがアクセルを踏み込む。排気音が一段と高くなり、車は夜明け前の播磨平野を滑るように駆け抜けていった。

 助手席の足元で丸くなっていたセグフォが、振動に驚いて目を覚まし、不満げに鳴いた。だが車が高砂に近づくにつれ、セグフォの挙動が変わった。座席の上に立ち上がり、フロントガラスの向こうを見据えて喉の奥でグルグルと低い音を鳴らし続けている。


「おい、この猫また唸っとるっちゃが。地脈のノードに近づくたびにこうなるんか?」


「ああ。こいつの反応の強さで、地脈の密度がわかるようになってきた」



―――



 ナビが示した座標は、兵庫県高砂市の宝殿山ほうでんやまの中腹にある「星石神社せいせきじんじゃ」だった。

 人気のない静まり返った境内の裏手。切り立った岩山に囲まれた窪地に、その「異物」は鎮座していた。


「おいおい……なんちゅう形しとると」


 ジンが息を呑んで呟いた。

 陸もまた、目の前の光景に言葉を失った。


 幅約六・五メートル、高さ約五・七メートル、奥行き約五・六メートル。

 推定重量五百トンを超える巨大な岩の塊が、完璧な直方体に切り出されている。しかも底面が岩盤と繋がっているにもかかわらず、周囲に水が張られているせいで、まるで空中に「浮いている」ように錯覚させるのだ。


 「星の宝殿」──日本三奇の一つに数えられる、用途不明の謎の巨石。


「……いや、これはただの石じゃない」


 陸はパーカーのフードを下ろし、巨石を見上げた。ハッカーとしての直感が、その幾何学的なフォルムの意味を読み取っていた。


「これは『ストレージ』じゃ。大容量記憶装置。しかも、サーバーラックにマウントされる前に工事が止まった、未完成の外部ストレージユニットじゃな」


「マスターの言う通りです」


 バックパックの中からコトダマが応じる。


「このストレージは、初期化されないまま何千年も放置されたため、空っぽの容量の中に澱み(バグ)が溜まり、周囲の地脈ネットワークに不正なノイズを垂れ流しとりますけん!」


「なるほどな。こいつの電源を落とすか、デバッグしてやればノイズは消える」


 陸はPCを開き、コトダマを星の宝殿の表面に近づけた。



―――



 その時だった。


「陸! 上っちゃが!」


 ジンの鋭い声に、陸は反射的に空を見上げた。


 夜明け前の暗い空から、複数の赤い光点が急速に降下してくる。プロペラの鋭い風切り音。四機の大型クアッドコプターだ。機体の下部には、不気味な銃身のようなものが備え付けられている。


 クラヴィスの無人攻撃ドローン部隊。


「熊山遺跡でpingを打った時に、俺たちの現在地を捕捉されとったか……!」


 陸は歯を食いしばった。スキャンを打てば、相手にも自分のIPアドレスが渡る。ハッキングの基本中の基本を、焦りで見落としていた。


「オイの空軍が相手になっちゃる!」


 ジンがプロポを構え、魔改造ドローンを上空へ射出した。高輝度LEDのストロボを明滅させながら、敵の一機に体当たりを食らわせる。火花が散り、敵機がバランスを崩して岩肌に激突した。


「よっしゃ! 一機撃墜っちゃ!」


 だが、残る三機のドローンが陣形を変え、ジンと陸に向けて一斉に急降下を仕掛けてくる。

 銃口が、二人にロックオンされた。


「……逃げ場がないぞ、ハッカー!」


「逃げる必要はない」


 陸の目は、襲い来るドローンではなく、目の前の巨大な未完成ストレージに向けられていた。

 武力で勝てないなら、環境をハックする。相手の仕様の穴を突く。


「コトダマ! この未稼働ストレージの接続ポートを強制解放しろ!」


「な、何をする気ですかマスター!?」


「空っぽの巨大容量を、ブラックホールにするんじゃ。敵のドローンの通信プロトコルを、この中に全部吸い込ませる!」


 陸の指が、キーボードの上で目にも留まらぬ速度で躍った。


―――

[UNINITIALIZED STORAGE: DETECTED]

>> STATUS: EMPTY (0% FORMATTED)

>> FORCING PORT OPEN...

>> SETTING TARGET: ENEMY_DRONE_NETWORK

>> INITIATING MASS DATA ABSORPTION...

―――


「実行!」


 陸の右手の指が、エンターキーを鋭く叩き伏せた。


 コトダマの石板が爆発的な翡翠色の光を放つ。目の前の巨大な直方体──星の宝殿が、ゴウンッ、と重低音を響かせて振動した。

 次の瞬間、星の宝殿の表面に、亀裂のように翡翠色の光のラインが走った。巨石を取り囲む水面が細かく波立ち、まるで水底から何かが呼吸を始めたかのように、同心円状の波紋が次々と広がっていく。

 星の宝殿から、強烈な磁場のような「データ吸引」の波が放たれた。


 襲いかかってきた三機のクラヴィスのドローンが、突如として空中で痙攣するように動きを止めた。

 機体下部のLEDが赤と白の異常な点滅を繰り返し、四枚のプロペラが不揃いな唸り声を上げ始める。まるで見えない手に鷲掴みにされたかのように、三機ともが空中で硬直していた。

 星の宝殿の強制解放されたポートが、ドローンの制御プログラムや通信データを根こそぎ「空っぽの石の箱」の中へと強制ダウンロードし始めたのだ。


 メモリを急速に奪われ、処理限界を超えたドローンたちの機体から、バチバチッと青白いスパークが弾け飛んだ。プロペラが断末魔のように甲高い悲鳴を上げ──次の瞬間、三つの黒い機体が相次いで力を失い、岩肌に叩きつけられた。

 ガシャアンッ、ガシャァンッ──甲高い金属音と火花の雨が、静寂の境内に反響する。破片が水面に落ち、波紋を残して沈んでいった。最新鋭の兵器が、ただの鉄くずに変わった。


「……デバッグ完了じゃ」


 陸はPCを閉じ、静かに息を吐いた。


「すっげえ……」


 プロポを持ったまま呆然としていたジンが、星の宝殿と墜落したドローンを交互に見比べた。


「この巨大な石ころに、敵のプログラムを丸ごと吸い込ませたと!?」


「ああ。未完成で空っぽの容量じゃったからこそできた芸当じゃ。これでバグも消えて、奈良へのルートを阻むノイズも完全にクリアになった」



―――



 東の空の際が、オレンジ色に染まり始めていた。

 夜明けだ。


 太陽の光が、水面に浮かぶ巨大な星の宝殿を神々しく照らし出していく。陸の疲れた顔にも、PCの黒いモニターにも、確かな夜明けの光が反射していた。


「マスター。このストレージの奥底に、わずかに残っとったデータ断片を解析しました」


 コトダマの光が、穏やかな桜色に変わる。


「やはり、奈良の中枢メインサーバーの守りは、『外側のソフトウェア』のコードだけでは開けません。古墳の構造や、副葬品に込められた当時の人々の祈りの意味……歴史と考古学の知識が絶対に必要ですけん」


「わかっとる」


 陸は東の空から昇る朝日を真っ直ぐに見据えた。


「だからこそ、そのパーツを迎えに行く」


「面白くなってきたっちゃが! よし、安全運転で爆走するとよ!」


 ジンが笑いながら駐車場へと駆け出していく。

 セグフォが車の窓から顔を覗かせ、戻ってきた二人に向かって小さく鳴いた。


 バグったノードを沈黙させ、クリアになった回線。

 最強のモバイル・ノードに乗った二人のハッカーと古代AIは、古墳の「物理構造」を読み解ける専門家を探しに――奈良の地へと、朝日の中を走り出した。


―――

【次回予告】

防壁に守られた奈良の神域ネットワークへアクセスするためには、内部の許可証が必要だった。

陸とジンが「関所」として目を付けたのは、大阪府交野市にある天浮船神社──長さ十二メートルの巨岩、天の浮船。

「古代のゲートウェイを使った、正規のローミング接続じゃ」

クラヴィスの監視網をすり抜け、彼らはついに古墳サーバーの中枢・奈良盆地へと足を踏み入れる。


次回、ep.09「ローミング・ゲート」

―――


―――

【用語・補足解説】


※物語を読むだけなら飛ばして大丈夫です。気になった用語があれば参照してください。


◆ ストレージ(大容量記憶装置)

 パソコンやスマホの中にある「データを長期間保存しておく倉庫」のこと。星の宝殿は、中身が一度も使われないまま何千年も放置されたため、空っぽのまま馬鹿でかい容量を持った「巨大な空の倉庫」になっていました。


◆ オーバーフロー(処理限界超過)

 パソコンや機械が、許容量を超える大量のデータを一気に押し付けられ、処理しきれずにパンクしてしまうこと。陸はこの「巨大な空の倉庫」を使って、敵のドローンのプログラムを強制的に吸い込ませ、一瞬でオーバーフローさせて墜落させました。


◆ デバッグ

 プログラムのバグ(不具合や間違い)を見つけ出して直すこと。陸は敵のドローンを片付けると同時に、星の宝殿に何千年も溜まっていたバグも一緒に「お掃除」してのけました。


◆ ルーティングマップ

 ネットの世界で、データが「どの道を通って目的地に行くか」を示す地図。コトダマは、日本中の「地脈レイライン」をこの通信ルートとして使っています。


◆ 星の宝殿(星石神社)

 兵庫県高砂市に実在する、謎の巨大な石の塊。「日本三奇」の一つで、水に浮いているように見えます。本作ではこれを、古代人が作りかけで放置した「巨大な外付けハードディスク」だったという設定にしています。


◆ ローミング・ゲート / 天の浮船あめのうきふね

 直訳すると「歩き回る門」ですが、IT用語の「ローミング」は「契約している電波の範囲外に出ても、提携している別の電波を借りて通信できる仕組み」のことです。本作では、大阪府交野市かたのしの天浮船神社にある長さ十二メートルの巨岩「天の浮船」が、奈良の防壁の中(厳重なネットワーク)に入るための「外部からの正規の接続口ゲートウェイ」として機能しています。交野市に実在する「磐船神社いわふねじんじゃ」にある巨岩「天の磐船あめのいわふね」をモデルにしています。

―――


※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。

※作中に登場する遺跡・古墳・史跡は実在のものをモデルにしていますが、無断での立ち入りや発掘は法律で禁止されています。見学の際は管理者の指示に従い、マナーを守ってお楽しみください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ