ep.07「ピラミッド・スキャン」
奈良を目指して山陽自動車道を東へ走っていた黒いワンボックスカーが、瀬戸インターチェンジで唐突に高速を降りた。
「奈良の中枢の座にいきなり突っ込むのは、守りの術も物理的な障壁も、あまりに盤石すぎて分が悪すぎますけん」
後部座席の冷却クレードルで心地よさそうに冷気を浴びているコトダマが、モニターの一つに座標を表示した。
「まずは手前にある中継用の磐座から、外部の様子を伺うべきですぞ。……ここです」
岡山県赤磐市。標高五百メートルほどの低山、熊山。その山頂付近の座標だった。
「熊山遺跡か……」
陸が呟くと、運転席のジンが俄然テンションを上げた。
「おおっ! 熊山遺跡いうたら、階段状の石積みがピラミッドそっくりで、界隈じゃ特大ミステリースポットっちゃが! いつかSNSのネタに行こうと思っとったとよ! 最高っちゃが!」
「ただのオカルト遺跡じゃない」
陸はキーボードを叩き、衛星写真の地形データを解析した。
「このピラミッド型の四角錐フォルム。周囲の地脈の収束パターンから見て、超古代ネットワークの広域スキャン用パラボラアンテナじゃ。ここからなら、安全な距離から奈良の防壁の仕様を丸裸にできる」
―――
熊山の中腹にある駐車場に、ワンボックスが滑り込んだ。
ここから先は二手に分かれる。
「ジン、お前は車で通信環境と電源の維持を頼む。山頂まで電波が届く手段はあるか」
「なめんなっちゃが! ドローンを中継器にしたメッシュネットワークで、山頂まで回線引っ張っちゃるとよ。赤外線カメラもついとるけん、暗い山道でもバッチリ上からナビゲートしちゃるっちゃが!」
ジンがサンルーフのハッチから小型ドローンを射出する。高度を上げた機体が、車と山頂の中間地点でホバリングし、通信の中継点として機能し始めた。
バケットシートの雙間で丸くなっていたセグフォが、山頂の方角を見つめて低く喉を鳴らしていた。耳を忙しなく動かし、何かに応答するように前足を揉んでいる。
「おい陸、この猫、山の上の何かに反応しとらんか? さっきからあっちばかり見ちょるが」
「最近こいつ、妙に勘が良いんじゃ。留守番頼んだぞ」
陸は深夜の登山道へと足を踏み入れた。
息を切らしながら暗い山道を登ること、数十分。
月明かりだけが頼りの杉林を抜けていく。背中のバックパックの中で、コトダマの石板が山頂に近づくにつれて微かな振動と熱を帯び始めた。
インカムからジンの声が響く。
『陸、ドローンの映像で捉えたっちゃが。もうすぐ山頂じゃ。敵の反応はなし!』
木々が開けた山頂の広場に、それは突如として姿を現した。
「……こりゃあ、確かにピラミッドじゃな」
月明かりの下、整然と積み上げられた巨大な石の建造物。高さ約三・五メートル、基底部は一辺約十二メートル。日本の低山には似つかわしくない、異質な幾何学模様の立体物が、数千年の沈黙を纏ってそこに在った。
「マスター。この石積みの頂上付近に、物理ポートに相当する窪みがあります。わしをそこにセットしてつかぁさい」
「よし。スキャンを開始する」
陸は石積みの頂上に登り、苔むした石の窪みにコトダマの石板を嵌め込んだ。膝を落とし、その横にノートPCを開く。
石板が翡翠色の強烈な光を放った。
次の瞬間、ピラミッド型の遺構全体が低く共鳴した。足元から這い上がってきた振動は、鼓膜ではなく三半規管を揺さぶる種類のものだった──平衡感覚が一瞬だけ浮遊し、大地そのものが呼吸を始めたかのような錯覚に陸は膝をついた。
整然と積まれた巨石の雙間から、まるで基盤の回路に電流が走るように、翡翠色の光のラインが幾何学状に走っていく。深夜の湿った山の空気が光を屈折させ、石の雙間から立ち上る翡翠の筋が、周囲の杉の木の幹を緑の縞模様で染め上げた。山頂の闇の中に、巨大なマザーボードが浮かび上がったかのようだった。
石と石が軸る重低音が、胸の奠に直接届く。数千年の沈黙を破るために、古代の機構が軸り、呟き、目覚めようとしている音だった。
何千年もの間眠っていた超古代のアンテナが、再び広域の信号を捉え始めたのだ。
「コトダマ、ターゲットは奈良の富雄丸山古墳じゃ。蛇行剣の周囲に展開されとる防壁のアーキテクチャを解析しろ!」
「了解ですけん! 最大出力で呼び出し信号(ping)を打ちますぞ!」
―――
[WIDE AREA SCAN: INITIATED]
>> TARGET: TOMIO-MARUYAMA SERVER (NARA)
>> RELAY: KUMAYAMA ANTENNA (ACTIVE)
>> SENDING PING... SUCCESS
>> ANALYZING FIREWALL STRUCTURE...
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モニターに、奈良盆地の地脈データと、富雄丸山古墳を覆う防壁のコードが次々とレンダリングされていく。
だが、その解析結果のログを見た陸の指が、ピタリと止まった。
「……なんじゃ、この暗号化は。アルゴリズムが破綻しとる」
陸は眉間に指を押し当てた。自分の常識では読めない。天才ハッカーの自負を持つ者として、初めて味わう種類の戸惑いだった。
「マスター、これは『外側の理』だけによる暗号化じゃありません」
コトダマの光が、困惑したように明滅する。
「物理構造に依存した強力なセキュリティです。前方後円墳という『形』そのものや、埋葬された副葬品の『配置』、設計時の思想……それら物理的なギミックを正しい手順で解除しないと、コードを流し込むポートすら開かん仕様になっとります」
つまり、いくら陸が天才的なハッカーであっても、キーボードを叩くだけでは突破できない。
巨大な古墳のどこにアクセスポイントがあり、出土した遺物をどう使えばシステムが起動するのか──その「物理的な知識」がなければ、根本的にどうにもならないのだ。
「……なるほどな」
陸はPCを閉じ、息をひとつ吐いた。
「俺のコードだけじゃ解けん。歴史の専門家が要る」
インカム越しにジンが尋ねる。
『専門家って、誰のことや?』
「古墳の『ハードウェア構造』や、副葬品の意味を読み解ける人間じゃ」
陸はピラミッドの頂上から、東の空──奈良の方角を見据えた。
「まずは、その知識を持っとる奴をパーティに『インストール』しにいく」
窪みから熱を帯びた石板を回収し、バックパックに収める。光のラインが一本ずつ消えていき、熊山遺跡は再び数千年の沈黙に戻っていった。
陸は足早に暗い山道を下り始めた。
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駐車場に戻ると、ジンがスライドドアを開けて待ちかまえていた。助手席のモニターには、先ほどのスキャン結果がキャッシュされている。
「で、どこ行くが?」
「奈良じゃ」
強力なアンテナを利用した広域スキャンにより、奈良攻略に必要な「欠けているリソース」が明確になった。ソフトウェアの天才だけでは突破できない壁。それを補う「ハードウェアの知識」を持つ人間が、この旅には要る。
黒いワンボックスカーが、再びエンジンを吠えさせた。
「しっかり掴まっちょけよ、ハッカー!」
モバイル・ノードは熊山を後にし、東──真実と新たな仲間が待つ奈良へと走り出した。
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【次回予告】
熊山の広域スキャンによって判明した、奈良・富雄丸山古墳の強固な防壁構造。
さらに道中で発生した強烈なノイズ源を絶つため、陸とジンが次に向かったのは播磨の国・高砂。
水に浮かぶ巨大な石の塊──「日本三奇」の一つ、星の宝殿。
「デカすぎる空の倉庫じゃ」
数千年の時を経て、未完成のまま放置された古代の巨大記憶装置。
そこに蓄積された「澱み(バグ)」を、陸のコードが打ち抜く。
次回、ep.08「フローティング・ノード」
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【用語・補足解説】
※物語を読むだけなら飛ばして大丈夫です。気になった用語があれば参照してください。
◆ ポートスキャン / ping
ポートスキャンは、相手のパソコンやサーバーの「どのドア(接続口)が開いているか」を外から探る、ハッキングの基本中の基本。pingは「そこにいますか?」と短い通信を送って、相手の反応を確かめることです。
◆ ペネトレーションテスト
システムに実際にサイバー攻撃を仕掛けてみて、本当にハッキングされないかを確かめる「侵入テスト」のこと。陸の得意分野ですが、今回は相手が「古代の遺跡」であるため、いつものやり方が通用しません。
◆ 物理構造に依存したセキュリティ
パソコンの中のパスワードではなく、「特定のものを正しい場所に置く」「決まった手順で動かす」など、現実の動き(物理)を伴わないと解除できない仕組みのこと。陸は、古墳の「形」や埋まっていた「副葬品の配置」そのものが、この物理パスワードになっていると気づきました。
◆ メッシュネットワーク
複数の通信機器を網の目のようにお互いに繋ぎ合わせて、広い範囲をカバーする通信網。ジンは空中のドローンを「中継アンテナ」にして、ふもとの車から山頂の陸までWi-Fiを引きました。
◆ 熊山遺跡
岡山県にある、石を階段状に積み上げた謎の遺跡。日本のピラミッドとも呼ばれます。本作では、超古代のネットワークが世界中をスキャンするための「巨大なパラボラアンテナ」だったという設定です。
◆ 環境ハッキング
この物語では、単なるパソコンの乗っ取りではなく、ローカルのIoT機器や無線ネットワーク、施設の物理セキュリティシステムなどをハッキングして現場の「環境」そのものをコントロールする手法を指します。
◆ 星の宝殿(星石神社)
兵庫県高砂市に実在する「石の宝殿(生石神社)」をモデルにした本作オリジナルの史跡。水に浮かんでいるように見える巨大な石の塊です。本作では、古代のネットワークシステムにおける「未完成の巨大ストレージ(大容量記憶装置)」として登場します。
◆ フローティング・ノード
水の上に浮かんでいる(フローティング)ネットワークの拠点のこと。「星の宝殿」のシステムとしての名称。まだ完成していないため、現代のハッカーから見れば「ただの空っぽの巨大ストレージ」ですが、長年のエラーが蓄積してバグ(澱み)を発生させています。
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※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※作中に登場する遺跡・古墳・史跡は実在のものをモデルにしていますが、無断での立ち入りや発掘は法律で禁止されています。見学の際は管理者の指示に従い、マナーを守ってお楽しみください。




