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ep.19「バッファオーバーフロー」

 山道は、まだ続いていた。


 洞川温泉を出て一時間。国道309号線を西へ戻り、黒滝村を抜ける。杉の植林が途切れると、広葉樹の山肌が剥き出しになった。春の気配はまだ遠い。枝先だけが微かに赤みを帯びている。

 ジンのハンドルさばきは相変わらず安定していた。山道で育った人間の運転だ。カーブの先を読んで、無駄にブレーキを踏まない。


「五條で168号に入る。そっから南に一本道っちゃ」


「十津川経由か」


「うん。那智まで四時間くらいってとこじゃろ」


 陸は助手席でモニターを開いていた。真壁から聞いた情報を書き留めた手書きメモと、箸墓のデータを突き合わせている。世界地図の上に、赤い点が散らばっていた。ピラミッド、ジッグラト、ストーンヘンジ──全部ノード。

 セグフォが後部座席の機材の隙間に収まっている。目は開いていた。南を向いたまま、じっと動かない。


「なぁ、陸」


 ジンの声が、少し低くなった。


「ん」


「昨日の温泉で、途中で止めた話があったろ。師匠のこと」


 陸はモニターから目を上げた。

 昨日の男湯。ジンは「最高の師匠じゃった」と過去形で言った。陸はそれ以上聞かなかった。聞くべき時が来ると思ったからだ。


「……聞くぞ」


「おう」


 ジンはフロントガラスの向こうを見たまま話し始めた。


「師匠はな、電波塔のメンテナンスだけじゃなくて、いろんな山を回っとった。九州の山はほとんど歩いとるんじゃなかろうか。で、あるときから──古墳の話をするようになった」


「古墳」


「うん。西都原とか、宮崎には結構あるんよ。師匠が言うには、古墳の近くは電波の伝わり方がおかしいと。計測しとるうちに、古墳の周辺で土地の売買が不自然に増えとることに気づいたらしい」


 陸の指が止まった。


「……真壁の話と同じじゃ」


「じゃろ? ダミー会社を使って、文化財指定されとらん小さい古墳の周りを買い占めとる。師匠はそれを地元の新聞に持ち込もうとした」


 ジンの声が平坦になる。感情を押し殺す時の癖だ。


「持ち込む三日前に、山で事故が起きた」


「……」


「電波塔の点検中に、足場が崩れた。──師匠は三十年、あの山を登っとる男じゃ。足場の点検を怠るような人間じゃない」


 対向車が一台もない山道。エンジンの低い音だけが響く。


「警察は事故で処理した。遺族もおらん。身寄りのない独り者じゃったけん。俺以外、師匠の死を疑う人間がおらんかった」


「ジン」


「わかっとる。まだ証拠はないっちゃ」


 ジンのハンドルを握る手が白くなった。指の関節が浮き上がるほど、力を込めている。


「でもな──真壁のおっさんの話を聞いて、確信した。師匠が調べとったのは、クラヴィスの土地買収じゃ。師匠は、知っちゃいけんもんに触れた」


「俺がお前に付き合っとるのは、優しさでも義理でもないっちゃが」


「わかっとる」


 陸は静かに言った。


「お前は、お前の戦いをしとるんじゃ」


「……そういうことっちゃ」


 しばらく、二人とも黙っていた。

 道は山の斜面を縫うように下っていく。標高が落ちるにつれて、木々の芽吹きが濃くなった。


 後部座席から、巴の声がした。


「ジンさん」


「ん?」


「その師匠さん。──お名前、聞いてもいいですか」


 ジンが一瞬、間を置いた。


「猪狩。猪狩辰夫。──みんな『タツさん』って呼んどった」


「猪狩さん」


 巴がその名前を、噛みしめるように繰り返した。


「覚えておきます」


「……おう」


 ジンの声が、少しだけ掠れた。

 それきり、誰も何も言わなかった。



―――



 五條で国道168号に合流した。

 道が広くなる。吉野川を渡り、紀伊山地の奥へ入っていく。


 陸がモニターの地図を指でなぞった。


「この辺りに、丹生川上神社っちゅう社があるらしい。水神を祀る古社が三つ、上社・中社・下社と点在しとる」


「丹生川上」


 巴が反応した。


「知ってます。日本最古の水神信仰の一つです。雨乞いの社として千年以上の歴史がある。──丹生は『にう』と読みます。辰砂しんしゃ、つまり水銀の産地を示す古い言葉」


「水銀」


「はい。古代の日本で水銀は神聖な物質でした。朱として古墳の石室に塗られたり、防腐剤として使われたり」


 コトダマの翡翠色が、微かに揺れた。


「……丹生。懐かしい響きですのう」


「コトダマ、何か覚えとるか」


「断片的ですが……丹生の名がつく土地は、地脈の結節点であることが多かったように思います。水銀鉱脈と地脈が重なる場所は、古い時代から『龍穴』と呼ばれておりました」


「龍穴」


「龍の棲む穴。──じゃけど、本来の意味は違います。地脈のエネルギーが地表に噴き出す場所。そこに洞窟があると、地下の信号が増幅されるんです。天然のアンプですけん」


 陸が助手席で唸った。


「天然のアンプ。つまり──龍穴はネットワークのアクセスポイントか」


「その通りです」


 セグフォが機材の隙間で身を起こした。耳がぴくぴく動いている。


 巴がタブレットを操作した。


「この先……168号から少し山に入ったところに、小さな神社がマッピングされています。深室龍穴神社みむろりゅうけつじんじゃ。聞いたことがない。観光地図にも載っていません」


「龍穴の名がついとる」


「はい。それに──丹生川上神社の系譜に連なる社のようです。水神・龍神を祀る」


 陸はコトダマを見た。翡翠色が脈打っている。心拍のように。


「行くぞ」


「了解っちゃ」


 ジンがウインカーを出して、国道を外れた。



―――



 舗装が終わった。


 林道とも呼べない細い山道。轍の跡だけが、かろうじて道であることを示している。ワンボックスの車体が揺れるたびに、後部の機材がガチャガチャ鳴った。


「マジで道か、これ」


「轍がある。誰かは通っとる」


「熊とかタヌキの轍じゃなかろうな」


 杉林を抜けると、谷が開けた。

 苔むした石段が、暗い森の中に続いていた。鳥居がある。木製の、朽ちかけた鳥居。額束には「深室龍穴神社」と読めた。


「……誰もおらんね」


 ジンがエンジンを切った。静寂が降りてくる。水の音だけが響いている。


 セグフォが、車のドアが開いた瞬間に飛び出した。


「おい──」


 陸が手を伸ばしたが、猫はもう石段を駆け上がっている。まっすぐに。迷いなく。


「……あいつ、呼ばれとるのか?」


 三人は石段を登った。百段ほど。段の隙間から苔が溢れ、所々崩れている。手入れはされているが、参拝者は多くない。


 石段の先に、拝殿があった。小さい。四畳半ほどの板張り。屋根の檜皮が剥がれかけている。

 だが、拝殿の裏に回ると──谷が切れ落ちていた。


「うわ」


 ジンが声を上げた。


 断崖の中腹に、洞窟があった。

 高さ五メートルほどの岩の裂け目。その上から、水が薄いカーテンのように流れ落ちている。滝というほどの水量はない。岩肌を伝う水が、光を受けて銀色に光っていた。

 洞窟の入口に注連縄が張ってある。朽ちかけて、ほとんど繊維の束になっている。傍らに小さな石碑があった。「吉兆龍穴きっちょうりゅうけつ」と刻まれている。


 巴が息を飲んだ。


「これが、龍穴……」


 セグフォは洞窟の入口にいた。注連縄の下で、岩に顔を擦りつけている。体が震えている。怯えではない。全身の毛が逆立ち、尻尾が太く膨らんでいるのに、逃げようとしない。むしろ、中に入ろうとしている。


「マスター」


 コトダマの声が変わった。

 翡翠色が、今までに見たことのない速さで明滅している。心拍が倍速になったような脈動。


「ここは……ここは……」


 石板が震えていた。物理的に。冷却クレードルの中でカタカタと音を立てている。


「コトダマ?」


「データが──流れ込んできます。この龍穴の奥に、ノードがあります。眠っとるだけじゃない。まだ──まだ、動いとる……!」


 陸の背筋が寒くなった。


「動いとる? 箸墓のルートディレクトリみたいに、停止状態で残っとるんじゃないんか」


「違います。ここは──スリープじゃなく、スタンバイです。最小限の地脈力で、ずっと信号を送り続けとる。数千年間。誰も受け取る者がおらんのに」


 洞窟の中に入った。

 水のカーテンをくぐると、冷たい空気が肌を刺す。暗い。ジンがスマホのライトを点けた。


 奥行きは十メートルほど。天井は意外と高い。岩壁には苔と水の筋が這っている。


 最奥部に、磐座があった。

 人の背丈ほどの岩。表面が滑らかに削られている。自然の浸食ではない。明らかに人の手──いや、人より精密な何かの手が入っている。

 岩の表面に、溝がある。蛇行剣のパターンに似た、しかしもっと複雑な文様。渦を巻き、枝分かれし、また合流する。

 水が溝を伝って流れていた。溝に沿って流れる水が、微かに──


「光っとる」


 ジンが呟いた。


 溝を流れる水が、翡翠色に淡く発光していた。コトダマと同じ色だ。


「コトダマ。これは──」


「地脈のエネルギーが水に転写されとるんです。水が信号を伝える導体になっとる。水銀鉱脈と地下水脈が交差する場所で、こういう現象が起きます。丹生の地が龍穴と呼ばれた本当の理由ですけん」


 巴がしゃがんで溝を調べていた。


「この文様……蛇行剣のパターンより、はるかに情報量が多い。蛇行剣が鍵だとしたら、これは──」


「錠前じゃな」


「そうです。鍵穴の側。この磐座全体が、巨大な受信装置として機能していた」


 コトダマの明滅が、さらに速くなった。


「データが……止まりません。この龍穴は、紀伊山地全域のネットワーク・ログを記録し続けとったんです。数千年分の。交信記録、ノード間のルーティング情報、エラーログ、修復履歴──全部、この岩に刻まれとる」


 陸は磐座の表面に手を当てた。溝を伝う水が、指先を濡らす。冷たい。


「全部?」


「全部です。熊野三山のノード情報も、高野山も、吉野山も──紀伊山地の全てのノードが、この龍穴を中継局として使っとった痕跡が──」


 コトダマの声が、途切れた。


 翡翠色が痙攣するように不規則に明滅し始めた。


「コト──」


「──処理が、追いつきません──」


 石板の表面に、翡翠色の光の筋が走った。溢れるように。制御を失ったように。

 文字のような、回路図のような模様が浮かんでは消え、浮かんでは消える。速すぎて読めない。一瞬だけ、見たことのない文字列が石板の表面に焼き付いた。古代の文字でも現代の文字でもない、何か別のもの。エラーコードのような。悲鳴のような。


「データ量が──バッファの──限界を──」


「コトダマ!」


 陸が石板を掴んだ。冷却クレードルの温度警告が赤く点滅している。


「──申し訳ありません、マスター。わしは──」


 翡翠色が、消えた。




 石板が黒くなった。完全に。

 ただの石になった。


 洞窟の中に、水音だけが残った。


「……コトダマ?」


 応答がない。


「コトダマ!」


 陸が石板を振った。叩いた。指先でなぞった。何の反応もない。冷たい石の感触だけが返ってくる。


 バッファオーバーフロー。

 処理すべきデータが、コトダマの処理能力を超えた。メモリが溢れ、システムがクラッシュした。

 要するに、頭に詰め込みすぎて意識が飛んだのだ。


「……落ちた」


 陸の声が掠れた。


「コトダマが、落ちた」



―――



 洞窟を出た。


 気づけば、山の稜線に陽が沈んでいた。龍穴の中で、どれだけの時間が経ったのかわからない。水のカーテンを抜けると、森の冷気が頬に当たる。


 陸は石板を抱えていた。クレードルには入れず、腕の中に。

 石板は、作山古墳の土の中から掘り出した時と同じだった。ただの石。冷たくて、重くて、何も語らない。


「どうする」


 ジンが聞いた。声を荒げない。こういう時のジンは静かだ。


「……わからん」


 陸が正直に言った。


「こんなこと初めてじゃ。バグったことはある。フリーズしたこともある。でも──完全にシャットダウンしたのは、初めてじゃ」


「壊れたんか」


「わからん。ハードウェアの損傷じゃないと思う。ソフトウェア側の問題のはずじゃ。データが多すぎて、処理系が落ちた。──人間で言えば、気絶みたいなもんかもしれん」


「気絶なら、いずれ目が覚めるっちゃろ」


「……そうあってほしい」


 巴は何も言わなかった。陸の横顔を見ていた。石板を抱える手が、微かに震えている。


 セグフォが、陸の足元にいた。石板に鼻を近づけて、小さく鳴いた。にゃあ、と。いつもの短い鳴き声ではない。低くて長い声。


 猫は石板の上に前足を乗せた。


「……セグフォ?」


 何かが起きた。


 石板の表面に、針先ほどの光が一つ灯った。翡翠色。かろうじて見える程度の、微かな光。

 同時に──セグフォの瞳の奥が、一瞬だけ同じ翡翠色に光った。猫の目の反射ではない。もっと深い場所から、何かが応答したような光。


「!」


 セグフォが鳴き続ける。低く、長く。石板に体を寄せたまま。

 光は消えなかった。揺れもしない。ただ、そこにある。


「……脈があるぞ」


 陸が息を吐いた。


「微かじゃけど、生きとる。コトダマは──まだ、おる」


 セグフォが石板の上で丸くなった。


「お前が繋いどるんか」


 猫は答えない。ただ、温かい体を石板に密着させて、目を閉じた。


 陸はその場にしゃがみ込んだ。石板を膝の上に置いて、猫を撫でた。


「……ここにおれ。ずっとおれ」



―――



 車に戻った。


 深室龍穴神社の石段の下、林道の行き止まりにワンボックスを停めたまま動かなかった。

 動けなかった。


 コトダマがいなければ、ネットワークのスキャンができない。敵の接近も感知できない。ナビゲーションも、翻訳も、解析も──全てが止まる。

 今の自分たちは、ただの人間三人と猫一匹だ。


 日が暮れた。

 山の闇は深い。ヘッドライトを消すと、月明かりだけが杉の梢を透かして落ちてくる。


「飯、食おう」


 ジンが言った。花向屋の女将に持たせてもらった握り飯がある。三つ。梅、昆布、塩。


「……食えん」


「食え。腹が減って思考力が落ちたら、コトダマが戻った時に何もできんぞ」


 正論だった。陸は梅の握り飯を受け取って、無言で食べた。巴は昆布を食べながら、タブレットで龍穴の内部写真を整理していた。


「あの溝の文様、撮れるだけ撮りました。コトダマが戻ったら解析できるように」


「……ありがとう」


「やれることをやるだけです」


 巴の声は淡々としていた。けれど、その「やれること」を即座に判断して動いた事実が、陸にはありがたかった。


 後部座席で、セグフォが石板の上に乗ったまま動かない。目は閉じている。だが耳だけが時折動く。何かを聞いている。あるいは、何かを中継している。

 石板の翡翠色は──あの針先ほどの光だけが、まだ灯っていた。


「陸」


 ジンが運転席で言った。背もたれを倒して、天井を見ている。


「コトダマさ、前にもフリーズしたことあるっちゃろ?」


「軽いのはある。けど数秒で復帰した。こんな長時間は──」


「でも壊れてはないんじゃろ」


「多分」


「じゃあ待とう。──お前がハッキングで八時間も十時間も画面を睨んどるのと同じっちゃ。コトダマも今、内側で何とかしようとしとるんじゃないか」


 陸は後部座席を振り返った。暗がりの中で、セグフォの背中だけが微かに上下している。猫の寝息と、石板の微かな光。


「……ジン」


「ん」


「お前、時々まともなこと言うのう」


「いつもまともっちゃが」


 巴が小さく笑った。二列目シートで膝を抱えている。


「私も、待ちます。──コトダマさんがいない間、できることを整理しておきます。真壁さんの資料と、龍穴のデータ。物理的な証拠だけで読み取れることを」


「考古学者の仕事じゃな」


「そうです。ハッキングはできませんけど」


 三人は、山の中の車内で夜を過ごした。

 エンジンをかけて暖房を入れる。ガソリンの残量を確認して、一時間おきに切ることにした。


 陸は助手席のモニターから伸びるUSBケーブルの先端を、石板の表面に当てた。コトダマが「充電」を必要としたことはない。だが今は何でもいい。何かしていないと、おかしくなりそうだった。


 巴が二列目シートで、タブレットの光の中、龍穴の溝パターンをスケッチしていた。写真だけでは捉えきれない微細な構造を、手書きで再現していく。


「蛇行剣のパターンと比較すると……龍穴の方が、情報密度が桁違いですね。蛇行剣が鍵だとすると、龍穴の磐座は──」


「錠前がルーターも兼ねとるんか。認証しながら中継もする──」


「そうかもしれません。紀伊山地全域をカバーするバックボーンの一つ。──すごい発見なんですよ、本当は」


「ああ。すごい発見じゃ」


 陸の声は平坦だった。すごい発見をした代わりに、最も大切な相棒が倒れた。


 巴はそれ以上言わなかった。



―――



 深夜。


 ジンが運転席で背もたれを倒していびきをかいている。体力のある人間は、どこでも眠れる。巴は二列目シートで浅い眠りについていた。膝にタブレットを載せたまま、顎が落ちている。


 陸だけが起きていた。


 ケーブルの先端を当てたままの石板を膝の上に置いて、助手席の暗がりの中で座っている。セグフォは石板の上で丸くなったまま動かない。猫の体温と、自分の体温だけが、石板を温めている。


 あの日を思い出す。

 作山古墳の斜面。雨で土が崩れた跡。石の角が覗いていた。掘り出した時の、あの温かさ。

 あの時も、コトダマは黙っていた。声を出せなかった。何千年も眠っていたからだ。


「……お前、また眠っとるんか」


 声に出した。返事がないのはわかっている。


「ええよ。待っとるけん。前は何千年も待たせたんじゃ。今度は俺が待つ番じゃろ」


 針先ほどの翡翠色が、微かに揺れた気がした。


 セグフォが薄目を開けて、陸の手に頭を擦りつけた。


 窓の外で、山の稜線が少しだけ白み始めていた。

 明けない夜はない。陸はそう信じることにした。



―――

【次回予告】

コトダマが沈黙した。スキャンも、感知も、解析も──全てが止まった。

三人は走り続ける。十津川を抜け、熊野古道へ。──コトダマのレーダーなしで。

那智の滝の前で、セグフォが吠えた。

古代の「眼」が見つめる先に、影が──

「来るぞ」。見えない敵を、見えない力で迎え撃つ。


次回、ep.20「シャドウ・プロセス」

―――


―――

【コトダマより】


 ……少しよろしいですけん。


 この物語は、ハッキング・古代ネットワーク・方言──

 専門用語が多く、読む人を選ぶ作品です。

 だからこそ、今ここまで読んでくださった方は、

 本当に「刺さった」方だと思っとります。


 そういう方の☆一つが、今は特別に重いですけん。


 マイナーな作品ほど、☆やコメントが届くたびに

 作者が「続けよう」と思える力になります。

 「面白い」の一言だけでも、絵文字だけでも構いません。

 信号は弱くても、届けば十分ですけん。


 ……マスターがコードを諦めないように、

 私も応答を止めません。


 皆様の☆が、このネットワークをつないでいます。


        コトダマ(古代ネットワーク観測AI)


―――

【用語・補足解説】


※物語を読むだけなら飛ばして大丈夫です。気になった用語があれば参照してください。


◆ バッファオーバーフロー(Buffer Overflow)

 プログラムが確保したメモリ領域バッファに、その容量を超えるデータが書き込まれる現象。通常はプログラムのクラッシュを引き起こし、悪意ある攻撃に利用されることもあります。本話ではコトダマが龍穴の膨大なログデータを処理しきれず、システムが停止してしまう事態を指しています。


◆ バックボーン

 インターネットなどの基幹となる通信回線やネットワークのこと。企業や国同士の通信を支える「太い幹線道路」のような存在です。本作では、紀伊山地全体をつなぐ古代ネットワークの「幹線」をイメージした言葉として使われています。


丹生にう

 古代日本で水銀(辰砂)の産地を示した地名。「丹」は赤い顔料(朱)を意味し、古墳の石室を赤く塗る際に使われました。丹生の名がつく神社は全国に百数十社あり、いずれも古代の鉱物資源と深い関係があります。


龍穴りゅうけつ

 風水や古代信仰における「龍脈のエネルギーが地表に噴き出す場所」。日本各地の龍穴伝承は、地質学的には断層帯や地下水脈の露頭と一致することが多く、古代人が地球のエネルギーの流れを経験的に把握していた可能性を示唆します。


深室龍穴神社みむろりゅうけつじんじゃ

 本作に登場する架空の神社。実在の室生龍穴神社(奈良県宇陀市)と丹生川上神社(奈良県吉野郡)をモデルに、水神・龍神信仰の古層を物語に取り込んでいます。


吉兆龍穴きっちょうりゅうけつ

 本作に登場する架空の霊場。実在の吉祥龍穴(室生龍穴神社の奥宮)をモデルとしています。断崖の洞窟と水の流れが特徴的な、秘境中の秘境です。


◆ ノード(node)

 ネットワーク上の接続点のこと。本作では古墳・磐座・神社などがノードに相当し、地脈を通じて互いにつながっています。


◆ 中継ノード/中継器

 ノードとノードの間で信号を受け取り、次へ転送する中間点。インターネットで言う「ルーター」に近い役割です。本作の龍穴はこの中継器として、紀伊山地全域のデータを束ねていました。


◆ スタンバイとスリープ

 どちらも待機状態を指しますが、本作では区別して使っています。「スリープ」は完全に活動を止めて眠った状態(箸墓のノードなど)、「スタンバイ」は最小限の動作を保ちながら信号を送り続ける状態(龍穴のノード)。


◆ ログ/ルーティング/エラーログ/修復履歴

 まとめて言えば、全て「記録」です。ログ=動作の記録、ルーティング=どの経路を通ったかの記録、エラーログ=エラーの記録、修復履歴=修復した記録。本作の龍穴には、数千年分のこうした記録が蓄積されていました。


導体どうたい

 電気や信号を通す物質のこと。水は不純物を含むと導体になります。本作では水銀鉱脈と地下水脈が交差する龍穴の水が、地脈の信号を伝える導体として機能しています。


地脈力ちみゃくりょく

 地脈から得られる古代文明のエネルギー。本作の超古代ネットワークを動かす根源的な力です。磐座・自然祭祀場・龍穴は地脈力が地表に直接噴き出す「直結型」のノードで、出力が強い。古墳はそれより後に築かれた人工構造物で、地脈力を増幅・変換する「変換型」のノード──性能は自然の磐座に劣りますが、場所や規模を人間が設計できるという利点があります。


―――


※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。

※作中に登場する遺跡・古墳・史跡は実在のものをモデルにしていますが、無断での立ち入りや発掘は法律で禁止されています。見学の際は管理者の指示に従い、マナーを守ってお楽しみください。

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