笛鬼
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お~、リコーダーをランドセルにさして帰っている子、またよく見かけるようになったな。学校の音楽の時間がリコーダー関係に入ったと思う。
最近は音楽ソフトとか、効率を重んじて授業に導入することが増えたけど、俺は悪いとは言わないが、どうかとは思うね。
年間の授業日数は限られているし、カリキュラムをどうにか消化しようと考えたら音楽ソフトとかはありがたいだろうな。将来的に役に立ちそうなトレンドだし。
が、あえてリコーダーを採用していいもんか。いろいろ意見は分かれるが、俺は賛成派だね。なぜならああした帰り際に、リコーダーでちゃんばらごっこをできなくなるからだ。
あ、おいお前「なにいってんだ、このアンポンタンは」とか思っただろ? おめー、音楽の道具だから、音楽を学ぶ以外のことに使っちゃだめとかいうつもりか?
同じチャンバラでも得物によって扱いを微妙に変えなきゃいけない。木の枝とか、壊れてもすぐに補充が聞くもんならラフな使い方をしても問題ねーべ。
だがリコーダーや傘とかはどうだ? リーチ、重さ、威力……同じように使ったら大惨事になる要素があるじゃねえか。
壊したり誰かを傷つけたりしたら自分は困るし、親には怒られるしで「ああ、こういうことはやっちゃいけねえんだな。やるんならもっとうまくやんなきゃな……」と手加減とかすり合わせみたいなもんを、身をもって学ぶ。
これ、社会に出てからも大事だろ? 人でもものでも、全部同じように接したらいけねえ。個々に合わせた対応をしなきゃいけないってな。
グローバル社会で英語だのプログラミングだの、流行りとか役に立つとかいうもんを優先させろというが、この気配りのはぐくみがそれに劣るっていうのか、ええ?
――ん? ひとりで酔っぱらって熱弁してないでリコーダーに話を戻したらどうだ?
ふん……それもそうか。ちょいと熱くなりかけたし、酔い覚ましもいいか。
リコーダー。まあ、俺たちも触れたことがあるし、これまでもこれからも生涯のうちに一度はみんなが扱う楽器であるだろうな。
先も話したように「なんでリコーダーを習うんだろうなあ」と疑問に思いながら卒業していく人は多いだろうが、俺のいとこは数少ないリコーダーを習う理由を学んだ派の人間だったらしい。
その話、聞いてみないか?
「まだ、ここには笛鬼がいます」
リコーダーをはじめて購入した小学3年生のとき。音楽の授業で先生が話してくれたそうだ。
いわく、このあたりはかつて人さらいが多く訪れる土地だったらしい。昔は田畑のお世話をする家は多かったし、現代のように便利な機器も乏しいから純粋な人手に頼るのが主流。自然と子供の数も増えた。
しかし、不作などで作物が思うようにとれなかったりすると、人が多いぶんぐっと暮らしは苦しくなる。そうなると、口減らしも現実味を帯びてくるわけだ。
人さらいも、神隠しなどと並んで子供が減る口実として利用される存在。人買いなどのなまなましい部分を介することなく、あるときふといなくなる……まだ純粋な子供たちを説き伏せるには、格好の隠れ蓑だっただろうな。
だが、ときにホンモノがそこへ混じる。ごまかしでも、他の人間の手によるものでもない、人をさらうものだ。
とがめや叱責を受けることで存在は相手を知り、扱いを覚える。それがなされずに神隠しや人さらいとして黙認され続けたことで、彼らは不要な自信とおごりを持ってしまった。
ゆえに科学技術が発展した今でも、変わらずにその欲望に身をゆだね続けてしまうのだという。
それが先生のいう笛鬼。そいつは人をさらう前に、必ず笛の音に酷似した響きを鳴らすのだと。
「ですので、みなさんは彼らに対抗するためにリコーダーのような縦笛の奏で方を知っておくべきなのです。特に校歌は力入れてやりますよ。あれはこの地域に伝わる、人さらいよけのメロディを組み込んで作ったものですからね」
道理で、よその学校の校歌と比べると感覚的に妙な拍子があるものだ、といとこは得心がいったらしい。いわば魔よけの旋律なのだと。
毎授業でリコーダーを扱い、決まって校歌を演奏し続けるいとこたち。
なぜ自分たちの歳からなのか、もっと小さいころからやらなくていいのか、とも尋ねると、例の笛鬼がターゲットにし始めるのは、ちょうど10歳に差し掛かる前後から中学校へあがるあたりまでらしい。
その前も、その後も、笛鬼による被害はめっきり減る。ちゃんとした理由はわからないが、奴らにとってさらう人間の「旬」はそのあたりなのかもしれない。
いとこたちは毎日、リコーダーを持ち帰るようにも指示をされた。笛鬼の音色が聞こえたときには、校歌を吹きなさい……とも。
「他の楽器では不十分です。多少はどうにかなりますが、笛でなくてはなりません。それも狙われている人でなくては、これまた足りません。笛鬼の音はターゲットしか聞こえませんからね。気を付けてくださいよ」
そういって先生は、長く伝わっているという笛鬼の鳴らす音をリコーダーで演奏してみせる。まるで校歌を逆再生したかのような音色だといとこは感じたらしい。
それから半月後。
いとこは下校途中でうっかり、ランドセルにさしていたリコーダーを、通りかかったところにある木に引っかけて、落としてしまったそうなんだ。
坂でもない、入った袋も丸くない、そこまで勢いついていない。この三拍子がそろっているのに、リコーダーはころころ転がっていとこから遠ざかっていく。
そのとたん、いとこはあの音楽の授業でさんざん聞いた、校歌の逆再生が飛び込んでくる。前触れもなく、自分のすぐ耳元で。
――こいつが、笛鬼!
とっさにいとこはリコーダーの袋へ駆け寄って、取り上げようと手を伸ばして気づく。
袋がゆがんで見える。いや、袋と自分の手の間に一抱えもある水の塊らしきものが浮かんでいたんだ。
腕を駆けあがり、顔へぶつかろうとする軌道で飛んできたそれを、のけぞりながらかわせたのは、ほぼ奇跡だったと友達は話していた。
それでも塊に触れた服の袖の部分は、音も抵抗もないままきれいさっぱり消え去ってしまったらしい。
――やば! たしかにこんなのまともに喰らったら一発だな……跡形もなくさらわれるってわけだ。
どこから追撃が来るかもわからない。
今度こそ友達はリコーダーを手に取り、もはや指が勝手に動くレベルの校歌演奏を試みる。ひとしきり演奏し終えたところで、あの大きい水玉がないのを確認しながら、どうにか帰り着いたらしい。




