第5話 歴史書をつくる。
歴史書をつくる。
鳳凰暦元年 夏 宮中にて
宮中にある歴史書の記述をしている大きな部屋には、活気があった。暑い日の中、みんなが大急ぎで汗だくになって、仕事をしていた。
白雲の君はそんな光景を見て、思わず笑顔になった。
こんな風にみんなが笑顔で、汗をかいて働いている風景を見るのが白雲の君は好きだった。
畑を耕している風景や陶器なども作っている時の風景。道を作り、街を作っているときの風景。学問堂で学問を学んでいる学生たちの風景。そして今見ている国の歴史をみんなで記述しているときの風景。
白雲の君はそんな風景の中を歩いて、大きな部屋の一番奥の席に座っている月鏡の君のところまで歩いていった。
鳳凰国書記。
青龍帝の大乱から鳳凰帝の治世が始まった歴史を国の歴史書として記述して本にする。
そんな仕事を月鏡の君は鳳凰帝から命じられていた。
「歴史には『表の歴史と裏の歴史』がある。表と裏の違いはなんだと思いますか?」
お互いに挨拶をしてから、にっこりと笑って月鏡の君は言った。
白雲の君が月鏡の君のとなりに座って、歴史書を作っているみんなの仕事を見ながら、「表の歴史とは今、君が作っている本に記述されること。そして裏の歴史とはその本に『意図的に』記述されないことかな」と言った。
「半分は当たりです。でも半分は間違っていますね」
「間違い?」
白雲の君は月鏡の君を見る。
「はい。表の歴史はその通りです。でも裏の歴史は違います。『裏の歴史はちゃんと記述されていますよ』。ただし、今私が作っている鳳凰国書記にではなくて、『禁書とされるもう一つの国の歴史書』に記述されるんです」
と月鏡の君は言った。
「もう一つの裏の歴史書。噂には聞いていたけど本当にあるのですか?」
驚いた顔をしながら白雲の君は言った。
「はい。ありますよ。決して表には出ることはありませんが、実在します。そこにはこの国の建国からのあらゆるすべての秘密が書かれています。なにもかもが、です。もちろん、先の青龍帝の大乱のこともちゃんと本当のことが書かれているんです」
「月鏡の君。君が暁の君と一緒に同じ道を歩くことにしたのは、その裏の歴史書を読んだからなのですか?」
じっと月鏡の君の顔を見ながら白雲の君は言った。
月鏡の君はにっこりと笑っているだけでなにも言わなかった。
でもそうなのだろうと思った。
月鏡の君が裏の歴史書があると言い切れるのは、その裏の歴史書を見たことがあるからに違いないと思った。(月鏡の君は歴史書をつくる仕事をしている。その仕事の中で、裏の歴史書の実在を知り、好奇心に負けて、触れてはいけない裏の歴史書につい触れてしまったのだろう)
そして、見るだけではなくて、読んだのだと思った。
決して読んではいけない本を。
そして、呑まれたのだ。
本当の歴史のどろどろとした、大蛇のような黒い闇に。
その闇の中で見つけた小さな光が暁の君だったのだろうと白雲の君は思った。
もしかしたら今笑っている月鏡の君の顔はただの仮面であり、その後ろにある顔は、そして心は、もう壊れてしまっているのかもしれないと思った。
月鏡の君は子供のころから純粋でとても優しい人だった。
その繊細な心は、どろどろとした歴史の闇に壊れることなく耐えることはできないような気がした。
ふと、そんなことを思っていると、急に白雲の君は、月鏡の君は、『人ではないなにか』に変わってしまったのかもしれないと思った。
 




