リリィのわがままの理由
リリィの頑張りは実を結び、想定順位は10位圏内に入った。
しかし10位圏内に入った途端、状況は一変した。
順位が伸びない。
リリィの顔は曇る。
使用人たちの顔も同様に曇っていた。
その頃から、リリィはわがままになりだした。
使用人に当たったり、物に当ったりしていた。
俺はましろの事を思い出していた。
ましろもある時期から、リリィと同じようにわがままになりだした。
俺はある日、この国第2位の商人と、リリィの会話を、聞いてしまった。
「もちろん。応援はいたしますよ。ただね……。
わかるでしょ。
あなたは美しい。その肌。その腰つき」
「ですが……」
「いいのですよ。
ゆっくり考えてくださって、
ただ私の支持を受けた歌姫はみな……。
わかりますね」
「はい」
「それでは。またお会いしましょう」
商人が出ていく。俺は思わず隠れる。
しばらくたって
「そこにいらっしゃるのでしょ」
そうリリィは言った。
俺は苦笑いで出ていく。
リリィは、腕を組みながら、少し怒りと悲しみが混じったような複雑な表情をしていた。
「どこから聞いてらしたの?」
「もちろん。応援はいたしますよ。
ただね。という辺りだ。
あれはつまり、夜の付き合い的な話か」
と俺はそう聞いた。
あまりオプラートに包み過ぎるのも、聞くほうが辛いと思ったからだ。
「そうですわ。皆さんやっているのですって……」
「よした方がいい」
俺はそう言った。
「そんな事わかってますわ」
リリィは今にも泣きそうな目でこちらを睨んだ。
その目は憎しみではなく、自分の不甲斐なさを呪うような目であった。
あぁ泣かしてしまった。
「リリィ。お前が歌姫バトルに、ここまで執着する理由を教えてくれないか?」
俺はそう言った。
「私の曾祖父は平民でした。曾祖父の時代に交易で莫大な資産を築き、そのお金で潰れる寸前の中流貴族の家と地位を買ったのです。
ですから私たちは、貴族でありながら、常に下賤のものという扱いなのです」
そうリリィは言った。
「だから、家の為に、名誉を得たいと。そういうことか?」
「そうですわ」
「そんなに名誉が大事なのか?」
「平民のあなたには、わからないでしょうね。貴族にとっては名誉こそ命なのです」
その横顔は、力強い凛としたものだった。
しかし同時に、今すぐ壊れても不思議ではないような、脆弱な少女のものでもあった。
「両親はこの事を知っているのか?」
「そんな事いえるわけないじゃありませんか」
リリィは、ドレスをぎゅっと握りしめた。
……
俺はあの商人について、使用人を通じて調べさせた。
すると10人ほどの令嬢に声をかけている事がわかった。
これは応援する気がない奴だとピンときた。
そして10人の令嬢と、リリィに声をかけ、この事を国へ通報する事にした。
誰かが応援されて得をするより、応援を見返りに、搾取する奴を葬ったほうがいいだろうと判断したからだ。
もともと貴族はプライドの高い人が多い。
俺の提案に皆が同意した。
国は大騒ぎになった。
第二位の商人がそのような事をしていたという事に、貴族も庶民も激怒した。
不買運動に発展し、商人は投獄され、処刑された。
店はお取り潰しになった。
ちょうど、それで助かったのが、リリィの家だ。
リリィは貴族ながら、商人もしている。
国内の順位では6位だったが、この事がきっかけで、3位に浮上した。
ちょうど処刑された商人と商圏が被っていたのだ。
両親は知らなかったとはいえ、すまなかったと、リリィに謝罪した。
この事がきっかけで、他にも同じような事例はないかと調べたところ、なんと上位8人が、間接的または直接的に不正に関わっている事が判明し、8人が自主的に離脱した。
リリィは1位2位を争うところまで来た。
そして最終的に2位という栄誉を手に入れた。
リリィは若干不満そうだったが、リリィの両親は彼女にこう言った。
「今回の件で、私達を下賎の者扱いする貴族はいなくなった。
むしろ当家のお陰で貴族の品位を保てた。と感謝されたくらいだ」
と、リリィはそれを聞いて泣いていた。
まぁ一応目的は達成したって事だ。
リリィの祝勝会の後、俺は久しぶりの住まいに帰ろうとしていた。
その道の最中、突然襲われた。
幸い左腕に傷を負ったが、通りかかった男に助けられ、事なきを得た。
左腕は縫う羽目になった。
この世界では麻酔が無く、治療は強烈に痛かった。
犯人は捕まらなかった。
俺は一抹の不安を感じていた。