潤沢な予算とキツイ予算
リリィの売り出しは順調に進んだ。
想定順位は18位まで一気に上がった。
理由としては、やはり農村票と商工業従事者票が大きかった。
女性票も開拓中ではあるが、これは他に強化しているものがいて。
なかなか突破するのは難しい。
俺たちは女性票を獲得するために、リリィの魅力を上げる作戦に出た。
ただこれがなかなか難しい。
女性票と言っても、貴族相手なのか、庶民相手なのかでまったく違う。
そこでまた分析を始めた。
この国の貴族は、多くの場合、身近に歌姫がいる。
つまり、自分の身近な歌姫に投票する可能性が高い。
自分の票で、身内の家柄が上れば、それ以外に投票するどおりはないのだ。
となると、庶民狙いということになる。
庶民のうち、農民は農村でカバーしているから不要となる。
商工業従事者も、街でカバーしているから不要。
つまり、商工業従事者以外で、街にいる女性がターゲット層となる。
となると、サービス業や、公務員、主婦などとなる。
こういう女性は、どのような女性に好感を持つだろうか?
いろいろ考えた結果、
貴族の品性は残したまま、すこし庶民的な香りを入れることにした。
つまり
絶対に手が届かない高貴な歌姫ではなく、
少し頑張れば手が届く歌姫。
そんな演出なら、支持を集められるのではないかと考えた。
そこで、街で人気があるが、決して高価すぎない洋服や、アクセサリーなどをスタイリッシュに身に着けようという結論が出た。
そこで、街一番の人気の美容師とメイクアップアーティストに話を持っていった。
彼らは、貴族からの依頼ということで驚いたが、同時にやる気も見せてくれた。
髪形は美容師に、メイクはメイクアップアーティストに依頼し、彼らの紹介で、服屋の店員と、デザイナー志望の男の子を紹介してもらった。
全員男性ということに、リリィは驚いていた。
「男の方に、女性のイメージアップとかできるのですか?」
そう聞かれた。
「男だから女性のイメージアップができないというのは偏見だ。
男性の中には、時に女性より美に詳しくセンスのいい者もいる。
むしろ彼らは、社会的立場ゆえ、自らが女性ほどは着飾れない分、美への執着が強い。
それが彼らの美への嗅覚を数段階上のところへ押し上げる」
そう答えた。
「そうでしたのね。私また偏見を持ってましたわ。ごめんなさい」
そう彼らに謝罪した。
貴族の令嬢に謝られるなど、異例中の異例。
この噂は美容業界に広がり、意外な形でリリィの株は上がった。
あちこちのメゾンや、宝飾店などから、衣装の貸し出しをします。
との申し出が増えた。
貴族といえば、服は全部自前でオーダーメイドが当たり前の時代に、異例の事態だった。
全員男性によるリリィのイメージアップ部隊は、仕事の合間を縫って、彼女のイメージアップ作戦を練り上げた。
俺らは、申し出のあったメゾンや、宝飾店がイベントをする際に、ゲストとして行き、そこで歌を披露した。
メゾンの顧客は女性が多く、自分の好きなメゾンの服を着た歌姫が歌を歌うという事で、親近感が上ったのだろう。
リリィの評価は上がった。
リリィは、ある種メゾンの広告等を無償でしたようなものだが、お互いにメリットのある取引だったと思う。
服と美容の力で少しずつ人気の上がるリリィを見て、ましろにも、こんな方法が使えていたらな。と昔の事を思い出していた。
……
アイドルって、衣装代とか美容代すごそう。
そう思っている人も、多いのではないだろうか。
これは半分正解で、半分は間違い。
少なくとも、ましろの場合は厳しかった。
アイドルの衣装なんていっても、予算は全然付かなかった。
先輩アイドルのお下がり、足りない時は、古着、フリマいろいろ使った。
金は全部ましろのポケットマネーだ。
ポケットマネーと言っても、給料自体がほぼゼロだから。
自分のアルバイト代で、買っているような状況だ。
ファンの女の子にもらったり、母親の服を直したりして着たりもしていた。
サステナブルだねと、ましろは言った。
サステナブル……。
その言葉の後ろに、透明感のある感性と、数ミリの寂しさを感じた。
ある時夏祭りがあった。
浴衣の女の子がたくさんいた。
対してましろは古着。
いつか浴衣でライブしたいな。と言っていた。女の子なんだと思った。
ましろが、売れだした時、ようやく衣装の予算がついた。
ましろはその金額に驚いた。
「CD何枚手売りしないといけない?」
そう俺に尋ねた。
俺は「本来これがアイドルビジネスなんだ」そう答えた。
俺の表情には、少し影があったと思う。
ましろは笑顔で答えた。
「ようやくここまでこれたんだね。ありがとう柏木」
その無垢な笑顔に俺の心は悲鳴をあげた。
……すまない。
言葉にできない気持ちを、心のなかですりつぶした。
俺はリリィの中にましろを感じていた。
やっぱり俺。
ましろのことが忘れられないのかもしれない。