異世界歌姫のライブ事情
アイドルの移動はもっぱら車だった。
アイドルの場合、公共交通機関を使うと、パニックになる可能性があるし、いろいろな危険性もある。
こちらの世界の貴族の移動はもっぱら騎馬か籠だった。
馬車もあったが、商人向けや、農作物の運搬目的がメインだった。
なんせ。舗装状況が悪い。
石畳で舗装はされているが、ぬかるみが多かったり、段差が多かったりで、馬車で移動したとしても、非常に低速。それが普通だった。
仮にサスペンション的なものがあれば、多少マシではあるだろうが、この時代は、サスペンション的なものはなく、馬車は主に荷物の運搬専用だった。
俺たちは、歌の練習と支持票固めを目的に、地方の農村地帯を馬車で回っていた。
リリィと俺と護衛が2人。使用人が2人の計6人。
農村地帯をぐるぐる回るちょっとしたライブツアーだ。
道は整備されてあるものの、農村への道のりは、険しかった。
行く先が農村なので、とうぜんホテルなどはない。
必然的に村長宅などに泊めてもらうことになる。
風呂が庶民にとっては大変贅沢なものということを知ったり、農民達の多くが、屋敷の農機具の小屋のようなところに住んでいることに驚いていた。
また庶民の多くは香水を持っておらず、もっぱらハーブを入れた袋で代用していたことにも驚いていた。
これがリリィの刺激となったようだ。
農産物には土がついている。
そういう庶民には当たり前のことでも、
貴族の令嬢にはわからない。
行く先々で、彼女は新しい世界を見た。
そして、それは歌声の陰影に影響を与えていった。
彼女が農民の歌をうたうとき、その姿に涙する者が出始めた。
遠い存在で、ただの畏怖の対象であった貴族の令嬢が、
自分達と同じ目線にたった。
いや。
同じ目線にたってなかったとしても、
それでも、この令嬢は、自分達の気持ちをわかってくれる。
そんな安ど感や安心感が、農民たちの気持ちを少しずつ開いていった。
当初集まりが悪かったリリィの訪問ライブも、最後のほうには、村人総出で歓迎するようになっていた。
リリィが農村で汗をぬぐいながら歌う姿を見て、ふとあの夏の日を思い出した
俺はましろとの地方周りをしていた。
事務所から与えられたのは、ボロい白のバン。
しかもクーラーが効かない。
暑い日の移動は、窓を開け放ち、フリマアプリで買った扇風機を付けっぱなしにした。
28度まではわりと余裕。
そこから上はハードモードだった。
ただ日中36度などを経験すると、その後31度とかになると涼しく感じる。その時は彼女と笑いあった。
ライブハウスでは掴みのネタによく使った。
自虐ネタで同情を引こうとしたわけではないけど、結果としてCDとかは良く売れた。
ある時なんか、たまたま見にきていた地元建設会社の社長が
「俺もクーラーつぶれた車のってたけど、今は高級外車や。頑張ったら良い車も乗れる。応援してるで!」
とCDを30枚買ってくれた。
知り合いの店に配ってくれるそうだった。
◯◯さんへ……。
とCD全部に店の名前を書いていた。
少しずつ成果がでた事に、俺も彼女も満足した。
トンネルでも車の窓は開けたままにした。窓を閉じると暑くて倒れそうだった。
俺らは休憩にスーパーによく入った。
食料が安いのと、買い物をすると氷を持って帰れる。
お菓子やパンなどでは不自然だが、アイスなどなら、氷で溶けないようにするのは自然だ。
アイスを車内で食べ、氷をタオルで挟んで、首筋や脇の下など、太い血管のところを冷やした。
一気に涼しくなった。
これでなんとか持ちこたえた。
彼女は、頑張って売れっ子になって、クーラーのついた車にするからね。
と言ってくれた。
マネージャーとして、申しわけなかったのと、気持ちがうれしくて泣けた。
泊りは、車中泊の時もあれば、民泊やラブホの時もあった。
もちろん、変なことは一切していない。
俺は常にソファーで寝た。
一度ましろが
「ほんとに柏木は私に手を出さないね。わたしって魅力ない?」
と聞いてきた。
俺は言葉に困った。
だから、そのまま伝えた。
「商品に手を出すなが、この世界の鉄則だ。少なくとも俺はそれを守っている。
それと商品と言ったが、ましろを商品とは思っていない。もっと大事なものだ。
あと、ましろは十分に魅力的だ。キレイだし、可愛いと思う」
そういうと、紅くなって、何も言わなくなった。
本当はウブなくせに、たまに大胆なことを言ってくる。
俺らは本当に地味な活動をしていた。
例えばレゲエのイベントにノーギャラでスペシャルゲストで入れてもらい、そのジャンルの人気曲を歌う。そして自分の持ち歌も歌う。DJにCDをプレゼントしてクラブでかけてもらう。
みたいな事もしていた。
ましろは、レゲエの文化的背景はもちろん、スカ、ロックステディ、ツートンスカなどの文化的背景まで、少しずつ理解していった。
海外サイトで歴史や当時のニュースを見たり、動画を見て空気感をつかんでいった。
その結果、歌に深みや陰影がで始めた。
クラブ界隈では、ましろはアイドルなのに、バイブスがあると評価されはじめていた。