マネージャー刺される
深夜の駐車場。
ましろが急に
「この仕事はしたくない」
そう言い出してキャンセル処理。
あちこちに頭を下げて回った。
売れっ子とはいえ、面倒くさいことこの上ない。
昔は素直だったのに……。
あの頃が懐かしいよ。
「あぁ俺……。
過労で旅立ってしまいそう」
深夜の駐車場は、排気ガスとタイヤのニオイ、そして深夜特有のニオイが冷気と混じりあって、独特のニオイがする。
あとは、ましろのところにこのスイーツを届けて、今日の業務は終了。
少し頭がぼーっとする。
目の奥が痛い。
あれ俺今日何時間働いてるんだ?
今24時を回った。朝の6時からだから18時間か……。
まぁそんなものか。
仕事があるだけいいもんな。
あれ?
俺、晩御飯食ったっけ?
昼は楽屋弁当食ったけど。
なんかさっきから視線を感じるんだけど……。
気のせい?
あれ……。
なんか、
どっかで見た男が来るぞ。
このマンションって、セキュリティ万全のはずだぞ。
こいつ、
ましろのライブでよくみる奴だ……。
あれ、こいつストーカー?
えっヤバくないか。
男が俺に向かって走り出した。
そして体当たりをくらわせた。
衝撃で柱に激突する。
うっ……。
右腹辺りが一瞬冷たくなり、
そして生温かくなった。
あっこれヤバイ奴。
手を見ると、真っ赤に染まっている。
急に手が冷たくなり、
意識が遠くなった。
男は、薄ら笑みを浮かべている。
「ざまぁ」
と言い、その場から去って言った。
おい。せめて病院を呼んでくれ。
ピロリピロリピロリ……。
スマホが鳴る。
誰もいない深夜の駐車場を着信音がこだまする。
俺は電話に出ようとするが、手に力が入らない。
あれ?電話でるの……。
これどうするんだっけ。
あっスライドか。
「柏木……。
私のおやつは?
今どこなの?
さっさと来なさいよ」
あっ怒ってる。怖いなぁ。
「あぁごめん……。
今マンションの下で、おやつは買ったんだけど、なんか刺されたみたいで、病院呼んでくれないか?」
「なに冗談言ってるのよ。柏木……柏木」
遠くでましろの呼ぶ声がする。
あぁましろの命令を聞くのも、
これで最後なんだ。
なんだろ……。
泣けてくる。
うれしいのかな。
それとも……。
…
俺は柏木純次
38歳
中堅アイドルましろの敏腕マネージャー。
両親は離婚して、母親に育てられた。
原因は父親の暴力だ。
「よく結婚までした女を殴れるよな」
そう噛みついたが、喧嘩なれした父親には、最後まで勝てなかった。
そんな親父も俺が15歳の頃、なにかの抗争に巻き込まれて、右腹を刺されて……。
旅立った。
ちょうど同じ右腹ってところが、神様、皮肉が過ぎる。
小中高と普通の学校に通っていた。あぁ偏差値な。
それほど髙くもないが、低くもない。平均レベル。
それから大学に行って、大学の頃DJを始めた。
夜の街と大学、そしてバイトに明け暮れた。
その頃は毎日、受けるネタ探しばっかりしていた。
DJなんて、踊らせてナンボと先輩に言われて、
売れていて、客が踊りさえすれば、レコードやCDを買った。
自分が好きだから買うんじゃない。
客が踊るから買う。
そういう消費を続けた。
ある時、ポキンと心が折れた。
自分の好きがわからなくなった。
人の動向に踊らされている。
そう感じたのだった。
あぁ、ましろの話……。
忘れてたな。
彼女は俺がスカウトして芸能界に入れた。
この子は芸能界に入れたい。
そう思ったんだ。
光るものがあったんだ。
なんか最近はイメージ悪いんだけど、
昔は良い子だったんだよ。
俺、もう息とかしてねぇのかな。
あれ……。
走馬燈って見てないな。
ほら……。
頭回んねぇ。
死ぬときに、人生のまとめみたいなのを見るってやつ。
ちょっとましろの事と、DJと親父の事だけじゃねぇか。
これ最後の見せ場だぜ。
こんなしょうもない映像で終わらせるなよ。
つか。俺……刺されたの、ワイドショーとかになるのかな。
「アイドルのましろさんのマネージャー柏木純次さんが、ましろさんのマンションの地下で刺されました」
とかなるのかな。
ましろに取材殺到とかするだろうな。
どう答えるんだろ。
今は上手くこなすかな。
一応涙とか流してくれるのかな。
あいつ。ウソ泣きとか得意になったもんな。
あぁまた。ましろの事だ。
なんで、開放してくれないんだよ。
死に際まで、なんでましろなんだ。
あいつ……。
俺の人生の一部だったんだな。
もっと生きたかったよ。
あばよ。
もう泣くなよ。
いや……。
1回は泣いてくれよな。
ましろ……。