春雨
少女の瞳から弾かれるように涙がこぼれた。きっと春の迫力に耐えかねたのだろう。常緑樹は輝きを増し、風にはそのハリのあるまつ毛を根こそぎ抜くような力強さがある。ビル街で育った彼女には致死量の色彩があった。たった視界を3cm上げただけで、息苦しくなる春であった。
涙は雨の如く零れ落つ。涙というのは実に不思議だ。その恐ろしく透き通った水分には、想像も絶する記憶が含まれているのだから。煮詰まった感情はひとたび外の世界に溢れだすと、こんなにも美しくなるのだから奇妙なものだ。
少女は大切な人を失ったばかりだった。
(私はこんなに辛いのに、春はこんなにも美しい…。)
こんなにも悲しい春は初めてだった。彼女は自分をいわゆる薄情者、だと思っていた。しかし、失ってから痛感したのだ。
(私は薄情者ではないのかもしれない。私は思っていたよりも、人を愛せるのかもしれない。)
彼女は自分が惨めであった。自分を薄情者と思い込むことで、人を愛することを避けてきたのを知ってしまったから。そんなもの、ただの臆病者ではないか。ただ、人と別れるのが怖かっただけなのだ。
少女は何も告げずに去ってしまった友達Tが、憎くてたまらなかった。Tが自分よりもずっとずっと薄情者に思えた。自分が見放されたように思えて、やはり惨め極まりなかった。
(なぜ私に何も言わずに行ってしまったの…。)
ありえないほど虚しく、悲しかった。こんな哀れみに強襲される今日くらい、雨を降らしてくれよ、と揺れる黒い眼が叫んでいる。一色の青に包まれた春を恨んだ。この世界ごと呪ってやりたかった。
「きれいな、春……。」
風が涙を散らす。まだ桜は蕾の中に潜んでいるが、他の花々が眩しく照っている。涙は太陽の光を受けてきらりと音を立てた。実に美しい春雨であった。
春先は、別れの季節ですものね。
わたくしにもある別れが訪れましたので、少しずつ、こちらに綴っていきたいと思います。
雨水ヒトミ