貴族のお屋敷で
馬車に乗せられ、走ることしばし。
「こんなに乗り心地のいい馬車は初めて!」
(乗り合い馬車が初めての馬車なのだが)
と言ったら護衛?の騎士さまが
「それなら、貴族が持っている馬車だと羽が生えた乗り物になるね。」と微笑みながら返してくれた。
貴族の馬車、乗ってみたい!
一時間も走ると、街並みが見たこともない荘厳かつ装飾をこらした建物ばかりになってきた。
道の石畳さえも、でこぼこの無い調和された美しさ。
ああ、ここが水の都、麗しの都、首都ハルベリー。
胸に手を当てて、目をつむり感慨に浸っていると
どうやらお屋敷に着いたらしい。
外からカチャリと音がして、馬車の扉が開かれた。
騎士さまが先に降り、私を見つめながら右手を出した。
ポーズなの?ようこそポーズ?
いや、今まで一緒に居たからようこそは無しか?
手のひらが来い来いと動いているような?
そこで思い出す。
エスコートか?これが?私に?
学んだことがあった。手のひらを差し出されたら
手を乗せて連れ添うんだったかな?
騎士さまの視線がさらに笑みを帯びた。
左手を乗せると、正解○と言われた気がした。
手を借りてゆっくり降りた。
気づくと、お屋敷の入り口に人がいた。
紳士はいないようだけど、どうしたら?
「国境警備隊のラオン レノックスであります。
アミル様をお連れしました。」
入り口に居たご婦人に、騎士さまが挨拶した。
そう言えば、名前聞いてなかったな。
私も名乗ってないけどなぜ知ってるの?
あ、書類には書いていたからか。
背筋がピンと伸びた、美しく眩しいくらいの貴婦人。
その横には、私より少し年下であろう男の子がひとり。
あとは使用人?メイド?
私を待ってくれていたの?緊張で手足がバラバラになった。上手く歩けない、恥ずかしい。
「アミルと申します。お世話になります。」
お世話になってもいいのだろうか?
「ヤコブの妻のヘレン グレンジャーと申します。
この子は息子のユリウス グレンジャーですわ。
あなたに命を助けてもらったと主人から聞きました。
どうぞ、しばらくこちらでゆっくりなさってね。」
優しそうであり、近寄り難くもある感じの夫人。
息子のユリウスくんは、もじもじくんだった。
グレンジャー家は、伯爵家だそうだ。
貴族と関わるなんて、無理なんだけど。
メイドに案内される部屋は、北側のすきま風の部屋で
洗顔は冷たすぎる水で、お食事は部屋で野菜のしっぽ?
だったりするのだろうか?
と、どこかのドアマット令嬢が出てくる小説を
思い浮かべて別世界に旅立っていたら
旦那様が帰宅するまで、客間でくつろいでと
案内されるところだった。
騎士さまも、帰って行った。
「旦那様が帰宅したら、夕食にお呼びしますわ。
それまで、ゆっくり疲れを癒してくださいましな。」
メイドさんに連れられて、そわそわしながら着いていくと三人がかりでパパッと着ているものを脱がされて
きゃーと言う間もなく浴槽にドボン!
髪も、身体もゴシゴシされてほかほかの身体にいい香りのオイルを塗られ、つるぴかボデイの出来上がり。
髪も、毛先を整えられて前髪を作り
ブラッシングされたと思ったらハーフアップにされて
艶々ヘアーが出来ていた。
メイクはされなかったけれど、色付きのリップクリーム?を塗られ、プルプルなくちびるが目を見張る。
「誰?これ?」
土ぼこりのような、灰色の髪は艶々の銀髪に!
薄汚れた身体は、腹五分目成果なのかスレンダーだけれどつるぴかボデイ。
美少女だったのか?私。
生まれてこの方、鏡とか見たことなかったから自分のことも知らなかった。
あれ?鏡に近づくと…瞳に違和感。
目の色が左右で違ってる?明るいところじゃわからないけど、室内で間近でこうやって見るとなんとなく違うのがわかる。
常に伏し目がちで、俯いてたからか人から言われたことはない。近づかないとわからないから?
濃い青と、それよりちょっと濃い青の瞳。
濃い方には、うっすら紫?
前髪パッツンしてしまったからわかる人にはわかるだろうか?自分は孤児だから容姿のことをあれこれ詮索されるのはキツそうだ。
早くここを出て、ひとりで生きていけるように頑張ろう。人目につかない仕事、あるかな?
と鏡の前で思考していたら、ドレスを着せられていたようでさらに輝く美少女がいた!
自分で言うなと声なきつっこみを入れた。
コンコン、とノックの音がしてユリウスくんが入ってきた。夫人と同じ、金髪碧眼の美少年。
一人っ子なので、姉弟に憧れていたらしく
「お姉さまと呼んでも?」と言われて
伯爵様がいいと言えばいいわよ?と返事した。
世の中、良いことをした人に優しい人ばかりじゃないし
貴族の家では家人含めて、ドロドロの執着醜聞陰口劇場が催されているらしいから。怖い。
私の居た孤児院でも、幼い子供がもらわれていったけれど良い養親だけとは限らない。
政略に使われたり、労働力にされたりと大事に可愛がられることはありがたいことだと知った。
逃げ帰ってきた子供たちも知っている。平民なら抵抗もできる。
貴族にもらわれて行った子供は、連れ戻されるのを黙って見送るしかないとシスターが言っていた。
とにかく、ご主人様が帰宅したら仕事がみつかり次第ここを出て一人立ちすると宣言しよう。
斡旋所があるのかな?明日にでも行ってみよう。
そんなことを考えていたこともありました。
いや、考えてましたが私の目論みは風と共に去りぬでありました。
ご主人様?奥様?いいんですか?
「「いいんです!!」」
私はいったい…どうなるのでしょう?