王妃様がやってきた
お忍びで伯爵家に来られた王妃様と、その弟様。
弟様は、侯爵家の跡取りで第一騎士団の団長さんらしい。
煌びやかな馬車…ではなく黒ずくめな馬車が門から入ってきて、入り口に到着した。
そこから先に、一般兵士が着るような落ち着いた色味の隊服を着た大柄の男性が降りた。
右手を出して、中の女性をエスコート。
降りてきたのは、ゆるっと長い黒髪をひとつに束ね
片方の肩に流した上品なご婦人だった。
男性の方は、銀髪だけれど黒も混ざっていて鋭い視線が獰猛な動物を想像してしまうほど強そうだ。
入り口が見える場所から、こっそり覗き見をしてしまった。お迎えは伯爵家御一同と執事さん、従者さんたち。
ささっと応接室にご案内。
伯爵様と、騎士団長様は久々に会えたからか伯爵様の体調の心配からか、肩に手を添えながら仲良く入っていった。
王妃様が、ソファーに深く座ったあと白いハンカチをドレスのポケットから取り出し、二枚テーブルに置いた。
「このハンカチ、こっちはお茶会の新参レディが刺繍して私に提出されたものなの。
こっちは、以前街の広場のバザーで出されていたもの。
この国の紋章と国花が、とても丁寧に美しく刺繍されてるわ。生地も高級なものよ。あまりにも見事な刺繍だったからって買ったご婦人が見せてくれたわ。それを少し借りてます。」
「でもね、その紋章の刺繍の反対側にも花の刺繍があるの。白い艶のある糸で刺した小花ね。これよ?」
「この白い花は、今は亡き私の妹が大好きだった花。
初めての女の子が生まれたからと、産着やガーゼ、タオルケットに同じ刺繍を入れていたわ。
それと同じなのよ。」
「そしてこの、もう一枚のハンカチは私が特別に作られたもの。なぜかご令嬢が持っててめぐり巡って私のもとへ。このハンカチは貴方がどうしてもというからあげたものよね?」
騎士団長様に問いかける。
「え?あれ?おかしいな。あのハンカチは悪友との剣の試合で僅差で負けて、身に付けている一番高価なものを差し出すという条件で渡したもの。そいつは隣国の町の騎士団長なんだけどなぁ?」
紋章と国花の刺繍をしたのが、私だと知られたみたいで
ここで私が呼ばれて応接室に入る。
名前を告げて、ぎこちないカーテシーをして
声をかけられるまでお辞儀、でいいんだよね?
うつむいた時間はすぐに終わり、顔をあげてよく見せてと言われてしまった。
いいのかな?身分が違いすぎなのに。
顔をゆっくりあげると、テーブルに私の刺した刺繍のハンカチがあった。もう一枚のハンカチもとても綺麗な刺繍がしてあった。
「この紋章とこの国の花の刺繍、これはあなたが刺したものなの?」
「はい。私が刺繍したものに間違いありません。」
「ここの小さな花の刺繍も?」
「はい。小さい頃からこの花の刺繍が好きで、自分で刺せるようになった頃から目だたないように白糸を使って刺繍しております。」
「なぜこの花を」
「実は私は孤児なのです。赤ちゃんの頃に孤児院の前に捨て置かれたみたいなのですが、その時着ていた服に刺繍されていたのがこの花なのです。孤児院のシスターが、私の身元がわかるものはこの刺繍だけだと。
いくら探しても、両親はもとより知る人さえも見つかりませんでした。
でも、もしかしたらこれは母という人が刺したものかもしれないと思うと、同じように刺繍をしたい。そこに癒しを求めたいと精進してきたのです。
母かもしれないその服の刺繍は、そこだけ切り取って私の宝物として今でも大事に持っております。」
この国から見たら隣国の、とある町の外れの孤児院。
そこで16歳まで育ててもらった。
そしてこの国に憧れ、ここまで何かの縁でつながりを得て今、ここでおそれ多くも生かしてもらっている。
そう伝えると、王妃様が立ち上がり私の目の前にやってきた。
少し屈んで私の顔を斜めに覗く。
目と目が合うのがちょっと怖かったけれど
目を合わせてじっと見た。とても美しい紫色の瞳。
遠くからだと、濃紺なのに。
気づくと、大柄の騎士団長様までもがにゅーっと顔だけ寄せてきて私を見てた。綺麗な紺色の瞳だ。
「もしかして?」
「もしかしなくてもよ」
何の会話かわからない。
「あなたは私の姪だわね」
「君は私の姪っ子だ」
「「私たちの妹は、オッドアイだったんだ たのよ」」
王妃様の妹、もしかしたら私の母?だった人はもうこの世にいないみたいだ。
なぜ捨てられたのだろう?
オッドアイだったからなの?
なぜ、母と思われる人は亡くなったのだろう?
黙って成り行きを見守ってくださっていた伯爵家の人々。いつの間にか人払いをしていたようで
伯爵様と奥様だけになっていた。
ここからの展開が、みなさんにご迷惑をかける話にならなければ良いのだけれど。
今日の夜は、長くなりそうだ。