98話:噂の出どころはどこか?
サグラード王国の生き残りらと対話していたところ、突如現れたミウルスが遊び感覚で彼らの理性を奪っていった。
大きなトラブルに発展することこそなかったが、場をかき乱された俺たちは一度グラトニアへと帰還した。
そして翌日、対話の続きを行うべく改めて彼らの集う廃墟へと足を運んだ。
「あれから様子はどうだ?」
「特に変わりありません」
俺への敵意を剥き出しにしていた人々も、取引内容には理解を示しており大きな反発はなかったようだ。
あの過剰な反発心は俺個人の態度や、情報への不信感が攻撃性を生み出していたと考えるべきか。
いずれにせよ彼らとの話がまとまったことで、サグラード領の開拓に道が開けた。
「俺はしばらくこの付近を離れるつもりだが、何か懸念すべき問題はあるか?」
「他の方がゾンビ化した我々を見たら殺されないでしょうか?」
「対応マニュアルは作ってあるが、お前たちの対応に当たる代理人の選定で支障が起きるかもしれない」
「えぇ……」
俺は彼らへの対応マニュアルこそ作っていたが、代理人として適切な人物が思い浮かばなかった。
グラトニアの代表代理人は基本的にオウボーンとタンゾウに任せているが、二人とも戦闘の心得はない。
グランルーンは叛逆の翼を投与すればその力を失うことから、投与の対象外としていた。
そのため、ゾンビ化リスクが高く、彼に管理を任せることができない。
ダスティナや移住者の多くは人間性の問題から、管理を任すには不安が残る。
「何でも自分で管理する癖が裏目に出たな」
俺は彼らの管理に当たる人物の選定にしばらく時間がかかることを告げ、この日はグラトニアに帰還することにした。
それから数日、グラトニアでしばらく人間観察を行った。
俺が留守の間、彼らへの管理を誰に任せるかだ。
「ところでファーシルさ、何でまた留守にするの?」
「イラに特殊個体のゾンビについて伝えておきたい」
「別にファーシルが行かなくてもよくない?」
ダスティナの指摘は分からないでもない。
だが、この件を詳細に伝えられるのは俺だけだ。
「いや、この件は俺が出向く必要がある」
「ふーん、まあいいけどさ」
ダスティナのような疑問を呈す者は他にもいたが、国の機密に関わることだと伝えるとすぐに納得した。
翌日、俺はリプサリスと墜征隊員二人を連れてノースリアに向かう。
「ファーシルさん抜きでサグラードの人たちとのやりとりは大丈夫でしょうか?」
「不安ではある」
リプサリスはサグラード王国の生き残りと適切な関係を維持できるかと不安を口にするが、それは俺も同じだった。
「ただ、あいつらの心情を考えるなら、俺はいないほうがいい」
「そうなんですか」
「ファーシルはあいつらの心情に寄り添う気が一切ないからな」
「方針だけ考えりゃ甘っちょろいくらいなのにな」
「お前らあのとき現場にいなかったろ!」
彼らは人づてに俺の態度を耳にしたようだ。
念のため伝聞情報を確認したが、間違ったことは言ってなかった。
内部に悪質なデマを流す輩はいないと安心して良さそうだ。
「リギシアが見えてきたか」
「セレディアさんと会うんですか?」
「ああ……」
俺たちはノースリアに向かう途中で、リギシアに立ち寄り、セレディアと合流した。
大体の事情を把握していたセレディアは俺がノースリアに向かうと告げたところ、特に理由も聞かずに同行した。
すぐに状況を飲み込んでくれたのだろう。
「以上が現在の俺から伝えられる情報だ」
俺はノースリアに到着後、イラと面会を行い、特殊個体のゾンビについて伝えた。
「特殊個体のゾンビですか……」
「そのゾンビたちを知らずに招き入れれば、一瞬で国が危うくなることは間違いない」
「そうですね」
イラは俺の話を聞くと、彼らへの対応を即座に決断した。
「ならば私はノースリアの安全を第一とし、従来のサグラード像を国民に提示し続けます」
「懸命な判断だ」
俺だって彼らの正体が最初からゾンビ化の蔓延を目的とした存在だと知っていたら、迷わず迫害することを選んでいた。
イラの判断を責められるはずがない。
それにイラの政治方針では、彼らを受け入れた場合、特に深刻な被害を出ると考えられる。
なぜなら、経済発展を優先するあまり出自を気にしない姿勢でいるからだ。
「そういえばリギシアは大丈夫か?」
「リギシアは大丈夫だと思うよ。夜中でもみんなうるさいから」
「なるほど、招き入れてもすぐに始末されるか」
リギシアの人々は特殊個体のゾンビに対する知識はない。
それでもセレディアの話す社会環境から、リギシアの人々が心配になることはなかった。
「ところで地下牢でゾンビ化していた男はどうなった?」
「今は人間として服役しています」
「上手くいったんだな」
「はい」
「それは良かった」
俺はあえて本当に心配にしていた問題を聞くことはしなかった。
あの囚人を突き刺したときに漏れ出た紫色の液体が、適切に分解されずノースリアに甚大な被害を与えていた可能性を想像していたからだ。
幸い城内でゾンビ化の蔓延が起こらずに済んだが、一歩間違えていればこの国はサグラードと同じようになっていた。
イラとの対談はその後も続き、翌日から多くの人々に叛逆の翼が投与されることとなった。
しかし……
「ワシはそんな気持ち悪いものなどいらん!」
「他者の魂を取り込むなんて、事実上ゾンビ化じゃないか!」
「そんなおぞましいものを投与するなんて無理です」
叛逆の翼を恐れる声が多く挙がり、投与されたのは当初予定していた人数の半分以下となった。
その後、俺たちはこの問題に対応すべく議論することとなった。
「おかしい……」
「何がですか?」
「どうして何人もの人が魂の取り込みを恐れたんだ?」
「特に変だとは思いませんけど……」
「気持ち悪いって思うのは普通じゃない?」
「そうじゃない。俺の疑問はどうして彼らが叛逆の翼の成分を知ってるかだ」
「えっ、それは……!」
周囲にいた全員が俺の違和感に理解を示す。
普通に考えればイラとセレディアが周囲に伝えない限り、叛逆の翼の詳細どころか存在すら知らないままだ。
それなのに何人もの人々がまるでその成分を知っていたかのように拒否したのは明らかに不自然だ。
「セレディアさんは誰かに話しました?」
「アタシは誰にも話してないよ。別に話す必要なかったし」
「そうですよね」
彼女たちは魂の核を匂わせる発言をしたことはないか。
グラトニアから同行してきたリプサリスと、墜征隊員二人はずっと俺と同行しているのだから疑う余地がない。
ならばどこから叛逆の翼の話が漏れた?
「拒否した人たちがどこでそんな話を聞いたのか確かめてくる」
「ああ、分かった」
セレディアは俺の疑問に対する答えを探すべく、叛逆の翼を恐れた人々から情報収集を開始した。
「最近イルシオンから、歴戦の戦士を思わせる人物がノースリアに渡ってきたか?」
「分かりませんが、何か心当たりがあるんですか?」
「叛逆の翼を知ってる人物は限られてるんだ」
叛逆の翼に関する話は俺がイルシオンでチェイと会ってから、今までの期間にイルシオンからノースリアに渡った人物に限定される。
おそらくは墜征隊員の誰かだ。
悪質な情報を流布する常習犯といえばミウルスだが、この件の犯人はおそらく彼女ではない。
なぜならミウルスの名前はこの国でも知れ渡っており、彼女が流布した張本人なら既にその名が俺の耳に届いていてもおかしくない。
「なあファーシル、墜征隊員なら俺らが見れば分かる」
「そうだったな」
同行していた墜征隊員の二人も情報収集のために出ていった。
「ビンワーンはまだノースリアにいるか?」
「たまに顔を出しますが、ビンワーンさんに何か用ですか?」
「商人の元締めなら、噂には詳しいだろ?」
イラは何か思い当たったように一瞬黙り込んだ。
「どうした?」
「噂とは違いますが、数日前アナドールさんの言ってたことが気になるんです」
「何て言ってたんだ?」
「ノースリアには幽霊がいるって……」
「幽霊?」
イラはその話にきちんと取り合わなかったらしいが、もしかしたら何か今回の件に関係あるのかもしれない。
アナドールから話を聞いておくべきだろう。
「アナドールはどこにいる?」
「そろそろここに顔を出すと思います」
「そうか、ならばアナドールが戻るまで待機するとしよう」
それから待つこと数十分、先に調査を始めていたセレディアと墜征隊員の二人が戻ってきた。
「どうだった?」
「全然ダメ、噂の出どころはバラバラだし、話した本人は覚えてないって人ばっかりだもん」
「ふむ……」
たかだか数十分の調査とはいえ、セレディアの報告を聞く限り調査は難航しそうだ。
なぜなら意図的に情報源を迷彩したとしか思えないからだ。
「お前たちはどうだった?」
「近くにそれらしき奴はいなかったです」
「お前たち以外の墜征隊員はいなかったか」
「脱走した奴は一人いたが、そいつが姿を晦ましたのはだいぶ前なんです」
「そうか」
時系列を考えれば、彼らの見つけた人物は容疑者にはなり得ない。
結局手掛かりは得られないままだった。
本当に幽霊の仕業だと言うのだろうか?
「あ、アナドールさんが戻ってきたみたいです」
アナドールが謁見の間に顔を出すと、一斉に彼女のほうへと顔を向けた。
「えぇっと私、何かしちゃったんですか?」
視線が一斉に向いたことから、アナドールは恐る恐る状況の確認を行う。
「幽霊の話ですか……」
アナドールは何を以て幽霊の存在を疑ったのか?
俺は彼女にその真意を訊ねることにした。




