97話:目的のない狂気
「以上がイルシオンでゾンビ対策の専門家と協議した内容だ」
チェイとの協議を終えた俺は、翌日サグラード王国の生き残りらが集う廃墟へ向かい、可能な限りの情報を伝えた。
「ふざけんな!俺がゾンビなわけねぇだろ!」
「お前たちが全員夜中ゾンビとなっていたのは、既にこの目で確認している」
「腐ってるのはてめぇの目だっつってんだよ!」
俺の話を信じない一人の男は感情任せに怒りをぶつける。
俺は取り除いた青い土を見せたが、それでも信じようとはしない。
まるでその態度は都合の悪い話をする人間は悪と断定する陰謀論者のようだった。
その男は俺の話など聞きたくないと言わんばかりに、建物の外へと駆け出した。
「相変わらずか」
彼が廃墟を飛び出していった数分後、付近の警備に当たっていた墜征隊員が報告にやってきた。
隣には怒り狂っていた男が痣だらけでうなだれていた。
「グラトニアに強行突破しようとしたやつがいたから、お前の指示通り処理しておいたぞ」
「そうか、ご苦労だった」
どうやら怒り狂っていた男は警備していた墜征隊員の警告を無視し、グラトニア方面に強行突破しようとしたらしい。
そのため、墜征隊員に叩きのめされたようだ。
その対応は俺の指示に則ったもので、適切な処置だった。
「お、おい、あいつ大丈夫かよ……」
「もう何なのよこいつらは!私たちが何をしたっていうの!」
「あーもうだめだ」
全身痣だらけとなった彼を見た何人かが、たちまち俺たちへの不信感を露わにする。
「前にも言ったが、お前たちを殺すのは簡単だ。それなのに俺が今までお前たちを迫害してきた連中と同じだというなら、どうしてこんな回りくどい対応をするのかよく考えろ!」
既に一度食料を支援したにもかかわらず、依然として俺に敵意を向ける者が絶えない。
怒り狂っていた男への対応を巡って、その敵意はさらに燃え上がっていた。
「ハッハッハッハハ」
「誰だ?」
突如背後から女の声が聞こえ、振り返るとそこにいたのはミウルスだった。
「理性や倫理だのとうそぶいて、自分を抑え込むのは実に醜悪な光景だ」
「何が言いたい?」
「殺し合え!」
「!?」
ミウルスが『殺し合え』と口にすると、その途端男女三人が立ち上がり、俺の元へと武器も持たずに殴りかかってきた。
「ふんっ」
俺は左手で鞭を取り出すと、襲い掛かってきた三人をまとめて薙ぎ払った。
この三人は元々俺に強い敵意を見せていたが、今のは明らかに彼らの意思ではない。
「お前は何をした?」
俺はミウルスを問い詰める。
なぜなら三人はミウルスの言葉を聞いた瞬間、襲い掛かってきたからだ。
ミウルスは彼らと何の信頼関係もないはずだ。
そんな彼女が脅すこともなく、『殺し合え』の一言で一斉に決起させたのは明らかに不自然だ。
彼女の言葉には何らかの催眠効果が秘められていたとしか考えられない。
「余の言葉がただの言葉でないと、すぐに悟ったようだな」
「共感や同調をした相手の理性を奪う。それがお前の異能力か」
「ご名答だ」
まさかその通りか。
俺はミウルスが各地で他者を扇動し、破滅に導いていることは前々から知っていたが、異能力を使っていたと知ったのはこの時が初めてだった。
「なあ、あの人まさか……」
「お前も気づいたか?」
「昔失踪した第三王女様だよな?」
ミウルスがサグラード王国の第三王女?
そのような話はチェイからも聞いたことない。
「お前がサグラードの王女だったのは本当なのか?」
「血筋だけの王女など、王女とは言えまい」
「……」
どうやらミウルスがサグラードの第三王女だったことに間違いはない。
だが、彼らは第三王女の存命を希望の光とは見做さなかった。
「ワシが若い頃と全く姿が変わっておらぬとはどういうことじゃ?」
ミウルスもサキュバスクイーンと同様に、昔からずっと姿が変わっていないのか。
姿が変わってないと発言した老人の年齢は70歳ほどだ。
若い頃を20歳ほどと想定すると、30歳ほどに見えるミウルスの実年齢は80歳近くになるのだろうか。
「まさかこの王女様はゾンビなのでは?」
「そ、そんな……」
俺に対してのみならず、ミウルスにまで勝手な妄想を膨らませたか。
こんな連中を取りまとめている代表の気苦労が計り知れない。
「余が怖いか?」
ミウルスがそう口にすると、彼女をゾンビと疑った者達はたちまち頭を伏せ、耳を塞いだ。
彼女の言葉を否定できなかったのだろう。
「ファーシルよ、貴様はこの光景が美しいとは思わないか?」
「……どこがだ?」
「理性を解き放ち、本能がままに生きた瞬間こそ、その命はもっとも輝く」
チェイはミウルスが抑圧された人々の解放が目的だと言っていたが、今になってようやく言葉を理解できた。
彼女の扇動行為はまるで目的がない。
その奥に潜む思想はニヒリズムを思わせた。
「……」
俺はミウルスに『何がしたいんだ?』と問いかけようと思ったが、その質問に彼女は真っ当な答えを持ち合わせていないだろう。
他者に理性や倫理を否定し、破滅へと向かわせることそのものが目的だと悟ったからだ。
だから言えることはこれだけだった。
「邪魔しないでくれるか?」
ミウルスの行為は迷惑に他ならないが、あくまで迷惑程度のものだ。
あまり強い言葉を投げかける必要もない。
「どうして余が貴様の下らん要求に応えなければならない」
「……」
社会秩序や倫理を否定するミウルスに、俺の言葉は何も響かなかった。
「墜征隊の連中は余を殺しに来たらどうだ?余を殺すことができれば、国が貴様らを縛る大義名分も消える」
今度は俺に同行していた墜征隊員に向かって、言葉を投げかけた。
自分自身にさえ殺意を焚きつけるか。
彼女の振る舞いから、この場に現れた意図が俺への敵意があるわけではないと確信した。
おそらく最初に飛び出していった男の怒声を聞きつけて、面白半分に姿を現したのだろう。
「やってやろうじゃねーか!」
ミウルスの挑発に乗せられた墜征隊員は正面から、ミウルスの顔に槍を突きつけた。
しかし、その槍は次の瞬間片手で抑えられ、彼女が手首を捻るといとも簡単に折れ曲がった。
「なっ、俺の槍が……」
「槍を折られただけで殺意が消え失せるとは実につまらん」
槍を折られ、戦意喪失したことでミウルスの理性を奪う異能力の効果が途切れたのだろう。
その様子に彼女は冷やかな目でつまらんと言い放った。
カタオクリナのような狂戦士とは異なるが、自分に殺意を向けられることを望む態度は彼女と似た厄介さを彷彿させた。
ミウルスに他者を害する意図こそないが、危険極まりない。
「みんな、一旦帰るぞ!」
俺はこの場にいても混乱が広がるだけだと判断し、仲間たちに退却命令を出した。
幸いミウルスは後を追ってくることはなかった。
圧倒的な実力で無法行為を貫く彼女に俺たちは何もできなかった。
俺はそのことを噛みしめながら、グラトニアへ帰還したのだった。




