96話:昼を生きるゾンビとの共生を目指して
グラトニアを発ち、数時間。
イルシオンへ辿り着くと、俺たちはすぐにチェイの元へ報告に向かった。
「ファーシル君、早速進展があったのかな?」
「まだなんともいえない」
サグラード王国の生き残りらに開拓の協力を取り付けたのは進展といえるが、代表の男以外はどう動くか分からない。
それにゾンビ化した彼らが及ぼす悪影響次第では、彼らの生命活動を容認できなくなる。
そういった問題を踏まえると、進展があったとは言い難い。
「今回報告したいのは三点だ。まずは俺のニアソウルコアを投与されたリプサリスに副作用が現れた」
「そのことなら報告不要だよ」
「副作用が出るのは想定内だったのか?」
「その通りだ」
ならばこれから起こりうる問題への対策を聞いておくべきか。
「この副作用が今後もたらす危険性について教えてくれ」
「君が彼女に悪意を向けない限りは問題ないはずさ」
「悪意……?」
悪意といっても様々だ。
それにどう向き合うべきかの答えになってない。
「君は彼女に心を読まれているわけではないが、思考パターンは全て把握されていると思っていい」
「だから悪意を持って接すると、意図を読み解かれるのか」
「その通りだ」
要するに、俺は感情を読み取られる想定しておくべきということか。
今までリプサリスに悪意を向けて接したことはないが、話が噛み合わないことにイライラしたことは何度もある。
注意すべきはそういったときにどう接するかか。
「それであと二つの報告とは何だい?」
「サグラード王国の生き残りに出会ったことと、彼らのもたらす危険性についてだ」
「ふむ、まだ生き残りがいたのか」
チェイが彼らを率先して迫害していたことにはあえて触れまい。
彼らは純粋な被害者とはいえ、迫害されるだけの理由があった。
「お前ならもう分かってるかもしれないが、彼らは人間でありゾンビだった」
「まあそうだろうね」
やはり分かっていたか。
……だが、そうなると一つの疑問点が浮かぶ。
「彼らを見て気になったんだが、削り取った魂の核、または加工したニアソウルコアを複製できるのか?」
「通常ならば不可能だよ」
「……」
特殊個体のゾンビ、すなわちサグラード王国の生き残りは結果的に寧々のニアソウルコアを増産していたはずだ。
ならばチェイも同じように、ニアソウルコアを増やせるはずではないか?
「君の質問はゾンビ化が蔓延するメカニズムを完全に理解したと受け取っていいかな?」
「完全ではないが、ゾンビの嘔吐物が大地を蝕み砂漠化させていたことは理解した」
俺は保存していた青い土をチェイに見せた。
「これが実際に汚染された土を取り除くために採集したものだ」
チェイは俺たちが採集した土を注意深く観察する。
「ふむ、間違いなくゾンビの影響によるものだね」
「それで魂の核を複製できないのはどうしてなんだ?」
「むしろ君は何で複製できると思うんだい?」
「彼らがゾンビを増やすためのゾンビだと判断したからだ」
「……珍しく鋭いね」
いつもなら勝手に理解していると解釈して喋り出すチェイだが、まるで喋りたくないことに触れられたかのようだ。
彼らを迫害していたことに罪悪感を抱く倫理観がチェイにあるとは思えないが……
「あいつらを迫害するようノースリアと協定を結んで、民衆にゾンビとサグラードに嘘の情報を広めたのは、人々を守るためだろ?」
「それはその通りさ。なるほど、君は私のしてきたことから、逆算してその結論に至ったんだね」
「それも一つの理由だが、ゾンビ化の蔓延を目的としないなら、昼間に人間として彼らを生かす理由が思いつかない」
俺は話を戻し、なぜ魂の核が複製できないのかを再度確認する。
「やれやれ、君はほんとに嫌なことを言わせようとするね」
「嫌なこと……?」
「たった一分野とはいえ、自分を裏切った弟子に才が劣っていたなんて認めたくはないだろう?」
「……」
それが本音か。
俺にとってはどうでもいいことだったが、チェイが俺の質問を遠ざけていた理由を理解できた。
「寧々の錬金術の才は間違いなく私に並ぶ天才だ」
「天才か……」
俺は寧々が天才と言われても今一つピンとこなかった。
ニアソウルコアを複製できるのは寧々だけだと分かったが、彼女の創造物は俺の知る限りゾンビだけだ。
しかもこの世界を蝕み、破壊し尽くすだけで何の生産性もない。
国の恒久的支配システムを作ろうとするチェイとは、目標も実績も天と地ほどの差がある。
「私が他者を天才と評するのが意外かい?」
「そう思っているのは否定しないが、それ以上にゾンビを生み出し、世界を蝕むだけの寧々が天才と言われても実感が湧かない」
ニアソウルコアの複製技術でさえ、俺は何がすごいのかよく分からない。
チェイにもできないからすごいことなんだという感覚しかなかった。
「素人目線なら、そう思うのは仕方ないよ」
「……」
「賞を授与された科学者の発明を聞いても、『何の役に立つの?』と口にするだろう?しかもその凄さを説明されても理解することさえ難しい」
「そうか」
俺をバカにした言い方なのは腹立たしい限りだが、その通りだと認めざるを得ない。
それにチェイの言葉にしては珍しく分かりやすい例えだ。
相手の理解度に寄り添う意識が芽生えたのかと小さな感動を覚えた。
「ところでこの青い土を浄化するには、また俺の魂の核が必要になるのか?」
「いや、アルコールか、熱水にしばらく浸すだけで十分さ」
アルコールはそこらで簡単に調達できない。
それに調達したとしても、酒を切らしたダスティナが我慢できなくなって口にしてしまう可能性がある。
そのため、青い土の浄化をするなら熱水で処理するほうがいいだろう。
しかし、この処理方法は……
「まるでカビを落とすみたいだな」
「実にいい着眼点だ」
「何がいい着眼点なんだ?」
「寧々のニアソウルコアはカビを媒介しているのだよ」
「!?」
顕微鏡すら普及していないこの世界でカビを利用したというのか。
通常乾燥した砂漠の環境はカビと相性が悪い。
そのため、砂漠地帯で多く見られるゾンビ化の原因にカビが影響していたことは想像していなかった。
「寧々のニアソウルコアに複製機能があるのは、カビの増殖プロセスを利用しているのか?」
「そういうことさ」
「ふむ……」
カビに体を蝕まれ続けていると想定すると、サグラード王国の生き残りらを寧々のニアソウルコアから解放しても助からないだろう。
下手すれば昼間正常な人間として活動しているときに、ゾンビ化の原因であるニアソウルコアが命を繋いでいる可能性さえある。
「一応聞いておきたいんだが……」
「何だい?」
「一昨日遭遇したサグラード王国の生き残りは、叛逆の翼で正常な人間に戻れるか?」
「それは間違いなく無理さ」
やはりそうか。
それから俺はこれらのことを踏まえ、彼らとどう関わるのが最善かをチェイと議論する。
「さっさと殺すのが最適なんだろうが、友好関係を築ける相手に俺はそこまで非情になれない」
「どうしても生かしたいなら、池や湖の近くで暮らすことを条件とすればいいさ」
「何か意味があるのか?」
「彼らの吐き出したニアソウルコアを分解するのに手間が省けるからだよ」
「なるほど」
青い土を浄化するために魔法で生み出した熱水に浸し続けるのは手間だが、本物の水さえあれば水を熱する魔法だけで済む。
しかも魔法が与えた影響は残るので、水温管理のために時間を取られる必要もない。
議論を経て彼らへの対応方針が決まると、俺は再び魂の核を差し出し、より多くの人々に叛逆の翼を投与する計画を固めるのだった。




