95話:叛逆の翼がもたらした副作用
サグラード王国の生き残りたちの処置を決めた日の夜、俺は再びダスティナ、リプサリスと共に彼らの廃墟に向かう。
彼らは寝ている間、全員がゾンビ化していると睨んだからだ。
「あれ、あそこにいるのって昼間騒ぎ出した爺じゃない?」
「ああ、そうだな」
彼らの拠点に向かう最中、ダスティナがゾンビ化した老人を発見した。
これで代表の男だけでなく他の者もゾンビ化していたことが確定した。
彼の周囲に嘔吐物が散らばっている痕跡はない。
今はこの老人を無視しても差し支えないと判断して、彼らの廃墟まで向かった。
彼らの廃墟へ辿り着いた俺は中に入るべく扉を開ける。
「やっぱりか」
彼らは案の定全員ゾンビ化していた。
「じゃあ何持ってるのか確認させてもらおっかなー」
ダスティナはゾンビ化した彼らを見ると、すぐに物色を始めた。
通常ゾンビ化した場合は死亡済と見做されるため、彼女の行為は合法だ。
倫理的な問題はあるが、ゾンビ化問題の手掛かりを得られるかもしれないと俺は彼女の行為を黙認した。
「うーん、何もないね」
「そりゃそうだろうな」
迫害を受けていた彼らは市場価値のある物を所持することに何の意味もない。
むしろ強奪される危険性が高まるだけだろう。
「確認は十分か?」
「うん」
結局ダスティナは彼らから何も持ち去るはなかった。
俺は彼女が十分に物色を済ませたことを確認すると、グラトニアへと帰ることにした。
翌日、俺は深夜の調査の疲れから、目覚めたのは昼過ぎだった。
同行していたリプサリスもまだ隣で寝ており、イルシオンに報告へ向かうのは明日にするべきだと判断した。
この日俺はゾンビ化対策の一環として、深夜警備のマニュアル作成に着手する。
「おはようございます」
しばらくするとリプサリスが目を覚ました。
彼女は起きるとすぐに食事の準備を始め、俺の分も用意してくれた。
遠出したとき以外はいつもの光景だ。
「何をしてるんですか?」
「ああ、これはゾンビ化した連中と遭遇したときの対処マニュアルを書いてるんだ」
「……?」
リプサリスは俺がマニュアルを書く意図が分からない様子だ。
「ゾンビを見たら、普通は駆除しようとするだろ?」
「はい」
「そうなると廃墟の連中がいつ殺されてもおかしくないから、そのためのマニュアルだ」
「そこまで考えていたんですか」
「……」
リプサリスらしくないな。
俺の行動に関心を持つことが珍しいのもそうだが、『そこまで考えていたなんてさすがです』と言わんばかりにお世辞めいたことを言うのがどうも彼女らしくない。
良い変化であることは間違いないのだが、急に何があったのかと不気味に思うばかりだ。
しばらくしてゾンビ対策マニュアルを一通り書き終えた。
陽が沈み、リプサリスは買い出しをする頃だった。
「ファーシルさんはミカケダオシのお肉が好きでしたよね?」
「ああ……」
「割高でしたが、ファーシルさんが良ければ買おうかと思いまして」
「ふむ……」
今度は相場を意識した上で、夕食のメニューを提案してきたか。
市場相場への理解は元々あったと思われるが、このような会話も初めてだ。
徐々に態度に変化が見られるならともかく、リプサリスの変化はあまりにも急だ。
さすがに本人かどうか問いただすべきだろう。
「なあリプサリス」
「なんでしょう?」
「お前は本当にリプサリスか?」
「えっ……」
リプサリスは俺の質問に思考が停止したのか、彼女はそのまましばらく何も喋らなくなった。
まさか本当に目の前にいるリプサリスは俺の知る彼女じゃないのか?
「責めてるわけじゃない。何があったか聞いているだけだ」
「叛逆の翼が投与されてから、ファーシルさんのことが今までよりずっと分かるようになったんです」
「なるほど……」
叛逆の翼の副作用か。
予想していた回答の一つだっただけに、驚くには値しない。
叛逆の翼が投与されたのはごく最近だ。
リプサリスの態度に変化が見られた時期を考えると、納得できる回答だ。
だが、叛逆の翼が俺への理解度に変化をもたらしたのなら、他に投与された人々にも同様の影響が出ているはずだ。
俺は叛逆の翼が投与された他の人々に、投与されてから俺への理解度が何か変わったかを確認しに回った。
「いいえ、特に変わりありません」
「いや、何も……」
「まだお前のことは名前と容姿以外何も分かっちゃいねぇぞ」
『叛逆の翼を投与されてから俺への理解度に変化は生じたか?』
この質問にリプサリス以外の投与された人物全員がノーと答えた。
ダスティナのように長い間一緒におり、俺の人となりを熟知している人間なら、今更俺に関する新たな情報を得たところで影響を実感できないと考えられる。
しかし、最近まで一切関わりのなかった墜征隊の四人ですら全員が何の変化も感じないと答えたのだ。
これはリプサリスの自我が希薄ゆえに起きた副作用と考えるべきだろうか?
「リプサリスは自分だけ副作用が出た理由が分かるか?」
「いえ……」
この質問に答えられないのは当然か。
例え病に侵されても、その原因を頭で理解できないように、自分だけに副作用が起きたなんて分かるわけがない。
「明日チェイの元に向かうつもりだが、他者への理解度にどう変化が生じたか自分の口から話せるか?」
副作用が出た理屈は理解できなくとも、どんな変化が起きたかリプサリスは分かっていた。
ならば彼女の口から説明してもらったほうがいい。
「えーっと……」
「どうした?」
「ファーシルさん以外のことは全然分からないままなんです」
「そうか、理解度が上がったのは俺に対してだけか」
「はい」
リプサリスは俺以外への理解度はこれまで通りで、チェイとの対話は俺に委ねたいという。
変化の生じた原因が俺の魂の核から作られた叛逆の翼であると考えれば、彼女の回答に不審なところはない。
俺は態度に変化の生じた今のリプサリスを信じ、明日の報告へと備えるのであった。




