91話:報酬は実践訓練
チェイの方針により叛逆の翼が一斉投与された翌日、俺はグラトニアに常駐させる墜征隊員を選ぶため、彼らの宿舎に向かった。
チェイから墜征隊の運用を許可されたが、連れていける人数はかつてのジャーマスと同じく四人までとされた。
最初の被験者となった元最上位騎士と、アケディネアはその四人に含まれておらず、この二人を同行することは既に確定済だ。
彼らの宿舎に入ると、室内のあちこちが破損しており、乱雑に散らばった道具が彼らの性格を物語るかのようだった。
「お前、得体の知れない物質を投与されたらしいじゃん」
「なんだ、選ばれなかったことに嫉妬してるのか?」
「ばーか、誰があんなもん欲しがるんだよ」
宿舎では叛逆の翼を投与された者と、そうでない者がそのことで互いに罵り合っていた。
あまり見ていて気分の良い光景ではない。
俺は彼らを無視して、同行させるべき者を選ぶために何人かと面談した。
カタオクリナほどではないが、粗暴で扱いにくそうな者が多かった。
俺はそんな中から四名の墜征隊員を指名し、グラトニアに同行させることとした。
だが、グラトニアに向かう前に一度試したいことがあった。
「カタオクリナ、お前はどの程度なら俺の魔法に無傷で耐えられる?」
「どのくらいかなんて言葉じゃ表現できねぇよ、試すつもりなら付き合ってやるぜ」
「そうか、ならば頼もうか」
俺は選定した者らも連れて、カタオクリナとイルシオンの外へと出た。
同行人数の制限は四人までだが、近郊での訓練なら問題はないだろう。
「段階的に魔法の威力を上げていくから、無傷、軽傷、それ以上の三段階に分けて伝えてほしい」
「お前、俺様を魔法に巻き込む戦い方を想定をしてやがるな」
「ああ、その通りだ」
彼女の圧倒的な防御力は、俺の広範囲を巻き込む魔法と相性が良い。
だからこそ、最初から巻き込むことを想定した戦い方に対応できるように考えていたのだ。
「否定しないとは潔いな」
堂々と口にしたほうが好意的に受け取るのがカタオクリナだ。
わざわざ隠す必要はない。
「さっさと始めな」
「分かった」
俺は次々とカタオクリナへ攻撃魔法を放つ。
過去に戦った時よりも威力の低い魔法は最初から試す必要はない。
出力レベルは100段階で表すなら60からだ。
「余裕だ」
やはりこの程度は無傷か。
75を超えたあたりでようやく軽傷を負ったようだ。
魔法の特性によって同じ程度の威力でも結果に差は出るが、やはり耐久力は化け物というに他ならない。
「ここまでだな」
俺はそう口にすると、リプサリスにカタオクリナを治療する指示を出した。
彼女と本気で戦うなら最低8割の力は出さなければ話にならないか。
並外れた肉体強度であることは分かっていたが、ここまでとは驚くばかりだ。
「これで終わりか。じゃあ今度は実践訓練と行こうぜ!」
戦闘狂のカタオクリナにサンドバッグになることを求めたのだ。
代わりに実践訓練に付き合わされるのは想定内だ。
「やはりそうくるか。お前たち、俺の指示に従え!」
「くっくっくっ、最初から周囲を巻き込んで戦おうとは良い判断するようになったじゃないか」
8対1の状況を作り出したにも関わらず、カタオクリナは俺を非難するどころか嬉々として立ち向かおうとする。
俺はリプサリスの後方支援を任せ、先程選抜した墜征隊の四人と元最上位騎士に前方で交戦するよう指示した。
アケディネアには俺がカタオクリナに向けて撃った魔法を参考に、後方から異能力と組み合わせた魔法で不意打ちするよう指示を出した。
俺は中間地点から魔法を主体としつつ、状況に応じて武器による攻撃も行うつもりだ。
「来いっ!」
カタオクリナがそう口にすると、選抜した墜征隊員と元最上位騎士が同時に彼女に襲い掛かる。
1対5の状況でも、カタオクリナが押されることはない。
それどころか元最上位騎士は一瞬で捻り伏せられてしまう。
力の根源だったチェイのニアソウルコアの影響が失われたとはいえ、あまりに弱すぎる。
彼は今後戦力として考えないほうがいいだろう。
残りの四人もリプサリスの支援魔法によってどうにか耐えている状況だ。
俺は魔法攻撃が難しいと判断し、リプサリスと同じく支援魔法に徹する。
あとはアケディネアがどう動くかだ。
俺はアケディネアに目をやると、何もしていない様子だ。
やはりこの状況ではアケディネアも攻撃魔法を安易に撃てないか。
「おらあっ、俺様と同じ墜征隊ならもっと根性を見せやがれ!」
「ぐあっ」
「ぶぐっ」
カタオクリナの振り回した金棒が二人の墜征隊員を弾き飛ばす。
二人が弾き飛ばされたことで、カタオクリナの周囲に空いた空間が生まれたその隙に俺は魔法の氷柱を彼女目掛けて解き放つ。
「ふんっ!」
だが、カタオクリナが左拳を握ると俺の放った氷柱は即座に砕かれた。
彼女の拳は全く傷ついていなかった。
おかしい、明らかに傷を与えられる魔法を放ったはずだ。
「お前は分かってねぇな。さっきとは想定が違うんだよ!」
「なにっ!」
「交戦の意思ありきなら、この程度の魔法じゃ俺様は止められねぇってことだよ!」
突進してきたカタオクリナが俺に強烈な拳を叩き込んだ。
「ぐっ……」
俺は耐えきれず地面に倒れ込んだ。
1対8でこの状況か。
敗北を認め、訓練終了を口にしようとした瞬間、俺の目の前で強烈な爆発が起こりカタオクリナが吹き飛ばされた。
その威力は俺の放った魔法の比ではない。
「ファーシルさんに気を取られ過ぎですねー」
カタオクリナを一撃で叩き伏せたのはアケディネアだった。
彼女は対人訓練の常識が欠如していたのだろう。
明らかに対人訓練に不適切な魔法だ。
アケディネアは狩りの経験こそあれど、対人訓練はこれが初めてなのかもしれない。
なぜなら相手を殺害してしまう危険性を全く考えていないからだ。
「やりすぎだ」
「そうなのー?」
やはり彼女には一切の悪意が感じられない。
「大丈夫か?」
「ごほっ、ごほっ……」
俺がカタオクリナを心配して声を掛けるも、彼女は血を吐きながら降参の仕草を見せると、すぐに意識を失った。
「リプサリス、急ぎカタオクリナの手当てを!」
「はい」
リプサリスがカタオクリナの手当てを始めてから約3分後、カタオクリナが目を覚ました。
「俺様としたことが、クソッ!」
「お前はこんな状況でも戦いのことしか考えてないのか」
カタオクリナはリプサリスの治療を気にも留めず、アケディネアを侮ったことに自省するだけだった。
やはり彼女は戦いのことしか頭にない。
カタオクリナは歩ける程度まで回復すると、宿舎へと帰っていった。
「あいつやっぱバケモンだろう」
「えっと、ファーシルさんは俺たちが同行者でいいんですか?四人がかりでボコボコにされちゃいましたけど」
「構わん。自衛くらいはできなきゃ困るが、しばらく任せたいのは偵察だからな」
寧々と戦うなら、カタオクリナの力を借りるべきだろう。
だが、今はその時ではない。
「とりあえずグラトニアに向かうのは明日にしよう」
戦闘訓練でぼろぼろになった俺たちはグラトニアへ急がず、この日はゆっくりと休息を取ることにした。




